再会の火蓋
トリムテント区6番街
ラステル王国軍本部
零隊司令官
ギルバートエバンズ大佐の部屋ーーー
《ロッド視点》
「ギルバート、これ元老院からの戯言リスト。
君が一つ一つに丁寧に返事して送っとけってドートレリス中将から言伝だ。
はい、どうぞ」
返事を待つ間、雨が窓に当たる音で広すぎる部屋の生活音が満たされていた。
「わかった、そこに乗せておいてくれ。」
彼は俺の顔も見ずに長い指で、羊皮紙山積みのデスクを指した。もう乗せる場所なんてほとんど無いに等しいが、その山を崩さないように俺は元老院からの小言連絡書類を紙の山に積んだ。
ギルバートは自分の仕事机を離れて、部屋の1番大きな出窓の縁に体を預け、仰向けになって顔を手で押えている。
彼が疲れている時はいつもあそこであの体勢だ。だから寝る場所では無いのにクッションまで既に完備されている。
彼の機嫌の悪さが黒いモヤとなって現れているかのように、今のギルバートの周りは黒いオーラがまとわりついてた。
…分かりやすい奴。
彼の機嫌を損なわせている原因が分かりきっているが故に、なんとなく苛立つ。
ギルバートの機嫌は常に最悪なものであって欲しいが、それが限定的なものに左右されるのは俺の独占欲が許さない。
彼をいじめる特権は俺だけのものだと言うのに。
ついつい彼に追い打ちになる言葉をかけたくなって、笑顔で俺は言った。
「そうそう、ついに会えたよ。彼女に」
質のいい皮の椅子に腰掛けて、ニコニコと窓辺に横たわる彼を眺めた。
雨で窓辺は寒いだろうに、俺と話すのが嫌だからか頑なにそこから動こうとしない。
その意固地さがまた愛らしい。
ギルバートは興味すらもなさそうに
「そんな話をしに来たなら帰れ」
「おや冷たい。まだ誰かも言ってない」
「仕事の話以外持ってくるな」
「はは、俺はお前のマネージャーじゃないよ」
「…」
「凄く聞き分けの良い『良い子』だったよ。
彼女が嫌いな理由がよく分かった」
ギルバートは返事をしなかった。
俺は椅子の背もたれに深く背中を預け、話を続ける。
「ただ、必要以上に嫌いすぎてるのが気になるんだ。君が彼女に敢えて会わないようにしてるが為に、彼女は民間人を1人犠牲にしかけた」
「…俺のせいだっていうのか、門違いも甚だしいぞロッド」
「いやいやお前のせいだよ。
部下ばっかり向かわせてるから彼女は仕事を理解できなかったんだ。何もわからなかったんだ。勿論彼女にも責任はあるけど、君にもあるよ。
俺の仕事を代わりに受けてまであの場に俺を向かわせたのだって、納得いってないしね」
「…」
「だいたい結果的にあの後ドートレリス中将に呼ばれたし、二度手間感すごかったな。
俺に迷惑かけてる自覚ある?」
「…昨日は悪かったと思っている。」
ギルバートは顔に当てて俯き、再び沈黙する。
「あのさ。俺はお前たちの間に過去に起きた事を1度も詮索したことないし、これからも直接聞かない。だが仕事人間のお前が自分の仕事や俺の仕事に支障をきたしてるのには正直腹が立ってるんだ」
「…すまない」
「いいよ、ただ次はないぞ。
公私混同はうんざりだ。お前が現場に行けと上から指示があったら背くな。俺はもう代わってやれない、いいな 」
「…わかった」
ギルバートは頑固だが、仕事の面では聞き分けがいい。仕事が出来る人間の特徴だ。
彼のそういうところは昔から好感が持てた。
「それにしても…凄い美人だったじゃないか。お前が毛嫌いする様子からして、皆酷い想像してたぞ」
ギルバートは仰向けから体勢を変え、窓側に体を向け、俺にガッツリ背中を向け始めた。
まったく、本当に分かりやすいやつ。
「昨日の感じからして、エリクとデューイはもう心持ってかれた感じだったな。
ルイも明日にはコロッといかれてるかも」
「…1人にしてくれ、疲れてるんだ」
「はは、確かにそうだね。ごめん、ただ俺の事散々上手く使ったんだから、俺にも虐めさせてよギルバート」
ギルバートはやっと身体を起こしてその凍てつくような青い瞳を俺に向けた。
うーん、怖い顔だ。
そして彼はため息をこぼす。
「勘弁してくれ、今日は午後に第2事務所まで行かなきゃいけないんだ。少しは寝させてくれ」
「え?そうなの?」
今日の午後に…もう?
