第12話:“断罪”は、偶然だったのか――疑念の芽生え
──数日前、私は断罪された。
婚約破棄。名門貴族の令嬢としての地位の剥奪。
悪役令嬢として、世間から“当然の報い”とされ、
そして今、私はこの離宮で静かに暮らしている。
……少なくとも、表向きは。
(でも……最近、ずっと引っかかってる)
カインの“死神”という異名を知ったあとから、私の中にひとつの疑問がずっと渦を巻いている。
“あの日”の断罪劇。
王太子殿下がリリアナ嬢をかばい、私に怒りをぶつけた。
使用人たちは騒ぎ立て、社交界は一斉に私を見放した。
でも――おかしいのだ。
(あの時の証拠って、誰が出したの?)
捏造された手紙。偽造された贈り物。
そして、突如噴き出した目撃証言の数々。
まるで、誰かが“私を断罪するための舞台”を用意したかのように、全てが完璧に整っていた。
「カイン」
「はい」
「……私、あの時の“証拠品”、誰が出したか覚えてないの」
「……そうですか」
「ただの偶然? それとも……誰かが裏で、糸を引いてたの?」
私の問いに、カインは答えない。
その沈黙が、かえってすべてを語っているようだった。
「……もしそれが本当なら、私、利用されたってことになるわよね」
「…………」
「断罪も、婚約破棄も、全部“仕組まれてた”ってことになる」
小さな吐息が漏れる。
「……どうして今まで気づかなかったんだろう」
「お嬢様は優しい方です。信じることを選んだだけでしょう」
「……それって、愚かだったってこと?」
「いえ。それは“強さ”です」
「……あなたって本当に、そういうところだけ肯定してくるわよね」
私は思わず笑った。
けれど、心の中はざわついたままだ。
(もし、私の断罪が意図的なもので、誰かの策略だったとしたら……)
──私は、それに乗せられて、すべてを失ったのだ。
誇りも、立場も、未来も。
けれど同時に。
(……そのせいで、“彼”に出会った)
この奇妙な離宮生活の中で、私はひとりの影騎士と出会った。
彼は私を守り、愛し、執着し、狂気すれすれの想いで私に仕えてくれる。
(……本当に偶然だったの?)
その思考が胸をざわつかせる。
“私が断罪されたこと”と、“カインが私の護衛についたこと”――
この二つは、本当に無関係だったのか。
その時だった。
「お嬢様、急報です」
部屋に駆け込んできたのは、離宮の古参執事。
「王都より使者がまいりました。……王太子殿下の“命令書”を持って」
「……っ!」
「内容は、至急“令嬢を王都へ召喚せよ”とのことです」
空気が凍った。
「……何の用件?」
「それが……“リリアナ嬢の身に危険が迫っている”と……」
「…………は?」
一瞬、言葉が理解できなかった。
私が断罪されたとき、王太子が守ろうとした“聖女”リリアナ嬢。
その彼女が、今、危険にさらされている――?
そしてなぜ、“断罪された私”が再び呼び出されるの?
(……いや)
(これは偶然じゃない)
何かが動いている。
いや、最初から動いていたのかもしれない。
「カイン」
「はい」
「――王都に行くわ」
「……お嬢様」
「私はもう、“断罪された可哀想な令嬢”じゃない。真実を知るまで……もう誰にも、利用されてたまるものですか」
私は立ち上がった。
これはきっと、
“あの日”から繋がっていた物語の、第二章の始まり。




