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魔女と大佐と王子様  作者: フェニックス小川
第一章
21/24

白のダンス

レガリア区 6番街

メーティス川広場 昼ーーーーーーー



「ジーク!ちょっと!どこへ行く気?」



私は強引に引かれるジークハルト王子の手を話すことも出来ないまま、レガリアの中心地、メーティス川広場まで来ていた。



…ああ。

馬車を置いてこんなところまで来てしまった。

どうしよう。

御者が心配してるに違いないわ。


ロッド大佐から渡されたルイ宛ての大きな封筒を胸に抱えながらううー、と唸る私。




「…ごめん、やっぱり嫌だった?」



広場の中心、噴水前でジークハルト王子は立ち止まると少し寂しげにそう言った。



「嫌では、ないですが…

馬車を置いてきてしまっていますし…それに、私はジークのその、婚約の申し込みを、蹴ってしまってるのもあるし…」




そう、あの病室で、零隊の仲間もいる中、

彼は堂々と私に結婚を申し入れた。

そしてまた私も堂々とそれを断った。

このお方は国の王子。

不釣り合い甚だしい上に、私は王子のことを全くと言っていいほど知らないのだ。

断ったはいいものの、デューイの言う通り立場をわきまえるべきだ。

今も本人の要望であっても、名前を呼び捨てして良いものだろうか。


…この方は一国の王子様なんだもの。

私と気軽に話せるような方では無いのよ。


王子は体をかがめて私の顔を下から覗き込むようにして言った。



「この間のこと、気にしてるの?」



「…」



「…あの申し入れは断って当然だ。

形を作っておきたかっただけなんだ。

あの場で手に入る君じゃない、何も思ってないよ。

今日はローザに俺のことを知って欲しくて、逢い引きをしに来たんだ」



「あっ!あ、あ、あいびきっ…っ!?」



「しーっ!」





急いでジークは私の口を塞ぐ。





「それとも今日はなにか予定があるの?」





う…。

ある、とは言えない。


第2事務所はピカピカな上に、アデルタとリヴェルオもメモに書いてあった住所の宿は留守のようだった。

今何もできない私が第2事務所に帰っても、3人が仕事をする邪魔になるだけなのは明白だ。




「…その無言は無いって事でいいよね。

それじゃまずは市に行こう。

俺はそこが好きなんだ。」




私の手をグイッと握った彼はどんどん街の中心地へ進もうとする。


私はもう一度路地裏に彼を引き戻して、精一杯彼を止めた。




「王子!私は今国王からの任務以来で軍と仕事をしているんです。

私の周りにいては危険かもしれないんですよ!?」



「危険?

一体どんな依頼内容をこなしてるの?」



「それは…っ」



「もうエリクに居場所は気づかれてるようだし、問題ないよ。

危険が迫れば、俺がローザを守る」



「ッ!

ちょ、王子!!それでも…」




優しげな笑顔を向けられ、声色も穏やかだが、腕は引かれたままで足を止める素振りもない。




「次またそう呼んだら本当に帰さないよ。

ほら、はやく」





強引…

そういえばこの耳飾りをつけてくれた日も、返すと言っても聞いてくれなかったんだった。


彼の銀髪が昼の陽光に照らされて、

キラキラと光る。

どうしても、頭の中で彼と重ねてしまう。


私はどうして、ジークハルト王子とギルバートをこんなに重ねてしまうの?

何故こんなにも昔のギルバートに、雰囲気が似てるのかしら。

この手を離せないのも、そのせい…?



ーーーーーーーーーー



レガリア区 6番街

市場ー昼



連れてこられた市には出店が立ち並んでいて、見た事のある景色と川が傍には流れていた。


賑やかね。

あれ、もしかしてここ…。

ううん、もしかしなくても…




「カーニバルの時の通りの場所?」



「そう。

カーニバルの時は人混みで一杯だったから、分かりづらいかもしれないけど、普段は市場なんだ。」



「へぇ。レガリアの市場なんて初めて来た!」




いつもはハーツクラック通りの商店街で備品を買って事務所に帰り、そして7番街のモーラン広場の通りを馬車で通り過ぎて軍の寮、新たな私の家に帰る日々だ。



王子はというと、何となくレガリアに場馴れしてるように見える。

なんなら私よりも。


いつも王宮を抜け出してると聞くけど、ここに来てるのかしら?


