動き出す歯車
役者がそろってまいりました。
10年前
東の果ての森にてーー
『ローザ、危ないからこっちに来てはダメだ!』
…上から懐かしい声がする。
私は木陰から少年と少女がはしゃぐ様子をうたた寝しながら見ていた。
…これは夢かしら。
あれは昔の…私?
木の下で大きく跳ねる子どもの姿は、
子供の頃の私だった。
『ふふ、大丈夫!練習したのよ!わたしだって木登り出来るんだから!』
『全く。
手を取って、ほら、あとすこし…あっ!!!!』
あ…危ない!
手を伸ばして声を出そうにも声が出ない。
夢だからだろうか。
少女は登りかけた木から足を滑らせ、地面へ大きく尻もちを着いて落ちた。
どすん!!!
途端に少女は声を上げて泣いた。
『うわああああん、いたい~、ううっ…ひっく』
『ほら、言ったじゃないか。よいしょっ…大丈夫?』
心配した様子で木から降りてくる少年。
少年は柔らかい金髪を揺らしながら、急いで幼い少女の顔を覗き込んだ。
『えへへ、なんちゃって。泣いたフリしたら降りくれると思ったの』
『…ローザ、騙したな?』
『えへへ、ごめんなさい。でもいつもギルバートとここで話してるから…わたしも仲間に入れて欲しくて』
そう、私は木登りがどうしても出来なくて。
いつも下から背の高いおおきな木の上で楽しげに話す彼らの姿を眺めていたんだわ。
でもこの日はどうしてもただ眺めているだけでは我慢できなくて無理に木に登ったのだ。
少年は途端に眉間に皺を寄せながら、少女を抱きしめた。
『ローザ…ごめん。
お前もギルバートと話したいよね。
今度からは気をつけるよ、これからは木に登らずに下で話そう』
ああ、思い出した。
この後私、こう言うのよ。
私は木陰から身を乗り出して少年に話しかけた。
いつの間にか私の姿は少女に変わっていた。
「どうして?
わたしはみんなと話したいだけだもん。
それに今日は木登りの練習をするって決めたの!だからお兄様にもう1回登り方を教えてほしくて…」
『ローザ。お前は本当にいい子だね。
じゃあギルがここに来る前に登り方を一緒にマスターしよう』
「はい!アルトにいさま!」
『あはは…
とは言ったけど、もう来ているみたいだね。
やあ、ギルバート』
「え?」
アルト兄様は私の後ろを見ていた。
急いで振り向くと、自分の2倍以上の背丈の大きな男が立っていた。
冷ややかな瞳をこちらにじっと向けて。
『つくづく平和ボケした田舎娘だ』
彼から見下げられ、放たれた言葉には愛や優しさを微塵も感じない。
なんて冷たい人…
「…っ、あなただれ!ギルバートはこんな人じゃ…」
『…』
「あなたがギルバートなわけな…っ…あれ…?」
過去の記憶と現在の彼がしっちゃかめっちゃかしている。混乱していて知らない人だと思い込んでしまったが、冷静になる。
すると自分の姿かたちは大人の私に戻っていった。
視線は彼と一気に近くなり、私は1歩彼の方へ踏み出す。
「いいえ、違う…貴方はギルバートだわ」
しかしギルバートは背を向けて去っていった。
だめよ…だめ!行かないで!
私はあなたをもう一人にはさせない!
そう決めたの!
彼の手元へ手を伸ばす。
声が出ない、あと少しで手が届きそうなのに届かない。
お願い、私の手を取って……
精一杯手を伸ばしたその時、声が聞こえた。
どこからともなく、必死で呼びかけられている。
「……」
なに?聞こえないわ
「ザ…」
え?
「ローザ!ローザ…!!!!」
「っ!
…はぁっ…はっ、はっ……
あれ、ここは…どこ?なんで皆がいるの?」
目を開くと知らない景色が広がっていた。
悪い夢でも見ていたのだろうか、
汗ばんでいて気分が悪い。
周りにはデューイ、エリク、ルイが居た。
「やっと目を覚ましたんだね。随分うなされていたみたいだけど…どうやら眠姫が王子様のキスで目覚める伝説は嘘だったみたいだ」
「1歩手前だったぞこのセクハラエリク。
良かった目を覚まして、とりあえずボクは看護師を呼んでくるよ。ルイ、こいつを見張ってろよ」
「御意…」
デューイは部屋を出る。
白地の壁紙に床に、天井。
硬いベッドに白い薄いシーツ。
左側には点滴。
ここは…
「病院?」
「うん、花姫は3日間まるまる寝込んでたんだよ。無理しちゃってさ、俺たちになんの見せ場もないままあの事件は終わっちゃった」
「…事件。
あ、そうだ!火は!?
