第十九話 盗賊の詩2ー5
焦げた匂いで、目が覚めた。
喉の奥に何かが貼りついたようで、息を吸うたびに痛む。
風が吹く。灰が頬に当たった。
ゆっくりと顔を上げる。
見慣れたはずの地形が、どこか違って見えた。
丘の向こう。
黒い煙の下で、何かが崩れる音がした。
もう一度、目を凝らす。
ーー土師把城。
その輪郭が、炎の中で歪んでいた。
城だけではない。
屋根が落ちる。人影が走る。倒れる。
声は、ここまでは届かない。
だが、何が起きているかだけは、はっきりと分かった。
「怖いもんだろう」
声がした。
振り向く。
倶利伽羅入道 大仙が、いつの間にか立っていた。
「火は、全部同じ色にしてしまう」
日縁はキッと睨みつけると、震える拳を押さえながら問いた。
「結局、平地への復讐なのか?」
大仙は少し驚いた顔をした。
「どうだろう。わしは思想の辿り着いた先でしかない」
日縁は燃え盛る城に目を移す。
「……あれに貴様の意思は含まれていないとでも言うのか?」
握りしめた拳から血が滲み出た。
「何故、私を連れてきたのじゃ」
「この襲撃は山禍の総意でもなければ石蹴衆の総意でもない。お主が居れば止める事ができる。救われる者がある……かもしれないな」
日縁は大仙を睨みつけた。
「では、間に合わなくなる前に行くぞ」
丸太のような腕が日縁を抱えあげる。
縛り上げられた腕では抵抗の使用がない。日縁が出来たことといえば、精々二、三度うねる様に動くだけだった。
土師把城周辺は惨憺たる状況であった。
あちこちが焼かれ、爛れた肉の塊がそこらに転がっている。
死臭が鼻をつんざく。
「それで……己が復讐の為に山禍に火を与えたか?平地の民を同じ目に遭わせる為に……」
大仙は全く気にせぬ様子で歩を進める。
そこかしこで山禍族と石蹴衆が死体を積み上げ、女、子供を何処かへ連行している。
「姫よ、洞窟の中でも話した通り、これは儂個人の意志が起こしたものではない。そして、自然へ回帰するには構造の破壊が必要なのです」
「坊主の話は難解でよくわからぬな。もう少し素直に話したらどうじゃ?」
日縁の皮肉に、大仙の口角が少し上がった。
「さぁ、父君の館ですぞ」
父の館はかなり破壊されていた。
あちこちに山禍の戦士が立っている。
地下牢につくと、父の氏忠が囚われていた。
「ひ、日縁……」
「いつまで立っても設計図の在処をはかないんだ」
牢の隣には山で戦った山禍の女戦士が立っている。確か憎羅という名前だっただろうか。
氏忠は拷問されたのか、目の周りが腫れ、きているものもボロボロであった。身体中に乾いた黒紫色の血がこびりついている。
「父君!離せ!!」
大仙の手の中で暴れるが、その腕はびくともしない。
「……父親じゃなぁ、だが為政者ではない」
大仙は日縁を憎羅へ預けると、牢越しに氏忠へと詰め寄る。
「人を率いる意志が見えぬ。じゃが、臆病者は操りやすい歯車でもある」
大仙の目は真っ直ぐと氏忠を捉える。
氏忠の瞳に涙が浮かんでいる。
「氏忠殿。交渉通り、姫君を返そう」
「あ、有難う!有難う!」
だが、と大仙は続ける。
「設計図の場所は先に教えてもらう」
「だめだ父上ーーー」
日縁は憎羅に口を塞がれる。
牢から解放された氏忠は喜助から奪った設計図を隠した地下の地図を持って来させ、何処にあるかを説明する。
「ふむふむ……なかなか立派な庭だ……」
「こ、これで娘を返してくれるのか?」
大仙は満面の笑みを浮かべる。
「無論だ。だが疑問がある。氏忠殿が欲しいのは姫君としての娘か、家族としての娘か?」
「……」
「儂は貴殿が家族としての娘を返して欲しい様に思えた。そこでどうであろうか?玄臣の仕組みの一部としての自分を先ずは脱するところから初めてみては」
「な、なんの話だ……」
氏忠の顔に恐怖が浮かぶ。
何処からともなく石蹴衆が現れる。
彼らは二人、人を引きずる様に歩いてきた。
ーーー八千代丸!!!隆景!!!
日縁は叫ぼうとするが、憎羅に強く口を押さえられる。
「な……何をするつもりなのだ!!!」
「武家にとって、男児は呪いだ。男児がある限り、貴殿はこの仕組みの一部であり、家族足り得ない。
家族の前に為政者たるしか無くなるのだ」
「申し訳ございません……氏忠様……」
「おとうさまぁぁぁぁ」
隆景は全身血で真っ赤、そして体に何本もの槍が刺さっている。
八千代丸は腕が焼け爛れている。
「坂下家の部の象徴と、存続の象徴。それらから解放される事で初めて家族として娘を取り返すことができる。玄臣の生み出したこの仕組みから解き放たれる」
石蹴衆の者たちが一斉に抜刀し、間髪入れず隆景と八千代丸に突き刺した。
氏忠の慟哭が木霊する。
日縁は憎羅の手に歯を突き立てる。
「はなぜぇぇぇぇ!!!」
「よくもぉぉ!!!」
氏忠が叫びなら大仙に掴みかかる。
「暴れるな!」
石蹴衆の一人が間髪入れず氏忠を剣で突き刺す。
「父上!!ちちうぇぇぇぇぇ!!」
後ろから憎羅に叩かれて、日縁の意識は暗転した。
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