通りには沢山の出店が出ていて、

正しく昼間の地下街のような感じだ。

あの時は怖かったな。

日光がさんさんと差しているだけでこんなにも商店街というのは違うのだろうか。


王子…


前をずんずんと歩く大きな後ろ姿を見て、申し訳なさと、恥ずかしさと、ドキドキと、不安が混じって何も言えなくなる。


今の私の魔力ではもし仮面が現れても守ることは…ううん、しっかりするのよ。

何があっても私がお守りしなきゃ。



真剣な表情で出店を見回る王子に、わざわざ声をかけるのも失礼かと思い、見守りつつ怪しいヤツが周りにいない見回す。

すると…




「今日は魚が安いよ!お兄さんどうだい!」




魚屋のガタイのいいおじさんが王子に声をかける。なかなか距離が近い。


お、王子ってバレちゃうんじゃ…!?


私はアワアワしながら固唾を飲んで固まる。

すると王子はなんてことない事のように、返事をした。




「今日の1番の高値の仕入れはどれかな」




え、仕入れ値を聞くの?


同じことを思ったのか、

魚屋もその質問にキョトンとしつつも、王子だということには気付かなかったようで普通に答えた。




「今日の1番の高値の仕入れ値?

そりゃこいつよ、北の国ルギエナでしか取れないこのでかい銀の海魚!いい値段だが脂がのってて焼いたら美味いよ~」



「そうか。

じゃあ1番の安値の仕入れは?」



「そらこいつよ!

ラステル自慢の赤い小魚!

ちいせえから骨ごと食わなきゃ損だぜ、煮てクタクタにして食べな」



「なら2つとも貰おう。

袋は厚手なものを頼む」



「おう!50ペールだ!毎度あり!」




王子は硬貨で支払いをすると、すかさず次の店をじっくり見る。


……店の人に、全然気づかれなかった。

そりゃそうか、こんな所に王子様がいるなんて誰も思うはずがない。



すると今度は恰幅のよい女性が果物を持って王子に詰め寄った。



「お兄さん!果物はいかが?

南国の実が沢山入ってお買い得だよ」



「南国の実か。どこの国が原産か分かるか?」




原産国?

