第十話 大門の守護者2
月・水 19:30更新
櫛灘の海と反対側には巨大な山脈が聳え立っているのだが、その手前に小高い丘があった。その丘の海側を表町、山側を裏町と呼んでいた。
そして丘の中腹には先代の時に建てられた荘厳な館があった。将来的には丘の頂上に天守閣を建て城とする計画であったが、氏康の聖渡を優先する判断で見送られていた。
「うむ、荘厳だろ?じえいんだったか?」
将大は、赤茶髪の女に館の最も見晴らしのいい部屋から櫛灘表町の様子を見せていた。
女の側には、表町で商い見習いをやっている大陸からきた女が控えている。
そして、絶えず将大の言葉を翻訳していた。
将大は女の為に用意させた机と椅子を軽く触ってから、自分も着席した。
女は着物を着せられていた。
良いものがなかったのか、色が渋めだ。
「それで、あんたよ。どういう生い立ちか知らねぇが、俺の力になってくれねぇかな?」
「何をすれば良いですか、と仰られてます」
将大はにやりと笑う。
「まずは、あんたの国の事を教えてくれ」
女が語るに、女の母国エグリアは近年台頭しつつある海洋大国との事だった。大陸に根を張るポトルギスやイスパリア、オレニアと違い、玄臣と同じ様な島国国家なのだそうだ。
そして、彼女はエグリアの裕福な商人の家に生まれ、名をジェインといった。
「オレニアとはどの様な国なのだ?」
ジェインは目を丸くする。
「ジェイン様は、帝国内にも植民地があるではないかと仰られています」
将大はからからと笑い声を上げると、真剣な顔になった。
「俺が聞いてるのはここにいる連中じゃない。向こうにいる連中の事だ」
ジェインは躊躇しながらも話し始める。
「ジェイン様の国であるエグリアと、オレニアは海洋の覇権を争っている主要な二カ国との事です」
「海洋の覇権?なんだそれは?」
ジェインの説明を噛み砕き整理する。
つまり、オレニアとエグリアは周辺海域の通航権を巡って海の取り合いをしているのだそうだ。
「うーん、わからんな……。どうやって海を一国の支配地域に固定するのだ?陸の様に海中に拠点を建てられるわけでもあるまい……潮流をよみ航路上を武力で封鎖するのか?それとも……」
「既に、この国でも本土では一部水域が特定勢力に占拠されている状態ですよね?あれが海で起きるのです」
将大は顎をさすった。
「なるほど……」
ジェインは目を伏せると着物の裾をギュッと握った。
「海を制するものが、この世界を制するのです」
また、オレニア・エグリアは比較的新しい勢力なのに対して、ポトルギスは古い勢力なのだそうだ。
その為、ポトルギスとオレニアは非常に仲が悪い。
将大はそれを聞いて疑問に思う。
現在、皆倉島の南方にある二島の小島が其々オレニア、ポトルギスに貸し出されていた。そしてそれを決めたのは幕府であった。
とても近いその島にライバル同士を配置したのは偶然ではないのだろう。
「現状、どちらの方が優位なのだ?」
「現状はオレニアが優勢です。領土は狭いながらも、優秀な人材を多数抱えており、ポトルギスの支配領域を塗り替える勢いで対外膨張しております。また、ポトルギスはエグリアと現在非常に仲の悪い状況なので……」
このような質問にもジェインはすらすらと答える。本当に教養のある娘であった。
「ふむ……」
将大は暫く悩んだ後、懐から一枚の文を取り出した。
「ジェインよ、お使いを頼まれてくれないか?」
ジェインは小首を傾げる。
「鉄を……買い付けてきて欲しいんだよ」
その文には、黄色い蝶々の紋様と、玄臣長者の文字が刻まれていた。
「何処から……でしょうか?」
「オレニアだ」
ジェインは将大の目を見つめる。
「私に、どうしろというのでしょう。商人の娘にすぎません……」
「ただついてきて、奴等の言っている事を聞くだけでよい。嘘を言っているのか、本音なのか……」
ジェインは不敵に笑う将大を見て、決意を固めた。
ーーーーーーーーーー
聖渡、南観台の庭。
義照の嗜好が反映させられた豪勢なその場所にある池には、甘高原と周辺九つの島石が並べられており、様々な色の鯉が放流されていた。
義照、その池を眺めながら盆栽の手入れをしていた。
パチリ、パチリと不要な部分を切り取り整えていく。時折、手を止めては深く深呼吸をする。
穏やかで優美な仕草の一方で、眉間には皺が寄っていた。
原因は今朝方櫛灘から届いた将大の文だった。
バチン
誤って切る必要の無い枝を切ってしまう。
義照は手を止め、鋏を置いて息を整える。
ーーー落ち着け、制御出来ない事はいつでも起きる……。どうやって治めるかが重要だ。
義照は他の盆栽を手に取り、手入れを始める。
ーーーしかし、ポトルギスの船を沈めたか……。
嬉しさ混じる、怒り混じりの複雑な感情が湧き上がり、不思議な感覚になる。
「一先ず……」
「幕府にどう弁解するかですな」
言おうとしていた言葉を取られ、義照は振り向いた。
そこにはお茶と菓子を持った顕樂が立っていた。
「……何のつもりだ」
「女中がお菓子を持っておりましたので。一緒に頂こうかと思いましてな」
顕樂の飄々と言ってのけるその態度に内心苛立つ。
「まぁよい、どこでそれを仕入れた」
「茶葉なら皇都産の高級品ですが……」
義照は持っていた鋏と鉢を脇に置いた。
「失礼、南部の賊に知り合いがおりまして」
庭の上空を鷺が飛んでいく。
顕樂は義照と少し離れたところに腰を下ろすと菓子と茶がのったお盆を義照側に置いた。ついでに一つ菓子をつまむことを忘れずに。
二人が茶を啜る音が庭に響き渡る。
どんよりとした空を数羽の鳥たちが甲高い鳴き声を上げながら飛び去っていく。
茶飲みを置く軽い音が、静かな庭に響きわたる。
「顕樂よ、貴様の目的は何なのだ?」
「玄臣家の繁栄に御座います」
顕樂は珍しく茶化さずに答えた。
「……本当か?」
「はい」
義照は内心面くらう。
「……ではーーー」
「私を幕府との交渉に向かわせますかな?宜しい。承りました」
顕樂は義照の心を読むかのように発言を引き取る。
「何故、お主は私の考えている事がわかる」
顕樂は湯呑みを置くと、義照を正面から見据えた。
「宮郷様。貴方様は大変優秀なお方です。氏康様から、宮郷様が考案された水軍の制度改正案や新式安宅船の設計図、兵糧の調達計画などを見せられた時は唖然としました。これぞ正しく神童である、そう思いました。今もそう思っておりまする……」
顕樂は縁側から放り出していた足を引き上げ、正座をする。
「しかし、現実は理想通りには行きませぬ。理想を起点に思考する為政者は読まれやすい。お気をつけ下さい」
そう言うと、お茶を置いて立ち上がる。
「お茶、ありがとう御座いました。幕府との交渉は観楽殿が良いのでは無いでしょうか。私には別の事を命じられるのが宜しいかと」
顕樂はそくさくと部屋を出ていった。
静かな庭に次第に雨が降り始める。
様々な色に輝く巨大な鯉達がうねるように泳ぎ回っていた。




