第14話:この娘、最初から私を陥れるつもりだった?
神殿の白い中庭。
リリアナ嬢は花に囲まれて、まるで絵画の中の聖女のように微笑んでいた。
「こうしてまた、お話できるなんて……夢みたいですわ、クラリス様」
柔らかく微笑む彼女の声には、毒も棘もない。
それなのに――
(……なんでかしら)
私の本能が、彼女の笑顔に警鐘を鳴らしていた。
「ええ、私も驚きました。まさか“助言役”として呼ばれるなんて」
「ふふ……。だってクラリス様、私のこと……嫌ってますものね?」
「…………」
直球だった。
でも、それよりも、あまりに“楽しそうに”言ったその声音に、背筋がすうっと冷えた。
(まるで、わざと煽ってくるみたい)
「嫌っているかどうかは別として、あなたが“特別な存在”であることには変わりありません。ですから、王都の平穏のためにも、最大限の協力をさせていただきますわ」
「まあ……なんて大人びた言葉。さすがは“令嬢教育の鏡”ですね」
「お褒めにあずかり光栄です」
この会話は、まるで社交界の舞踏会。
にこやかな笑顔の仮面で、互いに牽制し合う。
でも私は気づいていた。
──この娘、完全に私を舐めている。
そして。
(たぶん、あの“断罪”の時も……この笑顔で私を見てたんだわ)
「ねえ、クラリス様」
「なんでしょう?」
「あなたの“婚約破棄”が決まった日、泣きました?」
「…………」
「だって突然でしたもの。信頼していた殿下から糾弾されて、皆の前で……。あの時、私はあなたのこと、とっても心配だったんですよ?」
「それはそれは、ありがとうございます」
「ふふ……ごめんなさい。私、“人の感情”に敏感なんです。だから、なんとなくわかるんですよ。――あの日のあなた、まるで“処刑台に上がる罪人”みたいな顔でしたもの」
私は、拳を握りしめた。
「……あなた、まさか」
「え?」
「……あの日の“告発”、あなたが裏で仕組んでたんじゃないでしょうね?」
リリアナは、ぱちりと目を瞬かせて――
「……まあ、疑われちゃってるんですね。悲しいわぁ」
そして、可憐に笑った。
その笑顔は“清らかな聖女”そのもの。
でも、今の私にはそれがただの――仮面にしか見えなかった。
「……お嬢様」
カインが、私の背後で囁く。
「彼女……妙ですね。言葉の間に“空白”がある。嘘をついている証拠です」
「やっぱり……」
私は冷静に頷く。
リリアナは、私の問いに答えていない。
“否定”も“肯定”もせず、ただ笑ってごまかしただけ。
けれど、その“逃げ方”こそが、最も“黒”に近い。
(この娘……最初から、私を嵌めるつもりだった?)
思い返せば、彼女はいつも控えめなふりをしていた。
私の後ろに立ち、私に従う姿勢を崩さなかった。
それなのに、いつの間にか周囲の人々が彼女を持ち上げ、私は“悪役”にされていた。
まるで、見えない手で誘導されるように。
(そのすべてが、“彼女の仕込み”だったとしたら――?)
「……もう少し、お話したいのですが」
「ごめんなさい、リリアナ嬢。私、長旅で少し疲れておりますの」
私は立ち上がった。
「また後日、あらためて伺います」
「ええ。楽しみにしておりますわ、クラリス様」
リリアナは変わらず、完璧な笑顔で見送った。
けれど私の中には、はっきりとした“疑念”が芽生えていた。
あの日の断罪は、彼女が仕組んだもの。
もしくは――少なくとも、彼女がそれを“知っていた”のは間違いない。
「カイン」
「はい」
「……この件、徹底的に調べて。王太子の動き、神殿の記録、そして“リリアナ嬢が接触した人物”すべて」
「かしこまりました」
カインの瞳が、戦闘前の剣のように鋭く光る。
そして私は決めた。
これはもう、ただの“恋愛ゲームの裏側”なんかじゃない。
(これは、私を陥れた者への復讐の序章――)




