第17話:聖女の儀式と、歪んだ加護――それは“誰かの力を奪った証”
王国神殿・最奥――
「聖泉の間」と呼ばれる、聖女のみが入ることを許される神聖な空間。
その入口で、私は静かに立ち尽くしていた。
「……こちらでございます、クラリス様」
神官が案内を終え、軽く頭を下げる。
「聖女リリアナ様は、ただ今、月の儀式の準備中です。貴女は“王命により監察役”として、儀式の観察を許されております」
「ええ、心得ていますわ」
私はそっと、ひとつ息を吐いて扉を開いた。
静かな、石造りの回廊。
奥には、月光が降り注ぐ円形の泉と――
その中央で祈るように佇む、リリアナの姿があった。
(……変わらない)
白金の髪に、純白のローブ。
まさに“選ばれし聖女”として相応しい姿。
しかし私は、知っている。
彼女の内側には、“光”ではなく“闇”が巣食っていることを。
(本物の聖女ならば、こんな歪んだ魔素を持つはずがない)
静かに見守る神官たち。
私と共に影のように立つカイン。
全員が見つめる中、リリアナがゆっくりと聖泉に手をかざした。
「神よ……私の祈りを受け取り、王国に加護をもたらし給え」
声は清らか。
仕草も優雅。
それでも――
「っ……!」
私は、はっきりと見た。
その指先から“光の魔力”が放たれる瞬間、
それに混じって“黒い霞”のような魔素が脈打ったのを。
(やっぱり……!)
神官たちは動じない。
“見えていない”のか、それとも“見て見ぬふり”なのか。
しかし私には、確信があった。
(彼女は、聖女の力だけではない――“誰かの力”を奪って、それを使っている)
――その時だった。
リリアナの瞳が、ふとこちらを見た。
(……気づいてる)
その目には、一瞬の警戒と、ほんの僅かな“愉悦”があった。
まるで、“見抜かれることすら計算のうち”だと言わんばかりに。
(……ふざけないで)
私は一歩、踏み出した。
そして儀式が終わった瞬間、静かにリリアナへ歩み寄る。
「素晴らしい儀式でしたわ、リリアナ嬢。まさに王国の光です」
「まあ……ありがとうございます、クラリス様」
「ですが、ひとつだけ気になったことがあるの」
「……?」
「その“光”、ほんの少し、影を宿していたように見えたのは……気のせいかしら?」
空気が凍った。
リリアナの笑顔が、ほんのわずかだけ固まる。
しかし彼女は、すぐに柔らかな微笑を浮かべる。
「……あら、クラリス様。そう見えたなら、それは貴女の心に影があるからですわ」
「……そうかしら」
「私は、ただ祈りを捧げていただけ。影など、どこにもございません」
けれどその“完璧な否定”こそが、逆に“肯定”のように響いていた。
私は、もう確信していた。
(この女、誰かの“加護”を奪ってる)
もしくは――
(本来の“聖女”は、別に存在していた)
クラリス・エルヴェール。
かつて断罪された“悪役令嬢”。
けれど、もう誰の駒でもない。
この謎を暴き、この国の“真の顔”を白日のもとに晒すために――
私はこの手で、“偽りの聖女”を討つと決めた。




