第9話:『誰にも渡さない』ってどういう意味ですか!?
「ふふっ……」
「……?」
離宮の中庭。
今日は少し早めに朝食を終えて、私は読書をすることにした。
日差しの穏やかなベンチ、ほのかな草花の香り、そして何より――
(静か……だわ……!)
そう、今日は珍しくカインが“姿を見せていない”。
いつもなら背後に立っているはずなのに、今朝は「少し離れた場所で警戒を」と言って本当に距離を置いてくれた。
それがなんだか新鮮で、思わず小さく笑みがこぼれたのだった。
──が。
「……そんなに、嬉しそうに笑わないでいただけますか?」
「わっ!? か、カイン!?」
私が驚いて振り返ると、すぐ後ろにいつもの“影”がいた。
……また、気配を完全に消してる。
っていうか、今までどこにいたのよ!?
「“少し離れた場所で警戒を”って言ってたじゃない!」
「はい。あれは建前です」
「出たわね建前!!」
「お嬢様が誰かと楽しそうにしていたら、すぐにでも止めに入るつもりでした」
「ちょっと待って!? 止めるってどういう意味よ!?」
「お嬢様の笑顔は、私だけのものですから」
「…………は?」
私は一瞬、時が止まったかと思った。
「え……ちょ、今……なんて……?」
「“お嬢様の笑顔は、私だけのもの”と申しました」
「……ちょっと待って、何その所有欲丸出しのセリフ!?」
「所有とは違います。“誰にも渡したくない”という、心からの感情です」
「それ、もっとやばいわよ!? もはや執着通り越して独占欲でしょ!!」
「お嬢様が他の誰かに微笑むだけで、胸がざわつきます。もしその相手が男だったら、たぶん私は――」
カインはそこで、口をつぐんだ。
だがその“沈黙”こそが、何より怖い。
無言でさらりと重いこと言うのやめてほしい!!
「……って、あれ? というかさっき“渡さない”って言った? “誰にも渡さない”って」
「はい。私のものですから」
「どの口が言ってんのよそれ!? あなたのものになった覚えないんだけど!?」
「“まだ”です。ですが、いずれ」
「いずれ!? っていうか、私の意思はどこ行ったの!? 大事でしょそれ!!」
「もちろん。ですので、お嬢様の気持ちがこちらを向くよう、全力で誘導いたします」
「誘導する気満々じゃないのよ!!」
本当にこの男、ブレない。
どこまでいっても一途で、どこまでも重くて、なにより“押し”が強すぎる。
それでも、彼の言葉は嘘じゃない。
軽くもない。
全部、本気だから――逆に怖いのだ。
(私……こういうの、苦手だったはずなのに……)
「……あのね、カイン」
「はい」
「あなたは“私の影”であって、“私の所有者”じゃないの。わかる?」
「……はい」
「その“はい”信用できない」
「理解はしました。ですが、納得はしておりません」
「はい出たー!! そうくると思ったー!!」
──この人、ぜったいどこか壊れてる。
けれど、それを言ったところで、
私が“この人を拒めていない”のもまた、事実だった。