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魔女と大佐と王子様  作者: フェニックス小川
第一章
4/24

謎の仮面、現る

一章で1番ボリュームのある話かも。

ようやく物語が動き始めます。

ラステル王国

ビロード区15番街ハリスツイード通りーー



翌日の朝。

私は仕事に行く用意を終えてから、この小さなアパートで給仕をしてくれているメイドのミラと長く話をした。


昨日、零隊の2人が店に来たこと。

彼らから事件について、私がすべきことについて説明を受けたこと。

そして、今後は警護される毎日を送るようになるかもしれないこと。


昨日起きた出来事全てをミラに伝えたが、ミラはあまり驚かなかった。

ただ、私の持つ『記憶を消す魔法』が既に軍部に伝わっているという事実には、流石のミラも動揺を隠せなかったようだった。



ーーーーー



曇りの多いラステル王国。


窓から見える天気は今日も今日とて曇り空だ。

小さなアパートの玄関扉をガチャっと開けて、

ドアの前でグッと伸びをする。

とても気持ちがいいとは言えない空を仰いで、上から視線を下ろす。





「……」





早速と言わんばかりに『彼ら』はそこに居た。



「おーはよ、花姫」


「なにその顔。昨日説明した通り、ボクらが朝から君を警護させてもらう。ほら、行くよ」



昨日のフランクな格好ではない、ガッツリ軍服を着たエリク、デューイが馬車の前で待っていた。



「ちょっ…こ、こんな田舎町に馬車と軍人が並んでたら目立つわよ!」



私の焦り声を聞いて、玄関の後ろからミラが顔を覗かせる。



「どうかなさいました?お嬢様……っ!」




ミラは目の敵を見るような目で彼らを見た。


しまった。


ミラの姿を見られた!

私は家に人を入れたことは今まで1度だってなかった。

ミラの姿はどこからどう見ても人間。

精霊体だとは分からないはずだけど…

精霊は宗教の1種として祭り上げられてるほど、畏怖され敬われる存在だ。

それがこんなメイドとして私に仕えてるなんてバレたら…精霊教を信仰してたらみんな泡吹いて倒れちゃうわ。



「あれ、花姫…メイドをつけているんだね。

おはよう、お姉さん。

そんなに睨まなくても、彼女は俺たちで警護するから心配いらないよ。

そもそもメイドさんは花姫が受けた依頼のことはご存知かな」


「……ええ、存じ上げております」




エリクは朗らかに笑いかけるが、ミラはエリクをより睨め付けた。

どうやら2人には普通のメイドに見えているようだ。

ふう、一安心。


デューイは興味無さそうに眉を上げて、腕を組みながらミラを見た。



「へえ……。〝メイド〟ねぇ。

まあ、レディクスの生き残りに召使いの1人もついてない方が疑問だしね。そんなに敵視しないで欲しい、きちんと彼女を守るよ。それがボクらの責務だから」



デューイの言葉を噛み締めるように、ミラは何も言わずにしばらく黙った。

そして…


「…その言葉、覚えておきますわ」



な、なんだか朝から険悪な雰囲気…

ミラもそんなに敵意剥き出しにしなくてもいいのに。




「はいはい!

じゃあバイトに行ってくるわ!

またねミラ」



若干無理矢理ではあったが、家の中からこちらを見るミラの視線に耐えられず扉を閉める。

エリクは肩を竦めて笑った。



「随分嫌われたものだね、俺達も。

馬車を用意してるよ、さあ行こうか?花姫」


「え?これに乗るの!?」



私のその反応に、デューイは面倒くさそうにため息をついた。



「何驚いてるのさ、昨日も馬車だったんだから。…まさか僕たちにバスを使わせようなんて考えてた?」




考えていた。


私のなんとも言えぬ顔を見て、

エリクは私の手を握る。




「あー…ごめんね花姫。俺達の部隊は、一応これでも秘密組織みたいなもんだから、あまり公共の交通機関は使いたくないんだ。花姫の日常は君が思ってるより大きく変わるかもしれない」


「…」


「日常ね…。

君みたいな選ばれた人間が、こんなはた田舎のビロード区の奥地で、まるで普通の人間みたいに暮らしてる方がビックリだよ。

道理で探すのに時間がかかったわけだ。

ギルバート大佐から連絡が来なかったら、きっとまだ手紙も届いてなかっただろうね」



デューイの言葉にドキッと心臓が跳ねる。



「ギルバート……が、連絡?」




すると私の言葉に何か問題があったのか、デューイがムッとした表情で私に詰める。




「ギルバート『大佐』、ね!

いくら国の英雄であれど、僕らの上司なんだからさ。ギルバート大佐は零隊の指揮官だけど、まあ忙しいから君と直接話すことは少ないだろうね。

っていうか、一昨日大佐と会ったんじゃないの?

ビロード区に君がいると教えてくれたのは大佐なんだけど」


「……会ってないわ」



デューイは少し機嫌が悪そうに私を見たが、ふんと鼻を鳴らして自分の懐中時計を手に取った。



「まあいっか、早くしないとバイトに遅れるよ」



「…」



「さあ、花姫行こう?」




あの時、あの場所からすぐに立ち去ったはずなのにバレていた。

私があの場で轢かれかけた事、ギルバートは分かってたんだ。


…じゃあ尚更会えないわね、ギルバート。

貴方はさぞかし私が死にそびれた事を不愉快に思ったでしょうね。


頭には暗い妄想と思い出でいっぱいになる。久々に彼の名前ばかり最近出てくるせいだろうか。思考が暗くなっている気がする。




「……花姫。

そんな顔してたらお客さん帰っちゃうよ」



ハッとして両手で頬を抑えた。

揺れる馬車の中でエリクは苦笑した。



「そんなにボクらの存在が嫌ならバイトなんてやめたら?大体、バイトなんてしなくても君生活できるでしょ。」


「…!」


「デューイ!」



エリクはこつんとデューイの頭を小突いた。



「ごめん、こいつ悪気はないんだ」


「ふん。正直に思ったことを言っただけさ。

僕は謝らないよ」



デューイは腕を組んでそっぽを向いた。その様子にトホホという表情をするエリク。

なんだか勘違いされているようだ。



「いいえ、違うのよ!