火事はどうなったの!?」
私はバッと身を起こすが、その瞬間、激痛が足に走る。
「…いっ!?」
体が強ばり動かない。
痛みで身体が震える。
あまりの痛みに勢いよく起こした身体はベッドからずるりと体勢を崩すが、ルイが肩を支えてくれたおかげで、再び私は安静にベッドに寝ることが出来た。
「ぐ…ごめ、ありがとう、ルイ」
「左足の大腿部の怪我、だいぶ酷いから…
起きない方がいい」
「…っ」
ルイの言葉は真実味を帯びていた。
シーツと巻かれた包帯で見えないが、太ももの激痛は止まらない。痛みに気づくと途端にその痛みは続く。その箇所は一斉に沢山の針で刺されているようなチクチクが止むことなく続き、冷や汗が出るほどの激痛だった。
私が青ざめて固まった姿を見て、エリクは心配そうに私に声をかけた。
「…痛い、よね。
看護師が痛み止めをくれるはずだから、
もう少し我慢してね。
ゾルデ区の大規模火災の話だけど、
花姫のおかげで大火事は無事に静まって大団円!本当にお疲れ様!」
「本当に!?よかった、ほんとに良かった…」
「本当だよ、花姫凄いかっこよかった。
惚れ直しちゃった」
足がどれだけ痛くとも、思わず笑顔になる。
1番聞きたかった知らせを聞けて安堵で力が抜けていく。体が溶けそうだ。
「それから捕まえた仮面の取り調べはもう終わってるよ。トピックになることと言えば、仮面の中身は10代の異国語を喋る人間だったって事くらいかな」
エリクの言葉に声を詰まらせた。
「10代…ってそんなに若い子が?」
「ああ。もっと若い子が平気で人を殺す事件もある、珍しくないよ。通訳を常駐させて取り調べしたんだけど、2人とも訳の分からない言葉を喋り続けた末、舌を噛んで死んだよ。そろそろ口枷を用意しないといけないかもね」
「そんな…!
どうしてみんなそんな簡単に自死を選ぶの?」
「さあね…でも想像の範疇ながらも、分かったことはあるよ。彼らは操られている。
奴らはボスから、俺たちに捕まったら舌を噛んで死ねと言い聞かされてきたんだろう。
実は花姫が俺たちと合流する前にも、仮面の女を1人捕まえていたんだけど、そいつも同じ死に方をしているんだ。
魔法なんてものが使える連中だし、それは魔法的なもので操られてるのかもしれない。
とにかく彼らは黒幕に操られた捨て駒だとみていいと思う。」
「…酷い、酷すぎる。操って自死を選ばせるなんて。もしそれが本当なら、核にいる人物はまるで自分勝手だわ」
「そうだね、仮面の者達は加害者であり被害者だ。
せっかく花姫が大活躍してくれた今回の件なんだけど…あの火事で亡くなった人達はあまりにも多い。軍が力を貸したのに死人がこれだけ出た事件も少ないから、仮面の存在は今回で新聞社に伝わった。今後世間には大きく知れ渡ってしまうかもしれないね。
あ、でも心配しないで!
今のところ魔法の存在はまだ知れ渡ってないよ。新聞社は放火の罪人、仮面集団として認知してるから。」
取り繕うかのように笑顔で笑いかけるエリク。
新聞には既に載ったということかしら。
…魔法の存在が民衆にバレるのも時間の問題。
それに、
仮面の者たちは加害者であり、被害者、か。
腑に落ちない言葉だ。
それが事実だとしても、その言葉を素直に受け止められない。
…だって、誰も救われないわ、そんなの。
「あともうひとつ。異国から来た彼らは死ぬ間際、その国の言葉で『青いバラ』と言い続けていたらしい。何かの隠語かと思って素性を洗ったけど、それらしき言葉は分からなかった。
まぁ彼らにとっての思い出の品かもしれないから、正直事件とは関係なさそうだけど」
「青いバラ…?」
すると扉がガラガラと開き、看護師さんとデューイが現れた。
体温を図らされたり、質問を色々されたりしたが、痛み止めの注射をしてもらうとかなり楽になった。
私の冷や汗が止まった様子を見て、デューイは腰に手を当ててどこかほっとした表情をしていた。
看護師さんが病室を出たタイミングで、デューイは席を立った。
「さて、ひとまずはこれで良いかな、ボクらは本部に戻るよ。何かあったらそこに軍の内線が備わった電話があるから、はい、これ番号ね。これで伝えて」
渡されたのは小さなメモ用紙だった。
そこには電話の番号が書いてあった。
「ええ、分かったわ…って、え!?
病院に軍の内線付きの電話なんてなんであるの!?」
驚いて渡された紙をぐしゃりと握ってしまった。
「あれ、エリクまだ言ってなかったの?」
「あはは、違うこと話してた。そうそう、ここはトリテムントの中央病院だよ」
トリテムントの中央病院?
……トリテムントの?
トリテムント区内に、私居るの?
それは、非常にまずい。
まずすぎる!!!
「嘘!!?
