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魔女と大佐と王子様  作者: フェニックス小川
第一章
20/24

魔女とロッドのささやかな会合

レガリア区 2番街

ハーツクラック通り 第2事務所 昼ー






「昨日は君のおかげで無事渡航履歴が手に入った。ローザ、よくやったね」


「ううっ…!

いつもツンケンしてるデューイに褒められるなんて…頑張った甲斐があったわ!」


「フン!」






地下街でランスから情報貰った翌日。

私は体調も回復して、午後から第2事務所に来ていた。


昨日は地下街で散々な目にあった。

お婆さんから毒林檎を無理に押し付けられ、人さらいに合いそうになったり、ようやく出逢えたランスは大変な奇人で、私に毒を食らわせるのが情報の対価だと言ってこられて…

本当に、今思い返しても、あの“地下街”という空間は現実だったのか疑わしくなる程非日常的な空間だった。



魔女が言うくらいなのだから、本当に信じられない世界だったわ。


いやぁ、それにしても…

私も中々体を張って頑張ったものだ。

今、入院しているルイが身を呈して私を庇ってくれたように、私も身を呈してみんなの役に立てたなら嬉しい。



今日、私が午後から第2事務所に入った途端、デューイとエリクは机をがたつかせてこちらに駆け寄ってきてくれた。


2人の心配そうにする顔が少し嬉しかった、なんて言ったら、怒られちゃうわね。

私は素直に褒めてくれたデューイの言葉も嬉しくて、昨日頑張ってよかった、と私はデューイにはにかんで笑ってみせた。


するとエリクはまだまだ心配そうに、私に尋ねる。




「花姫、本当に体調は大丈夫なの?

今日は別に来なくても良かったんだよ。無理してるなら今からでも…」


「本当に大丈夫だってば!

どうやらランス、あの後解毒剤を飲ませてくれたみたい。

すっかり元気よ。毒林檎を食べたのが嘘みたいに、ほら!この通り!

昨日は気を失った私を家まで送ってくれてありがとう、エリク。」



「……それは、何故かランスが霧の酒場まで君を連れて来ていたからで………いや、それはいいか。

花姫が無事で本当に良かったよ。

ランスはとんでもない変人だったろ?

いや、変態、の方が正しいかな」



「本当よ!出来るならもう二度とあの人には会いたくないわ。…あ、それからこれ!

昨日の借りていたローブ。

これのおかげで助かった。本当にありがとう。」




エリクにローブを返すと、エリクはヘラりと笑った。



「役立ってよかった。

毒林檎を花姫に食べさせたとランスから聞いた時は、もう本当に心配したよ。

でも良かった…元気そうで安心だ」


「でもまさか毒を飲む代わりに情報を貰える、だなんてね。ふふっ、あんなにおかしい人初めて見たわよ!」




ランス自体は物腰柔らかで優しげで、

顔も美しくて長い髪も美しくて…

そもそもあの人攫いから私を救ってくれたのは彼だ。

だからこそあんな取引を持ちかけてきた事に、本当に驚いた。


するとデューイはキッと顔をしかめた。



「笑い事じゃない!

