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魔女と大佐と王子様  作者: フェニックス小川
第一章
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第一章 王からの依頼

ビ ロード区3番街シルビア通りーー




「ありがとうございました!またお待ちしております!」



ラステル王国では珍しい晴れの日、昼下がりに大きな声が路地に響きわたった。

頭を上げると、常連客のご婦人はにっこりと笑った。



「ほんとにここのパンは美味しいから…

また来るわね、ローザちゃん」




そう言うと上品な仕草で手を振り、背中を向けた。


あのお客様、いつ見ても本当に綺麗だわ。

店員にもいつも優しいし、なんて素敵な女性なんだろう…


夫人の背中を目で追っていると、トンと肩を叩かれた。

振り向くと綺麗な顔立ちをした青年が白い目でこちらを見ていた。


「なーに呆けてんだ。

レジ行ってくれ、じゃないとあの列の世話を終える前に店が閉まっちまう」


「あ!いけない!ごめんなさいレイド」


彼の名前はレイド。

私の仕事仲間で、店の看板美男子。

すごく顔が綺麗だから、彼目当てに店に来る女性がすごく多いのだ。



「おい、ぼけっとすんな」



お客さんには優しいんだけど…

なんでか、私にだけ当たりが強い気がするのよね。


そしてここは私が仕事を手伝わせてもらっているお店、『P.Rabbit』。

女性客がいつも賑わう、可愛いカフェが併設されたお洒落な最近のパン屋である。



私、ローザ・レディクスは、のんびりとしたこの田舎町のパン屋でアルバイトをしてる、どこにでも居る女の子だ。




ーー


ーーーー




「ふう、今日もお疲れ様でした。

なかなか忙しかったわね!

2人とも!明日は給料日だから張り切って出勤してね」




店長のリナは疲れた疲れたと、わざとらしく帽子を外して仰いだ。

すると奥のキッチンからここのパン作りから料理を全て回す、ガタイのいい我らがコックが現れた。


彼はリナの旦那、ルーサーだ。

男勝りなリナとは違う、優しい優しいうちの料理長で、2人は新婚さんなのだ。


「今日は本当に忙しかったな。閉めるのは俺たちでやるから、寒くなる前に先に帰るといい」


「じゃあお言葉に甘えて。おい、帰るぞ」


「えっ、あ、うん!2人ともありがとう!

待ってレイド!」



レイドが先に店を出るのに釣られて、私も急いでドアを抜けた。


カランコロン…

ベルの音ともに扉がゆっくり閉まる。



「…おいおい、とんだカップルだな。

レイドにガールフレンドが出来たって聞いたら、お客の半分がパンを持ち帰りにする」


ルーサーはカウンターに肘を着いて2人の後ろ姿を見送る。リナもカウンターに体重をかけて2人を見つめた。


「あはは、カフェの客はほとんどレイドをスコーン代わりにお茶をしてるものね。」


「はは…冗談になってないからなあ。

綺麗な青年ではなく、腕によりをかけたパンを味わって欲しいものだよ。

まぁローザはあの分だと気づいてないんだろう」


ため息混じりにリナはそうね、と返す。


「それに助かってるような、レイドが気の毒なような。まーでも、上手くいって欲しいわね。あの子に少しでも長くここに務めてもらう為にもね」


ルーサーは返事をするようにリナに笑いかけた。


ーーーーー



「待ってったら!」


「トロイんだよ」




レイドはそうは言いながらも、足を止める。

私が待ってといえば待ってくれる。

そんなぶっきらぼうな優しさが彼のいい所だ。



「ふふ」


「何面白い顔して笑ってるんだ?」


「お、面白い顔って…もうっ!」



軽く背中を小突く。

彼は無反応だ。


レイドとはそこそこ家が近い。

本当はバスで帰った方が近いのだけれど…

最近まかないのパンを惣菜パンに変えてからちょっとお腹周りが太ったような…。

体型を気にして歩いて帰り始めたのは秘密だ。

私が歩いて帰るようにしてから、レイドも何故か一緒に帰ってくれる。


一人で帰るより楽しいから嬉しいわ!


