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第5話 分からない事ばかり

「さ、スープが冷めてしまいます。私は隣の部屋で薬を作っていますから、ゆっくりお食べなさい」

「ファルメルは食べないの?」

「私は先ほど食事を摂ったばかりなので、夜は一緒に食べましょうか」

「うん」


 別にファルメルと一緒に食べたいからそう言ったのではない。ただ自分と違い栄養を摂取する必要があるファルメルが、食事を摂らないことに疑問を感じたためである。


 その事を何となく察していたファルメルではあるが、栄養を摂る必要のある自分を気にかけたことも事実であり、それがチャチェの人格形成の第一歩であると考えたため、喜んで夕飯を共に摂る事を告げたのだ。チャチェの反応はそっけないものだったが、ファルメルは今はそれでもいいと思った。


 彼女が部屋を出ていくことで一人残されたチャチェは、とりあえずスープを啜る。スープを飲むたびに体が温まるのを感じる。初めて料理という物を食べたので、自信はなかったが、おそらくこれが美味しいというモノなのだろう。と考えていた。


 食事は口内で咀嚼して食べるモノだと記憶していたが、ファルメルのスープに噛む要素はあまり無い。この、噛む要素が少ないのにも、意味はあるのだろうか、と考えてみるも、チャチェには見当もつかなかった。


「分からないことばかりだ……」


 一人言葉をこぼす。食事のことも、なぜか自分が受肉していることも、自分に備わっている膨大な魔力のことも。


 分からないことだらけで、チャチェは頭を悩ませていた。魔力は何をもってしてその量を決めるのか。研鑽した時がその量を決めるのであれば、納得はいく。存在してからずっと悪魔を屠ってきた。その時間を糧に魔力が量を増やすなら、かなりの魔力量になるだろう。


 自分だけで考えていても、想像の域を超えないため、ファルメルの手が空いた時に聴く必要がある。食事についても、実は良く分かっていないまま食している。これの何が心を豊かにするのだろうか。

 

 心、チャチェが分からない事の一つである。考えに耽っていると、ふとファルメルの言葉を思い出す。


 スープが冷めてしまいます。と、彼女は言った。ゆっくり食べると良いとも言っていたが、冷める前に食べてしまった方が良いのだろう。そう完結させ、冷めぬうちにスープを口に運んだ。ほぼ肉しか原型を留めていない、とろとろのスープを咀嚼する。


 スープを食べ終えたチャチェは、暇を持て余していた。いくら重症だったとはいえ、今はもう完治している。何となくトレーを膝の上に乗せたまま微動だにせず、ぼーっと窓の外を見つめていた。そうしていると、コンコンとドアをノックされる。


「はい」


 チャチェが返事をすると、ゆっくり扉は開かれ、ファルメルが入ってきた。


「もうそろそろ食べ終わる頃かと思いまして。お腹は膨れましたか?」

「たぶん、膨れているんだと思う」

「それは良かった。体は大丈夫ですか?」

「大丈夫、全快してる」


 ファルメルは安堵の気持ちでホッと息をついた。


「そうですか、ではベッドの上にいるのも暇でしょう。小屋の近くを見て回ってはいかがかな」

「いいの?」


 ファルメルの提案に、微かに目を輝かせるチャチェ。虚空を見つめるくらい暇していたのだから、動けるのが嬉しいのだろう。


「家を中心に、小さいものですが結界を張って置きました。簡易的ですけどね。後日もっと広い範囲に結界石を置いて、長期的な結界を貼ります」


 ファルメルはチャチェが食べている間に、森にも結界を張っていた。チャチェが外の空気を吸えるように。意識が戻っては、家の中に閉じ込めておくのも可哀想だと思ったためだ。


「私はその間に夕食の狩りをしてきます」

「狩り?」

「えぇ、氷室に肉がもうありませんから」


 まだ、少ししかチャチェと過ごしていないファルメルでも分かるほど、チャチェの顔は連れて行って、と言っていた。それに気が付いたファルメルは、子供を宥めるように優しく答える。


「仮に連れて行きたいのは山々ですが、チャチェは体から溢れるマナが大きすぎます。獲物が怯えて逃げてしまう。力を抑える修行をする中で、そのうち一緒に狩りに行きましょうね」

「マナが、大きすぎる……」

「そう、魔物もマナの量で自分に敵うか否かを見ていますから。森を見て回るのも良いものですよ。シルフィー達以外にも、精霊は居ますから。もしかしたら会えるかもしれません」

「うん……」


 見るからに元気を無くしたチャチェに、少し困った様子のファルメルは言葉を続ける。


「必ず、一緒に狩りに行くと誓いましょう。ですから、今は少しだけ我慢してください」

「うん……分かった」

「分かっていただけて、嬉しいです。夕飯に食べたいものはありますか?私が作れるものなら、お作りしましょう」


 チャチェを少しでも喜ばせようといつ気持ちからの言葉だが、チャチェの表情は曇ったまま晴れなかった。ファルメルは気を引くのに失敗してしまったことに気付いた。


「この世界の料理というものがわからない……」

「おやおや、すみませんでした。こちらに来たばかりという事を失念していたようです」


 ファルメルは謝ると、次の質問を考えたが、肉が食べたいか魚が食べたいか聞こうにも、チャチェはそのどちらも食べたことがなく、味を知らないのでは無いだろうか?と思い至った。少し悩んだ後もういっその事、自分の得意料理を食べさせてあげてはどうか、と考えた。


「では、今日のところは私の得意料理を食べてみるのはどうでしょう?」

「質問に質問で返してしまって申し訳ないけど、なんで?」

「チャチェはまだ、肉も魚も野菜も食べたことが無いのではないですか?食べた事も無い物の中から、食べたいものを探すのも大変でしょう。ですから、私が作る物の中で、一番味が保証されている物を食べてみてはどうかと思ったのです」

「なるほどね、じゃあそうする」


 チャチェの顔は、また無表情とも言える感情の読み取れない顔に戻り、ポーカーフェイスをしている訳でもなさそうで、その事にファルメルは、気を反らせられたようで良かったと思った。


「では、私は狩りに行きましょうかね。獲物が獲れるよう、祈っていてください」

「僕がこの世界の神に祈るのかい?」

「おぉ、そうでした。違う世界の神の使徒でありましたね。つい、普通の方に言うように言ってしまいました。」

「“元“使徒ね。まぁいい、ここの五神とやらに祈っておいてあげるよ」


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