業火の中、運命の対峙
ゾルデ区ー
4時間のベンの運転であっという間にゾルデ区まで来たが、我々はその惨劇を目の当たりにして息を飲んだ。
「おいおい、これは…ひでえな」
ベンのそんな言葉に釣られるようにして、
私も言葉が漏れる。
「……なんて酷い」
車の窓から見えるのは太く長く、大きな大きな黒煙。
車越しに焦げの匂いが伝わり、目的の街の向こうからは人々が駆け足で火元から逃げていく様子が広がっていた。
街の大きな通りの先は煙でどうなっているのか…ここからでは見えない。
「ボクらが行くべきなのは15番街だ。もう少し先でおろしてくれ」
「いや、恐らく火が強すぎて近づけない、もうこの辺りで降りよう」
エリクの提案にデューイは賛同して、私たちは車を降りた。
臭い。
色々なものが焦げる匂いだ。
…ああ、あの日の記憶が思い出される。
忘れもしないあの炎の日。
燃える建物の前に力なく立ち塞がった少女の私。
でも、もうあの時の私じゃない。
今度こそ私は、前に進むんだ。
歯を噛み締めて、私達は歩いてその道をグングンと駆け足で進む。
15番街の入口ほどにさしかかると、真っ黒でとても大きな煙が街の中心から出ているのが遠くで見えた。
そして炎の眩しい赤が周りの町を照らし、あまりに悲惨な街の様子が誰の目にも明らかになっていた。
ーーー
ゾルデ区15番街 帽子屋通り 入口ーー
車から降りて歩いて15分ほどだろうか。
かなり熱い。
商店街は真っ白に光ながら燃えていて、眩しさに目を思わず瞑る。
街の両脇に流れている細い川には、死体や、大火傷した人間たちが川に飛び込んで溺れ死んでいたり、とても残酷な景色が続いていた。
思わず目を背けてしまう。
なんて酷いことを…
ゴオオオという炎の音と、焦げて建物が崩れ落ちる音、ザワザワと人の声で騒がしい音が聞こえる。
ついに炎の中心源である15番街まで来た。
もう周りには軍と警察が配備されており、消防と連携して消火活動をしているが…火の進行は留まる気配がない。
一体どこが火元かすら分からないほど、炎は燃え広がり、ここから先の通りは交通規制がかけられて侵入が出来ないようになっていた。
立ち上るあまりの炎の大きさに、思わず顔を見上げる。
「火が強すぎる…!
このままじゃこの商店街は丸ごと焼けてしまうわ」
私はデューイにそう言うと、苦しそうに顔を歪ませ、その立ち上る炎をデューイは睨みつける。
「くっ……なんて惨い事を…奴ら。
仮面はどこに!?」
すると軍服を着た人間が走って我々に報告をしに来た。
『怪しい仮面をつけた人間は、この先の中心地へと走り出した』と。
私たちはそれを聞いて目を見開く。
犯人は業火の中へ逃げていったとでも言うのだろうか。
「中心地へ!?この業火の中か!?
くそ!火が強すぎる。これじゃ犯人を追うなんて無理じゃないか」
報告を聞いたデューイは唇をが締めながら燃える街並みを見た。
私はその間もずうっと炎を見ていた。
やっぱり、炎というのは私の全てで、引き金で、憎くて、愛おしくて、
そして…なんて恐ろしいものなんだろう。
この火の海に溺れ死んだ人は何人いるのだろう。ああ恐ろしい。
10年前の記憶が鮮明に目に浮かぶ。
辛く、悲しく、私たちから全てを奪った炎が、ユラユラゴォゴォと…久しぶりと囁く。
…ダメよ、ここで倒れたら何も変わらない。
吐きそうになる気持ちを抑えて、込み上げてくる生理的な涙も顔を上を向けてこぼれさせない。
過去に絶対に負けない。
わたしは、決めたんだから…
過去の思いと、先程零隊のみんなのおかげでついた決心が交互に私の中で波を打つように責め立て、揺れる。
本当は今すぐここから立ち去りたい。
具合が悪いと言って少し炎から遠い場所に居たい。
炎を見ると、苦しくなる。
でも、そんなことしているうちには…
昔を割り切れないうちは、
ギルバートと話すなんて夢のまた夢だ。
しっかりしなきゃ、過去は過去。
今は今よ、この炎は兄様の炎じゃない。
大丈夫…大丈夫よ。
何度も何度もそう言い聞かせる。
すると…
「生存者だ!!!救護班来てくれ!!!」
叫びとも取れる大声で誰かが声を上げた。
「手の空いてる奴はこの場にいないのか!誰か来てくれ!!」
少し離れた場所で警察の男は左足のない老人を抱えていた。体には煤がまとわりつき、足の肌は焦げて溶けていた。
思わず足がそちらに向いた。
「っ…!!?