またもや買い物をするには必要なのか分からない事を質問している。




「ん〜色々混ざってるけど、大体はシュレンダ国さ。あの国の黄色い果物はみんな美味いんだ、さあどうだい?」



「シュレンダ国か。そのカゴ1つ貰おう。幾らだ」



「20ペールだよ!はい、毎度あり!」




次々と店を周り、着々と買い物が増えていく。

そして決まって毎回質問をするのだ。


この店で1番人気と不人気はどれだ、と聞いて両方買う。

仕入先はどこだ、と聞いて買う。

最近値段が上がってきてるのはどれだ、と聞いてそれを買う。




市場の通りを抜ける頃にはもう両手がいっぱいで、私も荷物持ちの手伝いをしても精一杯な量になってしまっていた。





「ごめん、荷物を持たせてしまったね」



「いえ、全然大丈夫ですが…

おう…ゴホン。

ジークは市場で物価の勉強をされてたんですか?もしかしていつも勉強のために?」



「そんなに大層なことじゃない。

聞きたいことを聞いて、見たいものを見ているだけだよ」




わぁ…

王子は下町に良くおりて変わり者だとか、デューイが言ってたけど。

実のある行動なら、全く問題ないじゃない。

むしろ…むしろ褒め称えるべき行動だわ。


まだ王位の継承さえしていないのに、国を知ることに熱心なんだわ。

だからあの日も…


『今日はこっちを見に来たから』


カーニバルの日、祭りの方ではなくもぬけの殻の住宅地を見て回ってた。

レガリアの住人達の暮らしぶりを、

見て回ってたんだわきっと。





「とてもご立派ですね。勉強熱心で…」


「そんなこと無いよ、ただの興味」




サラリと褒め言葉を交わされる。




「この先に廃教会があるんだ。行こう」


「あ、ええ」





本当に掴めない人。


あんなに熱烈な結婚の申し込みをされたばかりに、デートと言われたからつい気を張ってしまった。


あの日の耳飾りの約束をした彼。

まるで月のような穏やかで静かで、あの時の彼は本当に不思議な引力を持っていた。

どこか、心の奥で惹かれてしまってる部分があった。


でも次に会った時の彼は王子の彼だった。

意思の強い太陽のようなオーラを纏って。

あの病室にいたのは紛れもなく王子の顔をして王子として会いに来てくれた。



そして今日の彼は…

またあの日の月みたい。



「あなたって不思議な人だわ」


「ん、何か言った?」


「いいえ、何も」


「そう?…ほら、もうそこだ。

付き合わせて悪いね」


「え、ここって…」




たどり着いた教会は、前にアデルタとリヴェルオが屋外公演をしていたあの半壊した教会だった。


扉を開いて中に入ると、教会にはたくさんの子供たちがいて、すぐに王子を囲い込むように集まってきた。




「にーちゃんおせーぞ!」



「そうだよお兄ちゃんいつもよりおそーい!」



「ごめんごめん、大事な女の子を連れてきたんだ。遅くなったけど、遊ぶ友達が増えたよ」



「ん?あそぶ友達?」




いつの間に王子が私のことを子供たちに紹介している。

子供たちはパッと見た感じで15人ぐらいいた。


みんな王子と親しげだ。




「彼女はローザ、

みんな仲良くしてあげるんだよ」


「はーい!」




みんなの素直で元気な返事が聞こえる。





「ジーク…来てたの!いつもありがとうね」


「シスタークレナ」




教会の奥の扉から出てきたの年配の修道女がジークハルト王子に声をかけた。



「こちらはお友達?」




シスターは私を見るとにっこり笑いかける。

私が声を出す前にジークハルト王子私の肩を寄せて言った。



「友達じゃない、大事な人だよ」



「…!!」




否定するにも言葉も出ずに、体が固まる。

頬がカッと熱くなっていくが、突然寄せられた腕のせいだ。




「あら、まあ!

初めまして、私はこの廃教会の元シスター、今は孤児院の院長をしているクレナと言うわ。

皆からはシスタークレナと呼ばれているの」




よろしくね、とシスタークレナに手を握られる。

慌てて私も名前を教えた。



「わ、私はローザです。

あの、孤児院って、この子達はじゃあ…?」



「そう、この子達は親がいない、身寄りのない子供たち。レガリアで唯一の孤児院の子供たちよ。

ジークはよくこの子達と遊んでくれたり、孤児院に食べ物をくれたりしてくれているの。

本当に感謝しかないわ。

もう4年ぐらいの付き合いね」



「そ、そうだったんですか!」





レガリアに孤児がいることにも驚いだけど、

それより…


私はジークハルト王子を目を丸くして見た。

この人、そんな慈善活動まで!?

誰も見てないところでそんな事をするなんて…

なんてできた人なのかしら!




「じゃあ早速はいこれ、今日のご飯にでも。」




買ってきた買い物袋を全て子供たちに渡すジークハルト王子。



「ありがとうお兄ちゃん!」



「今日はお魚だ!」



「やったー!ありがとう!