そもそもあの方がたまたま昨日ランスに用があったから、君は助かったんだ」


「あの方?」


「あ」



デューイは私にそう聞かれると、バツの悪そうな顔をして押し黙った。



「何を隠してるのかしらデューイ。

ふふ、別に何か聞いたりしないわ。

でもその人のおかげで助かったわ。

エリクから聞いたけど、あの人私の事軟禁するつもりだったみたいだし。

どうやって昨日寮まで帰ったのか、全く記憶にないけれど…エリクがミラに怒られてる声で飛び起きたわ」


「いやー、本当に怒られた。はは。

彼女、君の母親みたいだね。

愛されてるなって思ったよ。

ただ、君の帰りが遅いことと、解毒剤の匂いに勘づいたのもあってもう…大変だった昨夜は。暫くはミラちゃんの顔はお腹いっぱい」




エリクはやつれたような顔をして力なく笑った。

昨夜、寮に着いて私たちを見た途端、エリクはミラに怒られていたようだった。

というより怒声と罵声のオンパレードで、私がぐったりしているのはエリクが悪い訳では無いと言うのに、軍への八つ当たりが凄かった。




「エリク、本当にごめんね。

もう今度から見送りは玄関でなく、門まででいいわ。むしろその方がいいと思う」




まああれでも態度は丸くなったはずなのよ…

ごめんねエリク…




「うん、そうさせてもらうよ」




するとデューイが、ゴホンとわざとらしく咳をしてみせた。




「話はそれくらいにして。

本題だ。

君が一生懸命手に入れてくれたこの渡航歴だけど、どうやらボクらの鼻は正解だったようだ」



「…というと?」



エリクはいつものヘラりとした笑顔から真剣な表情で、デューイのデスクの傍についた。




「アデルタとリヴェルオ、

本名はアデルタ・セングウェイ、リヴェルオ・セングウェイ。


このセングウェイという名前だが、北のルギエナという国に多い名前だそうだ。

まあ出身国はどうでもいい。

問題は彼らの渡航歴に問題が無さすぎる事だ」



「ん?問題ないならいいじゃん」



「そうよ、どういうこと?」




私とエリクは不思議そうな顔をして、

デューイに言った。




「…いい?

大事なのはここ。直近の渡航歴の部分だ。

彼らは3年前まで東のミカレティア小国にいた。そして、2年前、隣国へやってきた。

そしてつい先月、この国へ来た。

全てきちんと関所を通過して許可が出た捺印やサインが押されている」




東から順番にこの国にやってきたという事ね。

何もおかしくないけど…そういえば、

2年前は隣国は戦争中だったわね。



「…ふーん、なるほどね、確かに変だ」



「どこが変なのよ、とても真っ白じゃない。

おかしな所がどこにも無いのに…隣国の内乱中に入国したのがそんなにおかしいの?」



「花姫違うんだ。

この場合おかしな所が無くてはならないんだよ。3年前から2年前の間に隣国が内乱が勃発していたろう?そもそもミカレティアから隣国に内乱中に入国する時点で少し疑問が沸くかもしれないけど、隣国の南部は比較的戦争関与のない地域だったから、入国自体はそこまで怪しくない。

そうじゃなくてこのサインと捺印だよ。

これがあるのがおかしいんだ」



「…あるのが、おかしい?」


「うん、王族や貴族なら分かるけど、この時関所なんてものはそもそも隣国では機能してないに等しかったからね。

こんなに丁寧なサインを貰えるのは有り得ない」


「でも2人は有名人なんでしょう?

関所の兵が彼女達のファンなら、それも有り得るのでは?」


「いいや、花姫。彼らが有名になったのは最近の話。2年前は無名に等しかったはずだ。

だからこの渡航履歴は偽造の可能性が高い。」



「追い打ちをかけるようで悪いけど、やはりこの捺印も偽造だ。精巧に作られてはいるけど…

捺印の判の形も歪。ほらここ。」



「そんな!

もしそうだとしても、何故偽造の渡航歴を?」



「それはまだ分からない。

この渡航歴を偽造だと断定する材料がまだ無いから、2人を今拘束することは出来ない。

でもローザを1人にしたあの日に唯一接触してきた2人に、こうも怪しい点があってはね。

馬車の襲撃も、その双子の公演の帰り道だろう。関係があるかは名言出来ないが…2人を見張る必要がある。」



「そんな…」




理由は分からないが、彼女らの渡航歴には問題があった。ただそれだけなのに、馬車の襲撃も犯人は彼女らの可能性があるとまでデューイは言うのだろうか。

あまりにも信じられない。


するとエリクは、ん?待てよ。と独り言を言うと、私に向き直って言った。




「花姫、2人に友達になったとか言われてなかったっけ」



「え?」



「ほら、アルテルをつけていたから。

あの日そんなこと言われてたはずじゃなかった?」



「た、確かに言われたわ、アデルタに 」



エリクの言葉に頷く。

2人はあの日、母国の訛りみたいなのが出て…帰り際にすごく親近感が湧いたものだわ。


2人はその天使のような容姿に似合わないような、人間味のある訛りで喋ってたもの。

するとデューイはニヤリと口角を上げた。



「それは素晴らしいね。

片付けや掃除以外の仕事を、また君に与えられるみたいだ」


「…え、まさか」





冷や汗が頬を伝う。





「2人を見張ってくれ。

その“友達”という関係を利用してね。」


「やっぱり…!?」


「2人はこの国で顔も知られている。

仮に仮面の奴らと手を組んでいたとしても、彼ら自身が白昼堂々犯行を実行することは無いはずだ。アルテルを付けるから、早速頼んだよ、ローザ」




笑顔のデューイと、苦笑するエリク。




「そんなあ…!