私、同盟でトリテムントの入場は禁止されてて…今すぐ出なきゃ!!」
私があわあわとしていると、デューイは心底見下した目でこちらをじろりと見た。
「あのさ、ボクらがそんなこと知らないとでも思ってるの?それに『原則として』入場禁止でしょ」
「そ、そうよ?必要な時以外はダメなのよ」
「……君は軍と仕事をした末に大規模な魔法を使って気絶して大やけどを負ったんだ。
今が然るべき時では?」
「…」
「それに魔女の末裔の君を、一般の病院に入れて適切な処置を受けられなかった場合、結局ここの中央病院送りになるんだ。今回もロッド大佐がいち早くその判断を下したおかげで今ここに君はいる。」
「…ロッド大佐が?」
あの人のこと少し苦手に思っていたけど…
また彼が根回ししてくれていたのね。
やっぱり仕事が出来る人間であり、大佐格にいる人なのだと任務でお世話になる度に思う。
感謝してもしきれないのに、どうして私はあの人を好きになれないのかしら。
「それにしても、花姫の魔法ってば本当に凄かったなぁ」
うっとりするような顔でそう言うエリク。
私はハッとした。
「そうだ…かなり魔力を使ってしまったはず。
まさかあんなに上手くいくとは思わなかった。
火元から皆の所まで距離があったから、結構派手に使ってしまったけど…私の魔法って皆から見えてた?」
「消防は完全撤退の司令を受けていたし、生存者や救急隊は避難地区に回されて肉眼では確認できない距離にいた。
8番街に居たボク達からも見えてない。
エリクはアルテルから見てただけだから。」
デューイの言葉にエリクは頷いた。
「指示も完璧だったし、本当に凄かったよ!
…なにより魔法を使う君がとても綺麗だった」
「…病院で口説くな」
溜息をついてルイがエリクの頭を軽くはたく。
デューイも同じようにため息をついている。
皆のいつもの調子に、なんだかだいぶ気持ちが落ち着いてきた。
「まあ、火元付近にいた生存者からは見えてる可能性が高いから、それはまた別で君の力を借りるよ」
「記憶を消せってことね、分かったわデューイ。」
「まあ、今は回復優先で。ボクらもやるべき事は他にも沢山あるしね」
そうか、彼らの仕事はこの火事の一件だけではないのだった。
すると、病院内がざわつく音がした。
看護師の黄色い声もする。
「ん…何かな?
俺ちょっと外の様子見てくるよ」
エリクが席を立ち、扉の向こうへ行く。
…皆、忙しいのにわざわざここに来てくれてるのよね。
私に時間を割いてくれてるのが嬉しい。
私はついデューイやルイに尋ねてしまった。
聞かなくてもいいことを。
「ねえ、私が倒れてしまった後、皆は3日間何をしていたの?」
デューイとルイから聞き出そうとすると、2人は私から目を逸らした。
デューイは自嘲気味に、
なんてことない事かのように呟いた。
「……死体と三日三晩、一緒にいた。遺体の戸籍一致作業とか、遺体処理とか。」
口に手を当てて私も彼らから目線を外した。
「ごめんなさい、脳天気な質問をして…」
仮面の集団が関わる事件で初めてたくさんの人が亡くなって、しかもこれだけ大きな火事で。
そりゃあ、楽な仕事が待っているわけが、無い。楽しい話題になるような質問じゃなかったわ。酷く考え無しに質問した自分を恨む。
気分を変えようと私はあの時のことを言ってみた。
「…そういえばデューイ、
あの時すごくかっこよかったわ!」
「あの時?」
「あの現場の皆に、一際大きい声で指揮する言葉を言っていた時…凄く前を向く気持ちになったわ。本当に、心を助けられた」
デューイは俯いて、
聞きとれない程の声の大きさで呟いた。
「…助けられたのはボクの方だ」
「え?」
今なんて…?
聞き直そうと思ったが、その前にデューイはいつもの調子で話し始めた。
「それにあの後すぐにゼノも来たし、ギルバート大佐もいらっしゃった。ボクの指揮は別に必要なかったさ」
「いいえ!そんなことは絶対にないわ。
あの指揮があったから、ギルバート達にバトンを渡すことができたのよ。空気を一瞬で変えられる貴方って本当に凄い人だわ、私、本当に助けられたのよ」
「ふ、ふん!!
ボクが凄いことなんかとっくに知って……」
「大変だ花姫!!」
ガラガラ!!!!!
勢いよく開いた扉。
現れたのは病院なのに走って来たのかのように肩で息をしているエリク。
「どうしたのエリク、凄い顔して」
「下に…ギルバート大佐が来てる!アリスも一緒だ!」
ギルバートが?
ドクンと胸が騒ぐのを感じる。
平静を装いながら変わらない態度で返す。
「…でもここはトリテムントだし、軍本部は隣の建物でしょう?病院に通うのはよくある事なんじゃないの?」
するとデューイも焦った顔をして私に言う。
「君は死ぬほど馬鹿なのか?大佐ともあろう方が何が好きで病院によく来ることがあるんだ。君に会いに来たんだろ絶対!」
「え!?」
私は驚いてシーツを口元まで持ってくる。
再びあわあわしているとデューイとエリクが小声で話し始めた。
「おい、どうする。ローザが大佐関わろうとする態度を取ってくれるようになったとはいえ、昨日の調子じゃあこのままアリスと大佐殿に殺されてもおかしくないぞ」
「全くもってデューイと同意見。扉の前に立って花姫はもう退院して、病室から出ていきましたよって伝えるのはどう?」
「看護師に部屋を聞いてここに来るはずだろうから、さすがに無理がある。」
「あ、じゃあデューイが花姫の振りをして、その間に俺が花姫を連れて外へ…」
「馬鹿!もっといい案は無いのか!」
「…2人とも。もう大佐はそこにいる」
ルイが何かを言うと2人はビクッとして扉へ振り返る。
一体3人は何を喋っていたのかしら?