調理部屋に置いてきたら遊んでよー!」



「ハイハイわかったから、置いてきなよ」




ジークハルト王子に背中を押されて、

子供たちはバタバタと奥の扉に入っていく。


子供たちが居なくなると、途端にその場所は廃教会の荘厳な雰囲気を感じさせる。

私は静かに佇むシスタークレナに質問した。




「シスタークレナ、

あの扉の奥が孤児院の入口なんですか?」



「ふふ、合ってるけど少し違うわ。

この廃教会の奥には1本通りがあって、通りを挟んで真正面に孤児院があるの。

この教会は天井がないから、子供たちの遊び場にピッタリでよくここで遊んでるのよ」



「なるほど、そういうことだったのね…」




ジークハルト王子はふー、と息を吐いて教会の長椅子に深く座った。


シスタークレナは優しい方だった。

教会のこと、孤児院のこと、ジークハルト王子のことを教えてくれた。


もちろん、彼を王子だとは知らないようだ。




「ジークはね、私が孤児院を設立したばかりの時に出会ったのよ。

運営もままならないような時に、私、事故で怪我をしてね。街へ足を引きずりながら歩いていたのを見て買い物を手伝ってくれたの。


それが出会い。

もう4年になるのに…

本当に彼って自分のこと喋らないのよ。

お礼をすると言っても聞かなくて強情でね」




あはは。

そりゃ王子だとは言えないし、

自分のことは話せないし。

そうなるわよね…


私はジークハルト王子を遠い目で見た。

この距離だと会話は聞こえていないみたいだ。




「でも、あなたみたいな綺麗なお嬢さんなら、ジークにピッタリ。

何しろこの子、第一王子に似てると思うのよ」




ぎくっ!!!

声を震わせながら勢いよく否定する。




「そ、そ、そんなことはっ!!

…全然似てないと思いますよ!?」



「いいえ、そんなことないわ。

私はここで王子の成人パレードを見たから間違いないもの。確かに眼鏡も帽子ももさ苦しくて、ちょっと女性は近寄り難いかもしれないけど…よく見ると顔がすごく綺麗だし、名前もほら、ジークハルト王子に似てるし。」



「そ、そうかなぁ!?

私はそう思ったことは全然ありませんよ」



「あらそう?

とにかくお似合いだって言いたいのよ!

大事な人を私に紹介してくれて嬉しいわ」





…中々鋭いシスタークレナ。

4年も付き合っててバレてないんだから、今更私が動揺しなくてもいいんだろうけど…

『友達じゃない、大事な人だよ』

そんな長く付き合いのある人物に、そう言って私を紹介したジーク。


大事な人、か…。


私はどうして、何も思い出せないんだろう。

どうして彼はこんなに私を好いてくれているんだろう。

疑問は湧けども、答えは出ない。


この人は…何を考えているのかしら。

一体どんな人なのかしら。



まだ知り合って日は浅いが、

この淡泊さがいいと言うか、なんというか。

不思議と心地いい距離感の人だとは感じている。

まだ分かっていることは王子という肩書きぐらいだ。



私、なんで彼のこと、

思い出せないんだろう。


遠くで日光を眩しそうに浴びて、手で太陽を遮るようにする王子を見つめた。

申し訳なさがだんだんと込み上げてくる。




「ローザお姉ちゃん!かくれんぼしよう!」



「え?」




ハッとした時には、私の周りにはたくさんの子供たちがわらわらと集まっていた。


あれ!いつの間にみんな帰ってきてる!


奥の扉はバーンと開かれたままになっていた。

確かに奥に細い通りが覗いている。

あそこに孤児院があるのね。



「いーや!鬼ごっこだ!

ジーク兄ちゃん、おれ、足早くなったんだ!

競走しよう!」



「いいよ、両方やろう」



「いやったー!」





顔に擦り傷をつけた男の子はジークハルト王子に物凄く懐いているようだ。


髪を二つ結びにした女の子は、それを聞いてむくれる。




「でも最初はかくれんぼがいい!」


「リーシャはかくれんぼが得意だからやりたいだけだろ!」


「シンだってそうじゃん!」



2人はバチバチと睨み合う。




「まあまあ、落ち着いて2人とも」




私が落ち着かせるようにそう声をかけると、

2人は声を合わせて私に言った。



「ローザお姉ちゃんはどっちがやりたいの!」

「ローザねえちゃんはどっちがやりたい!?」



「えっ!わ、私!?私は…そうね」



まさか私に2人の小さな喧嘩の矛先がむくとは思わず、チラリと助け舟を求める視線をジークハルト王子に向けるが、クックックッと声を押し殺すようにして顔を伏せて笑っている。


ほら早くと言わんばかりに2人は私のスカートの裾を掴んで顔をジリジリと近づける。



「うーん。

……あ!じゃあ隠れ鬼にしましょう!」



「かくれおに?」


「ええそうよ!鬼以外みんな先に隠れるの。ここまでかくれんぼ。でも見つかったら鬼ごっこが始まるのよ!」



「うわあ!楽しそう!それやろう!」



リーシャとシンは目をキラキラさせて周りの子供たちと頷きあった。



「じゃあ、私が鬼をやるからみんな隠れるのよ!さあ、はやく!