歩きながら話していると、だんだんと日は沈み、街灯が灯り始めた。



「寒くなってきたな、はやく帰るか」


「あ、えと、今日は私少し遠回りして帰る!面倒だったら付き合ってくれなくても大丈夫よ」


「は?何で」


「え、えと。えーと…その…」


今日のお昼のパン食べすぎちゃったなんて、レイドに言ったら絶対からかわれる…!


焦って言葉につまる私。

それを見かねてレイドは、

「分かった。」

と仏頂面を貼り付けて一緒に遠回りしてくれることになった。


早速いつも曲がる角を曲がらずに直進してみる。

彼は何も言わずに私の後ろを歩いている。


「ふふ、ついてこなくてもいいのに」


「別について行ってるわけじゃ…」


「そうよね、ごめんなさい」


「…」


いつもとは少し違う景色に高揚して、スキップを混ぜて歩く。


「ふふー、ふんふんふーんっ、

るーらりらるー、ふっふーん♪」


履きなれた編み上げた紐のブーツが、レンガ作りの道にコツコツ音を立てる。


「機嫌がいいな」


少しだけレイドも笑う。

リズムを刻みながらくるりと回って見せた。


「ええ、とても!明日は給料日だもの。

…そういえばレイドは学生だったわよね、毎日のように学校の後にシフトに入って大変じゃない?

お金に困ってるわけではないでしょうに。」


「…」


「学校に行けるってとても羨ましいわ。

勉強するって、きっと楽しいもの。レイドはきっとキャリアを詰んだ立派な人になると思うの、明日も学校頑張ってね」


「…ローザ」


「なあに?」


スキップして揺れる腕をパシッと掴まれた。

驚いて足を止める。


「ど、どうしたのよ急に」


いつになく真剣な顔でレイドは私を見つめた。

端正な顔の彼にこれだけ距離を詰められるとたじろいでしまう。


「…俺が学校があるのにこれだけシフト入れて、バスで帰った方が早く帰れるのに、わざわざ歩いて帰ってるのは何でだと思う」


「…え」


「ローザ、俺は……っ」



その瞬間。

パカラッパカラッ!!


遠くで蹄の音が聞こえた。しかしそれは爆走した馬が走ってくる音で、馬車との距離はもうすぐそこであった。


視界に大きな黒い固まりが映りこんだ時、心臓が止まった。


…嘘、これはまずい







「危ないッ!!!!!!」






反射的にレイドに掴まれていた手を壁際に引き寄せて端に寄る。


私の腕すれすれの距離を馬車が駆け抜けていった。

とっさの判断が功を奏したようで、蹄と馬車の音はだんだん離れていった。


「ふう、行ったかな。あの馬車かなり危ないわ。

無事でよかった。」


「悪い、気づかなくて。

おかげで助か…ってお前、手、血が出て!」


「ああ、大丈夫よ。壁に手を着いた時に切れちゃったのね。大したことないわ、それよりレイド怪我はない?」


「いや、俺は大丈夫だけど…俺よりお前が…」


「私も五体満足、問題なしよ。

そういえばレイド、何か言いかけてなかった?」


「いや…。なんでもない」


「そう?」




レイドはなんだか複雑そうな顔をしている。


いつもからかってる私に助けられて不服なのかしら?気にしなくていいのに。


馬車はスピードを落とし、通りの少し先で停まった。しばらくすると、手網を引いていた年配の男性が急ぎ足でこちらに近寄ってきた。



「すみません!先程は大丈夫でしたか?

