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魔女と大佐と王子様  作者: フェニックス小川
第一章
7/24

カーニバルの夜、耳飾りの約束

翌日




レガリア区7番街

モーラン広場 朝ー


ビロード区でこの5年ほど過ごしていた私は、レガリアの景色の華やかさに圧倒されていた。建物は勿論、人々も洗練されていて所謂都会を感じる美しい街並みだ。


昨日よりずっと街の全てが美しく感じるわ。

これが都会パワー?



馬車の中から流れてゆく外の景色を見ながらそう思った。

昨日は急遽引越しということもあり、馬車には荷台がついて荷物が少し乗っている。

正直仮住まいさせてもらう寮は家具付きで、生活に必要な最低限のものは全て揃っており、身体ひとつで引っ越せる状況だそうで、この持ってきた荷物ですら要らなかったかもしれない程だそうだ。


馬車の中にはエリク、デューイ、私。

そして……


大層機嫌が悪そうにしているミラがいた。


『用意はできてるよね?悪いけど引越しは今からしてもらうよ』


『あ!!

そうだったわ忘れてた、急がなきゃ!!』


朝、いつもの様に家の前に立っているデューイとエリクに急かされながら、必要最低限の荷物とミラを連れて、私は今は使用されていないその軍の寮に連れていかれる事になった。



ビロードのアパートの家賃も軍が負担してくれるそうだから、荷物をまとめる必要が無いのが有難いわね。



私は機嫌の悪そうなミラを見ながら眉を寄せてついつい困り笑いをしてしまった。



…人間嫌いのミラと言えど、ちょっとこの態度はよくないわよね。



そんなことを思っていると、ようやく目的地にたどり着いたようで、我々は馬車を降りた。


着いたのは…今は使用されていない軍の寮。

外から見ると強そうな門がバーっと入口を塞ぎ、寮らしい大きな建物がそこには拡がっていた。




「はい、これが鍵。

ここが寮だ。中をサラッと見て、荷物を置いたらここに来てくれ。ボクらは外で待っているから」



私たちはデューイから鍵を貰い、ミラと荷物を先に寮に置いてから私も彼らも仕事に向かう事になった。


寮に入るや否や、私は思っていることをミラに伝えた。



「…あのね、ミラ。もうあんまり2人のことを敵視するのはやめてあげて。私、もう既に2人には助けられてるわ。だからもう少しおおらかに接して欲しいの」


「お嬢様…」




だって馬車の中のあの空気は酷すぎたわ…





馬車の中では、エリクがなんと声をかけようが全て無視を突き通していたミラ。勿論デューイとも会話することは無かった。



ミラと新たな家を少し探索しながら、私はミラの零隊への態度を改めて貰うよう説得する。

今はエリクとデューイには外で待ってもらっているから、話すなら今だ。

早く合流したいけど、

その前にミラとも大事な話はしなくちゃね。



ミラは私の精霊体。

水の魔力の源だ。

そして大事なたった1人の女の子の友達。

水の精霊と契約して貰い受けた、水の精霊の体の一部、それがミラだ。




物心ついた時からは、彼女は私と歳が近い人間の女の子の外見に姿に変えている。それも全て、友達が少ない私を思って彼女が自分の意思で人間の姿に変身しているだけのこと。


彼女は友人であり、私の家族であり、私の半身だ。





そんなミラは重たそうに口を開く。




「私は、少し…いえ、この10年で人間への信頼は無くなりました。お嬢様はいつまでも優しいままで、美しい心を持ったまま。

けれど、私たちを騙そうと何度怪しい人間たちが私たちを囲ってきたことか。」



「彼らは悪い人たちではないわ」




「…」




ミラはぐっと唇をかみ締めた。




「貴方も、本当はもう分かってるんでしょう?」





少し微笑んで言ってみる。


ミラの表情は少し硬かったが、俯いて少し考えた素振りをし、彼女は顔を上げた。




「でもっ……」


「ミラ」




私は再び困ったように彼女に笑ってみせる。するとミラは大きくわざとらしく、観念したようにため息をついた。





「…わかりました。少しは、態度を改めます」






ミラ…


私は彼女を抱きしめた。

ミラは少し納得してなさそうな顔をして、瞼を少し下ろして再び俯いた。


ありがとう、ミラ。


照れくさい雰囲気のせいか、ミラは壁に触れたり、ドアをノックをしてみたり、指でホコリをすくったりとあれこれ動き回り始めた。




「それにしても!

