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玄臣戦記  作者: PM
1/10

プロローグ 麒麟児

 濃い霧の中を馬で駆ける。


 振動で足に痛みが蓄積するが、それも構わず馬を走らせ続ける。


 玄臣義照は14歳になり、元服すると直ぐに自らの意思で戦場に出た。これまで学んできた兵法も剣術も馬術も。全て当然のように学んだ事を実践できた。


ーーー戦場は、学んだ通りに動けば思った以上に静かだった。


 10歳上の乳母兄弟と師匠を連れて、何度も襲撃し、その度戦功をあげて帰ってくる。


 いつしか、彼は玄臣の麒麟児と呼ばれるようになった。



「義照様は強く賢い、全てを持っておられる。だが時にはそれでも解決できない状況がくるのです」


 次々と手柄を挙げる彼に、師匠は時折この様な声掛けをした。


「安心しろ喜助。私は全てを制御してみせる」


「儂の期待を超えてくれると嬉しいですな」



 この時期の義照が自信満々でありながら、傲慢にはならなかったのは、一重に乳母兄弟の兄のおかげであった。


「剣の腕はまだまだだなぁ!」


 兄の鋭い一撃が義照の持っていた木刀を弾き飛ばす。

 義照はその拍子に尻もちをつく。


「いてて……、兄者はどうしてそんなに強いのだ?」


「まぁ、兄だからな」


 二人は顔を見合わせる。


「さて、もう一回やるか?」

「もちろんだ!」


 彼はほぼ全ての武術で義照を圧倒した。

 そしてそんな彼を義照も尊敬し、何処に行くにもずっとついて回っていた。



ーーーーー



 それは義照が16になった年の事であった、ある地方で反乱がおきた。

 玄臣が植民する前から現地に根ざしていた豪族が放棄したのだ。


 当時、別件で主力部隊は出払っており、数多くの武功を挙げていた義照が鎮圧部隊の将に抜擢された。


「さて……今回の敵は今までとは違いますぞ……なんといっても今回の敵にはーーー」


「何も変わらないさ。いつも通り、簡単に終わらせてやる」


 義照はいつも通り兄と師匠の喜助を連れて自信満々で出陣した。


 豪族の城は玄臣の基準から言うとあまりにもお粗末なもので、防御機構も最低限の空堀しかなかった。


ーーーこれでは山賊と何が違うのか。さっさと首領を捕まえて終わりだ。


 戦が始まり、状況は義照の大方の予想通り玄臣側に非常に有利な展開をみせた。


 部隊が空堀を攻略し、城門に着いたのを見るや否や、義照は馬に飛び乗った。


「義照様……いけませぬ。ここは戦場ですぞ……」


 喜助は嗜めた。


「お主は心配性だな!安心しろ。この時点で勝負は決しておる」

 

