再会の火蓋②
あれ…
なんだか眩しい…
それに、うちの匂いじゃない…
瞼を薄く開けると、私は途端に我に返った。
ん?ここどこ!?
「……っ!!?」
グンッと飛び起きて周りを見渡す。
すると目の前にはエリク、デューイ、ルイの3人が居た。
「あ!気がついた!
良かった花姫…本当に心配したよ」
「全く、ホントだよ。もう大丈夫なの?」
エリクとデューイの2人は本当に心配してくれていたのか、安堵の表情を浮かべてくれていた。
私は事務所のソファに横になっていたようだ。
時計を見ると、事務所から帰ろうとしていた時間から1時間ほど時間が過ぎていた。
「……え、ええ。私、何して…
そうだ、あの後どうなったの!?」
そうだ、仕事が終わって帰ろうとしていたら…
ロッド大佐が急に現れてここにギルバートが来るって聞いて…それで…
カタカタと手が小刻みに震える。
あの後一体どうなったのか想像も出来ない。
しかし、私の青い顔と対照的にエリクは屈託ない笑顔で言う。
「え?どうって、デューイが予算書類提出して、ロッド大佐とギルバート大佐は帰ったよ」
「え……
………………そ、そう…
でもっ、な、何か良くない雰囲気になったり、私…迷惑かけなかった?」
「……。
いや、ボク達には特に何も無かったよ。
とりあえずもうこんな時間だし馬車を用意してあるから帰りなよ。家で体を休めた方がいい。
ルイが送るから、気をつけて帰るんだよ」
私はデューイたちに言われるがまま、ルイと馬車に乗り、家に帰った。
レガリアの事務所からビロードのアパートまでの馬車の中、ルイとは勿論会話は一切なかったが…私の心境はそれどころでは無かった。
家に帰ると、ミラは私に初めての零隊との仕事がどうだったのかとか、まくし立てるように色々聞いてきてくれた。が正直全く耳に入らなかった。
「おかえりなさいませ、お嬢様っ!
今日はどうでしたか?この国の軍人と仕事など…さぞや恐ろしかったでしょうね。
とても心配していましたが…きちんと今日も護衛をつけてお帰りになられたようで私、安心致しました!
今日は何をされました?彼らはまともでした?
レガリア区なんて都会な場所は見たことがありませんものね、お嬢様にとっては新鮮な経験に……お嬢様?」
私が何も言わないことに気づき、ミラのお喋りはしりすぼみしていった。
そして彼女は心配そうに私の顔をのぞき込む。
「どうされましたか、お嬢様?
…なんだか放心状態ですね、心ここに在らず。
大丈夫ですか?やっぱり奴らに何かされて…」
「違うわ、大丈夫よ。……ああ、そうだ。
明日から事務所近くの軍の寮で寝泊まりすることになったわ。軽く荷造りを頼むわ」
「それは随分急ですね。そこまで軍人が世話してくれるなんて、正直怪しい気もしますが…」
「…特に裏がある様子もないわ。
………有難くお言葉に甘えようかと思う。
正直ここからレガリアはかなり距離があるもの。
とりあえず今日は早く寝て、明日早く起きるわ。おやすみ、ミラ」
「お、おやすみなさいませ…
うーん、どうしてしまわれたのかしら。まさか出勤初日で新しい職場いじめ?私もお嬢様の傍にずっと居たいですのに…っ」
ミラはハンカチを歯で食いしばりながらキーキーと言っているが、私はそれを無視してベッドに倒れ込んだ。
明日には、新たな家に引越し…か。
私は事務所で起きたことを再び思い出していた。
…私は気絶してしまったけど、確かにあの直後にギルバートが来たはずなのだ。
何も無かったわけが無いと思うのは、私の思い上がりかしら…
『え?どうって、普通にデューイが予算書類提出して、ロッド大佐とギルバート大佐は帰ったよ』
エリクはそう言っていた。
本当に何も無かったの?