すぐにでも勘づかれて計画は破綻する予定だったんだけど…
思ったより鈍いなギルバート。
それとももう狼狽えて、まともに俺の考えを読めてないのかな?
俺は自然と意地の悪い笑みに顔が変わっていくのを感じながらギルバートに笑いかけた。
「いいよ、君への仕返しは思ったより早く出来そうだから。ゆっくりおやすみ、ギルバート」
俺の言葉を聞いて、ギルバートは怪訝そうな顔をよりしかめていた。黒いオーラがとんでもなく出てる。
あーあー、美形が台無しだ。
低い声でギルバートは俺に圧をかけてくる。
「何を企んでる」
「随分饒舌じゃないか、もっと俺と話す?」
「頼むから部屋から出ていってくれ」
「はいはい、もう流石に勘弁してあげるよ。
またね」
バタン
ふぅ。
仕返しが楽しみだな。
…おや?
彼の部屋を出ると、目の前には零隊紅一点の彼女がいた。
「ギルバートになんの用かな」
「お前には関係ない、どけ」
「彼なら今寝たよ、邪魔してやるな」
「…なら一緒に寝るだけだ」
彼女は話を聞く素振りも見せず、俺の前を通り過ぎて重厚な作りのドアに手をかけた。
「無駄だよ。何したって君には彼の心は手に入れられない」
「…っ!私はっ!!
そんな風になろうなどと思っていない!!!!私は…ただ…」
「アリス、辛くなるのはお前の方だぞ」
「…余計なお世話だ!」
バタン
扉が閉まる音と共に、
アリスはギルバートの眠る部屋に入っていった。
全く。
純粋な愛じゃないね、彼女とは真反対じゃないか。
もう既にギルバートは強く心を奪われているというのに。
「さて、午後が楽しみだな」
《ロッド視点 [完]》
ーーーーーーー
レガリア区 2番街
ハーツクラック通り 昼下がりー
「さあ花姫!
昨日来たから、もう入口は間違えないよね。
入り口はここ。荷物はこの辺に置いていいからね」
事務所は古びたそれほど大きくない二階建てのアパートのような建物だった。
1階のテナントは空いていて、2階は3つドアがあって、隣は大家さんが住んでいるのだそう。
階段を昇って1番奥の扉が事務所だ。
傍から見ればとてもここに軍の事務所があるなんて誰も思わない。
昨日のあの事件の後、初めて連れてこられた彼らの仕事場。
外目で見た印象は、思ってた以上に地味で…
私はかなり意外に感じた。
「え、ええ、ありがとう…
でも『この辺』って、一体どこにおけってのよ…」
だってこれが秘密部隊零隊の事務所とは、
とても思えないわ…
ーーーーーー
ーーーーーー
昨日の夜
この第2事務所を目の当たりにした私は、
あまりにも意外なその建物の風貌に呆気に取られて入口で立ち止まってしまった。
『なに?ボクらの仕事場がボロだって言いたそうな顔してるね』
デューイの言った通りだったが、私はブンブンと首を振ってひたすらその扉を眺めた。
『いいえ!そんなことないわ!』
『顔……わかりやすい』
『ルイ、彼女は素直なんだ。
でもまあとりあえず入ってよ!』
『ええ、お邪魔しま………。』
私は中の光景を見て言葉を失った。
ーーーーーーー
ーーーーーーー
彼らの事務所とやらは凄まじいものであった。
1歩目で絶句してしまうほどに、
汚かった。
「本当に昨日来てみて思ったけど…私初めてこんなに汚い部屋を見たわ。あなた達今までどうやってここで仕事なんて出来たの?」
足の踏み場のなさに川辺の石の上を飛んで踏むゲームをしている感覚だ。
「違う、汚いんじゃないよ、物が多いだけだ」