 すると何処からともなく、巨大な馬に乗った兄が現れた。


「喜助様、ご安心ください。我が弟には私がついておりますゆえ」


「……」


 喜助はまだ何か言いたそうだったが、二人はすでに馬で軍団の先頭に躍り出ていた。


「城門が開いたぞ!藁小屋の向こうにいる愚か者どもに我らの力を教えてやれ!」


「かかれええぇぇぇぇ!」


 兵士たちは義照の合図とともに鬨の声をあげて城に突入していく。 


「……さて、兄者。どっちが先に首領の首を取れるか勝負いたしましょう」


「……まったく。これは戦だぞ?」


 義照は目を細める。


「自信がないのですか?」


「……やるに決まっておろうが!」


 義照と兄は同時に駆け出した。




 城内に入ると、すでに色々な所から火の手が上がっていた。

 豪族の兵士たちが必死の抵抗を試みているが、玄臣の兵士には遠く及ばない。

 一人、また一人と倒されていく。


 義照はそれを横目に馬をかる。

 兄とは途中で別れ、ばらばらになった。


ーーー何がいつもの敵とは違うだ。こんな小競り合いではなく。早く本物の戦がしたい。


 義照は馬の手綱を握りしめると、すれ違いざまに敵騎兵の首を切り飛ばした。


 腕を鈍い衝撃が走り、心地良い痛みに変わる。


ーーー俺は、こんなものではない。


 立て続けに騎馬兵を切り飛ばす。


 頭に氷水を流し込まれたかのように、視界と思考がクリアになる。


ーーー戦場の流れから敵指揮官の場所を探り当てる……。


 兵士を切り伏せながら幾重もの角を曲がると、大鎧の精鋭兵に囲まれた豪華な鎧の人物が見えた。

 馬を加速させると、一気に集団の中に踏み込み敵将を斬り伏せた。


 指揮の無くなった敵は崩れはじめる。


 義照は討ち取った勢いをそのままに、緩くなった守備の綻びをついて天守に向かって駆けた。


 天守に到着すると既に門は破壊されて、多数の死体が転がっていた。


ーーー兄者に先を越されたか。


 死体や瓦礫を踏み越え楼閣を登ると、豪族の長と相対している兄の姿が見えた。


 既に相手は満身創痍だ。


「流石だな。兄者」


「もう終わりだ。降伏しろ」


 兄の言葉に豪族の長はにやりと笑う。


「玄臣のひよっこ共が……わしが……降伏なんぞ!するわけなかろうがぁ!」


 男は口から血を吹き出しながら立ち上がる。

 そして刀を振り回す。


「ここはぁ、我が部族!我が一族の地だ!余所者の阿呆共が大きな顔をするな!」


 義照は口から血を吹き出しながら、血走った目でよたよたと切りかかってくるその姿に、気味が悪くなる。


 兄は溜息をつくと、長の剣を弾き返し腕の腱を切った。


「ぐぉぁぉ」


 男は腕を押さえながら倒れ込む。


「諦めの悪いやつだな。出来れば捕らえよ、と命令が出ている。連れて行くぞ」


 兄はうめく男を縛り上げ、担ぎ上げる。そして二人で天守を出た。


 城内のあちこちで煙が上がり、無数の死体が転がっている。


「これが、お前のやりたかった事か?無能な長に従う民が可哀想だな」


 城内に収容されていたであろう部族の民達は怯えるようにうずくまっている。


「皆のもの、大丈夫だ」


 兄は豪族の長を地面に置くと民衆に駆け寄る。

 義照も民衆に声をかけようとして、違和感に気づいた。


ーーー先程から味方の姿が全くない。この領民達……。


 ふと、豪族の長と視線があった。

 長は気味の悪い笑みを浮かべる。


「玄臣義照だな?貴様……」

「それがどうした」


 ポツリポツリと雨が降り始める。


「……お前が今までやってきたのは、おままごとだ。本物の戦を教えてやる……」


 雨が強くなる。


「……兄者、こいつ何か企んでる。早く撤退するぞ!」


 兄が振り返る。


「わかった」


 ドサッ


 その瞬間、兄が膝から崩れ落ちる。


 反射的に抜刀し構えたが、兄の後ろに立っていたのは5歳〜6歳の子供だった。


 手には血だらけの出刃包丁が握られており、ふるふると小刻みに震えている。


「であえ!であえ!!」


 豪族の長が間髪入れずに叫ぶ。


 子供達はそのまま兄の背中を滅多刺しにする。

 そして通路から民衆や生き残りの兵士がわらわらと出てくる。彼らの槍や剣には玄臣兵の首や腕が突き刺さっている。


「貴様……何をしたかわかっておるのか!」


「舐めるなよ小僧……これが戦、民族同士の殲滅戦じゃ」


 刀を握る手に力が籠る。

 義照は長の首を怒りのままに切り飛ばすと、迫り来る民衆に刀を向けた。


「よいのだな……」


 民衆の決意に満ちた眼差しを見て、覚悟を決める。

 そしてーーー




 喜助は既に馬に乗る体力がないため、戦闘に参加せず場外で待っていた。緊急事態には狼煙が上がる手筈となっているが、未だその兆しはない。


 暫く待っていると、騎兵の一団が城から出てきた。


「数が随分と少ないですな?伝令でしょうか?」


 物見の兵士の言葉を聞いて嫌な予感がする。


「念の為じゃ。救援の用意と、油と矢を用意してくれ」


 命令された兵士は即座に動く。


 騎兵の一団は速度を上げるとすぐに喜助の陣にやってきた。


 先頭には血だらけになった義照が乗っていた。彼の後ろには負傷した誰かを抱えている。目は焦点が合わず、虚な表情をしている。


「義照様……何があったのですか?」


 義照は馬から降りると後ろにいる人物……兄の死体を地面に下ろした。


 喜助は思わず息を呑む。


「なんと……」

「……死んでおる」


 雨がだんだん強くなりはじめた。


「なんだ……なんだこれは……」


「民衆に……やられましたか?」


 義照は俯いたまま何も答えない。


「理性と知性と腕力以外で戦場を動かしているものが、何かわかりましたかな?」


「そんな説教はいらぬ……」


 大粒の雨が降り注ぐ。


 喜助は義照の肩を掴み揺さぶる。


「若、学んで下さい。兄の命が無駄にならぬよう」


 雨に混じって義照の顔から別の雫が流れ落ちる。


「これが、甘高原における戦なのです。これが歴代君主が対面してきたものなのです。我々の敵は巨大な感情で動くのです」


 義照は強く拳を握りしめる。手を血が伝い地面に落ちる。


「その涙は、見なかったことにいたしましょう」


 喜助の言葉は静かに、そして重く義照の胸に響きわたった。

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