…私ならもう逃げない。来るなら来なさい!
どんと構えて背筋を伸ばし、
私は扉の先をキッと見た。
ガラガラと扉が開き、軍服を着たギルバートとアリスがそこには立っていた。
「……」
ああ、ギルバートだ。
部屋の空気が一瞬にして変わる。
張り詰めたものになって、浅く息を吐くことしか出来ない。
ああ緊張する。
恐ろしい程に整った顔立ちに長い手足。
まさに人形に美しい人。
変わったのは背丈と心情だけだ。
彼らはコツコツと私の元へ近づいて、ついに私のベッドの横に立った。
昨日あんな場面だったから、あんまりしっかり顔を見るという雰囲気はなかったけど…
今こうやってちゃんと見ると、
やっぱり顔立ちは変わらないのね。
なんて変わらない美しい瞳、肌、鼻、唇。
この世で1番整った顔立ちの男性と言っても過言ではないだろう。
緊張して怖いのに、目が離せない。
指先は少し震えている。
目を奪われるようにして、じっと顔をみつめ続けてしまう。
すると緊張の沈黙を破るようにして、ギルバートが話した。
「看護師から目を覚ましたと聞いて、ここへ来た」
「…」
どきりとする。
私が目を覚ますのを待っていてくれたかのような言い草に聞こえたからだ。
しかしその後の彼の言葉で目を覚ます。
「3日前の事件の事だが…
お前に預けた指揮が今回の命運を握っていた」
昔の彼のような言葉ではなく、今のギルバートの口調であった。
…まぁ、そうよね。任務の話しよね。
いつの間にか昔の彼の口調を淡く期待してしまっていたようだ。
分かってた事よ、と言い聞かせながら話を聞く。
「今回のゾルデ区商店街放火事件だが、2晩かけて消火活動を行っても鎮火するかしないかという厳しい状況は、軍において明白であったが…ローザ・レディクスの貢献による迅速な消火活動及び指揮により一日で全て終結した。素晴らしい功績だ。」
…んん?
二日かけて消火活動する気満々だったのに私に3分しか与えてくれなかったってこと?
少しの不満が沸きあがる。
でも、褒められているような気もして複雑な心境である。
「しかし本来、魔女同盟により魔力を持つ人間は、東の果ての森以外での魔法の使用は基本的には禁止されている。ローザ・レディクスの指示の元、魔法の使用は目撃者への配慮を計算した消防の撤退指示によりいなかった為、軍部会議の結果、当該同盟において違法性は低いとされた。軍としてはこの件を不問とする。
よって今日は先日の礼に来た。」
「…………………え?」
その口調と話の流れを組むと、責め立てられ、私は軍に捕まるのかとまで想定していた。
思いもよらない話の展開に頭が回らない。
「あの後、8番街の宿屋から4名の生存者が見つかった。あの指揮とお前の力が無ければ、助かっていなかった命だろう。
よくやった、礼を言う」
「……」
彼はそう言うと軍帽をとって私に礼をした。
言葉が出ない。
それはほかの3人も同じようだった。
彼らも私とまた、同じように彼がそう言うとは思ってもみなかったのだろう。
礼をする姿でさえ様になるのだから凄い。
彼は頭を上げると、その顔は先程のようなものと打って代わり、怒りが静かに零れているような表情になっていた。
軍帽を被り直すと彼はまた静かに口を開いた。
「だが、言いたいことがある。
お前は零隊の第2事務所で雇われる運びになったと聞いた。ならば仮にもこの任務期間中はお前も零隊の一員であり、零隊の指揮官は俺だ。言いたいことは分かるな」
「……」
「あの時、5分の指揮権を与えたはずだが、お前はその時間を過ぎても軍の公有物である消防道具を独断で無断使用し、その上魔法まで使っていた。結果は良いもので終わったが、軍用機器の無断使用に重ねて、独断行動が失敗に終わった場合、貴様の命だけで贖えるものでは到底ない。それは覚えておけ」
「……はい」
「俺が5分与えると言ったら5分で仕事をしろ。1分でやれと言えば1分でやれ。軍員ならば上官の命令は絶対だ。イレギュラーな入隊だろうと関係ない。規律を乱す奴は『切る』のみだ」
「……申し訳ありませんでした」
全てその通りだ。
あの日は何故か自分の中から湧き出る魔力を感じたから、あんな賭けのような出方をしてしまった。
私なりに上手くいく確率が高いと思って自分から誘った賭けであり、提案だった。
けれど、彼らからしたら私の魔法の力量なんて目に見えないし、成功する可能性だって目に見えない。
不確定な提案をあの場で飲んでくれたのは、先程彼も言っていた通り、まともに消防に鎮火を任せ続けていても、長い戦いになることは明らかだと踏んでいたからだ。
でも今度は同じような状況とは限らない。
迫り来る時間との勝負だった場合、こんな賭けを申し込んで失敗した暁には犠牲者の山と、世間と国からの冷たい視線が自分たちを囲んでいるのだ。
おそらく彼はそういうことを言っているのだろう。
私は肩を落としてその言葉を噛み締め、受け入れる。
するとアリスは顔を私にぐっと近づけて、ジロジロと見てきた。
凛々しくて切れ長で美しい緑の瞳だ。
私は距離に耐えきれず、背中を逸らして話しかけた。
「な、なんでしょうか?」
アリスさんて、近くで見ても本当に美人だわ…
特にこの瞳が凄く印象的。
でもそれにしたってこの距離で見つめ過ぎではないだろうか。
「……ふうん?やっぱり昼見ても不細工じゃないか。世間知らずの死体知らず。まるで春野菜についた芋虫みたいな女だ」
「…」
ピキリと体が固まる。圧倒的敵意を感じる台詞だ。向こうは好意的に話す気が無いのは明白であった。
するとエリクが私の前に立った。
何だか、エリク…怒ってる?