デューイは死んだような顔をしながら手馴れた手つきでガサガサと紙の束をかき分け、顔を出した深い赤の皮のソファーに腰掛けた。
エリクやルイも適当に紙の束や本や物をどかし、自分の席のような場所に座る。
とりあえず目に入った出窓のへりに私は腰掛けた。
「でも花姫さ。
あの後ちゃんと今日から仕事に行けないってお店言いに行ったの、偉かったね。
ロッド大佐に言われてすぐ行動するなんてさ」
そう、昨日の夜。
第2事務所に向かう前に、わたしはもう一度ラビットに向かい、リナに頭を下げて謝った。
一番店に迷惑がかかる休み方だ。
でも、決めたのだ、もう関係ない人は巻き込まないと。
「エリクって本当に私に甘いわ。
あれだけロッド大佐に言われて、やっと気づけたんだもの。私の予定が…とか、店のシフトに穴あけられないからなんて、言い訳もいいところよね。
本当にあと少しでみんなに迷惑かけるところだった。」
リナも困ってたけど…分かってくれたもの。
「良かったね、まあ確かに店からしたら君が急に出勤しなくなって痛手かもしれないけど。店より大事なのは命だからね。最善の選択だよ」
デューイは腕を組んでそう言った。
「まあ、あの男の子はビックリするだろうけどね。事件に巻き込まれた翌日に店から居なくなってる訳だから。花姫の安否はちゃんと彼に知らせてるから、安心してね」
「うん、ありがとう」
……レイド。
あの時の返事を言える日が来るのかな。
…ううん、絶対来るわ!
この任務が終わったら絶対ラビットにもう一度行って、あなたに会いに行くからね。
「そういえば昨日の仮面の人…
今は軍で取り調べしてるの?」
「…それが」
エリクは言いづらそうに顔を歪ませて、黙ってしまった。
どうしたんだろう?私がキョトンとしてると、デューイが冷たく言い払った。
「奴についてわかった事は顔と名前ぐらい。バルト区の仕立て屋で働いていた、本当に平凡な男だったよ。
彼のご両親には既に説明済みだけど…まぁ、魔法なんてこれっぽっちも関係は無さそうだった。」
「でもこれからもっと取り調べたら情報がもっと掴めるじゃない!そしたら…」
「死んだんだ。
目を離した隙に舌を噛み切って」
「し、死んだ…ですって!?」
そんな…!!
思わず口に手を当てる。
せっかく捕まえられたのに…
なんの情報も得られずに、自殺したなんて…
思わず私は黙り込んでしまう。
「まあ、よくある事だよ。
この事件は大きな集団で行ってるというのが現状の見解。集団犯罪のケースの定石は、1人が捕まれば口を割るか黙秘を貫くか自殺するかの3択だ」
「花姫はショックかもしれないけど、俺たちからしたら普通のことなんだ。
いきなり暗いニュースになっちゃったけど…次に向けて一緒に頑張れそう?」
正直、まだ気持ちは追いついてない。
人が1人死んでしまっているのだ。
でも仕事は引き受けてしまった以上、ちゃんとやり遂げたい。
ロッド大佐に言われた言葉を反芻し、私はエリクの顔を見てこくんと頷く。
「ええ、…落ち込まずに頑張るわ。
そして自殺なんて次はさせない。迷惑かけずにずっと現場にいる為にも、色々教えて頂戴?」
「勿論、俺達に出来ることなら何でもするよ」
すると今の今まで黙りこんでいたルイが口を開いた。
「仕事は…?」
「あ、そうよね!私仕事しに来たのにすっかり話し込んでしまってたわ」
もうラビットにはしばらく行けないわけだし、私も晴れてここのお仕事を引き受けたのだ。
やるからにはちゃんと仕事しなくちゃね!
