第4話:朝の挨拶がなぜか“おでこにキス”から始まるんですが!?
「……ん……」
まぶたを開けた瞬間、目の前にあったのは、整いすぎた美貌だった。
――というより、近い。近すぎる。
「おはようございます、お嬢様」
「え……あれ……?」
ぼんやりと目をこすりながら、私は状況を整理する。
──そう、ここは離宮。昨日、王太子に婚約破棄されて、この屋敷に移された。
──そして、護衛騎士のカインが「寝室に立つのは義務です」とか意味のわからないことを言って、部屋の隅で立ったまま朝を迎えると言っていた、はず。
なのに今、この至近距離で私を覗き込んでるのはなに?
「起こすつもりはありませんでしたが、寝顔があまりに可愛らしかったもので……」
「なっ……!?」
「思わず、触れたくなってしまったのです」
カインの声はいつも通り低く静かで、でもほんの少しだけ熱を帯びている。
「触れ……って……」
私が問い返すよりも早く、彼の唇がそっと、私の額に触れた。
「おでこ!? なんで朝の挨拶がおでこキスなの!?」
「おはようの合図です」
「そんな文化はこの国には存在しません!!」
「私の中では、存在しています」
完全にマイルールじゃない!?
しかも、慣れてる風なのが腹立つ。絶対“今後の習慣”にする気満々だ、この人。
「いやいやいや……おかしいでしょ。護衛騎士って、もっとこう、距離感があるべきでしょ?」
「そうですね。ですが、今の私は“影の兵”ではありません。あなたに命を預ける“個人”です」
「個人であろうと、限度というものが――」
「お嬢様が嫌なら、もちろん控えます」
そう言いながら、彼はさらりと私の髪を指先で梳く。
優しい。
でも、重い。
「……で、でもちょっとは距離感を意識してもらえるとありがたいかなーって……」
「もちろんです」
「本当に?」
「……では、“手”だけで目覚ましにしましょう」
そう言いながら、彼は私の手を取り、自分の頬にそっと当ててきた。
「ちょっと!? それも変だから!?」
「そうですか?」
「そうです!!」
何この人!?
どこまでが冗談で、どこまで本気なのか分からない!
* * *
朝食のテーブルについたときも、カインの溺愛攻撃は止まらなかった。
「……お嬢様、紅茶は今朝の体調に合わせて少し薄めにしてあります」
「え、体調って……わかるの?」
「寝ている間に、少し呼吸が浅くなっていましたので」
「いつ見てたのよ!? ていうか寝顔観察禁止!!」
「では、次からは触れるだけにしておきます」
「そういう話じゃない!!」
しかもさりげなく、私のカップから毒見までしてるし!
カイン曰く「最低限の義務です」らしいけど、絶対それ以上のなにかを感じる!
──なんかもう、気疲れがすごい。
せっかく断罪されて自由になったと思ったのに……
なにこの、精神的包囲網。
護衛っていうより、溺愛という名の軟禁に近いんだけど!?
* * *
「……ふぅ。ごちそうさま」
食後に椅子を引くと、カインがすかさず立ち上がり、私の背に手を添えてきた。
「本日はお部屋の掃除を済ませた後、離宮の見回りを行います。お嬢様は読書でもしてお待ちください」
「……ねえ、カイン」
「はい」
「あなた、もしかして……私を“退屈させない”ように行動してない?」
「はい」
即答だった。
「お嬢様が孤独や無力感に飲まれないように、常に刺激と温もりを与えることが理想的だと考えています」
「あなた、なんなの? 影っていうか、恋人っていうか……もう夫じゃない?」
「将来的にそうなれれば幸いです」
「なってない!! まだその段階踏んでないからね!?」
また顔が熱くなる。
……この人、絶対ルートズレてる。
攻略対象じゃなかったはずなのに、こんなに情熱的に、優しく、しかも圧のある愛し方されるなんて……
「……やっぱり、どこかでフラグ踏んじゃってたのかなぁ……」
知らず知らずのうちに。
私は、影の騎士を“救って”しまったのかもしれない。