…あ、手から血、血が!」


「ふふ、ただの擦り傷ですよ。

心配なさらないでください。」



御者はとても心配そうに私の手の傷を見ると帽子を外し、不安そうにモジモジとしていた。

その姿で、どうやらわざとスピードを上げていた訳では無いらしいことが伺えた。



「でも、でもレディーの血など…」


「傷は強さの勲章よ、彼は何ともないし。

本当に大丈夫だから…」




その様子を見たレイドは、私の前に立って彼に軽く注意した。



「言わせてもらうが、

あれはかなり危険な運転だ。

もし通行人が大怪我してしまったらあの立派な馬車の中の御仁にもご迷惑がかかる。この辺りは人通りが少ないから今度からは気をつけてくれ。」



「大変申し訳ありませんでした、

以後気をつけます。

お怪我が擦り傷で済んで良かった…。

ご主人が名前を申し上げたいとおっしゃいました。勿論、御二方のお名前もお聞きしたいと。

先程ので、もしもやっぱり怪我をされていて、〝 後から〟悪くなった時には屋敷に来て欲しいと…医者代をお支払い致します。」



私たちは驚いて顔を見合せた。

要は私たちが無傷だとしても、金をせびってきたら必ず出す…という姿勢なのだ。

驚かざるを得ない。



「…とても丁寧な対応ね。相当なお偉いさんが乗っていらっしゃるのかしら。

でも擦り傷に謝礼などいらないわ。」


「そうだな。

医者代を貰うほどの怪我は今のところないが、一応聞いておこう。

馬車の中に乗ってるのはどなたなんだ?」




男性は勿体ぶるかのようにコホンと咳をした。


聞かない方が幸せだったかもしれない。そんな名前が出るとはよもや思ってもみなかった私は、そのまま御仁の名前を聞いた。





「あちらの馬車に乗られておられるのは…

ラステル王国軍大佐にあられる、

ギルバート・エバンズ様でございます」





頭を


強く打たれた感覚になった。


視界が揺らぎ、体を流れる血が全て逆流するような…

思い出したくない記憶が鮮明に蘇る。


レイドは驚いた顔をして言った。



「え、ギルバート・エバンズって、あの!?

名伯爵家でありながらエリート軍人で、国のヒーローと名高い有名人じゃないか」


「左様でございます。

伯爵家の屋敷はトリテムント区の9番街、マリアレスベル教会通りにあります。

いつでもお待ちしております。


…もし差し支えなければ、

今すぐギルバート様本人が謝罪をと…」



「いや、恐れ多い。怪我も今のところ大したこと無さそうだし、

なあロー…え、ローザ?」



「おや、女性が見当たりませんね」



レイドは顔色を変えて、男性に早口で言った。



「すみません、とりあえず大丈夫なんで。伯爵様…いえ、大佐様にはお気になさらずとお伝えください、じゃ」



レイドは走り出した。



「ああ、まだお名前を聞いてな……」



残された男性は少し困ったように頭を掻いて、急いでまた馬車に戻った。



ーー

ーー

ーーーーーーーー



「ご主人、御二方はお忙しそうでお名前は聞けませんでした」


「そうか。申し訳ない事をした。

怪我はなかったのか」


「はい。あ、いえ!女性が手から血を流していましたが、擦り傷に謝礼はいらないと笑っておりました。

傷は勲章だとか、なんとか…」


「…血が出ても謝礼を断る女か。

武人だな」


「ええ、確かに。

あ!そういえば女性の方は

ローザ、と呼ばれていたような…」


「……」


「申し訳ありませんでした、

詳しく聞けず。

では馬を出しますね」


「待て」


「はい!なんで御座いましょう」


彼の主人は馬車の窓の暗がりから鋭く彼に声をかける。ビクッと震えながら彼は主人の言葉を待った。



「……。

アメジストのような瞳に金髪の女だったか」



驚いたようにして彼は目を見開いて頷いた。



「さ、左様でございます。

美しい方でした。

お知り合いでしたか?」


「違う」



再び鋭い声でピシャッと鞭を打つような声でそう言った。御者は御仁のピリピリとした空気に圧倒され、ビクビクと震えながら、申し訳ありませんでしたと頭を下げて馬の方へ戻った。