100秒目を瞑って数えるから!

いーち…」




その声を聞いた途端にみんなはキャー!と声を上げてバタバタと走り始めた。



懐かしい。

昔、兄様とギルバートとよくやったものだわ。

森でよく3人で…あれ。

3人で…

うん?なんだか引っかかる。



100秒数え終わり、顔を上げて周りを確認する。辺りはしんと静まり返っていた。



「ふふ、みんな隠れるのが上手じゃない!

一気に見つけて捕まえるわよ!」




そこそこ広い廃教会。

見つけるのに時間がかかりそうね。


真ん中にはシスタークレナがニコニコしながら立っていた。

…幸せな子供たちだわ。


身寄りのない供たちは、

みんながみんな孤児院に入れるわけじゃない。

抽選のような確率だ。

孤児院に入るには親の入院申請が必須だ。

親が子供を育てられない理由があって初めて孤児院に入れる。

孤児院に払う少額の入所料さえも払って貰えなかった子供たちは街の隅で、スラムで生活することになるのだ。


…レガリアにも孤児院があるなんてね。

こんなに豊かな街なのに、子供を育てられない理由がある親がいる事に驚きを隠せなかった。


ーーーーーーーーー


…30分ぐらい経っただろうか?

時間がかかったが、

私は13人まではきちんと見つけて子供たちを捕まえることが出来た。



「もうクタクタ~!

あとリーシャとシンだけね。

あと見てないのは…ここだけ!」



祭壇の中をバッと見ると中から凄いスピードでシンが走って出てきた。



「へへん!

ローザお姉ちゃん、捕まえてみな!」


「私の足は早いわよ~!それ!」




子供たちはみんな私やシンの応援をして盛り上がっている。

もうすぐ夕方だわ…

いつの間にこんな時間になってしまった。



「くー、中々速いわね!

こうなったら…」




子供の特性を利用してあの子を止めるわよ!




「あ!あんな所に一番星!」



「え!どこどこ!」




シンはピタッと立ち止まり、空を見た。

その瞬間私は腕でシンを抱きしめた。



「はい!捕まえたっ」




シンはほのかに頬を赤く染めた。





「ちぇっ…リーシャより早く捕まっちまった」





可愛い!!

私も一番星!

って言われたらつい空を見ちゃうわ。

よくこうして兄様に捕まえられたのを思い出すな。




「あとはリーシャね。

かくれんぼの名人だったわよね。

んー、教会は全部見たつもりなんだけど…」



窓際、物置、甲冑、瓦礫の影、沢山の長椅子。

そして祭壇。

この教会を見渡してもめぼしい物は無い。


真ん中でニコニコと立っている

シスタークレナはどこに隠れたのか見てたのだろうが、流石に隠れ場所を彼女に聞くなんて大人気ない事は出来ない。



「早くしないと日が暮れちゃうわ…

シスタークレナは全部見てたはずだけど…

って、あ。」



私はパチッと気がついて、シスタークレナの前に立った。




「うふふ」



「シスタークレナ、ずっと立ってる位置が変わってないわ。足が痺れては来ませんか?」


「そうねぇ。少し疲れてきたかも」


「3歩くらい動けば血の巡りがきっと良くなりますよ」




シスタークレナは笑顔で小さく3歩動いた。

すると…




「えー!?なんで見つかっちゃうのー!?」




シスタークレナの長いスカートの中でしゃがみこむリーシャを、私は優しく捕まえた。




「ふふ!これで全員よ!」




楽しかった!