横顔からはピリついた空気を醸し出している。
エリクの眉間に皺を寄せて怒った表情を見るのは初めてのような気がする。
「アリス、何が気に入らないのか知らないけど、女性が女性に罵倒するのは見ていて気分が悪い。そういうのはやめくれ」
「ハッ!芋女にほだされて。
お前ら情けないよ、零隊の恥を知れこのクズ共」
「用は済んだ、アリス。行くぞ」
マントを翻してギルバートは病室を出た。
急いで後を追うアリス。
振り向きざまに勝ち誇ったような笑いを見せて彼女は部屋を去った。
2人が去り、一瞬で病室は緊張の糸がほぐれた。
「ほんっと口悪い女。
ごめんね、アリスは誰にでもああなんだ。気にしないで…って、花姫!?」
「あれ…?私なんで勝手に…」
滴り落ちる涙。
一滴でそれは終わることはなく、後から後から溢れ出して、しまいには大泣きしてしまった。
「嘘だろ…エリク、なんとかしてくれ」
デューイが額に手を当てて、後ろを向く。
気持ちが溢れて決壊してしまったようだ。
もういっぱいいっぱいだった。
私は頑張った。
「ごめん、そんなにアリスが嫌だった?」
「いいえっ…違うわ…ううっひっく…」
エリクの問いかけに答えるために、私は深呼吸して呼吸を戻す。
「じゃあ、大佐…?」
その言葉にまた大粒の涙がぽとりと落ちる。
両手で顔を覆い、ベッドに伏せる。
「……私っあの時、勇気を出してよかった…うっうっ、彼と話せて…ッ良かった……ううっひっく」
「…ローザ」
震える声、上手く喋れない。
両手で顔を抑えても滴り落ちる涙。
簡単に止まりはしない。
倒れる前、強がった態度で、可愛げのない態度でギルバートに話しかけてしまったけど…そうでもしないと泣いてしまいそうだったのだ。
憧れて、恋焦がれて、大好きで…
私が壊してしまった人。
あの業火の中、10年振りに会話をしたあの時、手足が震えて、恐ろしくて仕方なかった。
私はこの人から全てを奪ってしまったのだと、痛感して仕方がなかった。あの孤独な瞳を、凍てつく瞳を見ると辛くて仕方なかった。
…かつては憧れ、慕い、
私に愛を与えてくれた大事な大事な人だ。
10年振りに話しをして、それがどんな内容でも嬉しいに決まっている。あの夜の決断が功を奏して彼からお礼を言われるなんて…こんなに身が震えるほど嬉しいことは無い。
彼に関わろうと決めた途端こんなに嬉しいことがあっては、あの時の決意は無駄じゃなかったと思わざるを得ない。
…本当にもう、胸がいっぱい。
気持ちが裂けてしまいそう。
嬉しい。
嬉しい。
彼と話せて、褒められて、姿を見れて
嬉しい。
でも。
でも…
過ぎるのは昔の少年の笑顔。あの日のギルバートの笑顔。私が壊したあの日の彼の家族の姿。
嬉しい、はずなのに。
それ以上に…大きすぎる痛みが心を襲う。
「うっ、うう、ギルバート、ごめ…ん……ッ、
ごめんなざい…ぅああっうう……っうう!」
何度もここに居ない彼に懺悔する。
なんの懺悔だろう、何を悔いてるのだろう。
きっと、全てだ。
彼の家族を焼き払われたあの日。
何も出来なくてごめんなさい。
エリザベスを助けられなくてごめんなさい。
あの時の私の力が落ちこぼれでごめんなさい。
兄様を嫌いになれなくてごめんなさい。
あなたを1人にしてごめんなさい。
魔女の私が生き残ってしまってごめんなさい。
謝ることなど腐るほどある。
それを言った所で、許されることではない。
でもせめて…彼がいない間に気持ちを吐露することくらいは許して、神様。
ごめんなさい
何度もそれを繰り返す。
エリクが私の背中を撫でる手の優しさに甘えて、私は泣いて泣いて、泣いた。
再び落ち着きを取り戻すのにだいぶ時間がかかった。
そして勿論、病室の外でギルバートが私のそれを実は聞いていたことなんて知りもしなかった。
ーーー
しんとする廊下に響きわたるローザの声。
ギルバートは病室の扉に背中をもたれてそれを聞いていた。
変わらぬ表情。
