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第16話:“あの娘”はあなたに笑いかけながら、毒を盛るタイプよ

「……お嬢様」


カインの声は、いつもより一段低かった。

王宮の離れの私室に戻った夜、彼は扉の外で静かに私を呼んだ。


「……入って」


彼が中へ入ると同時に、私は椅子から立ち上がった。


「なにかあったのね?」


「神殿を調べてきました」


その言葉に、私は息を呑む。


「記録庫に、通常は閲覧できない“鍵付きの魔力観測記録”が保管されていました。近年の神殿の魔力検知記録です。……私はそれを、“誤って”確認しました」


「……どういう内容だったの?」


「リリアナ嬢の魔力――正確には“聖女の加護”に、明らかに“異なる波長”の魔素が混在しています。しかもそれは……“闇”の系統に分類されるものでした」


「……闇の、魔素?」


私は、ぞっと背筋に冷たいものが走るのを感じた。


「聖女として“純粋な光の力”を宿す存在に、闇が共存するなんて……」


「通常ではありえません。加護は“ひとつの系統”しか宿りません。“神の祝福”とは、そういうものです」


「……じゃあ、それって……」


「リリアナ嬢は――本来の聖女ではない可能性があります」


言葉が、喉に詰まった。


(じゃあ……本物の聖女は?)


もしかすると、“聖女の器”を満たすために、誰かの力を奪い取ったのでは――?


カインがさらに続ける。


「闇の魔素は非常に扱いが難しく、特に“他者を操る”“感情を歪ませる”といった力を持つものが存在します」


「……それが、王太子を……私を……?」


「はい。彼女は“天然”を装って、周囲の感情に干渉していた可能性がある。王太子の信頼も、貴族たちの疑念も……“誘導された”ものであったかもしれません」


私は黙ったまま、深く息を吐く。


(だとしたら――あの断罪は)


(私を排除するために、彼女が“仕組んだもの”だった)


「……カイン」


「はい」


「あなた、知ってたの? 最初から、あの娘が“危険な存在”かもしれないって」


「……薄々は、ですが」


「どうして、黙ってたの?」


「お嬢様が……まだ“復讐を望んでいなかった”からです」


「……!」


カインの声は、ひどく静かで、優しく、けれど狂気的なほど確信に満ちていた。


「お嬢様が彼女を赦すなら、私は何もいたしません。ですが、もし“許さない”と決めたのなら――私は全力で“壊します”」


その言葉に、私は思わず言葉を失った。


(彼は本気だ。私がただ“望む”だけで、彼はリリアナを――)


「…………私は」


思いかけて、私は唇を噛んだ。


(望んでるの? 本当に“あの娘を壊したい”なんて?)


でも――


「……いいえ。私は、自分で決着をつけたいの」


「…………」


カインが目を細める。


「私の名誉は、私の手で取り戻す。私が“彼女を信じなかった”理由も、証明したい」


「……承知しました」


「ただ――私が“本当にもうダメだ”って思った時は」


私は彼の瞳を見つめ、はっきりと告げた。


「あなたの手で、全部終わらせて」


カインは、微笑んだ。


それは、どこか悲しく、けれど深く喜んでいるような、

そんな危うい笑みだった。


「それが“お嬢様の願い”であるなら」


そして彼は、静かに私の手を取って囁いた。


「“あの娘”はあなたに笑いかけながら、毒を盛るタイプです。……でも、私はその杯を叩き割ってみせましょう」


「……カイン」


「どれほど清らかな振りをしても、“お嬢様を貶めた者”に相応しい結末は、ひとつしかありません」


その声は、炎のように冷たく、愛のように熱かった。


私は、静かに頷いた。


(この戦いは、私自身のもの。そして、もう逃げない)


(私は“悪役令嬢”として断罪された。なら今度は、“悪役令嬢”としてリリアナを――)


(正しく、断罪する)

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