在りし日々に
見渡す限り地平線の先まで広がる永久凍土。
草木は枯れ果て地上の約九割の生物、動植物が死に絶えた。
ここは地上拠点オルテンシア
地下に続く洞穴への目印用に作られたロッジのようなものだ。
わたしたち生存者の殆どは地下に生活環境を築いている。
最後の希望というにはあまりに皮肉な名前だ。
「___様、あまりここにいては体が冷えてしまいます」
痩せこけた男が不安そうに声をかけてくる。
「大丈夫です。もう少ししたら戻りますので。貴方は下がっていてかまいませんよ」
「…かしこまりました。御早いお戻りを。___様に何かあればこの世界は本当に終わってしまいます」
「………」
わたしに何かあればこの世界が終わる?
飽きれた男だ。
世界の大半が永久凍土に変わり今日食べる食料すらまともにありつけない。
昨日生まれた子は今日死んだ。
オルテンシア幹部はつい先程一名餓死、二名が衰弱死した。
楽しかった思い出の場所はもうない。
尊さんは…みんなはもう戻らない。
これが絶望以外になんだと言うのだ。
もうこんな世界終わっているんじゃないか。
わたしに…生き残っただけのわたしに何ができるというのだろうか。
楽観主義の老害共はこの状況になってさえ危機感がわからないらしい。
親の腹に危機感をおいてきてしまったのだろうか。
いっそ私が老害どもを皆殺しに新しい政権を作る…?いやそんなことに意味はないだろう。
数少ない生存者を減らす行為は自殺行為だ。
「やぁ随分浮かない顔しているね、悩みごとかい?」
見慣れない長身の女性がいつの間にか背後に立っていた。どこか異質な雰囲気だが敵意が無いのは伝わってくる。
だが問題なのはそこじゃない。この世界の人口は減りすぎた。
ここら一帯の人間や魔族の生き残りの顔は覚えている。
この女のことは顔も名前も知らない。面会の予定もない。何者だ。
「失礼ですが貴女はどなたですか?」
「私が誰だってどうでもいいじゃないかお嬢さん。それより世間話でもどうかな」
「名前も知らない方と話す事はございません」
「慎重なお嬢さんだ。しかし石橋を叩きすぎるのはよくないね、渡る前に壊れてしまったら元も子もない」
「…」
「そんなに警戒しなくてもいいよ。名乗る意味が無いと思っただけさ。私はね、九十九操那というんだ。これで知らない方ではないね」
はい握手、と手を差し伸べきたが私は断った。
妙な違和感。この世の理から外れているような異質。場合によってはここで殺しておかねばならないかもしれない。
「私を殺すきかい? やめておきたまえ。やれやれせっかちなお嬢さんだ」
オーバーに手を振ると胸元のポケットから何かを出した。
その動作があまりに自然だったので武器だったら殺されていたかもしれない。しかし出てきたのは魔導具だった。
五芒星を描いた星型で手のひらサイズのアクセサリーだった。
明らかに異質な魔力を持っている。おそらく特級クラスの魔導具だろう。
「名を『流転の明星』時を遡る事ができる魔導具さ」
「…!」
時を遡る? そんな荒唐無稽な魔法も魔導具も聞いたことがない。しかし目の前には見たこともない謎の女、そして異質な魔力を持つ魔導具。
「興味が湧いたようだね。今日はこれを君に渡しにきたのさ」
「…見ず知らずの私に何故そんなことを?」
流転の明星の効果はさておき、食料も住む場所もないこの世界で特級クラスの魔導具を渡しにきた?