何か起こると期待していたなんて……
私って思ったよりずっと自意識過剰なのね。
考えてみれば書類の受け渡しに来ただけだものね。そもそも事務所に立ち入ってないかもしれない。
でももし私の姿をあなたが見たのなら…
いっそ私が気絶している間に、
彼の手でそのまま私を手にかけてくれたら。
…なんて、願いは叶わない、か…
そんなことを思いながら、私は深いため息を吐き、そのまま眠りについた。
ーーーーーーー
ーーーーーーーー
レガリア区 2番街
ハーツクラック通り 夜中ー
「はぁ…何なんだよあの二人の関係。皆にはどう見えた?」
「……俺は、よく分からない」
エリクの問いにルイは正直に答える。
「ボクにもよく分からなかった。でも、1番やりづらそうにしてたのはギルバート大佐だったね」
「うん。……俺もそう思う」
ルイはデューイの意見に頷いた。
エリクは伸びをしながら椅子から立ち上がり、独り言のように言葉をこぼす。
「それにしても、驚いたな。あの二人昔からの知り合いだったなんて…花姫もどうして言わなかったんだろう」
「… 言えなかったんじゃないの?」
ルイはと言うとあまり興味が無さそうに仕事をしながら相槌を打つようにそう言った。
「そう、かもね。
とても簡単に話せる仲では無さそうだった」
エリクはそう言って再び椅子に座った。
デューイは顎に手を当て、少し考えた後にぽつりと言う。
「あんなギルバート大佐、初めて見たよ。『踏み込むな』と、かなり分かりやすく態度に出された」
「そんなの、俺だって初めて見たよ」
エリクは自重気味に笑った。
そして、少しの沈黙。
先程の重たい空気がまだこの部屋に残っている気がした。
「花姫に、なんて伝えたらいいんだよ…」
エリクは苦しそうに窓を見つめる。
「言わなくていい」
デューイはエリクにそう言った。
そう、言わなくていいんだ…きっと。
ーーーーーーーー
ーーーーーーーー
〈デューイ視点〉
2時間前
ローザは顔を真っ青にしていきなり帰ると言い出した。ギルバート大佐が来ることを伝えた直後の事だった。
ボクにはあまりどういう理由か検討がつかなかったけど、まあおそらく何かしら不都合が生じるんだろう。
しかしロッド大佐は彼女を帰らせようとはしなかった。寧ろロッド大佐は彼女にここにいて欲しい、とさえ思えた言動をとっていた。
今晩ばかりはロッド大佐の我儘に付き合うしかないな…
そう思った矢先、ロッド大佐はギルバート大佐がここに来る理由を明かした。
申請書についてはロッド大佐の悪巧みだったらしい。とは言え責任はロッド大佐が取ってくれるようだし、もう半ば僕はどうにでもなれと思っていた。
ただ…ロッド大佐に目をつけられたローザを少し気の毒に思ったが、次の瞬間事態が変わった。
彼女が倒れたのだ。
そしてタイミングがいいのか悪いのか、彼女が意識を失ったと同時にギルバート大佐は部屋に入ってきた。
「おい、なんの音だ。あまり大きな音を出しては周りに……」
目の前にはボクが心から崇拝する上司。ギルバート・エバンズ大佐が顔色を大きく歪ませてそこに立っていた。
いつもならきちんと敬礼をするところだが、突然の緊急事態に皆戸惑っていた。
目の前には突然倒れたローザだ。
エリクはとりあえず彼女の体を起こそうと、彼女の肩に手を伸ばす。
「花姫!花姫だいじょ…」
「触るな」
肌が切れてしまいそうな鋭い声。
ギルバート大佐の声にエリクの伸ばした手はびくりと止まり、急いでその手を引っ込ませる。
め、めちゃめちゃ機嫌悪い…今日の大佐。
しかし恐ろしいのは声だけではない。
その顔を見て萎縮した。
ほかの誰よりも彼のことを調べ、彼のことは全て知ってるつもりでいたが、ボクは初めてここまで禍々しい表情したギルバート大佐を見た。
一瞬で全ての生き物が怯んでしまいそうなほどの冷たい、冷たい瞳。
キャンドラ内戦の時も涼し気な顔をしていた彼がここまで禍々しい顔をする時は、なぜ今なのだろうか。
少なくともあまりの恐ろしさにボクは彼と目を合わせることすら出来なかった。
ギルバート大佐は床に倒れていた彼女に、何か言葉をかけることなく近づく。
ちらりと盗み見た大佐の横顔は、とても冷ややかで、そのまま彼女を殺してしまうんじゃないかと心配になるような顔をして彼女の姿を見下ろしていた。
そしてその空気を壊すかのように、ロッド大佐は穏やかな優しい声でギルバート大佐に話しかける。
「やあ、ギルバート。奇遇だね」
「…仕返しは満足したか」
「ああ、とても」
信じられないぐらい冷たい声のギルバート大佐と、その陽気なロッド大佐の声色の差に、より緊張感が高まった。
もうこの空間に居たくないと、
おそらく全員が思っているはずだった。
ギルバート大佐は何も言わずに倒れ込んだ彼女を横抱きにして持ち上げると、彼女をソファに寝かせた。
…どうして、大佐はローザを誰なのか尋ねないんだ?もしかして知り合いなのか?