2人が朝から家の前に居たのは…確かに驚いたわ。

これからもずっとこの生活が続くのかと思うと、少し不安になったもの。


でも今落ち込んでいたのは全く別の考え事をしていたからよ。あなたたちの存在が嫌だとか、全く思っていないわ」


「ほんと…?何か俺達に言うことがあったらなんでも言ってね。大前提にレディクス家の君は丁重に扱うべき存在なんだし。」


「家は関係ないわ、平等に接して欲しいもの。

でもそう言ってくれると頼れるわ、ありがとう」



エリクは知り合って間もないのに、

ずっと優しい。

ちょっと接触過度なところはあるけど…


私がそう言って頷くと、にこりとエリクは笑った。


彼は自分の容姿の良さを知っててあんな笑い方をするのだ、そりゃラビットもあんな風になってしまう。

思い出しても昨日の客寄せ様たるや凄まじかった。



するとデューイの視線に気がついた。

何か言いたさそうにしている表情だった。

首を傾げてみると、デューイは話し始めた。



「…あのさ、聞きたかったんだけど。

君が普通のフリをしてるのは、『普通』に憧れてるからなの?」


「え…」



エリクは片眉を上げてデューイのほっぺをつま見ながら言う。



「ほーんとデリカシー無いな、デューイは。

会って間もない女の子にディープなこと聞くんじゃないよ」



そんなエリクの言葉を無視して、デューイはどうなんだ、と私に視線を送り続ける。

特に秘密にしてる訳じゃないし、これは言ってもいいわよね。



「そう、ね。

私は魔女の血を受け継いでるから普通ではないし、普通の生活に憧れているのも確かにあるけれど…


1番は、自分の力で…1人の人間としての力で生きたかったの」



私は目をつぶって昔のことを思い出しながら話した。



「私ね、両親は早くに死んでしまったから。

昔は本当にお兄ちゃんっ子で…近所に住んでた歳が近い子にも頼りっきりだったの。

要は人に甘えっぱなしだったのよね。


お兄様にもその子にも最終的には本当にすごく迷惑をかけてしまって、そのせいで彼らをバラバラにしてしまった。」




2人は静かに私の話を聞いてくれていた。




「あなた達も私の事、調べてるだろうから大体は知ってるわよね。

お兄様はもう亡くなってるんだけど…


私はね。実は生きていると思っているの。

だからお兄様が帰ってきた時に、私はこんなに立派に一人で生きらるくらい成長したのよって。見せつけてやろうと思ってね!

家名や魔法に甘えることなく、生きられたら…私は前よりもきっと強くなれるんじゃないかなって。

…甘いかしら?」



目の前には強さのエリート、零隊部員がいる。

彼らからしたら、私はさぞかし甘いことを言ってると思われるんだろうか。

しかし間髪入れずに…


「そんなことないよ」


エリクの一言に胸がキュッと締め付けられる。

デューイは口を開く。



「どうしてそんなことを?」




私は少し笑って見せた。




「私は一度大切な人を失ってしまってる。

だから今度こそ大事な人を、全てから守れるように強くなりたいの。」



デューイは膝に置いた手をグッと握り、

黙っていた。



「なーんて!