しばらくして、再び馬車が動き始める。

馬車の中が過ぎ行く街灯に照らされ、

御仁の顔が馬車の窓にうっすら映し出される。

質の良い軍服と着こなす長い手足。

世にも美しい漆黒の髪とあまりにも造形の整った端正な顔。

そして、狼のような深い青い瞳。


「馬が轢かなかったのは偶然か、必然か。

どちらだろうな。


……ローザ」


誰も聞き手のいない馬車の中で、

ギルバートは外を冷たく見つめながらそう零した。




ーーーーーーーーーーーー





「ううっ、おえっ、うぇ……」


気持ち悪い。

始めてこんな感覚になった。

視界がぐるぐるして、吐き気が止まらない。


あの名前を聞いた途端、具合が悪くなって急いでその場を離れてきた。

あんまり周りの景色も見えない。

レイド、私の事探してるだろうな。


あまり通りに人がいないので助かった。

暗がりで吐いてる女性なんてみっともない。

こんな姿誰にも見て欲しくはない。

吐き気は少しずつ治まってきた。

が、あまりの具合の悪さに立てずにしばらく蹲っていると…


「…ったく、こんなとこに居た。

お前大丈夫か?具合悪いなら言えよ」


心配そうにレイドがこちらにゆっくり近づいてくる。

肩で息をしている。

きっと走って探してくれたんだ…

レイドは何も言わずに私の背中をさする。

彼のこんな優しさが本当にいつも頼りになるのだ。


「悪いけど遠回りで帰るのは次にしよう。

辛いなら背負ってやるから、帰るぞ。歩けるか」


いつもみたいにトゲがある言葉は何一つ無くて、全てが優しい。彼がいつもお客さんにする態度みたいだ。



「ごめん、なさい…

私ちょっと歩けないかも」


「分かった無理するな。背中、乗れるか」


「…」


私は彼に言われるがまま背中に乗り、家まで運んでもらった。

その後の記憶は無い。

恐らく彼の背中に乗せてもらってそのまま寝てしまったのだろう。

とても懐かしい夢を見た。

きっとレイドのこの時の優しさが似ていたのだ。


大好きで、大好きで、

本当に大好きだった人に。



ーーーーーーーーーーーーー



暖かい日差し。

森の中の大きな屋敷。

その庭園にはいくつものバラが咲き誇っていた。

噴水の水しぶきがキラキラと飛ぶ庭園に芝生の上には、花かんむりをつけた少年と少女。

中睦まじそうに芝生に寝っ転がりながら笑顔で話し合っている。


『このバラ園をいつか父さんたちから貰ったら、全部ローザにあげる』


『ほんとに?いいの?…うれしい』


『ローザが望むもの全部叶えてあげれるよう、頑張ってすごい軍人になってみせるよ。そしたらこの森を出て、ずっと二人で暮らそう』


『ずっと…二人で…

…私、ゆめがあるの』


『なに?』


『ここから出たら、教会で素敵な結婚式をして…素敵なドレスを着て、幸せな花嫁になりたい』


『なれるよ…僕がかなえてあげる』


『!

ありがとう。

だいすき、だいすきよ


ギルバート』





ーーー




ハッと目が覚めたのは夜中。

気がついたらベッドの上だった。

静かな静かな夜更け。

時計のカチッカチッと言う音だけが鳴っていた。

いつの間にか私、家に?…ああ、そういえば…

レイドが私を負ぶって家の前まで連れてきてくれたんだった。

まだしばらく家にいようか、と心配してくれたレイドを半ば無理やり帰してそのまま寝てしまったんだ。


申し訳ないわ…


私は額に手のひらを当ててみる。


「…もう、具合は大丈夫ね」


パンと手を叩く。


すると…


「お嬢様!!!!

大丈夫ですか?男と部屋に帰ってきた時はもう心配で心配で、何度出てきてしまおうかと思ったか…」



音がなった途端にどこからともなく、ローザの目の前に人間が現れた。

それは、まるで召使いのような格好をした、眼鏡をかけた20代後半くらいに見える女性の姿であった。



「ミラ、駄目よ。

こんな広くも無い家にメイドが付いてるなんて、どう考えても不審に思われるし。大体何も無いところから人が突然現れたら、普通の人は倒れるわ」


「ででで、ですが!お嬢様!