今は使ってないと聞いたので…もっと古びた汚い場所に住めと言われるのかと思っておりました」




そう、その通りなのだ。

なんなら第2事務所よりもよっぽど外観も綺麗だし、内装はとても綺麗な場所だった。


ここを使わないなんて勿体ないわね。





「そうね、私もここまで綺麗な場所だと思ってなかったし、何より家具がきちんと揃ってるのが嬉しいわね。本当に何から何まで有難いことだわ…」




全て取り計らってくれたのはロッド大佐だ。

身辺のことについては非常に親切だが、昨日の1件はどうしてもひっかかった。


気になることは沢山あるけど…

まあ、彼の真意は今度聞くとしよう。





「うん、じゃあ家も一通り見たことだし。もう仕事しに行ってくるわ」


「はい。お帰りになるまでの間、新たな家を少しでも過ごしやすい環境にしておきますわ。行ってらっしゃいませ」


「ミラ…話を聞いてくれてありがとう。

大好きよ」



「私も、お嬢様が大好きです。

さあ行ってらっしゃいませ!」




私はミラと別れ、家の前に立っている2人と合流した。




「どう?悪くないでしょあそこ」




デューイは腰に手を当ててそう言った。





「悪くないどころか、思ってた100倍綺麗で過ごしやすそうだわ。事務所にもかなり近いし、本当に感謝だわ」



「花姫が気に入ってくれて俺も嬉しいよ」




エリクは今日も今日とて艶やかに私に笑いかける。

うう、朝から眩しいわ。




「今日はいつもの事務仕事じゃないから、事務所には僕達はいないよ。

カーニバルの警備にはボクとエリクが当たるから、君の警護はルイがしてくれる」



「…カーニバル?警護?なんの事?」



「あ、そうか。

花姫はレガリアのカーニバルを知らないのか」




私はキョトンとしてエリクを見た。




「今日は夜からお祭りが始まるんだよ。レガリアのカーニバルは普通の祭りとは違うんだ。ラステル王国全土の豊作を祈る、100年の歴史を持った伝統ある祭りだよ」



「へええ、なんだか楽しそうね!」



「うん、凄く盛り上がるよ。ここに来るまでの間に、今日のレガリアは生花が多く飾られてると思わなかった?」



「…気づかなかったけど、昨日よりずっと今日は華やかな街並みだと思っていたわ。

そういう事だったのね」



「生花は豊作の開花を願った飾りだよ。

夜は出店が沢山出て、それはもうこの辺りの盛況様ったらほんとに凄いんだ。遠くから来る人も沢山いるから夜は信じられないくらいの人出で賑わうんだよ」



「そうだったの!とても夜が楽しみね!

でもその分見回りは大変そうだけど…」


「その通り、毎年大変なんだよねほんと。レガリアに事務所がある部隊は全員強制出動の日だから。


酒に酔った人のトラブル、祭りに紛れて行なう違法な取引とか…まあ色々起こりやすい日でもあるんだ。だから正直花姫は祭りに来ない方がいいって言うのが俺の意見。

もしあの仮面と花姫が今日会おうものなら、そもそも人の並で花姫と合流出来ないだろうし」


「そうだね、ボクもそう思うよ。平気で人さらいも潜んでいる日だ」





そっか…

来ない方がいい、と言われて私はしゅん。としょげる。物凄く行ってみたかったのに、少しというか、結構ショックだ。

祭りと聞くと楽しい、騒がしい、あったかい、そんなイメージがあったのだが、それらは彼らの努力と仕事の上に成り立つイメージだったのか。


はたまた、ビロードの祭りが田舎すぎて犯罪者が集まる気配がなかったからか…

なんだか少し残念な気持ちになる。




するとエリクは私の手をそっと握った。




「まあ、事務所の屋上からでも祭りは見えるから。…はぁ、今日は花姫という癒しが1日無いなんてな。今すぐ君を連れ去って2人でどこかに…」




ボコッ


デューイはエリクを殴り倒すと腕を組んでいつもの様にフンと鼻を鳴らした。




「朝からエリクのセクハラを聞きたくないんだけど」


「だからこれはセクハラじゃなくて、口説くっていうんだよデューイくん」


「ふふ、2人とも今日は頑張ってね。私は事務所で昨日の掃除の続きをするから」


「うん。ちなみにルイならもう君の後ろについてるから安心して」


「え!?」





急いでグルンと、振り返ると無表情のルイが私の後ろに立っていた。


い、いつから!!?