友達になってと言われた時は嬉しかったけど、まさかこの立場を利用するなんて…」




渡航歴を偽造していたのは、

どうやら確実みたいだし…。


でも2人は絶対悪い人たちではない。

これは魔女の勘だ。


うーん。

2人を騙すようなことはしたくない…ん?

いや、違うわ!

それなら私がそれを証明してあげる為にも、

頑張らなくちゃいけないのでは?



すると…




「フッ、何百面相してるんだ」




扉の方からデューイでも、エリクでもない人の声がする。



「…そ、その声は!」




振り向くとそこにはルイの姿があった。





「ルイッ!!!もう大丈夫なの?」




私の問いに、エリクが言い忘れてた、と言いながら答えた。



「実は花姫と入れ替わりで昨日の夜からルイはここに居たんだよ」



「え!そうだったの?

早くない?もう退院?本当に大丈夫??」



私はぺたぺたとルイの体を確認するように触る。



「痛くない?私のせいで本当にごめんなさい」


「出血こそ多かったが、別に大した怪我じゃない。…アンタの方こそ、昨日頑張ったんだって?よくやったな」



私はルイからのその言葉に、胸がぎゅっと掴まれる思いになった。


あまりにも元気そうなその格好に、ついルイの肩をじっと見てしまう。

すると、私が好きな彼の笑顔が一瞬垣間見えた。

少し頬が赤いような気もする。



「あんまり見るな。痛くなるだろ」



「嘘!見ると痛くなるの?

ごめんなさい、大丈夫?」




するとデューイが眉間に皺を寄せて私とルイの間に入った。

焦った口調でデューイはルイに指示を出す。



「んなわけないだろっ!

ほら、ルイは昨日言ってたロッド大佐の調査書、利用可能な所だけ集めて束ねて本部に出す!」



するとルイは至って真面目に話を切り出す。



「…それなんだけど、思ったより不可解な点が多くて俺だけじゃとてもそんな分別が出来ない。切り捨て方次第ではこちら不利益が出る可能性もある。」




ルイはいつもの無表情な顔に戻ると、分厚い紙束を軍のローブの内側から出した。

デューイは片眉をぴくりと動かして、紙束をバスッと少し乱暴に受け取った。




「む…じゃあその不可解な点とやらを詳しく教えてもらおうじゃないか。

ボクもザッと最初の方に目を通しただけだったからね。」




ルイとデューイは奥のテーブル席に大量の調査書を広げて話し始めた。




「…調査書?」




私の疑問にエリクが答える。




「軍は地域調査をする部隊もあるんだよ。

今回はかなり特別な地域調査…いや、島の開拓って言ってたかな、それが割と特殊なケースだから、今回零隊がその指揮を請け負うことになったんだ。」



「へぇ、島の開拓なんてすごく面白そうね!」



「花姫はけっこう好奇心旺盛だよね。

割と怖いんだよ?未知の生物や、原住民がいる可能性もあるし。」




なるほど、そういう事もあるのね。

でも私はそれより…




「だって、未知の場所なんでしょう?もしかしたら魔女が住んでいるかもしれないわよ。

魔女は魔女と人間の戦争で絶滅して、レディクスしか残っていないと兄様は言っていたわ。


仮面のような悪い魔法使いが実際居たように、でも実は心優しい魔女の生き残りが、他にもいたりするのかしら?」



「レディクス以外に魔女の血が残ってる者が居たなら、既に戦争が始まってると思うよ。

でも…個人的な感想だけど、

俺はいると思うな、花姫がこの国に居たんだから、優しい魔女だってきっと居るはずだよ。」



「やっぱり?

私もそんな気がするの。

だって姿を隠す魔法があったなら、その魔女は隠れられるし、飛べる魔法があるなら、その魔女は空で生活できるわ。

だからその島にもしかしたら生き残りの魔女がいるかもしれない。

もし心優しい魔女がいたら、ぜひ友達になりたいわ」




するとエリクは眩しそうに目を細めて笑った。


…その笑い方は兄様っぽくて、少し恥ずかしくなるわ。

つい急いで顔を逸らす。




「花姫ってさ、少女って感じがするよね。」


「もう!子供っぽいって言いたいのね?」




私は横目でエリクを見ると、

彼は喉でククッと鳴らして笑っていた。

そして真っ直ぐ私の目を見て言った。



「立派な美しい女性の容姿なのに、中身は無垢な少女。…そういうところが好きだ」




「…っ!」




久しぶりにストレートにエリクに口説かれるとやはりドギマギしてしまう。

いつも陽気な感じだから流してるけど…


あまりにもストレートなその言葉に、固まって言葉が出なくなってしまった。


真に受けちゃダメよ、だめだめ!