私はぐっと拳を握る。
が、気合いの入る私を他所に、つまらなそうにデューイは言った。
「まあ今日はそんなに張り切らなくていいんじゃない?まず君にやって欲しいのは片付けだから」
「分かったわ!任せてちょうだい」
私は床に散らかった紙束を早速かき集める。
が、集めて間もないうちにデューイの手で制止された。
「あー、待った。
捨てられて困る紙もあるんだ。
エリク!手伝ってやってくれないか」
「俺はもとよりそのつもりだけど。
あれ、デューイは手伝ってあげないの?」
私の隣にエリクが屈んで、私の周りに落ちている紙を集めてくれる。
「悪いけど、ボクは第2事務所の今期の予算申請で忙しい。本来なら昨日提出だったんだ。
ただロッド大佐が君を雇う許可を出してくれたことで、君への給料が発生した。
要は君のせいでまた予算案練り直しだよ」
「ごっ、ごめんなさい…
でも私何度も昨日言ったのよ、給与はいらないって。しかも住む場所の話まで頂いたもの。申請書の訂正はしなくたって大丈夫よ」
私はデューイに申し訳ない気持ちになりながらそう言うと、エリクがいやいや…と会話に入った。
「申請書はロッド大佐も見るんだ、小細工無用だよ。それに練り直しは言い過ぎだろ、デューイ」
「いや、練り直しだよ。お前が思ってるより軍部の予算はカツカツなんだ。ぬるい申請書出してみろ、ボクはいいけどギルバート大佐が上から舐められる」
申し訳なさを感じつつも、突然出たギルバートという名前にドキッとする。平常心を保って私はエリクと一緒に紙束をどんどん集めていった。
ルイも無言ではあるが、ちゃんと手伝ってくれている。ここまで何も喋らないルイに、何か話を振りたくなった。
「ルイはいつもどんな仕事をしてるの?」
ルイは突然自分に話が振られるとは思っていなかったのだろう。少し驚いたように瞬きをしたが、その問いかけにあまり答えたくなさそうに時間を空けて口を開いた。
「…いろいろ」
「そ、そうなのね。
恥ずかしいんだけど私、実は軍がそもそもどんな仕事をしてるのか、具体的には分からないのよね」
私の素朴な疑問にエリクが答える。
「まあそんなもんじゃないかな。新聞に載る内容だって載せていい事しか載ってないわけだし。花姫は軍に対してどんなイメージがある?」
「やっぱり、戦争には欠かせない人達よね。
でも今のところラステル王国の近辺で戦争の様子は無いし、王国も今は安定してるから内乱だって起こる気配がない。2年前のキャンドラの内戦以降は…正直何をしてるのか検討もつかないわ」
デューイは自分の席らしき場所について、羽根ペンにインクを用意しながら顔を歪ませた。
「こんなにボクらや、上官が仕事をしても結局民間人には何も伝わってないのが現実なんだね。広報部はつくづく使えない人間しか居ないようだ」
「仕方ないよ。
俺たちが逆の立場でも同じことだ」
「ごめんなさい、私の勉強不足で嫌な気持ちにさせたかしら」
「…いや、別に期待してなかったから」
デューイの返答は少し冷たかった。
「それでエリク、実際はどんなことをしてるの?」
「基本的に戦争は国家安全に関わることだから、勿論仕事に含まれる。他には治安維持。軍の警察隊はわかりやすい例だね。それから外交支援、これは2年前の隣国のキャンドラ内戦が正しくこれに当たる。それから実は1番地味だけど、最近のラステル王国軍で1番担ってる仕事が国家協力だ」
「…国家協力」
「国賓の警護や災害支援、公共機関の建設に関わる部隊もある。これはあまり零隊は関わらないけど。佐官につけば、その仕事も携わる事があるかもね」
「私が思っている以上に、仕事が多いのね。ちょっと、というかかなり驚いたわ」
正直な感想だった。
誰も知らないし、誰も教えてくれないし、もちろん新聞にも載らない。
私達が知らないところで軍人さんというのは多方面で活躍していたのだ。
「要は今のこの国の軍って何でも屋なんだ。
王の犬と言われる所以はそれさ。」
「…何でも屋、かぁ。
この書類の山はそういうことなの?