泣き声を聞いたくらいで動じる男ではない事を、アリス・ベットレーは知っている。
しかし、今の彼の瞳はどこか揺れのある虚無と諦めを秘めている事に、アリスは気づいていた。
しかし、今まで彼をそんな瞳にさせる事が今まであっただろうか。
…一度だけ。
たった1度だけある。
思い出すだけで…反吐が出る。
顔を歪ませて、ギルバートのそんな瞳を見ていた。
するとギルバートは遠くから聞こえる靴音にピクリと反応して、音の鳴るほうへ振り返る。
その廊下からは靴音が鳴る音ともに黄色い悲鳴も聞こえた。
その靴音の正体を見た時、ギルバートは大きく顔色を変えた。動揺の色に染っていた。
しかしそれはアリスも同じだった。
ギルバートは低い声をより一層低くして、
その人物に尋ねた。
「……何故、ここに?」
「もう理由は分かってるんだろう、道を空けてくれ」
「それは出来ない。
ここから先は負傷した隊員の病室だ。関係者以外立ち入り禁止だ」
「…ギルバート」
その人物は右手に大きな花束を持ってギルバートに近づいてくる。
その瞬間、ギルバートは気づいた。
その人物、彼がいつもしている耳飾りの片耳が無いことを。そしてそこには無い片側の耳飾りを病室の中で見かけたことを。
「ジークハルト、お前…」
「悪いけどギル。行かせてもらうよ」
ジークハルトはギルバートとアリスを通り過ぎる。
「待て!俺はまだ入室の許可を出してない」
ピタリと病室の扉の前で立ち止まり、振り返るジークハルト。
「許可?誰の許可がいるんだ?
まさかギルバートの許可が無ければ怪我をした兵の病室にも入れない…なんて事ないよね」
その赤の瞳には一切の譲歩を許さない強い意志を感じる鋭さを持っていた。
ジークハルトは返事を待たずにドアノブに手をかけた。
ギルバートは固く拳を握りしめ、ドン!!と壁を殴る。静かに唇を噛んで震えていた。
ーーーー
突然扉が開く。
「え?」
デューイやエリク、ルイの一同驚いた声と突然開いた扉の音はほぼ同時だった。
涙は止まっていたとはいえ、泣き腫らしたあとだったので、看護師さんに見られたくないという思い出シーツにくるまって顔を隠した。
「…ああ、看護師さん!?
えっと、後にして貰えますか?ちょっと今取り込みちゅ……わっ!!」
シーツはバッ!!!と剥がされて舞い上がる。
!?
私は何事かと直ぐにその入室してきた人物に目を向けた。
え……って誰!?
何故かデューイ達は顔色を変えて扉の横に並んでいる。
「あの……どなた…?」
目の前には端正な顔立ちの青年が立っていた。
ここ数日美しい顔立ちの男の人にばかり遭遇しているが、零隊の彼らも引けず劣らずの凄まじい美形集団だが、群を抜いて美しい、まるで絵画の様な青年だ。
銀髪の髪に切れ長の大きな赤の瞳、高くて先がツンと上がった鼻に、優しげに笑う口元。
どこか既視感があるが、顔は見た覚えがない。
あるとすればそのアクセサリーの耳飾り……
「あれ?その耳飾り、どこかで…」
そう言った瞬間私は思い出した。
でも言葉が出ない。
私はたっぷり時間をおいて、ゆっくり尋ねる。
「…………え、あなたまさか」
私は急いで耳元を触る。
彼が着けているそれは確実に私と同じものだった。
「言っただろう?必ず見つけるって。
また会えて嬉しいよ、ローザ」
「あの時の…カーニバルの夜の…!!」
言い終わる前に彼はその腕に私を閉じ込めた。
強く、強く抱きしめられる。
「なに!?なになになんなの!?
貴方はどうして私の名前を?どうしてここに?
というかあなたは誰なの!?」
私は無理やり胸板を押して、彼から離れる。
彼は甘く蕩けそうなほど、私だけを見つめて微笑む。
「俺の名前は…ジークハルト・ベイリッヒ・ルーベルデン・ラステル」
その名前に思わず目を見張る。
何度か耳にしたことのある名前だ。
聞き間違うはずがない。だが信じられるはずもない。
「う、嘘…」
「…嘘じゃない。
このお方はラステル王国第1王子のジークハルト様だ」
ほ、本当に…?