「さて、俺も参加してこようかな」



するとエリクはまたいつものヘラヘラとした笑顔で席を立って、ルイとデューイの話し合いをしているテーブルへ向かった。



「まあそう簡単に会えることはないと思うけどね」




そう言い残して。


私は手持ち無沙汰になった。

魔女の私が魔女や魔法とは関係ない、島の話し合いに参加するのも気が引けた。


…どうしよう、お部屋はピカピカだし。

アデルタとリヴェルオに本当に会ってこようかしら。

そうこう考えていると、私のその思いを汲んだかのように、第2事務所の電話がジリリ!!と音を立てたのだった。







ーーーーーーーーーーーーーーー

ーーーーーー



トリテムント区

ラステル王国軍 本部 昼ーーーー




話を聞くとどうやら軍本部は、暫くの間、私を囮にして仮面の集団の様子を伺うらしい。


正直零隊に護衛を任せたはいいものの、仕事が多すぎてそんなことしてる暇無い…っていうのもあるんだろうけど。

これも一重に元老院が軍の内情を知らないが故、適当に仮面の捜査を零隊に一任したせいなんだろう。


この国は表向きは王権国家だけど、

蓋を開ければこの国のトップの王族と、飾りの元老院を軍が支えている…言わば殆ど軍国家。




「…もっと元老院が機能していたら、彼らの仕事はもっと楽になるでしょうに。」



「うんうん、本当にその通りだね」




私の零した独り言に、笑顔でそう返事を返される。




ルイ、デューイ、エリクが調査書の話をしている間、早速アデルタとリヴェルオから貰った宿の住所に行こうか迷っていた。

そんな時、

本部から事務所に1本の電話が入った。

今すぐ私を本部に来させろ、と。

呼んだのは紛れもないロッド大佐だ。

しかし、

いざ来たら電話の声色の緊張感はどこへやら。

あの胡散臭い笑顔を撒き散らして接待室で優雅に紅茶を飲んでいるではないか。


一緒にやって来たアルテルはロッド大佐の事が好きみたいで、私ではなく、ロッド大佐の肩にピッタリと着いていた。




「……時にロッド大佐、私は何故本部へ呼ばれたのでしょうか」



「ううん?何故呼んだって俺が呼んだから?」



「…そうですよね?要件は…?」



「要件?…ああ。そうだったね、要件要件…

あ、これルイに渡しておいて」




思い出したかのように、ロッド大佐は私に机の上の封筒を渡してきた。




「分かりました。」





…これってそんなに急ぎの用かしら?

電話では今すぐ!と語気が強かったから、急用なのかと…



すると私はハッとする。

そういえばこの人…

私とギルバートに確執があるのを知りながら、故意に無理やり引き合わせた張本人じゃない!


私はソファの影に急いで身を隠して、チラッチラッと周りを見渡す。




「あはは!ギルは来ないよ、大丈夫。」



「……」




『ギル』…か。

2人はそんなに仲がいいのね。




「というか、君ゾルデの時かなりギルに強気だったじゃない?会ってももう大丈夫でしょ」




ニコニコと紅茶を飲むその姿は悪魔だ。

私はソファの影に隠れてしゃがみ込んだまま、ついに思っていたことを口にした。




「…前から聞きたかったんですけど、

なんでそんなに私がお嫌いなんですか?」



「…嫌い?」




ロッド大佐はピタリと紅茶を飲む手をとめて、ティーカップをソーサーに戻した。

するとロッド大佐はソファから立ち上がり、ゆっくりソファの影にしゃがみこむ私の元まで歩いてくる。


背の高い彼の影で私の視界が暗くなる。

ロッド大佐は立膝を着いて至近距離で私を見た。


薄茶色の瞳。

甘いマスクにこの笑顔。

初めて見た時のあの好印象を打ち消す性格の悪さ。


…やっぱり苦手だわ。


私は彼から顔を仰け反るようにしてみせた。

するとロッド大佐は

ドン!!