「ずっと居たけど」




テレパシー!!!?

私がわなわなとしていると、デューイは軍帽を帽り直し、制服のシワを払った。




「じゃ、ボクたちはもう行くね。ルイ、頼んだよ」


「…ああ」




エリクとデューイは私とルイを置いて、その場を去っていった。


そう…今日はルイと二人きりなのね。




「今日はよろしくね!ルイ」


「…」




つんとそっぽを向くルイ。


ううーん?年は近いけど、1番話しづらいのは彼かもしれないわね。


とほほと笑いながら、私たちは第2事務所に向かった。


ーーーーーーーーー

ーーーーーーーーー




レガリア区 2番街

ハーツクラック通り 第2事務所 ー 昼






「さて、来たはいいものの、昨日の時点でそこそこ断捨離は済んだのよね。今日は掃除をしたかったけど…」




やはり如何せん物が多すぎる。

掃除するにも書類をいちいちどかさなきゃいけないのは結構大変よね。





「…」


「…ねえ、良ければ収納道具を買いに行きたいんだけど、そういう事って私勝手にしてもいいのかしら」




おずおずとルイに質問する。


デューイとエリクが居た時には4人で話せたけど、今は1体1。無口な彼と正直会話が成り立つかも不安…と思っていた矢先、彼は意外とすんなり答えた。



「実費で払う必要は無い。そこに備品用の金がある。あんたの管轄だ、好きに使うといい」


「……」



め、めちゃくちゃ喋ってくれた。

もしかしたら事務的な会話なら難なく喋ってくれるのかしら?

少し気持ちが軽くなる。




「そう、分かったわ、ありがとう!

じゃあ早速買い出しに行きたいの。いいかしら」


「…わかった」





ーーーーー



レガリア区 3番街

オールディー商店街通りーー



私たちはお洒落な雑貨屋さんに立ち寄り、そこで買い出しを行うことにした。

中には可愛いものが沢山置いてあって、家具や雑貨屋や食器までなんでも揃っていた。



「わあ!これも素敵!これも、あ、あれも!」



私は店内をはしゃぎ回る。

店の外観もオシャレならば入ってる商品も店員もみんなオシャレだ。


洗練された街ってこういう場所を言うのね、きっと。ビロードのゆるやかな雰囲気や、ご婦人たちや会話も楽しかったけど…


この街の雰囲気もとても素敵だわ。




「ねえルイ!収納はやっぱりソファの赤と揃えて赤がいいかしら」


「…」


「でも零隊の制服は黒が基調とされているから、制服に合わせた色でもきっと部屋がまとまって見えるわ」


「…」


「でも壁の色はシックな茶色だからそっちに合わせても…あ、こっちのデザインもいいわね!」


「…」





収納を見てるだけとは思えないぐらいに楽しいわ!


実はカーニバルの様子がみたくて外に出たといったら、きっと気を使わせてしまうし、何より仕事をしてないと思われるのも嫌だもの。




「ルイはどんな色が好き?

私は綺麗な青色が好きなの。

でもだからって青で部屋をまとめるとちょっとガチャガチャしちゃうわよね。」





「……」




「そういえばあの部屋、カーテンが無いのよね。朝も夜もプライバシーが無いわ。あなた達って、秘密部隊らしくないわよね」


「…」





普通の会話にはやはり返答はない。

私は構うことなく少し小声で続けた。




「そもそも、なんで秘密にしているの?公共の交通機関もあまり使えないとエリクが言っていたし」


「…」



「気軽に外を歩いていたりはあまりできないのかしら?それに…」


「くっ…ははっ、あんたいつまで喋る気?」






何を話そうとしていたのか全て忘れてしまうほど驚いた。


ルイが可笑しそうに笑ってこちらを見ていた。


目を細めて口を開けて、笑って体が揺れるたびに少し長い前髪がサラリと揺れる。





なんて…素敵な笑顔なのかしら。

つい手の力が抜ける。





「あ、あなた、わらっ………って、あっ!?」





スローモーションに見えた。


触っていたティーカップが手からすり抜けて床に落ちる。





ガシャーン!!