何か裏がある。そう考えるのが自然だ。真意を確かめなければならない。
「君ならこの腐った未来を変えられる。そう思ったからだよ」
「答えになっていません」
「“答え”になってないかもしれないが私はたしかに“応え”はだしたよ。君には才能がある。世界を変える才能がね。君は生かしてもらったのではない。生きるべくして生きのびたのだ。紛れもない君の実力でね」
「…」
意味がわからない。わたしはただの臆病物だ。誰も守れず、何もなしえなかった。そんなわたしに……。
「まぁ私にこれは必要ないから置いていくよ。気が向いたら使えばいいし、いらないなら捨てるといい。魔力を込めれば使えるよ」
じゃあねと足早に彼女は去ろうとした。
「待ってください」
「まだなにか?」
「貴女は本当に何者なのですか? 私はこの辺り一帯全てを管理していますが貴女の顔は見たことがありません」
「興味を持ってくれるのは嬉しいんだけどね。私について語れることは『数多ある道具の一つにすぎない』ということだけさ」
「道具…?」
「そう。じゃあね、健闘を祈っているよ」
待ってと手を伸ばすも不意な吹雪とともに彼女は凍土に消えた。
辺りを見渡すが影も形もなかった。まるで最初から存在しなかったかのように。
「___様、もうじき吹雪が来ます。早く中へ…」
「はい。今行きますね」
わたしの手元にはしっかり流転の明星を握っていた。
彼に見えないようこっそりポケットにしまい部屋の中へ戻ることにした。
その夜少し考えてみた。
彼女の言う事が嘘であろうと本当であろうと、彼女が異質な存在である事に違いない。
そして流転の明星。効果は不明だがこれは確かに貴重な魔導具だ。
これが本当に時を遡ることができるのか?
その後わたしはどうなるのか…
何もわからなかった。
だが答えは案外簡単に出た。仮にわたしが死んでも変わりはいる。
それならば、
何もしないで死ぬくらいなら、
藁にもすがる思いでわたしは流転の明星へ魔力を込めた。
後悔はない。
あり過ぎて数えられない。
流転の明星は青白く輝くとわたしの意識を闇の中へ奪っていった。
そしてすぐに理解した。この魔導具は本物であり、この魔導具を使う代償を。
理解した上で闇へ意識を任せることにした。
もし叶うなら
こんな私でも力になれるなら
未来を
あの平和だった日常を
取り戻したい
たとえそこにわたしがいなくてもかまわない
いったいどれくらい意識を失っていただろう。わたしは草原に寝転んでいた。あれ、冷たくない。そもそも凍土が見当たらない。
そうか、わたしは本当に………
あの日に戻ってきたんだ。
*
くふふ…嗚呼世界が崩れていく、彼女は無事過去へ飛んだようだね。
九十九は崩壊する世界をまるでテレビのコマーシャルを流し見る程度の感覚で眺めていた。
彼女にとって起こりうる一つの世界なんてその程度の価値しかないのだ。
そう、それでいい、君には才能がある。
世界を変える英雄のような才能…なんて事は絶対ない。
彼女の才能は
『世界を変えるため生贄となる才能』
精々道化を演じて哀れに救われるといい。
*
…むにや…もふもふ…
僕はいつものように猫の獣人、セレナを抱きしめて眠っていた。どちらかといえば僕がセレナの抱き枕にされていると言ったほうが正しいかもしれない。
窓から差し込む陽光に照らされた彼女の白い髪…とおっきな猫耳!!
朝からもふもふでおっきな猫耳をもふれるなんて幸せだ。このまま二度寝して明日まで寝よう。うんあと二十四時間…すやぁ…
とんとん、と扉をノックする音が聞こえる。
気のせい…気のせいだ。僕は狐、春夏秋冬冬眠する生物だから。
「ニア様失礼します。急用ですので早速で申し訳ないのですがお着替えさせていただきますね。ぐへへニア脱ぎたてのパンツ…ぐへへ。おやセレナ様もまだ就寝中でしたか。ではこちらも失礼して…ぐはっ」
「さわんにゃ! 変態メイド!」
朝からテンションの高い女性。褐色で高身長、紫色の腰までかかるロングヘアーのかっこいい狼のメイド、ブルーメリアだ。
彼女は僕のパジャマを脱がすと隣で寝ているセレナのパジャマも脱がそうとして猫パンチされていた。
ちょっと羨ましい。
「照れなくてもいいのですよ」
「照れてないし! 自分で着替えるからって離せ力強!?」
ブルーメリアとセレナはいつもの脱がし攻防が始まった。ブルーメリアは力が強いのでセレナが負ける。
「あのさ一応聞くけど、急用って?」
「魔王冥蘭様がお呼びです」
…うん。二度寝しよう。
僕は二人の攻防を横目に二度寝することにした。
その後ブルーメリアにお姫様抱っこで連れて行かれるのはまた別の話である。
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