第2話:影の護衛騎士、どうやら溺愛モード突入です
「……な、なんなのよ、カイン。急にどうしたの?」
離宮へ向かう馬車の中。
私は、目の前に座る黒衣の護衛騎士――カイン=クロウフォードを、明らかに戸惑った様子で見つめていた。
彼は、常に沈着冷静で寡黙。
命令に忠実で、必要以上に主人へ干渉しない、まさに“影”のような存在だった。
なのに。
「……これまで、ずっと我慢していました」
「は……?」
「あなたが断罪されれば、もう私は“護衛”という枠組みに囚われる必要がなくなる。
あなたのそばに、“個人”として仕えることができる……そう思っていました」
「いや、それってつまり……どういう意味……?」
「私は、あなたに恋をしています」
「…………えっ?」
言葉が、理解できなかった。
いや、言葉そのものは理解できる。
だが、その意味と重みが、あまりにも現実離れしていて――脳が拒否している。
「ちょ、ちょっと待って!? 何それ、冗談でしょ!? 私、断罪されたばかりの悪役令嬢なんだけど!?」
「それでも、あなたは私の主です。そして――心から敬愛する女性です」
「いやいやいや、そんな美辞麗句で誤魔化されるほど、私は軽くないからね!?」
私が手を振って否定すると、カインはなぜか嬉しそうに微笑んだ。
「ええ。そういうところも、好きです」
「……はあ!?」
この人、本当に何言ってるの!?
っていうか、なんでそんな笑顔似合うの!? あなた、寡黙キャラだったじゃない!
「今後、私は影の兵団の任を解かれ、あなた専属の“影騎士”として再任されます」
「ちょっと、誰がそんなことを――」
「私自身の意思です」
即答すぎる!?
「ですので、お嬢様。これからの護衛任務は、“心身すべてをお守りすること”が目的となります」
「その表現やめなさいッ!! なんか意味深!!」
「……心からの意味です。もっと、深くても構わない」
「だーかーらー!!」
顔が、熱い。
いや、なんなの!? なんで断罪された直後に、こんなイケメンから爆弾告白食らってるの!?
おかしいでしょ!?
このルート、確かにゲームでも存在したけど……でも、条件めっちゃ厳しかったはずなのに!
(えっ……まさか、私……知らないうちに影ルート入ってた……!?)
* * *
「ちなみに、今後のお嬢様の生活については、私がすべて手配いたします」
「へ? いや、私は平民として田舎で――」
「……田舎で、質素な暮らしをするつもりだったんですね」
なぜか、カインの声が低く落ちた。
え、なにその“許さない”みたいなトーン。
「……まさか、誰にも知られず孤独に生きるつもりだったとか?」
「いや、まあ、そう……かな……?」
「――断じて、許可できません」
「ちょ、なにその物騒な響き!?」
「私は、あなたのすべてを守ると決めたんです。生活も、未来も、そして……心も」
またその口説き文句!!
「……ですので、お嬢様」
馬車の揺れが落ち着いたタイミングで、カインがそっと手を伸ばしてきた。
その指先が、私の頬に触れる。
温かくて、優しい。でもどこか、狂気的な執念すら感じさせるような触れ方で――
「どうか、これからは……“あなたの心”を、私にも預けてください」
「…………っ!」
――この人、もしかして思ってたより、重い。
いや、ゲームの隠しルートって、だいたいどこか壊れてたけど、
リアルで直に来られると、こんなにしんどいんだ!?
(えっ……私、まだ断罪されたばっかりなんですけど!?)
逃げ場のない馬車の中で、私は目の前の“影の騎士”の熱視線から、必死で目を逸らすことしかできなかった。