第九話 大門の守護者
月 水 19:30
櫛灘は、つい数十年前迄漁業を生業とする寒村であった。
しかしその入江が大型船舶の停泊に最適であったため、穀物の大量輸送拠点として急速に発展した。
街は輸送業を生業とする商人や問屋で溢れ、それは大層な賑わいである。
そんな港町を大柄な男が闊歩していた。
「よぉ!赤伏の大将!今日も抜け出してきたんかい?」
露天の商人達は彼に親しげに話しかける。
「俺の仕事は街を守ることだからなぁ!」
「そりゃよかった!だがあんたのお陰で盗人一人いやしねぇよ!」
周囲を歩いている人々が大声で笑う。
「そういや!今日はいい蛸が水揚げされたってよぉ!赤伏大将!」
「!!そうか!魚河岸に行ってくる」
大男、赤伏大将こと玄臣将大はここ櫛灘に聳え立つ巨大な羅城門、青皮関の守将である。
煌びやかながらも鬱屈とした聖渡より、明るい雰囲気の櫛灘は非常に商いが盛んで商人の街である。
そして櫛灘において、魚河岸は非常に栄えており、一日で万両が落ちるとも言われている。
客層は多様で幕府関係者、本土商人、皇都からの代理買付人、北方の王の使者、果ては外域人、南蛮人まで、非常に多様な客が水揚げされた一級品の魚を買い漁っている。
水揚げ作業は近くの相撲部屋見習い達が修行の一環も兼ねて行っている。彼らと比べても将大は頭一つ大きな体格をしていた。
魚河岸に足を踏み入れると、あちこちから囁き声が上がる。と同時に商人達からは歓声が上がった。
特に海運問屋の連中は大きな歓声を上げている。
「今日はどうしてきたんですかい!大将!」
「あぁ、いい蛸が入ったと聞いてな……」
将大は数匹の蛸を茹でて輪切りにする様指示する。そしてそれらを風呂敷に包ませると、河岸に停泊していた小舟に乗り込んだ。
「さあ、どんな蛸と対面できるのか」
彼は鼻歌交じりに茹蛸をつまんだ。
暫く進むと、問屋や商店の並び立つ通りの終わりに差しかかった。
そこは河口にあたり、川の両岸を結ぶため、巨大な橋が建てられている。川の向こうには公開の安全を願って建てられた五重塔が聳え立っている。
船頭は漕ぐのをやめると、流れに任せて橋の下を通過した。
巨大な橋の影を抜けたその瞬間、別の影が将大に覆い被さった。
先程の五重塔ではない。船渠に停泊された巨大な船。大安宅船である。
義照の水軍改革により制定されたその船は設計地の名を取り櫛灘級大安宅船と呼称されていた。
「ほぉーー」
若い番頭が歓声を漏らす。
「初めて見るのか?」
「は、はい、お恥ずかしいことで……」
将大はにやりと笑った。
「全長三十三間の大船だ。こいつが何十隻もこの紅海を守っている」
「す、すげぇなぁ〜」
船頭は目を輝かせる。
船体は木製、幾つもの砲架が見える。はるか上に見える甲板からは大筒の様なものが幾つかのぞいていた。
そして何より、甲板には二層式の楼閣が聳え立っている。
将大は船渠の近くで下船すると縄梯子を登り船に入った。
高楼閣の中には囚人の様に手足を縛られた者達がいた。
「平群、蛸ってのはなんなんだ?」
将大は高楼閣の中で唯一拘束されていない者、痩身で紺色の着物を来た人物に話しかける。
「こいつらだよ。男二人、女五人。何しに来たのやら……」
将大は壁にかけてあった灯を手に取ると囚人の顔に近づけた。
浅黒く焼けているが、日焼けした皮の欠け落ちた部分から見える肌は青白い。
「驚いたな……こりゃあ白鬼ってやつか?」
平群は壁にもたれ掛かる。
「あぁ、しかも滅多に見かけない女がいる……なんのために乗っていたのか……まぁ……そういう事だな」
将大は瞼を捲り瞳の色を確かめる。
「で?」
「今朝、卯の刻末頃に紅海北部で襲撃してきた大型南蛮船に乗っていた。船は撃沈して海の底、其奴らが生き残りだ」
「こりゃぁ、ポトルギス人ってやつか?オレニア人の可能性もあるよな?こいつらの見分けはつかん……。
生きてるのか?」
平群は肩をすくめる。
「さぁな。引き揚げてからずっとその調子だ」
しれっと撃沈したという報告をしているが、南蛮船の大きさと速さを鑑みると素晴らしい戦果だ。
「流石だな、元海賊。引航できればもっとよかったが!」
「よせよ、左舷を大破させちまった。まだまだだよ」
楼閣の外から槌を振るう音が聞こえてくる。