私はずっとお嬢様が小さな時からお側にいますゆえ、心配で…」


「具合が悪かったのよ、彼は助けてくれたの。

お水くれる?」


「はい、ただいま!」



ベッドから上半身をあげる。

熱はないけど、まだ身体が重い。


「ありがとう。

今日ね…ギルバートに会ったわ」



私のその言葉でミラの空気がガラッと変わった。

ピキリと、音がなりそうなほど冷えたものになった。

ミラはキッチンに向かう足をピタッと止めて、ゆっくり振り返った。


「一体なぜ…?」


「直に会ったわけじゃないわ。

正確には彼が乗った馬車を見た、ね。

危ない運転をしてる馬車に轢かれかけたんだけど、従者の主人に謝礼をすると謝られてね。なんと馬車の中にいたのはギルバートだったの。凄いわよね、もちろん断ったわ。」


「それは。…

お怪我はありませんでしたか?」


「手のひらを切ったけど、血も止まったし、簡単に治るもの。大したことないわ。

ギルバートも残念ね、私の事を轢き殺せなくて」


「…お嬢様。あまりそのような冗談は宜しくありませんよ」



ミラは厳しい顔をして両手を強く握っていた。



「冗談なんかじゃないわ。名前を聞いた時本当にそう思ったのよ。ミラだって、そう思うでしょ」


「……お水をお持ちしてきます。」



ミラはもう一度背を向けてキッチンに向かった。

起こした上半身をばふん!とベットに倒す。


ここの天井は狭くて心地が悪い。


心地が悪いけど嫌いじゃない、むしろ好きだ。


屋敷暮らしをしていたあの時代は、10年前の事件によって終止符を打たれた。

それからは、メイドのミラたった1人と私で生活している。


ミラは人間じゃない。

私と契約で繋がれた精霊体である。


そして私は…



「お水をお持ち致しました。」


「ありがとう」


「…それから、国王から手紙が届いておりましたので、僭越ながら先に読ませていただきました。

機密事項だらけの手紙は本人確認をしないと受け取れませんでしたので、少しお嬢様の姿をお借りして受け取ってきましたわ。」


「助かるけど…まず先にあなたが読むなんて。

私にラブレターが来ても、あなた先に読みそうね。それで、陛下はなんて?」


「仕事を引き受けて欲しいとの事です。

詳しくは手紙に書いてありますが…」


「見せて」




羊皮紙には確かに王家の紋様が刻まれていた。


元老院、もとい国王からの手紙…

久々ね。


ーーーー


親愛なる魔女 レディクス家ローザ様


この手紙の内容は門外不出で完全秘密任務の依頼書となる。

中身にはご用心して頂きたい。

業務に関わる全ては秘密事項ですので、外部に漏らす事がなさらぬように。


依頼内容 : 連続怪奇事件の捜査


事件概要 : 同様の手口と思われる殺人また傷害事件が既に2件、いずれも年頃の女性を狙ったものであり、犯行は卑劣で凶悪なものと見られる。内1件には目撃者が何人かおり、皆口を揃えて魔法とおぼしきものを見たと述べる。急を要する件故、迅速な解決を目指し、本件は少数精鋭で内密に行う。


現場の目撃者の魔法についての供述内容があまりにも詳細であり、ラステル王国の魔法存在の魔法同盟(秘密同盟)が危ぶまれている。元老院で特別召集が行われた結果、同盟規約第2項に則り3代目ラステル王国国王との同盟相手であるレディクス家直系の子孫、ローザ様に同盟遵守のご協力賜りたく存じます。本件においてローザ様のご協力を頂けない場合、魔法同盟規約第5項 同盟違反に該当すると見なし、その身を拘束させて頂きます。

ローザ様は同盟規約第8項により、王宮があるトリテムント区への通行が禁止されているため、国家軍部第零特殊部隊を介して国王、または元老院と連絡を取るように。

本件は全て零隊、ローザ・レディクスに一任する。


ラステル王国 元老院 一同


ーーーーー




羊皮紙にピッと線が入る。

無自覚に力を入れて紙を掴んでいたようだ。




「なっ、なっ、な、な、

何これ…任務への拒否権もないの?