でも久々にこんなに走り回って少し疲れた。


長椅子に腰掛けようとすると、

シンが『まだだよ!』と大きな声で言った。



「え?まだって、いちに、さん……

うん、15人みんな見つけたわよ。

ここに居ないのは…え、まさか」



シンもリーシャもほかの子供たちもみんな満面の笑みで私を見た。



「うそ、ジークも隠れてるの!?」



返事はないが、その零れそうなぐらいの満面の笑みが答えだろう。


まさか彼も参加していたなんて。

うーーん。

教会は本当にちゃんと隅々まで見たはずだけど…見落としがあったのかも?



「こうなったら、もう1回探し直すかぁ」



私はそう言って見落としがないように、廃教会の全てを注意深く見回る。

ところが、やっぱりどこにもいない。

空を見上げると……

いよいよ本格的に夕方だ。

シンはニマニマしながら私に近寄る。



「ギブアップならそう言っても良いんだぜ~」


「…くっ、悔しい!ジークはどこなの!?」



昔兄様達と隠れ鬼をした時、どんな場所にみんな隠れてたっけ。




兄様は…木登りが得意だったから木の上。


私は草木の茂みによく隠れていた。


ギルバートは…毎回意外とわかりやすそうな所に隠れてたんだっけ。

でも分かりやすそうな所ほど、

案外ちゃんと見ないから見つからないのよね。



そしてハッとする。



「………………ほんと、分かりやすそうな所ほど、

ちゃん見てないものだわ」




導かれるように孤児院へと続く大きな開きっぱなしの教会のドアをゆっくりと閉める。

ギイイイと音を立てて閉まる扉。


すると…


ドアの影には腕を組んで、待ちくたびれた、と言う表情で壁に背を持たれるジークハルト王子が居た。

口元には微かに笑みが浮かんでいた。



見つけた!




そう私が言う前に視界が陰り、私はジークハルト王子にグイッと腰を抱かれて、彼の顔との距離が指一本分くらいに迫る。


なっ!!




そして…





「捕まえた」





「…………っ!?

ぎっ、逆!!私が鬼よ!」





「くっくくく…そうだった。

ローザ、顔真っ赤。」




急いでジークの胸板を押して逃げるように離れると、子供たちはニヤニヤと私を見ていた。




「ローザお姉ちゃん、夕焼け空と同じ色になってるー!」


「あはは!ほんとだー!」


「えっ、やだうそ!もう、恥ずかしい…」




リーシャとシンの指摘を受けて、私は急いで両手で顔を隠す。


あんな優しい顔で、あんな近い距離で、

捕まえたなんて、言われたら心臓がビックリするじゃない!


本当に私の心が捕まってしまったような気がして、ドキドキと胸を抑える。



「うふふ、若いって素敵ね。

さあみんな、もう日が暮れるわ。

孤児院に帰りましょう。

ジーク、ローザ、今日は本当にありがとう。」



「シスタークレナ、くれぐれも無理はしないように」


「ええ、ありがとうジーク。

ローザも気をつけて帰るのよ」


「はい!」


「お兄ちゃんお姉ちゃんまたね!」


「うん!またね!」




子供たちとシスタークレナに見守られながら私たちは教会を後にした。



ーー



もう夕方だ。

いや、もうすぐ夜だ。

街灯が灯り始める。


鳥の鳴き声もどこからか聞こえてきた。

それで私はやっと気づく。



アルテルは!?


街に出たら流石に肩に乗ったままでは無い。

いつも目に見える範囲の建物の上にいる。


ぐるっと見渡すと、

無事アルテルの姿を遠くに確認できた。

ほかのカラスよりも毛艶が良くて可愛い顔してるのだ、間違いなくあの子がアルテルだ。




「…良くないわね。

常に確認しておかないといけないのに」



「ん?何が?」



「いえ何でも!