ーーー






「…ご、ご、ご、ごめんなさい!!!!!」




私はひたすらにルイに謝る。

割ってしまったティーカップは勿論弁償。思いの外高かったそのティーカップで持ってきたお金半分は飛んでしまった。備品の買い出しに来たというのに結局何も買えず。


あーもう私ってば最悪だわ。


ルイはもうあれから全く私と喋ってくれないし、もちろん笑ってくれない。


距離が少し縮まったかなと思えばすぐこれ。

…私も何してるのよほんと…



とぼとぼと繁華街から第2事務所へ向かって歩く。ルイは私の後ろを着いて歩くだけ。




「…はぁ。

なんであのティーカップあんなに高いのよ」



「…テルモンド製は高い」






て、てるもんど??

というか喋った!!


ポツリとルイの声が聞こえた気がして急いで振り返る。




「テルモンドってなに?」



「……」





が、やっぱりだんまりである。



歩くたび何度もちらりと後ろを見る。

変わらぬ無表情さに、人形なんじゃないかと錯覚するほどだ。


さっき、笑った顔凄く素敵だったのに。


零隊はもしかしたら美形集団なのだろうか。

デューイも、エリクも、ロッド大佐も、ルイも、皆顔立ちが整っている。


ずっと仏頂面しているから気が付かなかったが、ルイも凄く綺麗な顔をしているのだ。ルイの笑った顔には心臓がきゅんと高鳴るのを感じた。





「…勿体ないわね」





彼は何も言わない。

私は再びティーカップを落としたことを思い出す。無駄なものに散財してしまった責を感じてまたどんよりする。


あんまり沈んでてもしょうがないわ。失敗は反省して次に活かす!うん!



直ぐに明るく考え直して視線を上にやると…





「うわああ、綺麗!!」




気づかない間に朝よりもカーニバルの準備が進み、生花で街が彩られていた。


もうすぐ夕方、街頭も少しずつ灯り始める。


店の前や通りの脇には出店の組み立てを始める人や、既に組み立てが終わって商品を並べ始めている人も見えた。



ルイの顔をちらりと見てみると、ルイも私と同じように景色に見とれているようだった。








「もしかして…ルイも、ここのお祭りを見るのは初めてなの?」




「……」







返事の代わりに微かに頷く素振りを見せてくれた。


そうなの、ルイも初めてなのね。


…とてもじゃないけれど、絶対にビロードでは見れない景色ね。






「…凄い、お祭りが始まるって感じがするわね。でもこんな日こそ、犯罪が多いとエリク達から聞いたわ。見たところ、子供も多いし…私がこの前遭遇したような人がいたら大変な混乱を招くわね」





あの謎の仮面…


何なのかしら、何故火の魔法が使えたのかしら。

沢山聞きたいことがある、でも。

捕まえたはずのその人はこの世に居ない。








「…まさか、今回の任務で追っている仮面が、ついこの間私たちの目の前に現れるなんてね」





零隊のお手伝いしか、今は私に出来ないけど…


いつどこに奴らがが潜んでいるか

分からないわ。

ちゃんと周りをよく見ておかないと!

なにより、今日は朝からデューイにこてんぱんにされてしまったし…






思い出されるのは朝の会話だった。




ーーーーーー

ーー




朝 馬車の中ー





『…それにしても、残念ね。あの時私を追ってきた犯人の自殺が…本当に悔やまれるわ。

あの人が生きていたら今回の任務はすんなり終わっていたかもしれないのに』



『はぁ…舐めすぎ』



『え?』



『君って頭の中お花畑なの?いい?捕まえたって他に仲間がいる集団犯罪の場合、グループのボス潰さないと何回だって奴らは再生するんだ。中心核の奴らは中々表に出てこない、裏で指示を出すだけだ。だから今回の任務は、事件が起きる毎に手がかりを見つけ出して1つマスが進められる、そうやって少しづつボスというゴールに近づく長期戦なんだ。


大体、1人捕まえて解決するなら君は必要ないよ。とっくにボクらが仕事を終わらせてる』



『…』



『少し考えたらわかるでしょ。全く、こんな平和ボケしてる魔法使いのためにロッド大佐に頭を下げた、あの時のボクが気の毒でならないよ』



『ご、ごめんなさい…

魔法を使って攻撃された時に、私以外に魔法を使う人がいるはずないって思って。』


『まさか君がタイミングよく奴らに遭遇すると思ってなかったからね。君にはほんとに驚かされたよ』



『……ねえ、改めて私たちが追っている、

その組織について教えてもらえる?』



『ボクらが追っているのは、

仮面をつけた集団だ。


分かってるのは、奴らが若い女性を狙った傷害、及び連続殺人未遂を集団的に行ってるという事だけ。君が狙われたのも彼らの対象だったからだ。


今のところ犯人は皆仮面をつけているが、捕まえた奴らにそれ以外の共通点はない。正直現状はお手上げだ。仮面をつけているのは、一般人に集団の存在を認知させたいからだと推測されるけど…まあこれはボクの見解』




