第22話:眠れる聖女と、断罪の始まり――リリアナへの招待状
氷の棺の中、
少女――エレーナ・ルクレールは静かに眠り続けていた。
その表情には苦しみも怒りもなく、ただ穏やかな微笑が浮かんでいる。
まるで――すべてを赦しているように、さえ。
「……蘇生は可能ですか?」
クラリスの問いに、カインが慎重に棺を調べながら頷いた。
「この保存状態と魔力波を見る限り、“長期封印型の沈静術”が施されています。解除には時間がかかりますが……命の灯火は、確かにまだここにあります」
「よかった……」
クラリスはそっと、エレーナの手元にあった小さな祈りのペンダントを手に取る。
その中心には、かつての“本物の聖女”だけが授与される“月の刻印”。
今のリリアナが持つものとは形状が微妙に異なっていた。
(リリアナは“模造品”……すべてを盗み、自分のものに作り替えた)
「この証拠を、王宮に持ち帰るわ」
「……ついに、やるのですね」
ユーリアが、静かに口を開いた。
その頬にはまだ乾ききらぬ血の跡。
けれど瞳には、かつてのような狂信的な光はもうなかった。
「私は……これまでのこと、全部間違ってたとは思えない。リリアナ様が私たちを救ってくれたことも、嘘だったとは信じたくない……けれど」
彼女はクラリスの前に跪き、頭を垂れた。
「もし“真実”があるのなら、私はそれを見届ける義務があります。……私を、“証人”として連れて行ってください」
「……ユーリア」
「私は、クラリスの敵だった。でも今は、“偽りの正義”の味方でもいられない」
クラリスは、数秒の沈黙のあと、そっと彼女に手を差し伸べた。
「なら……共に立ちましょう。“真実”の前に」
二人の手が、初めて“対等に”交わった。
その翌日。
王都に戻ったクラリスは、王宮と神殿に対して正式な文書を提出する。
それは――
『聖女リリアナ嬢に関する加護選定の不正、および権威詐称の疑いに関する、王国監査局による正式な告発申し立て』
そしてそこには、こう明記されていた。
《聖女リリアナ嬢に対し、“公開証言の場”を設けることを請願する》
《証人の名:クラリス・エルヴェール、ユーリア・ベルネッタ、カイン=ノワール、並びに“本物の聖女候補”エレーナ・ルクレール》
《場の設定:王城正殿・満月の間。次の月満ちる夜に》
《この場にて、“偽り”か“真実”かを、王国の民と神の前に示す》
「……まるで“断罪”の再演ね」
クラリスは、提出した文書を手放しながら呟いた。
「でも、今度は“私が断罪される番”じゃない」
彼女の背には、眠るエレーナ。
隣には、剣を預けたユーリア。
そしてすべての影から、カインが静かに付き従っていた。
リリアナ・セラフィーナ。
王国の希望にして、偽りの聖女。
その仮面が剥がされる“審問の夜”が、迫っている。