ジーク、貴方そろそろ帰らないと本当にまずいんじゃ…?」



「そうだね。

もうそろそろ時間切れだ。」





赤く照らし出された夕日に、メーティス川がキラキラと光り、建物も空も全て赤くなる。

日が沈むにつれ、段々と暗がりが増えて、街灯の明るさが際立つ。


すると通りがかったオープンテラスのレストランでは楽しげな音楽がかかって、レストラン内のお客さんが楽しげに軽快なダンスをしていた。




「ふふ、楽しそう!」



「……ローザ、君と再会できた橋はすぐそこだ。

少し寄ろう」





手を取られて端へ向かって歩き出す。

あっという間に日は沈んで、再びカーニバルの夜に戻ったかのように私たちは橋の上に立った。


近くであのレストランから楽しげな音楽が聞こえるのも、カーニバルの夜の踊り子の音楽が遠くで聞こえた時の再現の様だった。


あの時と同じように、私は空を眺めた。

あの日は満月だったけど、今日は三日月。

そして静かに川の水面に視線を下ろした。

その間もジークハルト王子は何も言わない。


私、この距離感、好きだな。


心地いい。

静かで、遠いようで近い。

目を閉じて、橋の手すりに頬杖を着いて、音楽に酔いしれる。


しばらくして王子が私の手を取った。

ビックリして目を開けて王子を見ると、

私の手を取って優雅にお辞儀をしながら優しげに微笑む。



「1曲踊っていただけますか?」




まるで絵本の王子様だ。

頬をぽっと染めながらも、頷く。



「は、はい」




ど、どきどきする…

まるでお姫様にでもなった気分で、胸が高鳴り始める。



突然の事に驚きながらも、手を取られて腰を抱かれて、レストランから流れる音楽に乗って体が揺れる。




「突然どうしたの?」




私の質問に、ジークは暫く答えず、目を瞑ってダンスを続けた。


私もダンス中にこんなことを聞くなんて、もしかして不躾なことで貴族や王族方にとっては何かしらダンスのルール違反なのかもしれない、と思い、それ以上尋ねなかった。


彼は何も言わずにステップを踏んだ。

辺りはもう暗い。

街灯と月明かりが私たちを照らしていた。


ダンスはあまり得意ではない。

でも身を任せているだけで上手に踊れた気にさせられる。

きっと王子がすごく上手くてリードしてくれているからなんだろう。

社交場に出ている経験が違う、というのを改めて感じさせられた。



心地いい。



この人はジークハルト第1王子…

こんなにも素敵な人が、この国の王子様で…

何故か私を好きだと言ってくれている。

何故なの?なぜ私なの?


疑問はいつの間にか口に出ていた。



「ジークハルト王子は、

何故私のことが好きなんですか?」



ジークハルト王子は黙っていた。

でもダンスを辞めることは無い。


…一瞬悲しげに微笑んだように見えた。




「え?」




私が動揺した瞬間、ステップが止まる。


ジークハルト王子は私の顎をクイッと掴んで、私の腰を抱いていた腕がすこしきつくなった。

顔をぐっと近づけられる。


キスしてしまいそうなほど近い。





「…外で王子と呼んだね。

帰さなくてもいいということかな」



「あっ!」




そういえばそんな事を言われていたんだった!



意地悪そうに目を細めて、ジークハルト王子は私との距離をよりいっそう詰める。

ちっ、近い近い近い!!!




「ご、ごめんなさいっ!

ジークハルト王子…あっ!!

あのこれは!その…あのっ… 」



「ぷっ!…くくくくっ」




ジークハルト王子は顔を伏せて、お腹を抑えて笑っている。




「なっ!!からかいましたね!ジーク!」



「はははっ!ダメだ、ローザ。

君面白すぎる…

はぁ、茹でたこじゃないか、可愛いな」



「!!!」





か、可愛いって、今言う!?

しかもそんな、大切なものを見てるような目で、そんなセリフ言わないで…!


どんどん熱を帯びていく頬を抑えて、

目を伏せる。


…というか、上手くはぐらかされた。


答えたくない質問だったのだろうか。

モヤモヤしつつも、心臓がバクバクとして、それどころでは無い。




「ローザ」



「はいっ!?」




視線をあげると、ジークハルト王子は真剣な表情でこちらを見ていた。




「近々、王宮で舞踏会が行われるんだ。」



「舞踏会…」




舞踏会というのは貴族や王族の間でよくある催しだと言うことは理解している。

でもそれが私になんの関係があると言うのだろうか?



