第8話 一緒に食べる夕食
チャチェが暖炉にあたってしばらく経ち、体に温かみが戻った頃、ファルメルはキッチンで料理の仕上げをしていた。
ブランケットに包まり暖をとっていいるチャチェが鼻をすんすんときかせると、何とも食欲のそそる良い香りがしてきた。初めて嗅ぐその匂いに、お腹が減るとは、こんな時につあうんだろうなぁ、と考える。
キッチンから出て来たファルメルは、暖炉の部屋にあるテーブルへ、せっせと鍋敷きやランチョンマットやらを準備する。それをずっと眺めているチャチェ。
その間も次々と食事の準備は行われていく。蓋のついた土鍋をテーブルの中央に、ふつふつと音を立てているグラタンをその隣に、パンのカゴを反対側に置き、椅子の前に取り皿とカトラリーを並べる。
「さぁ、準備ができましたよ。食べましょうか」
「ありがとう。これらはなんて名前の料理なの?」
顔に血色が戻ったチャチェが、ロッキングチェアから立ち上がり、テーブルの上の料理たちを眺めながら質問をする。
「まずこれは、オルニスと玉ねぎとキノコのグラタン。オルニスというのは、鳥型の魔物です。氷室に少しだけ肉が残っていたので使いました」
「オルニス……」
ファルメルの放つ言葉の一字一句を興味深そうに聞く。
「そしてこれがメランケラスのシチューです」
ファルメルが土鍋の蓋を開けると、そこには大ぶりなメランケラスの肉が入った、茶色のシチューが入っっていた。
「さぁ、食べましょうか」
ファルメルは最後に、水差しとコップをテーブルにセットし、椅子に座った。チャチェも習うように向かいに座り、土鍋の肉を見つめていた。
「メランケラスってどんな魔物なの?」
「そうですね、農耕のために飼っている牛に似ていますよ。四足歩行で、黒くて、頭に前方に向いた角があります」
和牛に近い特徴だな。と、チャチェは思った。
「では、改めて。いただきます」
「いただきます」
「スプーンの使い方は分かりますか?スープの時のように使ってください」
「大丈夫、なんとなく知ってるから」
そう言うと、右手でスプーンを持つ。その様子に、うんうんと頷いたファルメルは、グラタンを取り分け、チャチェの前に置く。
チャチェは前に置かれたグラタンをスプーンですくうと、そのまま口に入れた。入れた瞬間、口の中が烈火の如く熱く、思わず口に手を当てるチャチェの目には涙が浮かんでいた。それを見たファルメルは慌ててコップに水を注ぐと、未だ固まっているチャチェへとコップを渡した。
「早くお飲みなさい!火傷してしまいますよ!」
そう言われ、目の前に差し出されたコップを受け取ると、水を口の中へと流し込んだ。口の中の熱が冷めて、ホッと息をつく。
「ちゃんと冷まして食べないと、危ないですよ」
「ごめん、あんなに熱いと思わなくて」
「これからは、湯気が出ている料理には、息を吹きかけて冷ましてから食べてくださいね」
「肝に銘じる」
潤んだ涙は引っ込み、真剣な顔で頷くチャチェに、ファルメルはそれでよろしい、と微笑んだ。食事を再開しようとするが、チャチェが不思議そうな顔をしていた。
「上顎のところに、ブヨブヨしたあ何かがある」
「おや、火傷してしまったようですね。それは水脹れです。体ば火傷を治すために水を溜めているのですよ。破ってはなりませんよ」
「これが、水脹れ……邪魔だ」
「破ってはなりませんよ」
念を押され、舌で水脹れを触るのをやめる。
「さぁ、気を取り直して夕食の続きをいただきましょう」
「うん」
ファルメルは中断していた取り分けを再開する。シチューをスープ皿へ注ぎ、二人の席の前に置いて、取り分けは終了だ。
「では、改めていtだきます」
「いただきます」
改めてスプーンを持つと、今度はグラタンをすくってから、言われた通りにふぅふぅと息をくきかけて熱を冷ます。頃合いになったのを確認して、グラタンを口に運ぶ。
香ばしい香りに、濃厚なソースがほのかに甘くクリーミーで、甘くシャキシャキしたものに、歯触りが独特のもの、噛めば噛むほど旨味が溢れ出るもの。いつまででも口の中が美味しいと、チャチェは思った。
「美味しい」
「嬉しいですねぇ、好きなだけ食べてくださいね」
続いてシチューをスプーンですくった。とりあえずスープだけ飲んでみると、とても複雑な味わいでやさしい酸味を感じる。
美味しいのだが、今まで食事をとったことのないチャチェには何味かと問われると、複雑すぎて分からなかった。二口目に肉と思しき具とスープを一緒に口に運ぶ。
「!?」
「どうしました、また火傷しましたか?」
「肉が溶けて無くなった」
また火傷をしたのかと、慌てて水差しに手をかけたが、肉が崩れて無くなった事に驚いたと言ったチャチェ。ファルメルは安堵すると共に、新鮮な反応に笑いが抑えきれず、ふふッと声を漏らす。
「肉が柔らかくなるまで煮込みましたから。他の具材も柔らかいはずですよ」
食事を必要としていないと言っていたため、食事を楽しめるか心配していたが、今の反応でその心配は不要だと感じた。
「チャチェは私が狩りと料理をしている間に、散策をしていたのでしょう?何か面白いことはありましたか?」
ファルメルは手を付けられていないパンを差し出しながら、今日の出来事を聞く。
それはさながら子供に好き嫌いせずに食べてもらいたい親が、話をして食事を楽しみながら食卓の色んなものを子供へ渡すようであった。チャチェはパンを受け取ると、指でちぎって一口食べた。
「森にただの鳥がいて、マナを見て魔物か否かを判断しようとしていたんだ。そしたら、そのそばにピクシーって言う精霊がいて、神様のこと……神託のこと聞いたんだ」
「それは良かったですね、この世界のことを少しでも知っていただけて、私も嬉しいです」
「楽しかったよ。家に帰って来れたのもピクシーのおかげ。石のまじないのこと、僕はすっかり忘れていたけど、ピクシーが思い出させてくれた」
「おやまぁ、今度あったらお礼をしないといけませんね」
「うん」
そうやって初めて一緒にとった夕食は、穏やかに進んでいった。ファルメルにパンをシチューのスープにつけて食べると美味しいですよ、と教えてもらって、実際にやってみたらとても美味しかったり、グラタンをおかわりしたりなど、この夕食はチャチェが食事に興味を持つきっかけとして大成功したと言える。
今日あったことを話すチャチェは楽しそうに見えたし、食事も残さず食べたのだから。
夕食が終わって、チャチェは初めに看病されていた時の部屋に通され、見事にベッドメイクされたベッドから、窓を見ていた。
外の闇を見ながら今日を思い返す。目が覚めてからずっと、新しいことだらけだった。新しい世界、新しい師、精霊たちや、日常に根付いた魔法、魔術という存在。これからの生活が少し楽しみになった。
未来に期待を抱きつつ、チャチェは布団度かぶり眠りについた。