とソファの壁に勢いよく手をついた。

彼は笑顔なのに、目が笑っていない。

とても不安にさせられる表情だった。




「嫌いなんてとんでもない」



「…」



「君に興味があるだけだよ。

現に職も住む場所も与えている。

不満があるのかな」



「それはありがたいと思っています。


でも、サラ・コルニスとユーディ・コルニスの記憶を消させたのだって、ロッド大佐の指示でしたが、私はちゃんと一日1人が限界だと伝えていました。

これにはどういう意図があったんですか」



「軍は君に任務の共同捜査の為、協力を依頼しているのであって、君を介抱して警護する為に存在しているわけじゃない。

多少の無理は任務に付き物だ。

それとも君は君の我儘を突き通したいのかな」




バッサリと切るようにロッド大佐は言った。

…我儘。

私のお願いを、我儘として彼は処理したのだろうか。

仕事として、そう処理したのだと。

他意はないと。ロッド大佐はそう言いたいらしい。



「だったら!

ギルバートと私の過去を知っていて、敢えて会わすように仕組んだのはどうなんです。

軍の大佐ともあろう方なら、魔女の末裔の過去なんて全てお知りでしょう。

あれが故意なのはさすがに分かっています。」




変わらないニコニコの笑顔。

その笑顔が作り物なのはとっくに分かっている。


一体何を考えているの…?


こんなに至近距離にいるのに何も考えが読めない。




「…そうだね、ひとつ教えてあげよう。

別に軍の大佐になろうと、将軍になろうと国民の情報を全て握れる訳では無い。

大まかなことは知っているよ、でも本当に全ては…透けるようにして見えている訳では無いんだ」



「……」



「いやあ、それにしても本当にビックリしたよ、ゾルデの時の君の態度には。

もっと子鹿のように怯えるだけかと思ってたから…凄く残念だった。


そうそう思い出した、もう1つ。これは忠告だ」





ロッド大佐は一瞬、鋭いような小馬鹿にしたような瞳でこちらを見たが、また胡散臭い笑顔で笑うと、距離をとって立ち上がって言った。


ようやく距離が離れて安心したのもつかの間。

ロッド大佐は意外な忠告してきた。




「今後気軽にギルに近づかないで欲しいんだ」


「…え?」




近づかないでって…何故?




「あの…」



「君のせいでギルは仕事に支障をきたしている。」



「……」




彼にとっての私の存在は、肉親の仇の仲間と言っても差し支えない。

ううん、兄様より、

私を憎んでいてもおかしくない。


そんな私が今回任務に関わると知って、動揺しているのは…何も私だけじゃないということだろうか。




「ギルバートは君を殺したいほど憎んでいる。俺はギルが好きだから、ギルに悪い影響を与えている君を勿論好きにはなれないわけだが…」




ロッド大佐は結論を勿体ぶるようにして話を続けた。




「俺は君が嫌いなんじゃなくて、『心底大嫌い』なんだよ。君が近づけば近づくほどギルはかき乱されて気の毒だ。仕事にも影響して俺はいい迷惑」



「…」



「まあ君が今更近づこうとするなんて思わないけど、一応釘をさそうかと…」



「それは無理よ」



「…ん?何でかな。迷惑なんだけど」




不思議そうにするロッド大佐に負けじと私は立ち上がった。




「私は、私がこの10年間で彼を傷つけ続けてきた事に、一緒に仕事をするようになってやっと気づいたの。

お互いが生きている限り傷つき続けるなんて負の連鎖は私が断ち切る。

私は彼を助ける、心を失った彼を、彼を不幸にしてしまった私が…私自身がギルバートを助けてみせる。


だからその頼みは聞けません、大佐。」



「………………。

……ぷッ、あっはははは!!」




ロッド大佐は私の言葉を聞いて耐えきれずと言ったばかりに笑い始めた。



「綺麗事が過ぎてもう笑っちゃうね。

助けるって、どう助けるの?

そもそもギルは助けて欲しいって言ってた?」



「ッ…!

