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第2話 光の向こう

 ある日、山の中に突如現れた羽の生えた人をファルメルが看病し始めてから三日が経った。ベッドに横たわる羽根の人の腕には、力を抑制するブレスレットが輝いている。気を失っていても尚、ビリビリと肌に感じる力を抑えるため、勝手にだが着けた物だ。家にも羽根の人の力を隠すために結界を張り、なんとか存在を隠せているあろうという状態だ。


 そろそろ目覚めて、何か栄養を取らないと、体力が衰退してしまう。そんな心配をファルメルがしていると、羽根の人の目がゆっくりと開く。


「大丈夫ですか?私の声が聞こえますか?」

「ここ、は……貴女は、だれ?」


 羽根の人は具合は悪そうではあるが、意識ははっきりとしているようだ。紅い瞳がファルメルを捉える。その感情の読めない透き通った瞳に、少し恐怖を抱く。


「ここはアースガルズ王国、ムースペッルの外れにある山の中です。私の名はファルメル。自分の名前は分かりますか?」


 ゆるゆると瞳がファルメルから天井へ向けられ、名前……と呟いた羽根の人は、起き上がるそぶりはなく、少し考え事をしている様子だ。


「僕は、チャチェ。僕に話しかけているという事は、君は僕が見えているんだね?」


 チャチェは視線だけをファルメルへ向け質問した。


「見える、とはどういう事でしょうか」


 聞いたことのない地名、初めて感じる空気。おそらく自分は異世界への転移に成功したのだろう。そう考えたチャチェは、ファルメルと名乗る女性の、自分のことが見えるのは当たり前と言うような反応に対して少し考えていた。重たい体を何とか起き上がらせ、ペタペタと自分の体を触る。普段とあまり変わらないような気もするが、何か違和感がある。よく見れば、羽根も仕舞われずに出したままだったようだ。考え込んでいる様子のチャチェに、ファルメルが言葉を投げかける。


「私がチャチェ殿を見えるの事を不思議なようにおっしゃいますが、もしかして、チャチェ殿は本来、肉体がなく、精霊のような立場だったのでしょうか?」


 精霊……?と首を傾げたが、はたと気づく。そうか、自分が感じ取っていた違和感は、あるはずもない自分の肉体に、自分が入っているからだ、と。


「なるほど、そういう事か。大体合点がついた、その認識で間違いないよ。もしかして、僕の体を治してくれたのも、部屋で休めてくれたのも、貴女なのかな?」

「ええ、それはもう酷い怪我でしたから、無事意識が戻ってよかったですよ」

「関わったのは短い時間だけど、貴女は誠実で善良な人のようだ。さて、治療のお礼に質問にお答えしようと思うのだが、どこから説明したものか……」


 チャチェは、自分が神の使いである天使であった事、自我が芽生え神の命令に背いて堕天した事、格上の天使に追われ傷を負った事、自分で転移の術を使ってこの世界に来た事を簡単に順を追って説明した。最初は信じられない様子だったファルメルも、彼が転移し、こちらに来た時の状況や、彼自身の人ならざる強大な力を思い出し、とりあえずは信じることにしたらしい。


「なるほど、信じがたい話の内容ですが、本当なのでしょう。神の使徒であるなら、チャチェ殿の強大な力にも合点がいきます。私からも、軽く説明させてください。この世界について。さて、まずは自己紹介をさせてください。私の名はファルメル、魔法使いです」


 ファルメルはそう言うと、手のひらに魔力を込め『光の蝶を生み出す魔法』を魅せる。チャチェは透き通った瞳を輝かせながら、生み出された蝶を眺めていた。


 さて、とファルメルが手を打つと、蝶は光の粉になり宙に溶けていった。その言葉を起点に軽く世界の説明をした。今いる場所はソレイユ大陸のアースガルズ王国だと言う事、ソレイユ大陸は魔術が発展している事。この世界にも神がおり水の神、木の神、火の神、土の神、金の神がおり、五神と呼ばれている事。神の僕は特におらず、精霊が神と共に暮らしている事。それらを聞いたチャチェは自分にもっとこの世界のことを教えてくれないか?と言った。


「もちろんいいですよ、私としても願ってもないことです」

「それと……」

「それと?」

「僕に魔法を教えてほしい」

「魔法に興味を持ってくださったのですね、ありがとうございます。ですが、今の大陸は魔術が統べる時代、魔法はもう絶滅危惧種ですが、いいのですか?」


 ファルメルがそう微笑むと、チャチェは強く頷き、真剣な顔で言葉を紡ぐ。


「魔法がいいんだ、貴女の、ファルメルの魔法がとても美しいから」

「あらあら、まあまあ、なんとも嬉しいことをおっしゃるのですね。とても光栄です。私にとっても願ってもないことですよ」

「じゃあ」

「ええ、よろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくお願いします」


 柔らかい空気の中、お互いにお辞儀をしていた二人だが、ファルメルが微笑みから真面目な顔になったことで、空気が引き締まる。


「ですが、私がお教えするには条件があります。一、天使の力を使わないこと。二、魔法を扱うにあたって私の言うことを聞いていただくこと。三、世界の調和を念頭に置いて、行動すること」

「それは構わないけど、どうして?」

「一に関しては、余りにも個の力が大きすぎます。世界の均衡が崩れるほどに。貴方の力を求め戦争だって起こり得ます。それ以上の人災だって可能性があります。二と三は、魔法使いの慣わしのようなものですね」

「なるほど、分かったよ」

「お話しできる機会がやっと来ました、天使の力を無にすることは可能ですか?であれば、今すぐなさってください、チャチェ殿の力に魔封じのブレスレットも結界も耐えれそうにありません」

「え、あぁすまない、感知できないように抑えるよ」


 そう言うと、チャチェは天界から隠れていた時のように、天使の力を体内に収め、羽根を仕舞った。一見するとただの人間の少年のようになった。異界の力が収まっても、まだ迸るような力の波動にファルメルは内心感心した。


「天使の力を抑えても、こちらの世界で言うところのマナ、体から溢れる生命力ともいいましょうか、そちらがだいぶ大きいようですね。後からまた説明しますが、まずは人並みにまでマナを抑えられるようにしましょう」


 笑顔の横で手と手を合わせる。子供をあやす様な優しい口調にはおくびにも出さないが、ファルメルの手の平は少し汗ばんでいた。約束はしてくれているが、この少年が少しでも自分に力を振るえば自分など消し飛んでしまうだろうと、考えているからだ。慎重に、しかしそれを悟られないように、この子に力の制御と、力持つものの在り方を教えなければ。ファルメルは心の内で、そう覚悟した。


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