第7話 暖かいブランケット
ファルメルに見送られたチャチェは、家から出て西へ向かう。少し歩いたらそこは、木々が生い茂る森となっていて、小さいが川もあり、命の育みを感じ取れる場所であった。チャチェはある事が気になっていた。魔物を食用とし、経済動物として数種の生き物と共存しているような話だったが、その経済動物たちは魔物と全くの別物なのか、単に自分たちを襲わない魔物の事を動物と呼んでいるのか。
果たして自分が見ただけで判別がつくかは分からないが、何か目的があった方が散策も有意義になるので、森に魔物以外の生き物がいないか、探しながら歩いた。すると、早くも気に留まる小鳥を見つけた。
「一見、普通の鳥に見える」
自分のマナを見るように、小鳥を注視してみる。微かに体からマナが漏れ出ているが、人を襲うようには見えなかった。
「しまった、この世界の生き物の理を聞いておけばよかった」
生き物の理とは、その生き物を構築する概念の事だ、地球には様々な説があるが、現代では細胞から出来ている。と定義されている。歴史の中ではあらゆるものが気の塊で出来ており万物は皆同一と言う考えもあった。この世界はどうなんだろうか。もし、マナ=気ならばマナの有無で魔物かどうかを判別できなくなる。
「あれれー?こんな所に人がいるー」
小鳥を見ていると、後ろから子供の声がした。チャチェは振り向くと、そこには誰もいない。
「もしかして、僕の声が聞こえるのー?もっと下だよー」
目線を下にやると、尖った耳に緑の服を着た全長二十センチ程度の、ナイトキャップを被った小人が木の根元にいた。小人は小走りでチャチェの元にやってくる。
「初めましてだよね、ぼくはピクシー。お散歩をしてたら、人の気配がするからやって来てみれば、僕のことが見える人だったなんて!」
「そう、僕はチャチェ。よろしく」
「よろしくね!チャチェ。ところで、なんで鳥をずーっと見てたの?」
「魔物以外の生き物もいるのかと思って」
「あったりまえだよ!小鳥だっているし鹿だっている!」
「それでも簡単に手に入る動物じゃなくて魔物を狩るって事は、そんなに魔物が生活に影響を及ぼすほど、大量にいるってこと?」
「魔物も動物と変わらないくらいいるよ!場所によっては動物よりたくさんいる。魔物も繁殖するからね!」
「なるほど」
精霊の言っている事だから、人の認識とは少し違うかもしれないが、何となくこの世界の事が分かった気がした。
「チャチェはどこからやって来たの?少なくともこの森にはいなかったよね?こーんな大きなマナ、近くにあったら知らないはずないもん」
「僕は、ファルメルのお家でお世話になってるんだ」
「ファルメルの?だったら僕も知っててもおかしくないと思うんだけどなー」
「最近までの記憶がなくて……名前くらいしか分からないんだ、ごめんね」
シルフィーの時に使った記憶喪失という設定をここでも使う。ファルメルと前の世界での力を使わないと約束した以上、世界を転移した事は秘密にした方がいいだろう。
「じゃあ、この世界の神様のことも分からなくなっちゃったの?」
「神様?五神がいることはファルメルから聞いているよ」
「神託の話も聞いてる?」
「神託?それは聞いてないかな」
チャチェがそう答えると、ピクシーは誇らしげに『ぼくが教えてあげるね!』と話し始めた。どうやらこの世界の神、五神にはそれぞれの自分を崇める国に聖女という、専属の祈りを捧げる女性がおり、大陸全土を揺るがす程の災害が起きる時に、神託という形で祈りを捧げる聖女に言葉を届けるらしい。
「神はどうしてそんな大きな災害の時しか信託を授けないの?」
「それは、ぼくにも分からないよ。もしかしたら大陸生まれの精霊じゃなくて、神界の精霊なら知ってるかもね」
「大陸生まれ?」
「精霊は神に創られたものなんだけど、生まれ落ちた場所が大陸か、神界か、という話だよ。精霊はどっちの世界にもいるけど、大陸と神界を行き来は出来ないんだ」
「なるほどね。面白い話をありがとう」
「どういたしまして!」
そうやって雑談をしていると、あたりは段々と暗くなってきていた。自然の寒さに身震いをするチャチェ。今まで寒さや暑さなんて感じたことなかったのに……と二の腕をさする。
「もう夜になるよ、ファルメルのところに戻った方がいいんじゃない?」
「そうする、肌寒くなって来ているしね」
帰ろうとしたチャチェだが、振り返ると森が続いていてファルメルの家の場所が分からなくなってしまっていた。方向音痴ではないはずなんだけどな……と途方に暮れていると、ピクシーがチョンチョン、と足をつつく。
「なに?」
「ファルメルの家がわからなくなったんでしょ」
「良く分かったね」
「この森、時間によって姿が変わるんだ。ファルメルから何かもらってない?お守りとか」
「これのこと?」
ピクシーに指摘されて、はたと思い出す。そう言えば、道に迷わないまじないをこの石にかけたと言っていた。
「そう言えば、念じれば家への道を指し示すと言っていた」
チャチェは石を手で握り締め、家に帰りたいと念じた。すると、石が微かに震え出し、握り締めていた手を開けると、石はほのかに光を放つ。光は段々と明るく範囲が絞られていき、線状になった光は、一点を指し示していた。
「その光の方角にファルメルの家があるよ」
「分かるの?」
「分かるよ!古い有名な魔法だもん」
「話、ありがとう。また、会えるかな?」
「会えるよ!ファルメルにお世話になるなら、またきっと会える。またね!」
その言葉にチャチェは頷くと、手を振ってピクシーに別れを告げた。光の指し示す方へ向き直り、小走りで光の方向へ進んで行った。肉体を持って始めて分かる、寒さがどれだけ堪えるか。一定のリズムでほのかに白い息を吐きながら、森の中を駆けていく。時折り、寒さを紛らわすように腕をさすりながら。
しばらく走った頃、前方に石の光とは別の光が見えてくる。家の明かりである。その明かりがだんだんと大きくなっていき、家の姿がはっきりと見えるようになった時、チャチェはふと、安心した。これでやっと暖かい場所にありつけると。足早に家へと近寄り勢いよくドアを開けた。
家の中に入ったチャチェは息を整えながらファルメルを探す。すると廊下の向こうのドアがゆっくりと開き、向こうからファルメルが姿を現した。
「おやおや、そんなに慌てて……寒かったですか?」
「うん、寒かった」
「私ったら、狭い結界ですから、まさかこんなに遅くなるとは思いもよらず。薄着で出掛けさせてしまいましたね……今、ブランケットを持って来ますから、部屋に入って暖炉で暖まってください」
ファルメルはチャチェの肩に手をやると、さあさあ、と部屋にチャチェを押し込むと、暖炉の前のロッキングチェアに座らせた。暖炉の火を確認し、急いで別室にあるブランケットを取りに行く。
少し経つと、パタパタとファルメルがブランケットを持って戻ってきた。暖炉の火に当たっているチャチェに肩からブランケットを羽織らせると、ポンポンと肩を叩き、寒かったわね、と微笑んだ。その一連を見ていたチャチェは、暖炉のおかげかブランケットのおかげか、凍えていた体が温まるのを感じた。