『…』




『せいぜい事件解決に尽力してよ、魔女サマ』





ーーーーー







「ううーーん」






仮面かぁ。



うんうんと唸りながら、遂に商店街の終わりに差しかかる。





「でもそんなのなかなか遭遇できな……





え?」






あれ、今私の横を通り過ぎたのって…

まさか。






「ルイ!」





急いで呼びかける。


ルイは既にそのつもりのようで、私の声にうんと頷いた。






私の横を通り過ぎたのは、仮面にマントをつけた如何にも怪しい男。


数メートル後ろをずっと追い続ける私たち。

怪しまれないように歩いて追う。






「ねえ、ルイ。あの人まさかこの祭りに紛れて…何かを起こすつもりかも」




「…今は、まだ何も言えない。

……とりあえず後を追う」




「うん!…あ!曲がった!!」






あれ?あの人なんだか急ぎ足になってるような…

男のマントがたなびく。




すると突然、角を曲がった仮面の男は次の瞬間走り出した。





「…気づかれた」




「絶対逃がさないわ!!」





私は必死に走った。


こんな人が沢山いる場所で魔法なんて使われたらとてもじゃないけど、私の力では記憶を消しきれない…!




男と少し距離が離れていき、喉から血の味がしてくる。






「あれ?今どっちに曲がったの!」



「左だ、来い!!」





ルイに、がっ!と右手を取られる。

反動でガクンとなりながらも必死でついて行く。



なんて速さなの?

ここで見失うわけにないかないわ…!


男にギリギリ追いつくスピードで何とかついて行く。




そして…







「くっ…」




仮面の男は遂にメーティス川と路地に阻まれ、行き止まりに立ち尽くした。





「はぁっはぁっ、さあ!観念しなさい!!

その仮面を今すぐ外して!目的を言いなさい!」




私とルイは男にひたりひたりと近づく。




「や、やめろー!やめてくれー!人違いだ!」



「言い逃れはよしなさい!この犯罪者!あなたの身柄は直ぐに軍に引き渡されるわ!」



「なんのことだかさっぱりだ!本当にやめてくれ!」




「最後まで嘘を貫き通すのね、じゃあ何故私たちにおわれて走り出したの?さあ両膝をつきなさい!」




男は両膝をつきながらも弁明を続けた。





「命だけは助けてくれ!頼むよ俺が何したんだよ!俺は本当に踊り子なんだよ!!カーニバルで踊るんだ!あんたらが急に追ってくるから逃げてたんだよ!」







え?



その一言に私とルイは目を合わせた。



仮面の男はしゃがみこみ、手を震わせながらその仮面を外す。思っていたよりもずっと人相のいい若いお兄さんの顔が出てきた。




「お、俺は夕方に他の踊り子として他の踊り子とメーティス川広場で待ち合わせしてるんだ!助けてくれーっ誰かーっ!」



「お、踊り子?」



「そうだ!そう言ってるだろ!レガリアのカーニバルは仮面をつけて広場で朝まで踊るんだ!!これ以上おかしな言いがかりをつけるなら警察呼ぶぞ!」



「う、うそ…ほんとに?」





彼のマントの下は…とても煌びやかで鮮やかな衣装があり、そして


小さな生花の飾りがついているものだった。




「う、うそおお!?

せっかく捕まえられると思ったのに!!」





私はへなりと地面に膝を着く。




「ふん!じゃあ俺はもういいかな?もしも俺のファンだったら悪いけど、こういう追いかけ方は良してくれ!心臓に悪い!じゃあね」







男はもう一度仮面をつけ直し、怒った素振りでマントを翻して去っていった。

私とルイを残して。



…どうしよう、ティーカップは割るし、ルイとぜんぜん喋れないし、オマケに一般人を犯人呼ばわりしてルイに恥かかせちゃった。


もう絶対怒ってるだろうな…




私はこれでもかというくらいに肩を落として落ち込む。


…すると






「ぷっ…………くくくくくっ」




「へ?」




「ははははっ……くくっ…

アンタってなんでそんな…面白い…ははっ」





ルイは昼の雑貨屋の時よりも、盛大に笑っていた。腰を折って、腹が痛いと言わんばかりにお腹を手で抑えて。


ぽかーんと、私はそれをしばらく見ていたが、彼が私を見て笑ってることに気づき段々と苛立って顔が熱くなった。




「なっ、あなた私の顔みて笑ってるでしょ!」




「そりゃ……くっくくっ、そうだろ。

昼も、弁償代で金ほとんど無くなるし。ほっといてもずっと喋ってるし……仕舞いには……ははっだめだ、腹痛い」





彼のその言葉を聞いてもっともっと顔が熱くなるのを感じた。


なんか、私この上なく馬鹿にされてる!?