強気なこと言って今はまだ修行中の身だけど…。

とにかくそういうわけ。

大したことはないわ、だから一般市民のフリして悪巧みーなんてしてないわよ?」



冗談めかして笑ってみる。



「花姫は、偉いね」



エリクは私の頭を撫でながらそう言った。



「子供扱いしないでちょうだい。

私そういうのはもう卒業したの」



と、強がってみるものの、

その手はまるでお兄様のように感じた。

彼の暖かな目が、その眼差しが、何だか恥ずかしくて、どこか懐かしくて、つい顔を背ける。


すると押し黙っていたデューイが、ぽつりぽつりと喋り始めた。



「………ボクが心から尊敬する、人がいるんだ」



どこか今までと違う声のトーンに少し驚きながら、私は話を聞こうと返事をした。




「…素敵ね。どんな人なの?」


「全てが完璧で…

ボクがなりたいもの、そのものなんだ。」


「とても憧れてるのね」


「うん…でも。

その人は時々、話してると段々喋ってるこっちが辛くなるくらい、全てから追い詰められてるように感じるんだ」



デューイは伏せていた瞼を上げて、私の目を見つめて言った。



「君はさっき、大事な人を全てから守るって言ったけど…その人は大事な人を自分の手にかけられるくらい冷酷になれと言うんだ。


君とは、真反対だな」



「…」




デューイは少し悲しげに長いまつ毛を揺らした。


私は何も返事ができなかったけれど、エリクはデューイの肩をそっと叩く。

気づけば馬車は止まっていた。


それで我に返ったのか、汚いものを触るようにエリクの手を払い、デューイはこほんと咳をした。



「何だか話しすぎちゃったね。

君がこのご時世にも珍しい、世間知らずの天然箱入り魔女様だったもんだからつい…って、ああごめん、口がすべったね」


「ちょっと?」




特に悪びれる様子もないデューイ。

先程の悲しそうなデューイはどこへやら。

さっきまでの生意気な彼が戻ってきたようだ。

すると馬車は止まり、窓から外を覗くとラビットの近くの路地に止まったようだった。



「さあ着いたよ。

君のバイト先の目の前に付けれるような空飛ぶ絨毯じゃなくて悪いけど、人目をはばかるからね。

昼になったらお店に行くけど、昨日みたいなのは面倒だからそれまでは周りを警護しておくよ。


…さぁほら早く降りて!」




口早にそう話し終えると、デューイは雑に馬車から外に私を追い出す。




「なんだか雑じゃない!?」


「話し込んだから時間もないだろ、ほら。

…せいぜい稼いできなよ」




エリクはその様子を見てくすくすと笑った。

馬車の窓からエリクは外におりた私に手をこまねいた。

近づくと彼は耳元でこう囁いた。




「デューイなりの、頑張ってね、だよ」




デューイを見ると変わらない仏頂面ではあるが、ほんとりと、少しだけ耳が赤い。


どうやらエリクの言ってることは本当のようだ。

…本当に、こんなに素直じゃない人初めて見たわ。

勝手に上がる口角。

心がほかほかと温かい気持ちになる。




「ふふ、せいぜい稼いでくるわ!

ありがとう。またねエリク、デューイ」


「いってらっしゃい、花姫」


「ふん!」





ーーーーーー




お客のピークの昼は終わって、もう夕方。


お店を閉めるにはまだ時間があるけどお客の足はまばら。如何せん暇でカウンターの椅子に座って頬杖をつく。

ふぅ、と一息。


昼にエリクとデューイが店に来た時、再確認したけど…ほんとにあの人たち美男子なのね。

店の前を通ったマダムたちが通り過ぎることなく、店のドアを開けるもんだからホント大変だったわ。



2人がいるとレイドが霞んじゃうかもしれないわ。




「おい」


「はい!ごめんなさい!」


キッチン側からカウンターテーブルに手を着くようにして、レイドが文字通り目の前にいた。



「何謝ってんだ?」


「な、なんでもない!どうしたの?」



気を取り直して尋ねるも、少し言いづらそうに下に目線をやるレイド。

そしてもごもごと喋り始めた。




「昨日、お前が会う約束してた男って…その」


「……」





あ。


そうだ、レイドにはデューイとエリクと話してた事、そう言い訳したんだった。





「…一体、誰なんだ?てか、彼氏いたのか?」


「あーー……ん~と…」




大変、なんて言おう…

毎回レイドになんて答えたらいいか考える度にこんなに焦ってるわ。


もうっだから隠し事なんてキライよー!


なにか言おうとする前にレイドはハッ、と何か気づいたかのような素振りを見せて、私に詰寄る。



「…まさか、昼に来てた2人組か?

昨日も今日も来てたな、どういう関係なんだ?」




ば、ば、ば…バレてる!!?

そうよねそうよね、2日連続でしかも珍しすぎる男性客で…そりゃ疑うわよね!




「おい、黙ってないで…」


「親戚なの!!!!」


「え?」


「そう!親戚なの!仲良くないから言ってなかったのよ!」


「あら、そうだったのー?あの時知らないって言ってたのはそういう事だったのね」



ひょこっとキッチン裏の倉庫から顔を出す。



「リナ!」


「あ、もしかしておうちの仕事手伝うのを彼らから催促されてるとか?」



リナが物凄くいい感じに勘違いしてくれてる!!!

これは使うしか…



「そうなの、だから昨日も話し込んでしまって。

今日の昼も来てたけど…そういうことなのよ!」


「なるほど、そうだったのねぇ」



よかったー!一段落!

胸を撫で下ろすも、レイドはまだ眉間に皺を寄せたままだ。



「家の仕事ってなんの話だ?

ローザ、お前隠し事多すぎないか」


「あーごめん、レイドにはまだ言ってなかったわ。実はローザは…」


「ああ!リナ、レイドには私から話すわ!」


「あらそう?なんだか今日はこのまま客来なさそうだし、閉めちゃうから。もうこのまま2人とも上がりな」


「あ、うん!」



レイドは片眉を上げて不信そうに私を見ているが、私は見て見ぬふりで休憩室に入った。

そしてそのままみんなに見つからないように、そーっと裏口から出る。


たったったっ…

外へ出て暗くなった路地をキョロキョロと見渡す。


どこかしら?

『周りを警護する』って言ってたから、多分近くにはいると思うんだけど。

……あ、いた!



「エリク!デューイ!」



路地裏に立つ彼らは、本当に近辺の警護していたのか疑ってしまうほど美しい佇まいだった。

う~ん、改めてビロード区にはあまりにも似つかわしくない2人だわ。

役者と言われても信じてしまうでしょうね。

すると気がついたエリクが振り返って私を見た。



「どうしたの花姫?