デューイの言葉で再び腰を抜かす。
エリクやデューイの顔も見るが、どうやらその言葉は嘘では無いようだった。
勿論、カーニバルの日に出会ったという彼もまた、嘘をついているような顔ではない。
彼らがドアの隣に並んでいるのは、皇位のあるお方だったからなのか。
何故か納得できるが、やはり信じられない。
服は皇族の方が着るような立派なものだし、王子のお顔立ちが絵画のように美しいのも有名だし、なによりデューイがこの人をジークハルト様だと言った。
この方が、王子様…?
段々と頭が整理されてきて、私は機械仕掛けのようにカクカクと動きながら不自然な発音で名前を呼ぶ。
「ジ、ジーク…ハルト様?」
「ジークでいい、ローザ」
「じゃ、じゃあ……ジーク、様」
「何?」
ジークは片手に持っていた花束を入院ベッドの脇の机に置いた。
一応机には花瓶が備え付けられてはいるが、花束はとてつもない大きさだ。
そもそも花瓶に入り切らなさそう…
生花をこんなに沢山貰うのは初めてだ。
次から次に信じられないことが起きすぎてやっぱり頭が追いつかない。
つまり、どういう事なの?
あの日耳飾りを付けてくれた彼はこの人で、
この人は王子様で、
王子様は何故か私のことを知ってるの?
彼は私がまごまごと何も質問しないのを見兼ねて、その花束を解体して、慣れた手つきで花瓶に生け始めた。
「何か言いたいことがあるならどうぞ?」
流し目でそう言われても困る。
「あの……お花ありがとう」
「どういたしまして。
…ふっ、絶対もっと言うべきこと他にあるだろうに。そういう所が変わらないんだね」
「こ、これから言うわ!
な、なんで貴方はカーニバルに…
ううん、違う。
あなたは私のことをカーニバルの夜以前から知っていたの?」
その瞬間ジークは花瓶に花を生けるのをピタリと止めた。
「…そうか。やっぱり覚えていないのか」
悲しげにジークは微笑んだ。
何故か胸が傷んだ。
ジークは少しだけ口角を上げた。瞳は寂しげに揺れたままで。
「まあそれも仕方の無い話…君と会ったのはかつてのエバンズの別邸。でも最後まで君に名前は明かしていなかった」
「…エバンズの別邸で?
ギルバートと知り合いなの?いや、そんなことより…じゃあ10年以上も前に会った私を、貴方は覚えていてくれたというの?」
「ああ」
「ど、どうして…私色々と貴方に聞きたいことが…」
ぎゅっ
脇で花を生けるジークの腕を掴む。
質のいい服の裾を掴むには気が引けた。
しかし腕を掴んだ後で私はハッとして手を離す。
ああすっかり忘れていた。
この方は王子様だと言うのに、腕を掴んでしまった。
ちらりと壁に立つ彼らを見る。
遅かった…
デューイはもう大層静かに怒っていた。
「あの、デューイ…」
「その手を今すぐ話して僕らにも説明願いたいね。なんで君が、ジークハルト王子と知り合いなんだ?それに、君はギルバート大佐の時といい、いくら幼い時の間柄とはいえ立場が違うのだからその態度は不敬だ。
きちんと割り切ってわきまえるべきだ。
もう一度言うがこのお方はラステル王国第1王位継承権を持つお方、ジークハルト王子であらせられるんだよ」
「ごっ、ごめ…」
「いい、デューイ」
「なっ…しかしジークハルト王子!」
「それに、こんな所で俺は止まってられないんだ」
ジークはベッドにぎしりと手を付き、
私に顔を寄せる。
…え、突然何!?
顔はどんどん近づいていき、その端正な顔が目の前に迫ってくる。
キスされる…!
ギュッと目を瞑る。
するとちゅっという軽い音がした。
唇に感触はない。そーっと目を開ける。
触れた感覚があったのは耳飾りだった。
ユラユラと装飾の青い雫のような形の宝石が揺れている。
「俺がずっと探していたのは君だ、ローザ。
俺と結婚して欲しい」
「…」
…ん?
今なんて?