零隊ってビロードのご婦人方は戦争用の対人軍隊って噂してたけど、机仕事の方が多そうに見えるわ」
「その通りだよ。
ボクらは戦闘特化の部隊だから、戦争が無い今、仕事が無いボクらに他の部隊の仕事のしわ寄せが来てるのが現状だ。」
なるほど…
確かに零隊の都市伝説では、『かつて戦争で戦績を最も挙げた軍屈指の最強の者たちが属する部隊』と聞いていた。
平和だからこそ、仕事が増えることもあるのね。
私が頷いているのを横目に、エリクはガザガサと躊躇なく沢山の書類をゴミ箱に入れていく。
そ、そんなに一遍に捨てて大丈夫かしら。
その様子に少し不安を覚えながらも、改めてギルバートの事を思った。
ギルバート…
新聞で見た今の彼のあだ名は『氷の大佐』だ。
10年で人はこうも変わるのだろうか。
元々エバンズ家は軍事伯爵だ。
財力と広大な土地という資産を持ちながら、完全なる軍事一家。
だからこそ、ギルバートが士官学校に通い始めたと聞いて驚くことは無かった。
彼のお父様も、お母様も
…とても立派な軍人だった。
「ねえ、聞きたいんだけれど。
ギルバート…大佐というのは、凄い勢いで昇進していると聞くわ。キャンドラ内戦ではその貢献ぶりに、英雄だと新聞の表紙を飾った。
あなた達から見てどんな人なの?」
エリクの手が一瞬止まる。
そして書類を1度床に置いて膝を着いて書類を集める私に、距離を詰める。
鼻と鼻が触れ合うような距離で私の顎を掴んで彼は言う。
「ふふ、花姫もギルバート大佐が気になるの?全く大佐の人気は底知れずとはいえ…嫉妬しちゃうな」
あまりに艶めいた瞳と声に仰け反るも、エリクの手は既に背中に回っていた。
わわっ!
「ち、ちか…ッ!」
「お、おいっ!!!仕事しろ!仕事を!」
デューイが少し焦りながら羽根ペンを振り回す。
その瞬間ゴトン
インクボトルが傾いて彼の書いていた申請書類にべったりとついた。
「なにやってるの…デューイ」
ルイは眉間に皺を寄せて、ため息混じりにそう言った。
ルイが初めて長いフレーズを喋った気がして、何となく珍しいものを聞いた気分になる。
デューイは俯いて軍服の裾を握り震え、真っ赤にした顔をあげて叫ぶように言った。
「さいっ…あくだ!エリク!!!
お前が目の前でセクハラ行為をするからだ!
どうしてくれる!!」
「お子ちゃまだなデューイは…
セクハラじゃなくて
『口説く』っていうんだよ。こういうのは」
「おーなーじーだあーっ!この色魔!」
「そんなこと言って。花姫と仲良くしてたのが羨ましかったんだろ?可愛いなデューイは。」
デューイは顔を真っ赤にしながら全力でエリクを無視し、また黙々と羽根ペンを動かし始めた。
ちらりとルイを見ると何となくその表情は笑っているような気がして、会ってからずっと無表情な彼の微笑みを見た私もつられて笑ってしまった。
「それで、ギルバート大佐の話だったっけ。
ならデューイに話してもらった方が詳しいよ。彼はギルバート大佐に憧れて士官学校入りした程、彼が大好きなんだ」
「そんな安い言葉でボクの想いを形容しないでほしいけどね」
「あら、そうなの!デューイはギルバートが……こほん、ギルバート大佐を尊敬しているのね。じゃあ、前に馬車で言ってたのは…」
「そうさ、ギルバート大佐の事だよ。
そもそも君が『エバンズ』大佐と呼ばずに『ギルバート』大佐と呼んでるのも気に入らないんだ。そのくらいには尊敬してるんだ」
デューイは片眉を上げて、床で作業する私を椅子から見下ろした。
し、しまった。
ギルバートと呼ぶことになんの躊躇いも無さすぎたわ。
そりゃあ違和感を持つわよね。
焦る私をよそに、デューイは席から立ち上がりギルバートの好きなところをどんどん語り始めた。
「ギルバート大佐はエバンズ家出身と言うのもあって、そもそも軍人としての素質も素晴らしく高いんだ。だけど士官学校在籍中の戦争援軍任務の功績や、最年少で座学、実技共に首席卒業…それらは自身の努力からなるものだ。他にも常に気を張る姿勢やどんな任務も蔑ろにしないその性格はもちろん…(略)
…というわけでボクは揺るぎないその軍人としての覚悟と努力の姿勢を心から尊敬できると思ってるんだ!」
熱く長く語るデューイ。
ふふっ
何だか年相応な感じがして可愛い!