聞いてた時間より早いけど、まだ仕事は終わってないよね。そんなに俺に会いたかった?」


「本当にお前、息を吐くように鳥肌が立つこと言うな」




…2人と今日はどうしても帰れない。

これからレイドと一緒に帰れないことや、これからの事をレイドに何も言わずに去るのは、どうしても嫌だ。

最後にレイドと一緒に帰ってちゃんと話をしたい。


私はぐっと拳を握り、2人を真正面に見据えて言った。




「あのね、お願いがあって…

私、今日はどうしても護衛は無しで帰らせて欲しいの!」



私の言葉に、デューイはあからさまに嫌そうな顔を、エリクも流石に困った顔をしていた。



「…うーーん?どーしたものかな。

もし君の身に何かがあった時、上から怒られるのは俺たちなんだよ」


「…ごめんなさい、早速無理なこと頼んでるって分かってるわ 。でも本当に今日だけレイドと帰らせて欲しいの!」



エリクの困り顔に心が痛む。

もちろんデューイもだんまりだ。

もっと早くレイドに言うべきだった。タイミングが無かったとはいえ、私が悪いわ。


デューイの昨日今日でのあの強気な態度、確実に反対されるに決まってる。

せめてエリクを納得させなければならない。

無理を承知で何度もお願いする。

承諾しづらそうなエリクに、私が平謝りする攻防が続く。

しばらく黙り込んでいるデューイ。


すると…



「……いいよ」





そういったのは意外にもデューイの方であった。




「えっ、デューイ…本当にいいの?」


「別に良いでしょ1日くらい。アルテルをつければ、いざと言う時は駆けつけられる」



思ってもみなかったデューイからの許可にほっと胸を下ろすも、聞きなれない名前がひっかかる。



「…アルテル?」



それを聞いてエリクは無い無いと首を振る。



「いやいやいやいや。

アルテルは軍の中枢に繋がってるし、本当にマズったら仕事放棄って真っ先に叩かれるの絶対俺だよ」


「お前こいつのこと気に入ってるんだろ。

それくらい責任取ってやれば」


「アルテルって誰なのか分からないけど…

お願いエリク、今日1日だけでいいの。お願い」




必死に頼む。

デューイのじとっとした目と私の必死な様子に、眉をしかめてため息を着くエリク。




「はーー。


…わかった」



「やったー!!!ありがとうエリク!

そうと決まれば早速…」




私が背を向けお店に帰ろうとするとエリクはむんずっと肩を掴んだ。



「ただし!」



「…ただし?」



「花姫が俺の願いを一つだけ叶えてくれる券をちょうだい?」



目を細めて色っぽく笑うエリク。



「はぁ???ほんとお前色魔」



デューイは呆れる声を出すとともに、そのまま私たちに背を向いて歩き出した。


ああ、デューイ行っちゃった…


そんなデューイの様子とは真反対に笑顔で楽しそうなエリク。



「俺は本気だよ。

くれるならいいよ、どうする?」



そんなの勿論…

考える間もなく、私は頷いた。



「いいわ!でも私に出来ることしかダメよ。豪邸をくれとか、たくさんの美女を紹介しろとか、そういうのはダメだからね」


「勿論。じゃあ約束通りアルテルをつけるから楽しんでおいで」



するとどこからともなく、私の頭のすぐ上あたりに街で見るよりも少し小さな体格のカラスが飛んでいた。

そして私の肩に乗ると私の頬に顔を擦り付けてきた。



「わぁっ、かわいい!これがアルテル?」


「そうだよ、僕の愛しい相棒のカラス。

こんな懐いちゃって…

やっぱりアルテルも花姫が好きなんだね。

この子が僕らの代わりに君を空から見張るから。」


「ふふ、アルテル。今日は宜しくね。

ありがとうエリク、とても助かったわ」


「願い事券は頂いたからね。

できれば感謝のキスも頂きたいところだけど」



そう言ってエリクは私に顔を寄せて、不敵な笑みを浮かべる。



「あら、そんなのでいいのね。」



私は近づいてきた彼の顔を両手で包み、頬に唇を寄せる。

チュッと軽い音を立てて彼の頬から唇を離す。




「ありがとうのキスよ、本当にありがとう!

じゃあまたね!」



「………あ、うん!気をつけて!」



少し呆けた表情をしていたエリクだったが、私が手を振ると慌てて我に返ったかのように手を振り返してくれた。

急いで店の方へと戻ろうと駆け足で向かう。

アルテルは早速私の後をつけながら、上の方を飛んでくれている。



「ふふっ、今日はよろしくね!」



私は上に向かってそう言いながら、店へと足早に向かっていったのだった。





ーーーーーーーー


《おまけ エリク視点》



花姫が店に戻っていくのを見届けた後、残された俺はしゃがみ込んだ。

俺が思っていたこととは真反対のことが起きてしまったのだ。



「参ったな。

そうやって男の心を掴んでいくのかな。あの店にいた男の子もそのうちの一人なんだろうな」



色っぽく誘って赤面する彼女を見ておしまいのつもりだった。

それがまさかこんな挨拶のような『感謝のキス』をされるとは。

男として嬉しくもあり悲しくもあり。


こんな子初めてだ。


かわいい女の子は好きだ。

かわいい女の子が困る姿はもっと好きだ。

大多数の女の子が自分の顔を見てすぐ気に入る事も知っている。


でも、あんなに俺に対してサバサバしてる子も珍しい。サバサバした素振りを装って気を引こうとしてる子も今まで見たことある。

勿論それも可愛いのだが、彼女の素振りは本当に俺に興味が無いのだと一目見た時から分かった。


極めつけはキスを遠回しにせがんだら、純粋な挨拶のキスが飛んできた。



「…そういうの燃えちゃうんだよね」



俺はしゃがんでいた膝を伸ばし、先を歩いていたデューイの隣につく。

彼女はもうアルテルに任せた。

恐らくこの後は街の巡回だ。


先週メーテル区で捕まえた魔法使いの残党探しをするのだろう。

俺は軍帽を被り直して歩き出す。

すると…



「エリクにも攻略難関な女がいるんだね」



デューイが少しだけ目を細めて楽しそうにそう言った。



「ほんとにね。

アルテルの件に関しては覚えてろよデューイ」


「さーて、なんのことかな」


「まったく…」





《エリク視点 [完]》


ーーーーーーーーーーー





さて、バッグは持ったし、お財布もある、水筒もちゃんと持ってる!忘れ物なし!