突然すぎるし、怪事件は軍や警察の仕事のはずよ。

だいたいこの事件、本当に魔法が使われていたの?一般人の見間違いじゃなくて?」



「私も最後の1文に目を通した時、呆れて言葉も出ませんでした。

国王や元老院はあくまでも本件に関わる気がないようです。

とは言え、魔法同盟遵守はローザ様の義務ですから、魔女や魔法の存在を国民に知られる訳にはいきません。それに…」



言いづらそうにミラは口ごもる。

私は貰った水をくっと全て喉に流し入れて大きくため息をついた。


「前回は国王からの依頼が断れたけど、今回は拒否すれば同盟違反に該当するから牢獄入りって訳ね。…零隊って都市伝説か何かだと思っていた。まさか一緒に仕事することになるなんて。」



零隊。

ラステル王国軍特別戦闘員、第零特殊部隊。

通称《零隊》。

誰しも一度は聞いたことがある、存在するのかすら怪しい、軍のエリート部隊。

前の国王の依頼は私しか入れない森の探索とか、魔法で畑に雨を降らすとか、結構簡単な雑用だったのにな…

今回はなんだか凄いことに巻き込まれてしまった気がする。

するとミラのハラハラとした表情に気づき、私は彼女に笑いかけた。



「そんな顔しないでミラ。大丈夫よ。

ギルバートが零隊員だと噂されてる事を心配してくれてるんでしょ?

私が仕事をするのは零隊で、ギルバートじゃないわ 」


「お嬢様…」




…とは言っても、

ただの噂ではないことは明白だった。

新聞で出るギルバートの功績たるや凄まじく、恐ろしい勢いで出世してるらしい。

噂というのは、そのギルバートが特殊部隊の指揮官に任命されているということ。


噂のきっかけは隣国の大規模な内戦だ。

隣国との親和条約を結んでいた我がラステル王国は、我が国の軍を隣国の治安維持のために配備していた。

内戦は宗教や政治、王族の後継問題を原因とするものだったが故、革命派が保守派に攻撃を仕掛ける大きな内戦に発展してしまった。

彼、ギルバートはラステル王国軍特殊第1部隊の指揮官として隣国の国王や治安を守り、戦争を終わらせるまで大きく平和に貢献した…


なんて新聞には書いてあったっけ。

第1特殊部隊指揮官なんて、

エリートコースもいいとこだ。

そんな彼を差し置いて零隊など構成できるのだろうか。



「まぁ第一、彼が零隊に配属していたとしても向こうも会いたくないでしょうし、そんなに暇じゃないでしょう。」


ミラにそう言って慰めているつもりだが、自分にもそう言い聞かせる。


「まったく、久々の国王依頼の任務ね。気合い入れないと!」


「…そうですね。

お嬢様、しばらく仕事はお休み致しますか?」




そうだ、仕事…。


ーーー


『 明日は給料日だから張り切って出勤してね 』


ーー



リナ…



「いいえ、明日は行くわ、給料日だもの。

レイドにお礼も言わないといけないし」


「とりあえず、様子を見ましょうか。

今夜はもう遅いですからお休みになられた方が…

お風呂は朝御用意致します」


「そうね、そうするわ。

今日はとても疲れた、おやすみミラ」


「おやすみなさい、お嬢様」




ミラは後ろにさがりつつ身体が少しずつ水のつぶになって薄くなって、少しづつ消えていく。

この瞬間を見る度に私はどんなに普通の女の子のフリをしていたって、魔女の末裔なのだと再確認する。


いや、再確認したいのだ。

自分が忌々しい血を引いていることを…

忘れてはいけないのだと。


…そう、私は魔女の末裔。

ローザ・レディクスなのよ。


ミラの髪の毛の最後の1本が完全に水のつぶとなる前に、私はゆっくり瞼を下ろした。



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