「「「は?」」」
デューイ、エリク、ルイも一様にそう言った。
「ええっと、ジーク様。大変申し訳ありませんが、信じられないような言葉を聞いた気がします…もう一度聞くには、その凄い失礼に当たる言葉だった気もするんだけど、今なんて仰られたの?」
私がそう言うと今度はジークかベッドの横にかしずいて言った。
「何度でも言うよ。
ローザ、君を愛してる。
10年前から今もその気持ちは変わらない、俺と結婚して欲しい。今すぐにとは言わない、俺のことも忘れてしまっているだろうから、好きになれとも言わない。ただこれから俺を好きにさせる、必ずね」
何が何だか分からない、どういう事なのか全く理解できない。まるで誰だかわからないこの人は王子様なのに、魔女である私を好きだと言っている。
なんなら盛大にプロポーズと受け取れる言葉を吐いた。
頭がグルグルしてきた…
すると私の手を取ってジークは手の甲にキスを落とした。
「俺は今から君を愛し、守る騎士だ。君の為に生き、君の為に死ぬ。一人の男としての俺は…既に君の手中に…全てを君に差し出そう」
「なっなっ、ななななな、
何をお考えですかジークハルト様!?」
エリクまでもが真っ青になって声をかける。
デューイに関しては泡を吹いて倒れているのをルイが隅で介護している。
「お言葉ですが、ジークハルト様…
確かに花姫…ごほん。ローザ様は大変お美しく聡明で可憐で可愛くて天使のような方ですが、ジークハルト様にはそもそもシルビア様がいらっしゃいます。
それを差し引いてもラステル王国の王位継承権を握る御身のご意志のみで女性に結婚を申し込むなど、現国王がお許しになるはずがございません。
この事は我々で黙認致します。王にこの事実が知れ渡った日には王位の継承権の剥奪もありうる話です。どうか慎重にお考え直しを。」
「考え直すだって?そんな事誰がするんだ。俺はね、本当にこの日を待っていたんだよ、ずっとずっとずっとね。俺がようやく捕まえたんだ。絶対に逃がしはしない」
エリクは真剣な面持ちでジークを見つめる。
ジークも同じようにエリクを見た。
話は平行線。どちらも譲る気は無いようだ。
なんだか私抜きで話が進んでるけど…
私はこほんと咳をついて、背筋を治した。
「…申し訳ありませんが、ジーク様。
私はまだ結婚する気は無いです。ジーク様の事も、本当に情けない話ではありますが、全く覚えてない無いもの。だからその申し込みは嬉しいけれど、お断りさせていただきます」
私の言葉にさして驚く気配をみせないジーク。
どうやら私がそう返事をするのを分かっていたようだった。
「…そうだろうね」
「え?」
「分かった。しつこいのは俺も嫌いなんだ。結婚の申し込みはまた改めてさせてもらうとするよ。
でも、君を諦めたわけじゃない。必ず君の心を手に入れてみせる」
ジークはそう言って私の髪を1束掬うとキスを落とした。
…よく照れもなくこんな台詞を。
言われているこっちが顔が赤くなる。
「そろそろ戻らないと近衛兵が来そうだから、引き上げるよ。じゃあみんな、仕事頑張って。
ローザ、君は身体をしっかり休めて、火傷を治すんだよ」
「え、ええ…」
「なら俺が王城までお見送り致します。」
ジークはじゃあねと手を振り、付き添ったエリクと病室を出ていった。
「……な、なんだったんだのかしら、一体」
おとぎ話のお姫様になった気分にはとてもなれなかった。だってここは病室だし、足は痛いし、あの夜の日にあった素敵な殿方は実は王子様だし。
プロポーズは嬉しいけど、知らない人からそんな事言われても、いや、知ってはいるのかもしれないけど…覚えてないんだもの。
正直夢心地というか、1種の悪夢というか…国の王子からのあまりに突然なプロポーズに頭が追いつかない。
ボケっとしてる私を他所に唸るような声がした。
「君のしていたその耳飾りに気づくのが遅すぎたよ」
ふらふらと倒れていたデューイが立ち上がり、耳飾りを指さした。
「どこかで見たことあると思ったんだ…くそっ、なんですぐ思い出せなかったんだ!
それは亡き前女王陛下の耳飾りだったんだ」
「え?こっ、こここ、これがっ!?」
「そうだ!!肖像画を見ればすぐ思い出せたのに、最近王城に行ってなかったから…くそ!!
というか、なんで君はジークハルト王子と知り合いなんだ!ギルバート大佐と知り合いだって告白する時に一緒に言って欲しかったよ!」
「そんな!あのカーニバルの晩しか話してないし…実は知り合いだったみたいだけど、本当に昔の事は覚えていなかったの!それに覚えていたとしても彼言ってたじゃない!名前を明かしていなかったと!」
「くっ…まるで納得できない。君ってやつはどれだけ厄介事の中心に立つんだ全くもう!」
「…本当に。」
デューイに続いてルイまでそんなことを言う。
「こ、この耳飾りまた返しそびれてしまった…
そんなに凄いものなら今すぐ取らなきゃ」
「……いや、つけたままでいいと思うよ。ボクは今すぐ外して欲しいけど、それが王子のご要望なら叶えて差し上げるべきだ。はぁ。」
「……」
デューイの眉間のシワがどんどんと濃くなる。
こんなに若いうちからシワが寄ってはこれからが心配になる。
さすがにこんな顔にもなるわよね。
でも、不思議に思う点はある。
「なんで私、王子から好かれてるのかしら」
抱かざるを得ないこの疑問の答えは、考えても全く出てこない。
私なにかしたのかしら?
そもそもあの晩、彼はずっと昔から好きな子がいると言っていた。それが私なら、彼は文字通りずっと私を探していたことになる。
嬉しいけど、当の本人である私はまるで憶えてない。そんな様子なのにも関わらず、そのままプロポーズをするなんて。
何かおかしいような…
何か向こうに考えがあるのではないかと思ってしまう。
一体、私は彼とのどんな思い出を忘れてしまったのかしら…?
それとも本当に会ったことなんてあるのかしら…