第6話:影騎士、食事中も“あーん”してくるとか執着がすごい
朝。
私は目を覚まして、最初に思った。
(今日こそ、平穏な一日を……)
そう。昨日までの連続溺愛イベントで、心も神経もそろそろ限界に近い。
カインのあの愛情表現は、確かに……破壊力がすごすぎた。
おでこへのキス、手を取っての囁き、そしてあの“恋人ごっこ宣言”。
甘やかしの度を越えた行動が毎日続いていて、もはや私のメンタルは風前の灯火。
だから今日こそは。
静かに、ゆっくり、紅茶を飲みながら本を読みたい。
カインの手が入らない、普通の一日を……!
──そう思っていたのに。
「お嬢様、“あーん”してください」
「…………は?」
目の前に立つ護衛騎士・カイン=クロウフォードは、真剣な顔でスプーンを差し出してきた。
「今朝のスープは少し熱いので、冷ましました。どうぞ」
「いや、え? あーんって……私、自分で食べられるけど?」
「わかっております。ですが、こうした方がより丁寧で、食べやすく、満足度も高くなるかと」
「なにその理屈!? どこの影騎士マニュアルにそんな記述あるのよ!?」
「影騎士マニュアルには書かれておりません。これは“恋人ごっこ”仕様です」
「だからそれ勝手に継続すんなって言ってるでしょおおおお!!!」
もう勘弁して……!
どうして朝の食卓からこんな羞恥イベントが発生してるのよ!
「……では、仕方ありません。お嬢様が“あーん”してくださらないのであれば」
カインはしれっと、自分のスプーンを取り――
私の口元に運んできた。
「代わりに、私が“お嬢様にあーん”します」
「それもダメ!! 私がするんじゃなくてされるのもダメ!! というかどっちでもダメなのよ!? わかる!?」
「……本当に、拒否されるのですね?」
「当たり前でしょ!?」
「……残念です。今朝のスープは、“幸福を共有した者ほど、味に深みが出る”という希少な香草を使っているのですが……」
「なにその精神的呪文みたいな香草!? いらないから!?」
「それに……こうして“食事を共にする”というのは、最も原始的で、そして親密な――」
「もぐもぐしながら口説くのやめなさい!!!」
ぐったりだ。
私、断罪されたはずなのに。
婚約破棄されて、乙女ゲームのルートから外れたはずなのに。
なぜこんなに、ひとりの男からこんな重くて濃い溺愛を受け続けてるの……。
(完全に攻略キャラの執着ルートじゃない……)
しかも、ヒロインがまったく出てこない。
ストーリーのメインヒロインであるリリアナ嬢、いま何してるの……?
* * *
「……さて、本日はお嬢様のお召し物を整えております。お気に召すものがあれば、お召し替えを」
「え、あなたが私の服選んだの?」
「はい。肌触り、気温、彩度、お嬢様の肌の色……すべて計算してあります」
「なんでそんなに分析されてんの私!?」
「お似合いになると、思います」
真顔でそんなことを言われると、もうツッコむ気力すらなくなる。
「……あのさ、カイン」
「はい」
「私、“断罪された元悪役令嬢”だよ? こんな風に大切にされる資格なんて、ないの」
「それでも、あなたは“私の主”です。そして――」
カインは静かに、でも強く言う。
「“世界で一番、幸せになっていい人”です」
「…………っ!」
その言葉に、私は思わず目を伏せた。
ああもう、なんなのよ……
こんなに真っ直ぐに、優しく、熱くて。
どうしてこの人は、私なんかにここまで向き合ってくれるの?
(……私は、何をしたっていうの?)
ただ、ゲームの破滅フラグを回避したかっただけなのに。
こんなにも強く、深く、愛される運命だなんて――
聞いてない。