第3話:護衛騎士、夜の見回りと称してお嬢様の寝室に入ってくるんですが!?
離宮に着いて最初の夜。
私は、ふかふかのベッドの上で、ようやく深いため息をついた。
「ふぅ……ようやく一人きりになれた……」
断罪、婚約破棄、そしてまさかの護衛騎士からの告白。
怒涛の一日だった。
心身ともにぐったりしている私は、温かい湯に浸かって、軽い夕食を済ませた後、客間代わりの小さな寝室で寝巻きに着替えていた。
この離宮は王城の敷地内でも端の方にある、ほとんど使用されていない古い建物だ。
元は離宮とはいえ、広さも家具も最低限。侍女もいない。
だが――それがいい。
静かで、人の目もなく、ひっそりと暮らせる。
(やっと……やっと、自由になれた)
私はこの瞬間をずっと夢見ていた。
ヒロインと攻略キャラたちの恋路を邪魔することなく、ストーリーから退場して、穏やかに暮らす。
“悪役令嬢”として転生した私にとって、それは最も安全で幸福なエンディングだったはずだった。
……なのに。
「カインのやつ、なんで急にあんなスイッチ入っちゃったの……?」
本当に意味が分からない。
好感度なんて、絶対に上がるようなイベント踏んでない。むしろ避け続けてた。
それなのに、あの異様なまでの執着。熱量。あれ、どこから来たの?
(……もしかして、“断罪された後に発動するルート”とかあった?)
前世の記憶をフル回転させて考える。だが、カインが恋愛ルートに入った記憶なんて、まるでない。
攻略できなかっただけでなく、ゲーム本編じゃ顔すらまともに見えなかった“影の護衛”。
それが今じゃ、毎秒口説いてくるイケメンとか……バグじゃないの?
「まあ……今日はもう寝ましょう。明日考える」
私はベッドに潜り込むと、蝋燭を吹き消した。
* * *
――しばらくして、寝室の扉がノックされた。
「……誰?」
「カインです。見回りです。失礼します」
「ちょ、待って!? 入ってくるの!?」
「ええ、当然です。警備の一環ですから」
当然のようにドアが開き、黒衣の騎士が入ってきた。
月明かりだけの寝室に、彼の影がスッと伸びる。
「……一応聞くけど、寝室にまで来る必要ある?」
「あります。今夜からお嬢様の寝室は、私の警護範囲に含まれます」
「そんなの聞いてない!?」
「私の独断です。異論は許可しません」
いや、独断じゃん!?
「ここは王城内とはいえ、古い離宮です。魔物や不審者が入り込む可能性もゼロではない。お嬢様の身の安全を最優先とするなら、こうするのが最善です」
「……建前は完璧ね……」
「はい。ですが本音を言えば――」
一歩、近づいてくる。
「……あなたの寝顔を、誰よりも近くで見ていたいと思ったからです」
「はあぁぁああああ!?!?」
完全にアウトじゃない!?
「なに!? どうしてそんなに、爆弾みたいなことをサラッと言えるの!? っていうか出てって!!」
「……ですが、お嬢様は寝巻き姿で、戸締まりも緩い。危険です」
「余計なお世話!!」
「私が見ている間は、誰にも触れさせませんから」
「あなたが触れようとしてるんだけどォォ!!」
顔が熱い。
というかもう、爆発しそう。何この羞恥プレイ。
(だめだ……影ルート、想像以上に攻めてくる……!)
こんなの、平穏な人生どころか――
めちゃくちゃ甘やかされて、感情を殺しきれないルートじゃない!?
「……では、お嬢様。どうぞ、ごゆっくりお休みください」
深く頭を下げたカインは、しかし部屋を出る気配を見せず、そのまま寝室の隅に立った。
「え、なに、そこにいんの!? 出てかないの!?」
「ご安心を。寝ているお嬢様を見守るだけです」
「やめてよおおおぉぉ!!」
絶叫しても、カインの態度は微動だにしない。
こうして、私の“断罪後の自由な人生”は、
最強で最愛(たぶん病み)の護衛騎士によって、見事に監視されながら始まったのだった――。