アルテルは外で待機してくれているはずだ。

よし!


支度を終えて店の外へ出る。

辺りはもう真っ暗で街灯が灯っていた。



「お待たせレイド」


「ああ、じゃあ帰るか」


「うん!」



私たちはまたいつもの様に帰る。

少し違うのは、私の30mくらい後ろにカラスがこっそり着いてくるくらい。

勿論レイドは気づかない。


レイドには隠し事ばっかりね。

なんだか、申し訳ないわ。



「今日こそ、遠回りして帰りたいんだけれど…」


「ああ、わかった」




そして他愛もない話をして、少し遠くまで来たところで…



「そろそろ教えてくれてもいいんじゃないか。

隠してること」



レイドがそう切り出した。

私もちょうど話そうと思っていたところだ。



「…そうね。

実は、もう少ししたらお店を休むことになったの」


「え?」



かなり驚いた表情をしているレイド。



「家の仕事の手伝いをしなきゃいけなくて、少しの間それに専念しなくちゃいけないの。」


「そうだったのか。」


「仕事仲間で、信頼出来る友達にはちゃんと私の口から伝えたかったの、黙っててごめんね」


「……。

まあ、また帰ってくるんだろ?」


「もちろん!だから少しの間お店のウエイターは任せたわよ」



「…ああ」




レイドの顔は明るくなかった。




「レイド?」


「俺も話があるんだ。本当は一昨日言いたかったんだけど、その前に。」


「どうしたの?」


「俺の事、信頼出来る友達だと思ってるのか」


「ええもちろんよ!とっても信頼できるわ!」



一緒に並んで歩いていたレイドの足が止まった。

そして彼の顔が俯き、少しの沈黙。


ほんとにどうしたのかしら?


心配して顔を覗き込もうとすると、私の両肩を彼が掴んで真剣な表情で私を見つめた。

…え?

レイドの瞳を見て言葉を失った。



「…俺さ、お前のこと好きなんだ」


「…」


「俺の事を友達として見てたローザからしたら、驚くかもしれない。」


「……」


「だけど、俺には友達じゃなくて…

大事な、大切な女の子に見えてるんだ、お前が。」


「レイド…」


「今すぐ答えて欲しいわけじゃない。

第一、仕事休むみたいだしな。

…でも覚えていて欲しかったんだ。」



レイドの切なそうに見つめる私への目が、心做しか少し甘い。

私は急いで目を伏せる。


ど、どうしよう心臓がバクバクしてる。

私はレイドのことそんなふうに思ったこと…


私がギュッと目を瞑っていると、


ん、あれ?


刺激臭のような香りが鼻をかすめる。





「……なに?この匂い」


「…確かに言われてみれば変な匂いがするな。鼻にツンとくる……」




すると気がつく。


私の視界の端にフードを被った、不審な人影が見えた。


しかし気がついたその瞬間から、

すごい勢いでフードを被ったその人が、

私に向かって走ってきた。



「なっ!?」



怖い!!!

私は反射的にレイドの手を取って走る。


急いで走り始めた私に合わせるようにして軽く走るレイド。



「どうした!ローザ」


「後ろから私の事走って追ってくる人がいる!」


「なんだと!?早く言えよ!」




私達は全速力で走り始めた。



「だめ、ずっと走って追ってくる…!

レイド、私を置いて警察の元まで走って!!

あの人の狙いは多分私だから! 」


「なら、一緒に警察署まで走ればいいだろ!」



そうは言うが、もう走り始めて結構な距離だ。

レイドの体力はまだしも、私の体力はもう限界が来る頃だった。



「くっ、路地でまくしか無い!」


レイドはそう言って私の先を走り、狭い路地にどんどん入ってくが…次々と知らない道に入っていく。



「…は!?行き止まり!? 」



レイドはクソ!と声を上げる。

私たちたちの前には壁が立ち塞がり、ついに行き止まりの袋小路に私たちは入ってしまった。

振り返ると、もうすぐ側までその人は来ていた。


レイドは、ゆっくりと近づいてくるそのフードの人物から私を庇うようにして私の前に立った。



「おい、こいつに手を出すなよ」


「…レイド!」



フードの人物は何もに喋らずにやはりゆっくり近づいてくる。その不気味さに思わず背筋が凍りつく。


そうだ!アルテルは!?


周りを見るがどこにも見当たらない。


嘘!!?はぐれちゃった!!?

一体どこで…

これじゃエリクとデューイにも助けが呼べない。


……まさか、あの変な匂いって

動物避けの薬品の匂いなんじゃ…


しかし悠長にそんなことを考えてる場合ではない。

その人物はゆっくり私たちに近づきながら、

手を前にかざして呪文のようなものを唱えた。


…まさか、魔法!?


その瞬間、フードを被った人の手の平から突風のようなものが巻き起こり、レイドの顔の正面に風が刺すかのような形でレイドの体を風がつきぬけた。

その瞬間彼は膝から崩れ落ちた。


「レイド!!」



急いで彼を抱くも、重くて上手く立たせることが出来ない。彼の目は閉じている。



「嘘!!嘘よ!!!」



心臓の音は…してる。

気絶してるだけ…?