でもローザはそんなこと一言も…
そんなことを考えているうちに、またも事態は一変していた。ギルバート大佐はロッド大佐の胸ぐらを掴んでいた。
…なっ!?
「ギっ、ギルバート大佐!落ち着いてください」
「大丈夫だよデューイ。
ギルバートは俺に手はあげないよ」
「…」
「なあ、ギルバート。そうだろう?」
「本当に……気持ち悪い奴だな」
「お褒めに預かり光栄だよ」
暫く緊迫した雰囲気が2人を煽っていたが、力なくギルバート大佐はロッド大佐を掴んでいた手を離した。
「デューイ」
「は、はい!」
「予算申請書を出してくれ」
ハッとしてボクは机の上に用意していた書類を急いでギルバート大佐に渡した。
「確かに貰い受けた」
そしてそれだけ言うと背中を向けて事務所のドアに手をかけた。
「おや、もう帰っちゃうの?」
「…もう仕返しは十分だろう」
「仕返しも兼ねてるけど。
仕事に支障をきたす前に、お前に処方箋を用意したつもりだったから…あまりそんなすぐに帰って欲しくないんだよね」
「これ以上この場に居ることを強制するなら、俺はその魔女を殺す」
……………
……え?
今、なんて…?
「殺されたら楽しみが無くなるだろう。
全くしょうがないな。じゃ、また本部でね」
ロッド大佐の返事を返すことなく、振り返ることも無く、大佐はそのまま第2事務所を出ていった。
こ、怖かった…
僕が胸をなで下ろしていると、ロッド大佐は言った。
「つまらないなぁ、賢いやつって嫌だね。俺に何にも説明させてくれない」
「ロッド大佐、どういう事ですか。2人は知り合いなんですか?」
ルイの質問にロッド大佐は笑った。
「知り合いじゃないと思うのかい?」
ボクは言葉を失った。
知り合いに会う時の態度が、あれなのか?
ローザも、ただの知り合いに会うだけで顔を真っ青にして倒れるなんて。
見たところ、ただの気絶のようだからまだ良いけど…
それに、大佐…
確かにローザを殺すと、はっきり言った。
明らかに冗談ではないトーンで。
2人に何かあるのは明白だった。
「ロッド大佐。大佐はお2人について何かご存知なんですか?」
ロッド大佐はローザの用意した紅茶を一口飲んでティーカップをテーブルに置いた。
「不味い紅茶だ…。
何も知らないよ。知ってるのは2人が10年前の知り合いだったことだけ」
「じゃあ、あれは10年振りにあった知人への対応なんでしょうか」
「全く…君達も賢いと言葉遊びが達者だね。
想像つくだろう、大体。
さて、俺も今日の仕事は終わったし。
本部に帰るね、じゃあ彼女よろしく」
ロッド大佐はそのままあっという間に事務所を出た。
「想像つくだろ、大体って…
ま、全く想像がつかないんだが。」
ロッド大佐は最近ギルバート大佐の仕事を何件か代わりに受けていた。
まさか、その仕返しがこれなのか?
…ローザには…
もうこれは説明できないな。
申請書のせいで…いや、
僕のせいでギルバート大佐にあんな顔をさせてしまった。
自分の至らなさを痛感する。
そしてこの苦しい緊張感から開放されたと同時に、その脱力感からどっと疲れを感じたのだった。