今まで少年らしくなく大人っぽい態度で、年上の私やエリクに厳しい事を言ってきた彼の新たな一面を知った。
「うふふ、よく分かったわ。
魅力を教えてくれてありがとうデューイ。
ねえねえ、みんな年はいくつなの?
みんな私と年が近そうに見えるけど」
「俺は20、デューイは14、ルイは17。
だから花姫と年がいちばん近いのはルイだね。
他になにか聞きたいことはある?」
「みんな若いのに大変ね。
零隊ってどのくらいの人数の人が配属されてるの?都市伝説では7人とか聞くけど」
「ははっ、出た都市伝説。
それ誰が流してるんだろうね?
数は7人で合ってるよ」
「へえ、噂も伊達じゃないわね。
他にどんな人達がいるの?」
「あんまりこの隊に厳格な上下関係はないけど、零隊を上中下の位で分けるなら下が俺とデューイとルイ。言わば下っ端かな?
だから3人でやる仕事も多いけど、ルイはロッド大佐に懐いてるのもあって、単独行動多めだね。
中にいるのがゼノとアリス。ゼノは零隊1番の力馬鹿ですごい自信家なんだ、1番実戦経験が多くて戦争の鬼なんて呼ばれてる。それからアリスは零隊唯一の女の子」
「へえ!女の子も在籍してるのね、凄いことだわ。ぜひ会ってみたい!」
女の子の軍人なんて、かなり珍しいはず。
一体どんな子なのかしら。
デューイは消え入るような小さい声で言った。
「…絶対に会わない方がいい」
「え?デューイ何か言った?」
「いや、何も」
「アリスはすごい美人だけど気性が荒いから。
上は…言わなくてもわかるよね。
零隊指揮官のギルバート大佐と零隊副指揮官ロッド大佐だ。ゼノとアリスは主に大佐方の補佐についてることが多いから、あまりここには来れないかな」
「そう…なんだか今日でやっとあなた達のことを詳しく知れた気がするわ」
やっと向こうの手の内が見えて胸の内がほくほくする。仕事仲間の事情を私は何も知らないで、向こうばかりが一方的に全てを知っているんじゃ、これから仕事もしづらい。
これからに向けて1歩前進したような気持ちで自然と口角が上がった。
「花姫がこんな事で笑ってくれるならいくらでも話すよ」
「ありがとうエリク、デューイもルイも、沢山教えてくれて!
よ~し!喋りながらでもかなり片付いてきたし、このままピカピカにするわよ!」
私は腕をまくって床に落ちていた最後の書類を集めたのだった。
ーーーーー
ーーーーーーー
レガリア区 2番街
ハーツクラック通り 第2事務所 夜ー
「ふー、まだまだやることはあるけど…
今日はこれでもう精一杯ね」
事務所の部屋の中は下には一つも紙や物が散らかっていない、そこそこきれいな事務所に大変身した。
明日はやることは水拭きとか、窓拭きとか、備品調達ね。
「そうだね、ごみが事務所裏の焼却炉にもう入り切ってないから…集積所に明日の朝持っていかないと掃除も進まないね」
「じゃあ、残りは明日の朝ね。
もう夜も遅くなってきたし、私のできる仕事も無さそう。そろそろに私は帰るわ」
「あれ!近くの寮に引っ越さないの?