言ってないけど…

私が、私がこの10年彼から逃げ続けてきたせいで、ギルバートは1人で全てを抱えて生きてきた。そのせいで傷ついた傷があるなら、私が、私が治してあげなきゃって」



「あははっ…面白すぎる!ははっ、はぁ。

…凄まじいエゴも大概にしなよ」




ロッド大佐は笑うのをピタリと辞めて、あの胡散臭い笑顔を剥がしたように冷徹に言い放った。




「魔女は自分勝手な生き物だって言い伝えがあるけど本当なんだねえ。

君の考え、なんて言うか知ってる?

『余計なお世話』だよ」




「…っ!!」




ロッド大佐の突きつける、当たり前の事実に私は言葉が詰まる。



「そ、そんなの分かって…」



「あとはこうも言うか、『ありがた迷惑』。

何にせよどれもいい言葉じゃないね。

それは君の10年間の末、満足いく答えだったかもしれない。

でもギルにとって満足いく答えなんて無いんだよ。家族は帰ってこない。生きてるのは魔女の君だけ。あの事件以来全く顔を出さなかった君だけ。


それで一緒に仕事をするようになったからって、ギルを助けたいだなんて、調子に乗るのも大概にすべきだ」



「……わ、私は!」



「この仕事が終わったらどうする。

君はまた平穏にビロード区で暮らし、軍の在籍資格も無くなり、本部のあるトリテムント区への往来は禁止になる。

この件が終わればギルバートは昇進し、今よりももっと本部に立てこもるだろう。


分かるかな、君はこの事件の捜査が終われば、この場で俺と話す権利すら無いんだよ。

勿論ギルバートと話す権利も無いんだ」



ロッド大佐は押し黙る私に追い打ちをかけるように鋭い口調で話し続ける。



「そんな奴がギルを救う?

笑わせないでくれ、謙虚におなりよ魔女様。

誰のおかげでここにいる?

誰のおかげでギルに会えたんだ?

全部気まぐれな王と俺のおかげ。

何を勘違いしたのか知らないけど、意味のわからない自信をつけてギルと対等に話すのは辞めてくれ。俺からは以上だ。


事務所にお帰り」







……




あまりにも、正論だ。


私が第2事務所で仕事できてるのも、レガリアに住めているのも、ゾルデの事件に立ち会えたのも…

国王とロッド大佐のおかげ。



任務が終われば、再び他人だ。


私、思い上がりすぎていた?

私の力で、彼を救いたいだなんて…

10年振りに会えたからって調子に乗っていた?




でも、私は、


それでも私は…





「それでも……。

私は、これ以上ギルバートを無視して生きるなんて事は出来ない。

私は、私には…ギルバートを救う責任が」




すると、ついにロッド大佐のヘラヘラとした口調が低い声色に変わった。




「…あんまりイライラさせないでくれるかな。

『責任』という言葉は人の決意の強さを裏付ける揺るがない縛りの言葉であって、君の我儘で自分勝手な慈善活動を是とする言葉の道具では無いんだよ。

言い直すなら君のそれは、『責任』ではなく『我儘』だ。

君は最初からずっと傲慢な上にどこか恩着せがましい。

魔女の鏡と言うべきかな」



「…あなたがなんて言おうと、彼のあの瞳を見て、決意は固くなった。

あんなに孤独な瞳は、ギルバートには似合わない。この任務が終わったら他人でも構わない。

私はそれまでの間全力で彼を、彼が失った温かさを、彼がくれた温かさを返してあげるの!

これは償いじゃない、感謝と恩返し。

償いなんて私には出来ない。

私は私に出来ることをする。

それだけよ!」





私の人生から、

ギルバートは切っても切り離せない。

それは、ギルバートも一緒。



ここで逃げても、彼の孤独も、私のわだかまりも、お互いに解けることなく絡まったまま終わってしまう。

私がそんな運命の糸は解いてあげなきゃいけない。


ロッド大佐は、私の強い宣言に今度は何も言い返してこなかった。

少し黙ったあと、掠れるような小さな声でロッド大佐は呟く。




「…無理に理由を付けているように見えるのも、魔女の性がさせるものなのかな」



「え?」



「何でもないよ。

ま、どんな宣言されても俺は君を邪魔するだけだけどね。」



「望むところよ!