「ただ、今回の舞踏会では警備に零隊も当てられると聞いてる」



「!」




王族も参加する舞踏会。

この間あれだけおおきな仮面による犯行事件があった上に、ルイと私の元にも別の襲撃があったのだから、王族や貴族のイベントに零隊が警備に配置されるのはもはや必然かもしれない。




「君の籍は今零隊にあると聞いている。

警備にも参加するはずだ。

その日、俺と踊ってくれないかな」



「え?」






王宮で?



王子と?



いやいやいやいやいやいやいやいや。

冗談じゃない。

というか私はトリテムント区に簡単に往来ができる人間じゃない。


それまで胸が高鳴っていた気持ちが、スっと入れ替わるように焦りで埋め尽くされていく。




「それは出来ません。

流石に私の立場で王宮に足を運ぶなんてそもそもおこがましいというのに、王子の相手など務まるわけがありません!」




場所は王宮。

レガリアのような城下の街ではない。


王の前でそんな事なんて出来ない。

そうじゃなくても色んなところから矢が飛んできそうで、とても王子のダンス相手にはなれない。




「君はもう零隊の仲間だと聞いた。

零隊の入場が許可されてるのに、君が入れないわけが無い。

それに国王の目が気になるなら、人目につかない庭園で踊ったって構わない。

俺はどうしても君とその日の舞踏会で踊りたいんだ」


「で、ですが…」


「その日、君が俺とダンスをする時にその耳飾りを返して。

これならどう? 」


「ま、またこの耳飾りを使ってそんなことを…」


「都合よく使いすぎてるのは分かってる。

でもどうしても嫌ならその耳飾りは絶対に返さないで。それを俺は君との絆にしてるから。


でもこの願いを叶えてくれるなら、その日が君との新しい絆になると思うんだ。だから…」




ジークハルト王子は私の頬を優しく撫でる。




「でも…………



………考えておきます」



「え、本当に?」




予想外の返答だったのだろうか。

それとも悩んだ挙句、どっちつかずな返事をしたのが意外だったのだろうか。

ジークはすごく驚いていた。




「ええ。本当です。

正直、あの病室でその頼みを聞いたら問答無用で断っていたと思います。

でも…少しだけ貴方を今日知って、

何故か断れなくなった」



喋り終わると同時に抱き潰される。



「良かった!ありがとうローザ」


「ちょちょっ、くるしっ。

まだ行くとは言ってないわ!」


「うん、いいんだ。ありがとう。

考えてくれて…」




ここまで直球な愛情表現をされると、流石に胸が苦しくなる。

彼の思いにすぐに答えられない自分のもどかしさも相まって、なんだかぐちゃぐちゃだ。


するとジークはスっと私の背中から腕を離す。

そして…




「迎えが来たみたいだ」



「えっ…」





近衛兵の1人が橋のそばにやってくる。

通りを見ると、王家の紋章が入った馬車と、何人もの衛兵が並んでいた。





「今日はありがとう、ローザ。

本当に楽しかった」


「…私もです、王子。

貴方を知れた1日で良かった。」




王子は私の手を優しく取ると、手の甲に軽くキスを落として、後ろに下がった。




「また君と会える日まで。」


「…ええ。また貴方と会える日まで。」




そう言って、たくさんの衛兵を連れて王子は馬車へ乗り込んで、王宮のあるトリテムントへと消えていった。



空には星が沢山瞬いていた。




「ジークハルト王子…

貴方はなぜ私が好きなんですか?」




この問いには答えて下さらなかった。




「…なぜ答えてくれなかったの」




ジークハルト王子の笑顔。

意外と強引なところ。

親切で、分け隔てのないところ。

勉強熱心なところ。

孤児院に内密で慈善活動をしていたこと。

私を本当に、好きだということ。



今日改めて知ったジークハルト王子の一面を思い出す。



…私は、あまりにも王子とは不釣り合いだ。


私はぼうっと川を見つめていた。





そして、私と王子のそのやり取りを、

全てギルバートが見ていた事に気づくのは、数分と経たない内のことだった。




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