レガリアからビロードは距離あるし…絶対その方がいいと思うけど」
エリクは驚いた顔をして私にそう言う。
「それが…寮を使わせてもらうのもいいと思ったんだけど…。今日はとにかく事務所に持ってくる荷物で手一杯で」
「逆に君何持ってきたんだよ。普通仕事しに来るって言ったら初日は紙とペン、終わりだろ」
デューイの冷静な一言が刺さる。
「う。 昨日みたいな戦いに備えて、その…防具とか、武器とか…あの、色々…」
「あっはっはっ!トランクがすっごい重たかったのそういう事か!ほんと花姫ってば飽きないなあ~、可愛い」
ば、馬鹿にされてる…
顔が自然と熱くなる。
「はあ、要はゴミ持ってきたってことね。じゃあもう君の荷物も一緒にボクが集積所に持っていくよ。」
「そ、そんな…!」
「第零特殊部隊も舐められたもんだね。ここは戦闘部隊の頂点だよ。そんなの持ってこられる方がボクたちのプライドが傷つくよ」
「…ご、ごめんなさい」
申し訳ない気持ちになるも、その重たい荷物を抵抗も虚しくデューイにあっさりと回収される。
さよなら私の武器…
「家の事だけど、君のビロードのアパートの家賃も軍が負担するから。
金銭面においても、君は軍の保有する寮に住んでもあのアパートに住んでいても何も問題ない。
けれど正直ビロードはレガリアから遠くて君が第2事務所で今後働くとするなら、往復の警護に骨が折れる。
家具も揃ってるし、明日にでも寝泊まりは寮でしてくれると、こちらも願ったり叶ったりだ」
昨日も今日も、ビロードからレガリアへの往復にはとても時間がかかった。
あれが毎日続くと思うと、私も流石にロッド大佐の言葉に甘えて、レガリアの軍の寮に任務期間中住んでもいい気がしてきていた。
…ただ問題はミラなのよね。
まあそれは家に帰って私から彼女に言えば大丈夫か。
「…分かったわ、でもビロードのアパートには私のメイドが1人いるの。
彼女にそれを伝えてから、お言葉に甘えて寮を借りることにするわ」
「うん、それで問題ないよ。」
さてと。
帰り支度をして上着を羽織った。
事務所のドアの前に立ち、皆に挨拶をする。
「じゃあもう帰るわ、今日はみんなありが……」
その時、
聞いたことある声が私の言葉をさえぎった。
「おっと、待った」
私の両肩を、後ろからトンと抑え、その声の主は上から私を見た。
私は思わず上を見あげて驚く。
「ろ、ロッド大佐!」
こ、この人忙しいんじゃなかったの?
今日で軍隊のことはよく分かったつもりだ。
彼があまり第2事務所に足を運ばないことも知った。
彼がなぜここにいるのかという疑問は他も皆同じように抱いていたようで、3人ともかなり驚いていた。
「随分綺麗になったじゃないか。
やっぱり掃除屋さんを雇って正解だったかな」
「ロッド大佐…
何故ここにいらっしゃるんですか?」
ルイの質問に変わらぬ笑顔で彼は答える。
「勿論彼女と話しに、だよ」
「わ、私と話しに?」
この人実は暇なんじゃないかと思ってしまう。
彼は片付いたソファーに深く座った。
「ほら、話そう」
私は大佐に催促されて、対面するソファに座る。
気がついたらロッド大佐以外、3人とも席から立っていた。
えっと、私も立った方がいいかしら?
椅子から腰をあげようとすると
「みんなが席を立つから、彼女も座るの躊躇っちゃってるじゃないか。ほら、座って話そう。
お茶がないね、良ければ私がお茶を入れよう」
3人がぎょっとした顔であわあわし始める。
「そ、そんな!私がやります。
気が効かなくてすみません!」
急いで立ち上がり、事務所のキッチンへ急ぎ足で向かった。ティーポッドに茶葉を入れ、お湯を沸かしながら考える。
なんだかやっぱりあの人、
私に少し意地悪な気がするけど…
気のせいかしら…いや、気のせいよね。
仕事を与えてくれた人に、私ったらなんて失礼なのかしら。
だめね、そんなふうに考えちゃだめだわ。
出来上がった紅茶を持っていくと、変わらぬ笑顔を張りつけたロッド大佐が待っていた。
「それで、えっと。お話しとは?」
「そんな固くならないで。
俺は君と喋ってみたかっただけなんだ」
「……」
「俺はギルバートと士官学校時代からの同期でね」
彼は紅茶を飲みながら喋り始めた。
ぎくりとする単語が入っている。
何の話…?