「……あと、奴らの船あんまり船足が出ていなかった。砲撃も断続的でなんというか……少なかったな」
将大は顎に手を当て考える。
部屋の隅にかけられた蝋燭の光がゆらゆらと部屋の影を揺らす。
「つまりは、奴隷船だったわけだ。慰み者を運ぶ船……。清臣の奴らも物好きだな」
「幕府の可能性もあるかもな?」
暫くすると、男の一人がうめき声を上げて、起き上がった。
将大と平群を見ると、見る見る顔が青くなる。
そして何やら喚き始めた。
「お!起きたぞ!平群!翻訳しろ!」
平群は叫んでいる男の顎を掴んだ。
「おい!ちゃんと訳せ!」
「さっきから言ってる事は一緒だよ……野蛮人、未開人、猿、云々……」
平群は何やら男に告げると途端に静かになる。
「おい、なんて言ったんだ?」
「話しやすいように口を耳まで割いてやろうかって言ったんだよ……」
次々と他の者も目覚める。
女の一人が将大と平群を見て、反射的に立ち上がる。
「おっ……!!」
将大は思わず声をもらした。
女は後ずさるが、腰の縄が柱に結びつけられている事に気づく。
髪の毛は赤茶で、顔には茶色の斑点が飛んでいる。そして何より……。
「あの女、デカいな」
「奴らはでかいんだよ」
女はとても背が高かった。白鬼の男と比べても高い。
すると何やらもう一人の男が騒ぎ始めた。
女は萎縮したように座って縮こまり、一言だけ言葉を返す。
「……どうやらこいつら、別々の国の人間みたいだ」
「へぇ……お前らは何もんなんだよ?」
将大は先に目覚めた男に質問する様指示した。
「ポトルギスだと……言ってるな」
ーーーこいつら、同族も売り物にしてるのか?
「どうやらそこの女共は別の民族だそうだ」
男の発した言葉を聞き、平群は顰めっ面をする。
「王が欲しがるから売ったと、お前たちは王の邪魔をしたといってるな」
「うむ、どの王かな?」
将大に見つめられて、男達は後ずさる。そして、楼閣の壁に架けられている黄色と蝶の紋様を見て声を上げた。
後から目覚めた方の男が大声で喚き始める。
「さぁて、ポトルギス人とは面倒臭いな。幕府にバレずにどう処理するか……。兄者に迷惑をかけるわけにもいかないし……」
「いっそ、沈めるか?」
平群からの提案に将大は頷く。
外から聞こえていた槌の音が止む。
「平群よ、我々は白鬼の海賊を撃沈した。乗組員は皆殺し、生き残っていた女も五名中四名が死亡した。この報告で乗り切るか」
将大はにっこりと笑うと喚いている男の髪を掴み、顔面に膝を入れた。
どしゃっ、という鈍い音がして、血だらけになった男は地面に崩れ落ちる。
平群はやれやれという感じで首を振ると、もう片方の男に将大の言葉を告げる。男は放心した表情になる。
「それで、どの辺に捨ててこようか?」
「紅海の真ん中でいいよ、海底で清臣の祖先共と宜しくやるだろ……」
平群は近くに置いてあった杜を手に取ると、全く躊躇なく男達の胸に突き刺した。
「女は一人残すのか?」
「あぁ、紙あるか?」
部屋の中から和紙を五枚と固形の墨を見つけ、それぞれ女達に差し出す。そして、自分の名前を書く様指示した。
女達は震える手で文字を書き始める。
「う〜ん、どいつがいいんだ?」
「ランス、イスパリア、エグリア、エグリア、ランス……。本当にいろんな港から攫ってきたんだな。
一番字が書けるのはあいつだ」
平群は先程の長身赤茶髪の女を指差す。
「こいつ、貰ってくぞ?」
蝋燭の火がちらちらと揺れ、血塗られた部屋を照らす。
「別にいいが……何のためだ?」
「別の国から来たんだろ?情報収集だ」
平群は溜息を吐く。
「それだけにしとけよ……白鬼になっちまうぞ」
「……」
「他の女はどうするんだ?」
「好きにしろ、殺すなり売るなり。他の女共の運命はここまでみたいだからな。ただ証拠を残さない様にやれよ」
渋い顔をする平群を他所目に、将大は赤茶の女を抱き抱えて立ち上がると、扉に手をかける。
「あ、そう言えば南の王の御用商人共が南方に船を派遣するって言ってたな。今なら間に合うかもな……」
そのまま扉を押し開き、楼閣を後にした。
「なんて顔してんだよ……元海賊だろが」
そう呟くと、赤茶髪の女を見つめる。
「さて、あんたの運命は、我が玄臣に味方するかな?」
女は目をぎゅっと瞑り顔を背けていた。
将大は視線を外し、鼻で笑った。
「……泣くなよ。何にもしてねぇだろ?」




