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玄臣戦記  作者: PM
13/20

第十一話 公方

月金 19:30更新

「暇だ……」


 声が誰もいない室内にこだまする。

 顕樂は現在聖渡の屋敷で待機を命じられていた。


 結局、幕府への弁解には大老観楽が向かうこととなった。将大は引き続きオレニアとの鉄取引を担当する。当初はポトルギスから手に入れる予定であったそうだが、何やら便利な物を手に入れたと言っていた。


 顕樂はうつ伏せに寝そべると近くに置いてあった囲碁の駒をとり、畳に配置する。


 現状の懸念事項は西の菅原と真之、南の山禍と石蹴衆、そして坂下家。鉄の不足に北幕府。そして東方には清臣。


「後手に回っているな」


 対処ではどうしようも出来ない。そんな予感がしていた。


「抜けるには、盤面を動かさねば……」


 氏康暗殺以降、下手人を追っているが一向に判明しないのも気がかりだ。また聖渡でも何か企んでいるものがいる。


「やはり私が南方に向かうべきではないだろうか?」


 顕樂という人物は非常に掴みどころの無い性格をしているが、玄臣家の為を思い行動しているという所だけは確かであった。



 不意に、轟音が鳴り響いた。


 顕樂は勢いよく立ち上がると部屋を駆け抜け、港の見える場所に来た。


 港には、黒色の船体を持つ船がゆっくりと近づいてきていた。


「何事ですか!?」


 屋敷にいる使用人達も轟音に気付き、騒いでいる。


「早すぎないか……」


 その船の帆には、巨大な将軍家の家紋が象られていた。




ーーーーーーーーーー




 ーーーまさか幕府がこんなにも早く反応するとは……。


 港に現れた巨大船を前に義照は思案する。


 商人達の船は蜘蛛の子を散らすように居なくなり、海で水練していた与力や同心、火消し達も這々の体で逃げていく。


 最速で情報を得たとしても、将軍の白戸からここまでだとすると船足と計算が合わない。

 花の大公の所領からやってきたか、或いは。


 巨大船は旧式の大安宅船。玄臣海軍で言うところの文禄級軍艦に当たるが、積んでいる大砲は最新式のものだ。そしてしっかりと聖渡の市街地へ狙いが定められている。


 船は岸から少し離れた所で錨を下ろして停止した。

 船から小さな小舟が数隻下ろされる。


 義照は袖を下ろして服を整えた。

 流石に将軍は乗っていないであろうが、あの軍船を動かせるとなると少なくとも老中であろうか。



 義照は小舟に乗っている人物を見て舌打ちした。


 小舟は見る見るうち浜に接近すると、ぞろぞろと多数の武者が降りてきた。


 義照は先頭に立つ一際豪勢な着物を着る男をよく知っていた。


 珊瑚を削り作った扇子に銀製の煙管、ざんぎりの長髪を靡かせ、着物はだらしなく着崩している。


「これはこれは、小笠原公方殿」


「やぁやぁ、義照殿……久しいな」


 小笠原公方はへらへらと笑いながら義照の肩を叩く。


「相変わらず、派手な格好ですな」


 公方とは、将軍より地方管理権を委任された、謂わば地方における将軍の代理人であった。


「一先ず、ここで話すのも何ですので、良い所にご案内いたします」


 義照は笑みを顔に貼り付けると公方を案内した。



 砂浜のすぐそばには接待用の巨大な料亭がある。

 三階建てのその建物は豪華な装飾で飾られている。


 小笠原公方は次々と運ばれてくる料理に舌鼓をうっていた。


「やはり甘高原の料理はうまいのぉ……甘高原の料理と女はとてもうまい……」


 公方は徐に酒を運んできた女中を抱き寄せると、何の断りもなく着物の中に手を入れて乳を揉みしだく。


「おやめください……」


「しかし……最近はこの味にも慣れてしまってな……異国の風味が味わいたくなったのだ……」


 公方は女中を話す。

 義照は後であの女中に迷惑金を払ってやる事を決めた。


「……異国の味、ですか……」


「長者殿……」


 不意に公方が身を乗り出してくる。


「わかっておろう?貴殿の弟……異国船と何やら一悶着あったと聞いておるが?」


 義照は押し黙る。


「異国船……もしや……もしやすると、将軍様への貢物が積み込まれていたのでは無いか?」


「さぁ、沈んでしまって分かりませぬな……」


 公方の額に血管が浮き出る。


「何を申したいかわかっておろうが、公の権力に従い、貴殿の弟赤伏を差し出せ!」


 小笠原公方は義照の飯に唾を吐き捨てた。


「さぁ、早う差し出されよ!」


 義照は公方の唾が入った茶碗を脇に置くと、手を叩いた。


「公方様、先ほどから何の話をされているのやら分かりませぬな。我が弟が撃沈した船は皇帝秩序を乱す外寇船。海賊にございます。まさか将軍様がその様な者どもをお使いになるとは……本当の話なのでしょうか?」


 公方は歯軋りをしながら右手を刀に伸ばした。

 義照は微動だにせず公方を見据えた。


「やめましょう……将軍様に余計な心労をおかけしたく無い」


 ーーーここで、食い下がってこないのであれば、今回の来訪は此奴の独断専行だな。

 それにしても将大め、何か隠しているな。


「済ました顔をするなっ!」


 公方は刀を引き抜くと、机に振り下ろした。

 杉と漆で作られた高級な机が真っ二つに割れる。


「……本日はお疲れでしょう。東の五鈴館を用意致しましたので其方でおやすみください」


 五鈴館とは、聖渡にある高級娼館である。

 公方の顔が緩む。


「……わかっておるでは無いか……。だが、赤伏殿の件は今一度よく考えられる事をお勧めする。我らが軍船が誤って砲撃しない様にな……」


 公方は刀を収めると、従者と共に部屋から出ていった。


 義照は苛立ち、焦りと共に少しの喜びも感じていた。上手くいけば幕府権力を排除する機会になり得ると、そう感じていた。


 ーーーまずは、将大に全てを吐かせねば。

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