「そんな!私は!仮面の男が私達から逃げていたから…!」


「…あははっ…はぁ、笑った。

そりゃその剣幕で走ったら誰でも逃げる」



「…っっ!!!」





確かにルイは一応跡をつけようと判断しただけで、犯人だと断定してなかった。


私が早とちりしただけだった…



もう恥ずかしくて泣きそうだ。

顔がぼぼぼと赤くなるのを感じた。




「茹でたこみたいだ」





地面にへたり込む私の顔を彼は両手で上から包んだ。


なっ!!




「もっと茹でたこみたいになった」




やっぱり、この人笑うと凄く破壊力があるわ。


…これが世にいうギャップってやつかしら?





「ずっと言いたかった。

あなた、笑った顔がすごく似合うわ」




「……」




ルイは少し驚いた顔をして私の顔から手を離した。




私、無言は気まずいものって、


思い込みすぎてたのかもしれない。




彼はこうやって笑うし、喋るし、人形なんかじゃなく、少し喋る数が少ないだけの人間なのだ。人にはそれぞれの性格があってそれぞれの接し方がある。


エリクやデューイたちより接しづらいって苦手意識があったけど…そうじゃない。


彼に合った接し方を模索していくのが楽しいのに。

私ってばやり方がわからないからと、匙を投げていた部分があったわ。



そんな当たり前のことにも気がつけない私も、まだまだね。



私は地面に膝をついて、服のスカートの土埃を払って立ち上がった。



「私ってばルイみたいな人に会ったことがないからって、無口なあなたを受け入れずにどうして私と喋ってくれないんだろう、なんて思ってたわ…おかしいわよね。

喋るのが普通って捉えてる私の方が」


「…!」




私の言葉になんだか面食らった顔をしているルイ。


そう、この人は無表情なんかじゃない。色んな表情をちゃんと持ててる。私がちゃんと見てなかっただけなの。





「今日一日でルイのこと、少しだけ分かったかもしれないわ」



「…」



「あなた、綺麗なものが好きなのね。花や景色に見とれていたわ。それから案外笑い上戸?それから雑貨屋では香草を見ていたわね。いい香りが好きなのかしら、花もいい香りだものね」


「…」


「それから、あなたはすごく聞き上手。私、ずっと喋っていられるもの」




ルイは少し固まっているようだった。


ふふ、私の分析力に恐れおののいたのかしら。




「…一件落着したところで、とりあえず事務所に戻りましょうか」




私が歩き出す。すると…





「待って」



「…?どうしたの、ルイ」



「…」






ルイは何も言わない。

何か考えているのだろうか。



少し待ってみる。


すると、ルイは言いづらそうに口を開いた。




「…アンタ、本当はカーニバルに行きたかったんだろ」


「!

ば、バレてた?」


「…うん」


「そ、そっかあ。

実は…そう、行きたかったの。でもエリクとデューイにも来ない方がいいって言われたし!それに、もう皆に迷惑かけたくないから」




「…」




「事務所の屋上から見えるらしいもの!私、目はいい方なのよ、高い場所から見る景色も楽しみだわ」




「…いいよ。俺がついていってあげる」




「え?」




「…」





2度言うつもりは無いようだ。

けど…



「い、いいの?本当に?でも、2人は来ない方がいいって…」




「行くなとは言われてない」




「それは、確かにそうだけど…」




「…じゃあ行こう」




ルイは私の手を取って歩き出した。




「ルイ…あ、ありがとう!!!」






返事はない。


でもなんだか、凄く仲が縮まった気がする。




もう日は沈んで街の灯りがオレンジっぽく輝いている。路地裏からでも人の声が聞こえる。

どうやらこの一瞬で人がどっと増えたようだ。



私たちは路地から大通りに出ると、カーニバルの凄まじい人の並に飲み込まれるのだった。



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