「…あなた、誰なの?なぜ魔法が使えるの 」


「…」



その人物はなにも答えない。

そしてまた手のひらを前にかざす。

火の玉のようなものが浮かんでいた



「…え」



何故火の魔法が使える者が…!?


またその人物は呪文らしき文言をブツブツ唱えている。

相手はなにか仕掛けてくる気だ。

どうしよう何か、水は…水、水。


あ!

私は急いでバッグを開けて水筒を取りだした。

水筒の口を開けた時とフードの人物が大きくなった火の玉を投げてくる瞬間はほぼ一緒だった。




「汝、水の精霊と契約せしもの…

我が力に応えたまえ!!!!!」





バッと水筒の中身の水を空中に出す。


その水はジュワッと音を立てて、私の前に滝のような壁を作り、飛んできた火の玉を飲み込んだ。


すると…




「……やっと、見つけた」




その人物はゴクリとつばを飲み込み、そう言った。フードを脱ぐと不気味な仮面をつけた男性が現れた。



気味悪い…



「…な、なんなのよ、あなた。

なぜ火の魔法が使えるの」



やはり私の問いに答えることなくその人物はジリジリと私に近寄る。



「いや…やめて、こないで!!」




もう水筒に水はない。

もう、だめなの!?


…そんな、私、まだ兄様にも会えてないのに…

こんなところで…!


手が震え出す。

もう策はない。

恐怖でギュッと固く目を瞑る。




その時。





「そこまでだ」




その声とともにバッバッバッと大きなライトで路地が照らされる。

ハッとして前を見ると眩しすぎるライトに目が眩んだ。目のを凝らして見ると、前にはたくさんの警官と馬車。

そして人影が4人。



「そいつの身柄を拘束しろ!」



すごい勢いでその真っ白なライトの向こうから警察がその人物を拘束しにかかる。



「だめ!そいつは…」




魔法が使えるのよ!

と言いかけたものの、その人物はあっさりと彼らに捕まった。



「えっ?」




目に見えないぐらいのスピードで、黒いローブに身を包んだ見覚えのある二人が、仮面の男をとりかこみ、手錠をつけた。


仮面の男は気絶させられたのか、膝をついて前に倒れた。



ど、どういうこと?



驚きながらフードの人物が現場を去るのを見つめた。


そして仮面の男を捕まえた二人と、馬車からやってくる二人の影が近づいてくると同時に気がついた。



「エリク、デューイ!!!」


「…ほんっと運ないな俺。

アルテル、お前ちゃんと仕事したのか?」



エリクの肩にはアルテルがいた。



「まあ仕事したから、ボクたちがここにいるわけだけど。遅くなって悪いね」




なんと、あの仮面の男を捕まえたのはデューイとエリクだったのだ。


これが、零隊……なんだ。

二人は…こんなにも頼れる人たちなんだ。

良かった、助かって。



急な安心感に緊張の糸がプツンと切れる。

私はかくんと足の力が抜けて膝から崩れ落ちそうになった。



「花姫!」


「ローザ!」



エリクとデューイが声を上げた。

私はその場に倒れる。

はずだったのだが……見たことない人物に抱きとめられた。





「…初めまして。

ローザ・レディクスさん。」




整った顔立ちの背の高い男の人。

軍服を着て、その襟の下にはバッジがたくさん見えた。

年も私より年上のようだ。



この人は、エリクとデューイの上司?




「君に会うのは実は2回目なんだけど。

覚えていないよね」



柔らかい笑顔で私にそう言った。

…なんて格好良い人。

でもまるで見覚えはなかった。



「ごめんなさい、分からないわ。

あなたは、誰?」




彼は軍帽を外して言った。



「俺はロッド。零隊現副指揮官、ラステル王国軍大佐、ロッド・スチュアートだ。

もう安心していい。」



「…!!貴方が…?」



この人が、ロッド大佐…

エリクの馬車の中での話が思い起こされた。


でも、彼の隣のこの子は誰だろう?