嫌な予感をビシビシと感じる。
「彼は零隊の現指揮官。仕事が本当に出来る男でね…そんな彼が、どうやら君に敢えて会わないようにスケジューリングしてるんだよ」
悪寒が体をつきぬけた。
「…なんの、お話でしょうか?ロッド大佐」
「なんの話しでもないさ、お喋りだよ」
紅茶を飲むロッド大佐の目が、まるで獲物を捉えた鷹のようで、怖い。
そしてまたも私の嫌な予感は的中する。
彼の次の言葉を私は待った。
彼はティーカップをソーサーの上に置くと、なんでもない事のように笑顔で言った。
「これから彼がここに来る」
「え…?」
彼が、ここに来る……?
そう言ったのは私だけではなかった。
デューイは動揺を隠すことなく、そのまま続けた。
「ギルバート大佐が、この第2事務所に来るんですか?何故わざわざ…」
「ごめんねデューイ。
この子を雇ったこと、ギルバートだけに伝えてないんだ。賢い君ならもう分かるね?」
「…!!!!」
デューイは目を見開いて固まった。
「君の手元にある予算申請書は、本来なら昨日が締切で今日の朝にはギルバートの机の上にあるはずだった。でも君を雇ったことで申請内容を変更する必要ができた。
何も知らない仕事人間の彼は、期日までにチェックして上に提出するためにわざわざここに来るよ」
デューイは困惑し、取り乱した様子でロッド大佐に言った。
「ロッド大佐、何故こんな回りくどい事をするんですか?あなたの目的は…っ!」
「あはは、大丈夫だよ。君が1番気にするであろうギルバートの面子は傷つかない。上に申請の遅延は俺から報告済みだから。でもそれで君がギルバートに怒られるのもおかしいからね。
だから俺はここに居るんだ」
デューイはかなり複雑な表情でロッド大佐を見つめていた。
空気はなんだかピリピリとしている。
「わ、私、帰ります!!!!」
「花姫…顔真っ青だよ、大丈夫?」
エリクは心配そうにそう言った。
私はソファから立ち上がり、急いで荷物をまとめる。
「大丈夫、私本当にもう帰るわ。
ロッド大佐、あまり話せなくてごめんなさい」
「ああ、良いんだ気にしないで。
もう彼も着いたみたいだし」
笑顔を張りつけたロッド大佐は窓から通りを見下ろした。
私はそれを聞いて急いで窓辺に立つ。
下には黒い馬車が着いていた。
嘘!!!?
…こんな望まないタイミングで絶対に会えない、会いたくない!!
嫌だ…っ、嫌だ!!
ああ、どうしよう。
どうしよう。
どうしよう。
どうしよう。
この窓から飛び降りる?隠れる?
それとも魔法で何か堤防を作る?
会いたくない、絶対に会えない。
どんな顔して、あの人に会ったらいい。
動悸が煩い、頭がぐるぐるする。
ああ、本当に私ってば、最近すぐに目眩が…
自然と涙がこみ上げてきて、頭で鐘がなっているかのように鈍痛が響く。
『もう嫌なんだ、顔を見るのも』
昔のギルバートの言葉が頭を駆け巡る。
心臓がバクバクと脈を打つ感覚がどんどん大きくなる。
「はぁっ…はぁっ…はぁっ…!」
息が上手くできない。
っ駄目、苦し…
「…花姫?花姫ッ!!」
「ローザッ!!!」
ドサッ
頭がガクッと落ちる感覚がして、私は床に倒れこんだ。
身体が鉛のように重たい。
意識が朦朧として、とても起き上がれそうにない。
……どうしてかしら。
この10年間あなたに1番会いたかったのに。
いざ会えるとなると、
とてもじゃないけど勇気が出ないの。
1番会いたかったあなたに、
1番会いたくないの。
何故かしら、ギルバート。
遠くの方でデューイやエリクが私を呼ぶ声が聞こえる。
そして床から上を見上げ、扉が開いたのを視界に捉えた瞬間…私はそっと意識を手放した。




