第15話:王太子、あなたは本当に“彼女”を信じているのですか?
「殿下、お時間をいただき感謝いたします」
「いや……お前から話があると聞いて、正直驚いた」
王宮の一角、陽の当たらぬ書庫の応接室。
リリアナと接触した翌日、私は王太子ジークフリートに“私から”会談を申し込んだ。
まっすぐに目を見て問い質したいと思ったからだ。
(あなたは、本当に“何も知らずに”私を断罪したの?)
あの日の真実を、見極めなければいけない。
「殿下。率直にお尋ねします」
「……なんだ?」
「あなたは今でも、“リリアナ嬢を信じている”のですか?」
その言葉に、ジークのまぶたがわずかに動く。
「信じていないと……言ったらどうする?」
「その言葉を、待っていたかもしれません」
静かに告げると、ジークはため息をついた。
「……クラリス。あの時、俺は確かにお前を“悪”だと信じた。リリアナを泣かせ、貶め、邪魔をする者だと……」
「それはリリアナ嬢の“言葉”だけを信じた結果ですわ」
「……ああ。俺は馬鹿だった」
予想外の告白だった。
ジークは手を握りしめ、唇を噛みしめながら言う。
「……最近になって、ようやく気づいたんだ。あの日のお前の顔が、あまりにも“作られた罪人のようだった”ことに」
「…………」
「すべてが、仕組まれていたような気がする。リリアナを聖女として押し上げるために、“邪魔な婚約者”を排除する――そういう、なにか冷たい計画のようなものを……」
私は、胸の奥で何かが音を立てた気がした。
王太子が、“迷っている”。
その迷いは、単なる後悔ではなく、
“真実に触れてしまった者の顔”だった。
「殿下。私、リリアナ嬢と話してきました」
「……ああ。どうだった?」
「……彼女は、あの日とまったく変わっていませんでした。柔らかく、清楚で、慈愛に満ちた笑顔のまま……こちらの疑念に一切動じることなく、上手にすべてをかわしました」
ジークの目が細くなる。
「だが、それが“嘘”に見えた?」
「はい。私は“彼女は知っている”と確信しました。あの断罪劇のすべてを」
「…………」
沈黙が、しばらく流れる。
「……俺は、王になる人間だ。だから、情だけで真実を動かすことはできない」
「ええ」
「だが、仮に……もし、リリアナがその裏で何かを仕掛けていたとしたら――」
「あなたは、王として彼女を裁けますか?」
私の言葉に、ジークの瞳が一瞬だけ揺れた。
それは、“王”としての覚悟と、“男”としての情の間で、葛藤する目だった。
「……答えられない、かもしれない」
「……正直な方ですね」
「だが、確かめなければならないとは思っている。お前の疑念が正しいのか、俺の直感が狂っているのか」
「いいえ。どちらも正しいのです。あなたの直感も、私の疑念も。違う道を通って、同じ結論に辿り着こうとしている」
ジークは小さく目を閉じて、重く頷いた。
「クラリス。お前は変わったな」
「そうでしょうか?」
「以前のお前なら、“こんな穏やかに俺と話すこと”すら許さなかったはずだ」
「……変わったのかもしれません」
私はそっと、自分の胸元を握る。
(……カインが、ずっとそばにいてくれたから)
「殿下。お願いがあります」
「……なんだ?」
「彼女の“周囲”を調べてください。直接は無理でも、使用人、神殿関係者、旧貴族――誰かが何かを知っているはずです」
「……わかった」
ジークは、力強く頷いた。
「今度こそ、俺は……お前を見誤らないようにする」
「……それを、三か月前に言っていただけたら嬉しかったのですけれど」
皮肉を込めて言うと、ジークはばつの悪そうに笑った。
「だが今なら、お前を信じられる」
「……それは光栄です、殿下」
けれど私は知っている。
彼が私を信じようとする一方で、
リリアナは――その“信頼そのもの”を武器にする女だ。
甘い笑顔の裏で、彼女はまだ何も終わらせていない。
(私は負けないわ。今度こそ、真実を暴く)
(そして、すべてを“取り戻す”ために――)