私も同い年か一個上かそのくらいの歳の男の子が彼らと同じ軍服を着て並んでいる。

ロッド大佐は、私が彼に視線を向けていることに気づいて彼をちらりと見やる。



「ああ、この子は人見知りだから。

ほっといても自己紹介なんてしないよ。

彼はルイ。エリクやデューイと同じ零隊の隊員だよ」


「初めまして、ローザ・レディクスよ。

王の依頼の捜査で、しばらくは一緒に仕事をするかもしれないわ。よろしくね」



手を差し出すも握手をしてくれる素振りは無い。私はルイに差し出した手をおずおずとしまった。


この子も零隊なのね…

じっと見つめるとルイはぷいっとそっぽを向いた。

エリクやデューイほど簡単に話せる相手では無さそうだ。



「…あ。

ご、ごめんなさい私」



ロッド大佐に完全に身を委ねるようにして密着していたのを思い出して急いで彼の胸を押す。


が、彼は離れなかった。



「……あの」



急いで彼の腕の中からその整った顔を見あげた。



「別に離してもいいんだけど…

君、手も足も震え全く収まってないから。

俺がここで離したら君は手もつけずにレンガ造りの地面に頭をつくことになるね、それでも良ければ」





血の気が引いた。





「…もう少し支えてくださると助かります。」


「素直でよろしい」




この人…笑みが顔に張り付いている。

なんだか苦手なタイプかも。

ロッド大佐はこの体勢のまま話を続けた。


「君が足止めしてくれたお陰で生け捕りができた、良くやってくれたね。

奴は国王からの特別任務依頼で指名手配されている仮面の集団の一味だ。

早速君の協力を得られて助かったよ」



「い、いえ私は何も…」




…やっぱり、国王の手紙で捕まえろって言われていた仮面の魔法使いの集団というのは、彼の事だったのね。




「とりあえず、状況説明頼めるかな?」


「はい!えっと…

私あのフードの人に追われてて、

レイドと一緒に…そうだわ、レイドッ!!」




急いでレイドを探すも姿はない。

するとデューイが口を挟んだ。



「ああ、ロッド大佐と話してる間に救護班に渡したよ。意識失ってるだけみたいだから、心配しないで大丈夫」


「よかった…ありがとう」




微笑むとデューイはフンと鼻を鳴らした。




「それで?追われてどうなった?」




ロッド大佐は真剣な口調で私にそう尋ねた。




「ここまで追い詰められて、あの人は魔法を躊躇なく使ってきて…だから私も…その…。

対抗しようと思って」


「なるほど。

君は早速魔法同盟を違反した訳だね」


「なんだって!」




デューイの声に身をすくめる。




「ごめんなさい、でも命を守る選択肢はそれしか無かったの。でも仮面の男にしか見られてないわ。レイドはその前に気絶していたから見られていない」


「目撃者が居ないのなら、

特にそれで君を責めるつもりは無いよ。

今回の件は我々で黙認しよう。

そもそも魔法には魔法で対抗させるつもりで元老院は、君を我々に送ってきたはずだし。ね?」


「…」


「さて、手足の震えも無くなってきた所でもういいかな?」



ロッド大佐の言葉にハッと気づき、私は両手の平を見る。

ほんとだ、いつの間に震えがなくなってた…

ロッド大佐から離れる。




「ありがとうございます」


「かまわないよ。

でも1つ、君を責めるなら責任感の無さだね」


「!」


「国王からの任務依頼が来た時点で、一般人との繋がりは断つべきだったと思わないか」


「…!!」



少し厳しげな口調と正しい言葉に、

ガツンと頭を殴られた気分になる。



「レイドくん、だったかな?

彼が意識を失ってるだけで済んでることが、物凄く幸運だと思った方がいい。刑事事件に関わる依頼を受けて尚、君が一般人と行動してると聞いて正直かなり焦ったよ。

この子達をつけた意味が無くてね」



エリクとデューイは申し訳なさそうに顔を伏せたり、強く手を握りしめたりしていた。

その姿に心臓が掴まれる思いがした。


迷惑かけちゃった…

私は、また人に迷惑を…



「ローザ、君はパン屋でアルバイトしてるんだってね」


「…え、ええ、そうです」


「君は甘いね。

その人たちに危害が及ぶ可能性は考えたかい?」


「……!」


「明日から君がどうするべきか、これでちゃんと見えたかな」




その言葉に、私は胸に手を当てて後悔した。


……私は、強くなりたいから、

成長したいからなんて言って…


結局は普通の自分をラビットに通うことで演じたかっただけなのかもしれない。

強くなりたいのは、大事な人を全てから守りたいからなんて…

デューイ達に言ってしまったけれど。


私、これから自分の自覚がないところで大切な人たちを傷つけてしまうかもしれなかった。




「ロッド大佐、私は自分の無責任さに全然気づけなかった。気づかせていただいた事に感謝するわ、そして酷く反省するわ」


「反省ね…した所で彼が今死んでいたら、君は同じ事を言えるのかな」


「大佐」



デューイがロッド大佐に声をかけた。



「どうしたデューイ」


「ロッド大佐。

ローザは、生活費を稼ぐために何も考えずにアルバイトしていた訳ではないんです。彼女は恐らく自分に出来ることに飢えていた。

それで一時的に視野が狭くなっていただけなんです。誰にでもあることです。

誤ちを認めた彼女を過度に責めないでやって頂けませんでしょうか」


「デューイ…」




ロッド大佐はデューイの言葉を聞くとうん、と頷いく。私に向き直り、先程よりも語気を弱めてこう言った。



「今回の彼女の行動はあまり褒められたものでは無い。…だが、すぐに非を認められる人は成長できる。次に活かすといい」



「…っ、はい!」




心が暖かくなる感じがした。

これが彼らの上官。

大きな頼りになる存在である事を、この一瞬でも感じさせる。

そして息付く暇もなくエリクがパッと明るい顔をして言った。



「…俺、凄いいいこと思いついた!」


「どうしたエリク」



ロッド大佐にエリクは軍人らしく真面目なトーンで進言した。



「大佐殿、1つ提案があるのですが…

零隊の第2事務所では基本的に我々3名で回して仕事をしていますが、正直あそこは仕事をするのに手がいっぱいで掃除すらもままなっていませんし、手も足りません。


ローザ・レディクスは日中の仕事を求めています。あくまでも一般人のような仕事を。彼女にはこの任務の間、第2事務所の手伝いをして頂くのはどうでしょうか」






…え!?


