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第4話 初めての食事

  食事は心を豊かにするので、ぜひ食べてくださいね。と言われ、心というものについて考えながら食事を待っていたチャチェに、話しかける者がいた。


「あらあらあらあら、大切な友人であるぅ、ファルメルに会いに来てみれーっば、すんごく食べ応えのありそうなマナを出してる子が、いるじゃありませんこーっと」


 声のする方へ顔を向けると、そこには手のひらサイズで、蝶の羽を生やした女性のような生き物達が窓の外を飛んでいた。己も肉体を持っていなかった生命だったためだろうか、チャチェは一目でその生き物が肉体を持たない生命体だと感じ取った。


「君達は、誰?」

「あーらあらあら、予想はしてましたが、貴方様、わたくし達が見えますのねぇ。うーふふふふ、ふふ、ふふふ。君だなんて素っ気ない言い方は、しませんでくださいまっし。わたくし達の事は、どうぞ『シルフィー』と、お呼びくださいませぇ」

「見えますのねって事は、やっぱり普通は見えないんだ」

「まあまあ〜、ファルメルったら、そぉんな事も話していませんーの?わたくし達は精霊でございますわっよ」

「僕は今日目覚めたばかりでね、ファルメルもこの世界のこと、簡単にしか話す時間がなかったんだ」


 シルフィーはくるくるとチャチェの周りを飛ぶと、ははーん、ふーんと独り言をこぼしながら品定めをする様に見つめる。その間チャチェはシルフィーを眺めながら、ここはもしかしたら地球にかなり近い、惑星なのかもしれない、と思っていた。偶然なのか、地球と同じ名前の精霊がいる様だし、気に留めていなかったが、言語が普通に理解できる。


「この世界のこと、と言いましたかしーら?まるで世間のことを知らない様な口振りですわっね。どぉこから来たお客様なのかしっら?」


 目ざといな、チャチェはそう思った。起きたばかりで頭が働いていなかったのか、ファルメルという善人に充てられて緊張が緩んでいたのか『この世界の』なんて言葉が出てしまった自分の失態だ、間を開けるのも良くない、すぐに答えなければ。


「実は記憶がないんだ。自分がチャチェという名前なのは、分かるんだけど。どこに住んでいて、何をしていたのかも……分からないんだ」

「あーらあらあらあら、そうでしたの。それは大変ですこっと。そこをファルメルに拾われましたのーね。幸運ですっわ。それでファルメルは何処なのかしーら」

「食事を作りに行ったよ」

「ファルメルの料理は美味しいですわっよ!食事が必要ない私達も食べたくなっちゃうんですのーよ!」


 チャチェは、上手くかわせた……と内心息を吐く。そんな話をしていたら、ガチャと部屋の扉が開いた。そこにはスープを乗せた台車を押すファルメルが居た。


「おや、シルフィー来てたのですか。では蜜入りの紅茶でも淹れてきましょうか」

「そぉーんな!お構いございませんことよ。知らないマナを感じたので、ファルメルに聴きに来ただけですもの」

「それでチャチェ殿に偶然会って挨拶してたんですね」

「あーら、わたくしとした事が!隣人様のお名前を聞き忘れていましたーわ。チャチェと言いますのーね、覚えましたわ。これからよろしくしてくださいまっし」

「うん、よろしく」


 シルフィーは、くるんとチャチェの前を旋回していくと、窓から外へと飛び立っていった。


「聞きたい事がたくさんあるでしょうが、今はひとまず食事にいたしましょう。自分で食べられそうですか?」

「うん、大丈夫」


 ファルメルはトレーに乗せたスープとスプーンをベッドから上半身を起こしているだけの、チャチェの膝の上あたりに置く。布団越しにじんわりと暖かさが太ももの辺りに感じられる。


「いただきます」


 この世界での食事を摂る前の挨拶がどんなものかわからないので、とりあえず元いた世界の挨拶をしてみる。食事の前の挨拶があるのかさえ知らないが。何も言ってこないということは、別にこれでも構わないのだろう。


 知識としてしか知らない挨拶を発して、スプーンでスープを掬って口に運ぶ。スープは優しく上品な味わいで、ゆっくりとお腹を温める。チャチェは初めての感覚への多少の驚きと、これが心を豊かにする感覚だということに意識を持っていかれていた。


 味は、美味しいのだろうと思った。今まで物を口にした事がなかったため比べる対象がないが、チャチェはこの味が好ましいと思った。


「口に合いましたか?」

「美味しいと思う」

「それは良かった、グランホーンという魔物の肉と野菜を煮込んだスープです。栄養満点ですよ」

「僕が栄養取る必要ってあるのかな。それも気になるけど、ファルメルたちは魔物を食べるの?食用の家畜とかは居ないんだ」


 チャチェは、居てもおかしくないと考えていた。人類が野生の動物を捉えて生活を営んでいた未開時代に比べて彼女らの生活は文化的で、安定しているように見えたためだ。


「家畜として飼っているのは主に乳を絞るための牛という動物や、卵を取るための鶏という鳥類ですね、移動手段に使われる動物もいます」


 産業動物はいるようだ。やはり、とも思う。地球にだって新石器時代からいるのだから。まともな作りの部屋がある家屋がある時点で、それなりの文明があると分かる。


「ですが、基本的に食肉用の家畜は居ません。魔物を狩ればいいのですから。魔物が増えては生活に支障をきたす、魔物を狩る行為は、それだけで安全と食に利益をもたらします。強い魔物ほど美味しく、高値で取引されます。そうやって私たちの世界の命は、回っているのですよ」

「なかなか逞しいんだね」


 どうやら、家畜を育てるくらいなら、魔物を狩った方が一石二鳥であるため畜産が定着しなかったようだ。


「魔物の死骸を放置しておくと、それを狙う魔物が寄ってきてしまいますから。いい処理方法だとは思いませんか?」

「いいと思うよ」


 素直な感想を口にしながら、チャチェはファルメルの話を興味深く聴く。


「あと、栄養を取る必要があるのか、という話ですが。栄養を摂るのは、何も生命を維持するためだけではありませんよ」


 優しい笑顔を浮かべ、ファルメルは続ける。


「美味しい物を食べれば心が元気になりますし、力も湧いてきます。体力面だけでなく、気力も回復するのです。これからチャチェ殿に大切な人ができれば、その人との食事がチャチェ殿の力となるでしょう」

「大切な人か……想像もつかないな」


 今までずっと一人だったチャチェにとって、大切な人というのは、本当に分からなかった。同時に嫌いな人というのもわかっていなかった。


 全ての知的生命体は、存在に価値はあれど、自分と共に歩む必要も機会もないためだ。堕天をしたものの、転移して追手がなくなった今、天界のことを疎ましくは思っていないし、悪魔にも何の感情も抱いていない。


「今はそうでしょう、何もかもこれからですよ。チャチェ殿の生涯は長い、色々な人と出会うでしょう。その中にきっとチャチェ殿を想い、チャチェ殿が想う人も現れると思いますよ」

「その、チャチェ殿っていうのやめてよ。僕が君に教えを乞う側なんだからさ、チャチェでいいよ」


 チャチェは居心地が悪そうに答えた。


「分かりました。それではチャチェ、これからよろしくお願いしますね」

「うん、よろしく」

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