第5話:恋人ごっこだと? 許可していないのに勝手に始まっている
「……ねぇカイン、ちょっといい?」
「はい。なんなりと」
夕方、離宮の小さな書斎。
私はカインが入れてくれたハーブティーを啜りながら、思い切って問いかけた。
「最近、あなたの言動……ちょっと“恋人ムーブ”強すぎない?」
「そうですか?」
「“そうですか?”じゃないでしょ!? 昨日からのスキンシップとか、発言の一つ一つとか、どう考えてもそれ、恋人同士のそれなんだけど!!」
カインは黙って微笑んだ。
まったく悪びれる様子がない。むしろ“当然”とでも言いたげな顔だ。
「確認だけど……私たちって、正式に交際を始めたとか、してないよね?」
「いえ、しておりません」
「じゃあなんで!! なんでそんな当然のように私の手にキスしたり、髪を梳かしたり、口づけ未遂かましたりしてくるの!!」
「……お嬢様が“拒絶”しなかったからです」
「えっ」
「嫌なら、私の手を振り払えばいい。逃げようと思えば、逃げられたはず。けれど、お嬢様はどれ一つ拒まなかった」
「それは……っ」
不意を突かれただけだもん。
あんな近くで甘い声で囁かれて、冷静でいられるわけないじゃない……!
「……つまり、私は“許可”をいただいたと受け取っています」
「許可なんて、出してないわよ……!」
「そうですか?」
カインが、ゆっくりと私の手を取る。
指先だけじゃない。
まるで宝物に触れるかのような、慎重で、でも熱のこもった手つきだった。
「……俺は、“恋人ごっこ”でも構いません」
「えっ」
「今すぐお嬢様に“恋愛感情”を向けろとは申しません。ただ、俺が勝手に恋人として愛し、勝手にそばにいさせてもらえるのなら……それだけでいい」
「……っ……」
ずるい。
この人は本当にずるい。
一途で、誠実で、でもどこか壊れていて。
私の気持ちが定まる前に、まるで正解かのように“答え”を提示してくる。
「……ほんと、何なのよ、あなた……」
逃げられない。
拒めない。
心が、カインの熱に絡め取られていくのがわかる。
「じゃあ、仮に私が“その気になった”ら?」
「……俺は、すべてを差し出します」
「あなたの“すべて”って、何を含むの?」
「命も、影の技術も、過去も、未来も。全てです」
即答だった。
私が冗談半分で言ったつもりの質問に、彼は一片の迷いもなく答える。
この人、本気だ。
本気で、私だけを見てる。
「……じゃあさ、試しに言ってみて」
「……?」
「“俺はお嬢様に夢中です”って。真顔で」
「……それは“試し”ではなく、事実です」
またしても即答。
それどころか、カインは少しだけ顔を傾けて、私の額に口づけようと――
「――だからそれをやめなさいッ!!」
「またタイミングを間違えましたか……?」
「自覚あるんじゃないの!!?」
──こうして今日も、私の“断罪後の自由生活”は、
影の護衛騎士による超溺愛型恋人ごっこに支配されていた。
まだ私は何も許可していない。
恋人だって、正式になったわけじゃない。
でも――
ほんの少しだけ。
この時間が、悪くないと思ってしまった自分がいるのだった。