エリクの提案に言葉も出ない。

私が目をぱちくりとさせてる間にデューイが話に入る。



「エリク、それは無茶な話だよ。

機密文書が蔓延る部屋に一般人の立ち入りを許可することに同義だ。」



デューイは眉をひそめてそう言った。



「元老院からの依頼で、零隊と秘密裏に任務をする事になったってのに…彼女は一般人扱いなの?デューイ」



ロッド大佐は少し黙ると、顎に手をおいて考え始めた。




「君は仕事がしたい、そうなのかローザ」




突然話を振られて驚く。

するとデューイ達に釣られて私も敬語で返事をした。



「そ、そうです。

私はレディクスの家の名に甘んじることなく自分の手で仕事がしたいんです。アルバイトもそういった目的でやっていましたが…」


「ふむ、なるほど。

第2事務所でよく仕事をしているのは、デューイ、エリク、ルイだ。

ルイ、お前はどう思う」



今まで一言も喋っていなかったルイがロッド大佐から指名を受けて初めて口を開いた。



「俺は……正直、要りません」


「理由は?」


「そいつは………軍人じゃありません」


「ご最もだ」



ピシャリと線引きをされた気分になる。

すると、デューイも口を開いた。



「ボクは…

ボクも、エリクの提案に賛成します。

実際第2事務所は余裕がある場所ではありません。彼女には言わば事務の事務をやってもらう事でボクらの仕事の効率化を図れると思います。

それに彼女が常に近くにいればボクらの見張りの仕事が減って一石二鳥です。他の仕事に時間を当てることができますし。

それから、彼女は本任務中は軍部の人間という扱いになったはずです。ルイの意見を通すのは無理があります」


「まあ、それでもルイの言うことも分かるよ。

多分言いたいのは軍の人間かどうかじゃなくて、あまり仕事場に部外者を入れたくない縄張り意識的なものだと思う。俺もルイ側の意見だ」



ルイは小さく首を縦に振った。



「とはいえ意見は2対2。

まだ本人の意思を聞いてなかったね。

君はどうしたいの?」



ロッド大佐の少し楽しげな口調。

なんだか反骨心を煽るような人だ。



「…勿論。

やらせて頂きたいです!!お掃除でも料理でも事務でも!何でも私やってみせます!」


「うん。じゃあ、合格」


「え 」


「軽く荷造りして必要なもの全部事務所に置いてきちゃいな。家から遠いなら使ってない軍の寮が事務所近くにあるから、そこを使えばいい。

つまるところ、『勝手にしろ』ってことだ。

元老院からの君の扱いについてのマニュアルは送られてないからね。


それじゃあ俺はこの後も仕事があるのでこの辺で」


「まっ…」


「じゃあね」




ロッド大佐は背を向けるとすぐ側に停めてあった馬車に乗って、早速どこかへ行ってしまった。




「…えーっと、つまり」



と私が声に出したところでエリクが私の両手を掴んでブンブンと振り回した。



「よかったああ!

ロッド大佐、花姫に優しくないから無理かと思ったよ」


「ど、どういうことよ」


「ロッド大佐は基本的に優しいんだ。

比較的初対面の子には紳士だし、優しいんだ」




確かに…少しの間体を預けてもらったけど…




「確かに初対面にしては正直トゲのある言葉が多かった気がするわ。

でもてっきり軍人はみんなそんな感じかと…」


「いやいや、初対面でお説教するような人じゃないよ。今日機嫌悪かったのかな?

だから俺の提案飲んでくれると思ってなかったんだよね!

よかったー、花姫これで明日からも仕事できるね」


「…エリク」



エリクは私を思ってそう提案してくれたのだ。

胸が熱くなる。



「ボクにも感謝してもらいたいとこだけど

…って、

うわあ!やめろー!くっつくなーっ!」



思わずデューイを抱きしめる。



「デューイ、あなたって本当は優しいのね!

私あんなふうに言って貰えて嬉しかったわ!

エリクも、本当にありがとう!」


「やーめーろー!離せ〜!!」


「お安い御用だよ」




するとルイとばちっと視線がかちあった。

私はデューイを離して、ルイに向き直る。



「…貴方はあまり私がそこで働くことに乗り気ではなかったわよね。ごめんなさい、確かに軍人でもないのに部外者が仕事場に立ち入られるのは嫌な気分かもしれないわ。

でも私精一杯働く。

貴方達に私を雇ったこと絶対後悔させないわ」



ルイは私の言葉を聞き届けてくれたのだろうか。

さっきのように私の視線から逃げずにこちらを見てくれている。



「……」



…返事はないけど、少しは信用してくれたかしら?



「よーし!

じゃあ、そうと決まれば早速事務所に案内かな?場所はレガリア区だよ」




楽しそうにはにかむエリク。




「ここからレガリアは遠いよ。さあ、また馬車の旅だ」



ツンとした態度のデューイ。




「……乗って」



無表情で口数の少ないルイ。





3人が馬車に乗り込む後を追って私も馬車の足台に体重をかけた。

新たな場所へ旅立つような、ワクワクする気持ちと同時に頭によぎる不安。


それは火の魔法のこと。



あの人はお兄様では無い。

仮面を被っていたけれど分かる。

この世で火の魔法を使えるのは兄様ただ1人だと思っていた。


だって兄様がご自分でそう仰っていたから。


けれど…寿命と引替えに、魔法は普通の人間にも分け与えることが出来る。

あれがもし、兄様が分け与えた魔力なのだとしたら……



やっぱりまだどこかで生きているの?


…兄様。



物思いにふけっていると、デューイが不機嫌そうに催促してくる。



「ローザ?何してるの、早く行こうよ」



「花姫、ルイもいて狭いけど、さあ手を取って」





エリクは私に手を差し出した。




…お兄様、私ね

今、軍の特殊部隊、零隊と仕事をしているのよ。



もしかしたらそのうちギルバートとも会うかもしれない。


いいえ、きっといつかは会ってしまう。

そしてお兄様とも…絶対に、会ってみせる。



「よし!行きましょう!」



私は元気よくエリクの手を取り、馬車に乗り込む。


お兄様の存命を予感させる出来事があった。

複雑な心境ではあるが、それだけでもう胸がいっぱいだ。

私は新たな仲間たちの手を取り、零隊の第2事務所があるレガリア区へと向かう馬車に乗り込んだのだった。


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