第1話:これは私のバッドエンド。つまり、自由の始まり
「フィオナ=リースフェルト。貴様の悪行、もはや看過できぬ!」
貴族たちの非難の声が、玉座の間に響き渡る。
豪奢なシャンデリアの下、私は静かに頭を垂れ、侮蔑と憐れみの視線を一身に浴びていた。
――ようやく来た、断罪イベント。
王太子アレクセイ殿下は、眉根を寄せ、まるで腐った肉でも見るかのような目で私を見下ろす。
「君は、婚約者でありながらリリアナ嬢に度重なる嫌がらせを行い、学園での立場を脅かした。それだけでなく、召使いを使って彼女を階段から突き落とすとは……卑劣極まりない!」
……あー、はいはい。そういう流れですよね。知ってました。
「よって、王太子妃としての資格はないと判断し、この場をもって婚約を破棄する!」
ああ、きた。
この瞬間を、私は待っていた。
これが、“悪役令嬢”フィオナとして転生した私が、唯一選んだエンディングだ。
* * *
私は、前世でこの世界を舞台にした乙女ゲームをプレイしていた。
攻略対象は王太子、騎士団長、魔術師、学者、そして「隠しキャラ」――全五名。
私は前世で、その全員のルートをトロコン(全攻略)したガチ勢である。
だがその記憶を取り戻したのは、貴族令嬢フィオナとして転生し、リリアナが学園に編入してきた直後のことだった。
……そして私は悟った。
(あっ、これ……私、悪役令嬢じゃん)
ゲームでは、リリアナをいじめて破滅する嫌われ令嬢。
下手に立ち回ると、バッドエンドどころか処刑ルートすら存在するのが彼女だった。
だから私は決めたのだ。
「悪役」としてすべてのフラグを回収し、堂々と“破滅”してやろうと。
そうすれば、もう攻略キャラたちと関わる必要もなくなる。
リリアナにはハッピーエンドを迎えていただいて、私は平民として、どこか静かな田舎で生きていければそれでいい。
――それが、私の選んだ“最良のエンディング”だった。
* * *
「……では、フィオナ嬢。すみやかに宮を去るがよい」
「……御意にございます。アレクセイ殿下。長らくのご婚約、誠にありがとうございました」
深く一礼をし、私はゆっくりと踵を返す。
泣き叫びもしなければ、言い訳もしない。
誰よりも“悪役令嬢”らしく、そして気高く。
目を見開いているリリアナの顔が、遠くなっていく。
この瞬間、フィオナ=リースフェルトは、王太子妃の座も、社交界の立場も、そして――この物語の“表舞台”も、すべて手放したのだった。
* * *
「……お嬢様」
玉座の間を出たところで、ずっと私の後ろに控えていた黒衣の青年が、静かに声をかけてきた。
「馬車の準備が整っております。屋敷には戻らず、離宮へ向かう手はずに」
「ええ、ありがとう。カイン。あなたには、ずいぶん迷惑をかけたわね」
彼の名は、カイン=クロウフォード。
フィオナ専属の護衛騎士であり、王室直属の影の兵団“黒翼”の一員。
ゲーム内では、ストーリーに直接関わらない、いわば背景キャラのような存在だった。
……の、はずだった。
「――これで、ようやくあなたを“守れる”」
「……え?」
カインが、唐突に私の前に跪き、私の手の甲へとそっと口づけを落とす。
「もう“公の婚約者”も、“立場”も、誰にもあなたを縛るものはない。今からは……俺だけが、あなたをお守りします」
「ちょ、ちょっとカイン? えっ……何そのテンション」
「本当はずっと……この瞬間を待っていたんです」
瞳に熱をたたえた彼の眼差しは、いつもの寡黙な護衛とはまるで別人のようだった。
……なんか、バッドエンドのはずが、妙に“攻略後”っぽいんだけど……?
おかしい。
私、好感度なんて、一度も上げてないはずなんだけど――!?