…でも、貴方も少しぐらいは賛同してくれてるはずよ。そうでなきゃあえてレガリアに住まわせて、事務所で仕事をさせて、わざわざ私とギルバートを引き合せるなんて面倒なことしないはずだもの。」



「だから君が心底大嫌いだからわざわざそうしてたんだよ、嫌がると思ってね」



「いいえ、人間は嫌いな人より好きな人を心配するものよ。

ギルバートを私に引き合わせたら何か変わるのかもって少しくらいは貴方も思ってたんじゃないの?」



「…んー、そこまで聖人じゃないから。

俺は好きな人の苦しい顔も見たい人間なんだ」





好きな人の、苦しい顔も見たい?

…それってランスと思考回路同じじゃない!

私は思わず顔をしかめた。




「…ま、女の子には理解されないかもしれないけどね。特に君みたいなお花畑ちゃんには」



「んなっ!!」



「はいはい。

なんかもうすごく疲れたな。

君と話したくないから早く帰って~。

じゃあね」





私は再び笑顔を貼り付けたロッド大佐に背中を押されるようにして無理やり接待室を追い出された。



よ、呼んだのは貴方でしょうに…!

私は貰った封筒を胸に抱いて、歩き出す。

するとガチャっと再び扉が開き、私はビックリして肩を揺らす。




「ああ、はい、これも忘れてた」





とロッド大佐は腕だけを扉から出して、アルテルがバサバサっと離れて私の肩に飛び移った。

扉は再び重く閉まった。






「……。

アルテル…あなたロッド大佐にすぐ飛び移ったとき、私悲しかったわよ」





アルテルはあの時のように喋るわけでも返事をする訳でもなく首を右に左に動かしていた。


ほーんと、あの時だけなんで声が聞こえたのかしら?




私はもう一度廊下を歩き出した。

少しだけ頬が緩む。


でも、ロッド大佐のおかげで、

決心がもっともっと固くなった。


あなたを孤独から救う方法なんて、

まだ全然分からないけど…

10年も一人にしてしまったせいで生まれた

この溝を、少しずつ、


少しずつ埋めて、私は貴方に…




「……」




通路のど真ん中で、ピタリと立ち止まる。





「『私は貴方に…』何をするつもりなの?」





問いかけも虚しく、

私の独り言が広い本部の天井に反響した。



ーーーーー

ーーーーーー



本部を出ると、外はいいお天気だった。


帰っても島の調査とやらで3人とも仕事が手一杯だったし、私に課せられた任務は魔法使いの拘束だけだ。

今私が第2事務所にいても、彼らに出来る私のお手伝いは無いし。

やっぱりデューイに言われた通り、

友達という立場を利用して彼女たちともっと接触するぐらいしか……今は役立てることがなさそう。


本部からアルテルを連れて、馬車で第2事務所へ帰るついでに、私はアデルタとリヴェルオの住む宿に少し立寄ってみることにした。

幸い、この間アデルタに連れ回されてレガリアを散策した時に、今度はうちに遊びに来てね。と住所の書かれた紙を渡されている。

しかし、その住所通りにたどり着いたのだが…


「すごい高級宿…」


高い建物に下からぐーっと上を見上げる。

恐る恐る私はホテルの正面玄関の階段を上がって中へはいる。

外観のイメージを裏切らない、高級感溢れるそのロビーで、私は2人の部屋を受付に尋ねたが、どうやら今は留守のようで肩透かしをくらった。

まあそれもそのはず、2人は本当に有名人だ。

レコードショップには彼らの演奏と歌声のものが看板商品として並べられて、歌劇のポスターもレガリアの街並みに大々的に貼られてる。


留守かぁ。

忙しいに決まってるもの、しょうがない…


少し残念に思いつつ、その場を後にして私は馬車の待つレガリアの大通りに出る。




するとその時…!!


グイッっ!!!!

後ろから口を塞がれ、背後の誰かに引きづられるようにして路地裏に引き込まれた。




「…んんっ!!」




私はじたばたするが、とても私の力では敵わない。

もしかして仮面の…!?

背後にいる人物の手の大きさからして男なのは間違いない。

口を押えられていて声を出すことも出来ない。


どうしよう、今は魔力が全然ない…!

魔法は使えない…!


とにかく逃げなきゃという一心で、

私は思いっきり口を塞ぐその手を噛む。




「いっっっっ…!!!」




痛そうに呻く男の声。

手が少しだけ離れた隙に私は男と距離を取った。




「ぷはっ!

