翔太の夏祭り
夕暮れ時の夏祭り。屋台の提灯が揺れる中、小学生の翔太は、父親が買ってくれたふわふわの犬の着ぐるみを着て歩いていた。白いモコモコの生地に黒い耳、つぶらな瞳のフェイスパーツをつけたその姿は、まるで本物の子犬そのものだ。
しかし、しばらくすると翔太のお腹の奥がキリキリと痛み出す。冷たいかき氷を一気に食べたせいか、トイレに行きたくなったのだ。しかし、着ぐるみは頭からすっぽり被るタイプで、ファスナーは背中の一番下――手が届かない。翔太は周りに大人がいるのに恥ずかしくて声をかけられず、そっと腰に手を当てて悶絶するばかりだった。
「おしっこ…ヤバいかも…」
そんな思いが頭をよぎるたび、慌てて足をクロスさせ、壁際に寄ってみるが、限界は刻一刻と近づいてくる。浴衣姿の女の子たちが楽しそうに金魚すくいをする横で、翔太の頬は赤く染まり、目には涙がにじんでいた。
ついに限界が訪れた瞬間――
ぽたぽたぽた…。
犬のしっぽのあたりから、温かい液体がじわりと染み出し、白い生地を濡らしていく。翔太は声を上げて固まり、慌てて背中のファスナーを引こうとするも、生地は濡れて重く、指先に伝わる感触が恥ずかしさを何倍にも増幅させた。
「あぁ…もうだめだ…」
翔太は小さくつぶやき、そのまましばらく動けずにいた。やがて、背後から父親の心配そうな声が聞こえる。
「翔太、大丈夫か?」
振り返った父の目に映ったのは、濡れてくすんだ着ぐるみと、真っ赤になった息子の姿。父はすぐに近寄り、静かに言った。
「心配ないよ。着替えを持ってきてるから、すぐに替えよう」
父の優しい言葉に、翔太は少しだけ涙をぬぐい、深呼吸を一つ。父と一緒に人混みを抜け、手早く新しいTシャツと短パンに着替えると、不思議と気持ちも軽くなった。
祭りの夜はまだ長い。翔太は恥ずかしかったけれど、父に助けられた安心感と、「次はちゃんとトイレに行こう」という教訓を胸に、笑顔で屋台へと向かっていった。