ちょっと!何するのよ!!」




振り向くと、目深に帽子を被り眼鏡をしたスタイルがやけに良い民間の男性のようだった。


一目見て分かることは彼は仮面をつけていないし、魔力も感じられなかった。


私に今魔力がないから、

この人の魔力量が見えないだけ?

でもそれにしたって、全く魔力を感じない…

というか、仮面も付けてない!!

あれ…?

じゃあこの人仮面の手先じゃ、無い…?

誰?一般人?

って、嘘…私思いっきり噛んじゃった!



急いで男性の手を見ると血が出ている。




「やだ血が!反射的につい!

ごめんなさい怪我させてしまって…

大丈夫!?」



急いでスカートのポケットからハンカチを出して血を止めようとハンカチで彼の手を縛ると、

男性はぷはっ!と吹き出した。




「いやいやおかしいでしょう。

君を攫おうとしてたんだよ」



「…あ、そうだったわ!

貴方私に何しようとしてたの!?」



「だから攫おうとしてたんだってば」



「あっ……」



「ぷっ……ふふっあははっ!」




彼は笑いをこらえるようにして背を向けると、

深呼吸して、こちらに向き直った。


彼は帽子を外して眼鏡を外して見せた。

そして髪を耳にかけると、私と同じ耳飾りがそこにはあった。




「ごめんごめん、脅かして。これでいいかな」



「なっ、おっ、あっ……!!!!!!

じっ、ジークハルトおう…ふごっ!!!」




目の前にはジークハルト王子があの耳飾りを揺らしながら、動揺した素振りで私の口を塞ぐ。


なんでここにジークハルト王子が!?


顔を寄せて小声で耳打ちされる。



「ごめんね、衛兵に追われてるんだ。

大きな声を出すと目をつけられるから。


…もういい?落ち着いた?」



私は急いでこくこくと頷く。

王子の銀髪が路地裏の暗くて狭い空から差し込む細い光に照らされ、赤い瞳と目がかち合う。

いつだって彼は幻想的な雰囲気を持ってる。


この人ってどうして暗がりが似合うのかしら?


ぼんやりとそんなことを思っていると、私は王子からゆっくり開放された。

王子は眼鏡と帽子を被り直すと、我に返って私は王子に尋ねる。



「あの、何故ここにいらっしゃるのですか?」


「もちろん君に会いに来たんだよ。

贈り物はもう要らないと手紙の返事をくれただろう?

やはり物だけを送る男に誠意は無いと思ってね。態度で愛を示しに来たんだ」




すると立膝を着いて私の手の甲にキスを落とした。



「お、王子!おやめ下さい!!!」




そんなことをされては指先が震える。


…そういえば手紙、返事出したわね。

正直昨日の地下街での出来事が記憶に鮮烈に残りすぎてあんまり何を書いたか覚えていないわ…



「零隊の第2事務所に向かおうとしてたんだけど、黒塗りの馬車が目の前で止まったから、遠くから少し観察してたんだ。

そのまま乗り込もうかとも思ったんだけど…

まさか君が出てくるとは思っていなかった」




静かにそう言って笑うジークハルト王子。


…なんてかっこよくて素敵な方なんだろう。

容姿だけでも天上人のような人だと言うのに、

気さくで、奢ることも無く、全く嫌味のないのない笑顔。

この人が王子様だなんて今でも信じられない自分がいるのだ。


本当に…昔のギルバートみたい。




「…あれ、ローザ?聞こえてる?」


「あ、ええ、勿論です王子」


「王子と呼ぶのはナシだ。外では特に。

ジークと呼んでくれ」


「……。

ではジーク、きっと皆さんすごく心配しておられます。私は別にジークを嫌いになってあのような手紙を送った訳ではありませんから、王宮にお戻りください」




ジークは眼鏡を少しだけ下に下げて、なにか企むように口角を上げた。

まるで子供のように。




「悪いが今日は用事があるんだ。

君にも付き合ってもらいたいと思ってる。」


「…え?」




すると彼は私の手を握って突然走り始めた。



「少しデートをしよう、ローザ」


「じ、ジーク!!

馬車は…!?」





私は問答無用で彼に手を引かれて路地裏を連れ回される。

馬車の上空で、右肩に居たはずのアルテルが円を描くようにカーカーと鳴きながら飛んでいたのに、またもや気づかないで…


私はジークハルト王子に連れられて、

昼間のレガリアの街に飛び込んで行った。


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