大丈夫ですか!?聞こえますか!
私の声が聞こえたら瞬きをしてください。もう一度言います!私の声が聞こえたら瞬きをしてください!」
私は1人の警察の元へ行き、その老人の男性の前に屈んだ。おじいさんは2回瞬きをした。
良かった、意識がある!
思わず安堵のため息が出る。
すると警察の男は私にきつい口調で言った。
「君……危ないから民間人は避難所へ行きなさい!」
「私は…私はっ、軍の人間です!
軍の無線機が搭載された車が何台か近くにあります、走って救護班の応援要請を連絡してきて下さい!」
「くっ…良いだろう、彼は任せたぞ!」
警察の男は走りだす。
私はスカートの裾を破り、道路のそこら中にあるバケツ水を1つ持ってきて、破いた布に水をたっぷり含ませた。そして火傷している部位にそれを当てる。
「浅く息をして、大丈夫よ、もうすぐ救護班が来るわ。落ち着くまでは無理に深呼吸しちゃダメよ」
「ローザ、君…」
デューイは私の姿をじっと見て少し驚いた様子でいた。
「犯人がこの場にいない今、私がするべき事はひとつだわ」
「………」
皆に迷惑をかけずに、
私が出来ることなんてこれぐらいしかない。
デューイは私の瞳を見つめる。
彼は顔を俯かせ、ふー、と息をが吐く。
…そして次の瞬間、彼は声を上げた。
「第零特殊部隊、特等位デューイだ!警察、及び消防は引き続き消火活動を!!軍の救護班及び軍の応援要請を受けた隊は生存者の捜索を!!
犯人の捜索は我々で行う!」
『はっ!』
男たちの敬礼と応答する声が、炎のゴォゴォと鳴り響く重低音にかき消されながらも聞こえた。
現場はようやくこの火事に対して適切な処理をし始めた。そんな雰囲気さえした。
デューイ…あなたはここにいる誰よりも若いのに、何をすべきかすぐに判断し、人を率いることが出来るのね。
本当に凄い人だわ。
思わずデューイのその姿に見とれる。どんな時であろうとも強い人間には目を奪われるものだ。
それは勿論エリクも、ルイもそうだった。
2人は小さな彼の、誰よりも気迫を持ったその姿を、強い眼差しで見ていた。
するとデューイはルイと目を合わせ頷くと、デューイはエリクに向けて言った。
「ボクとルイは犯人を追う。
この場の総指揮はエリクに任せ…」
すると、その指示を男の声が遮った。
「オイオィ~…?
ティータイムでもしてたのかァ?デューイ。
随分と遅い登場で現場を仕切るなよ」
視界の端で真っ黒のマントが靡く。
…誰?
声の主の方へ視線が集まる。
零隊の軍服を着た、まだ見たことのない男が、仮面をつけた男を縛り付けた状態でそこに現れた。
「来るのがちと遅かったんじゃねえかァ?
仮面ならもう俺たちが捕まえちまったよ。」
「ゼノ!」
ルイは驚いた表情でゼノという男に駆け寄った。ゼノの風貌は褐色気味の肌に強気な鋭いツリ目で、少し目元がきついがこれまた美形な人物だった。
顔や身体に大きな古い傷をつけた、いかにも軍人という外見だ。
ルイは彼に話しかける。
「お前達、もう来ていたのか…」
「ああ、そうだ。
っにしても、久々に部隊全員が集まったな」
「全員…?」
すると、コツコツと燃え盛る現場の殺伐とした雰囲気に似合わない高いヒールの足音が響き渡った。
エリクは小声で「まさか…」と声を出した。
その靴音の主は私たちの前に姿を現すと、仁王立ちでハキハキと喋った。
「エリク、アルテルを上空に配置しろ。
そんな事も指示されなきゃ出来ないのか?」
ストレートの金髪をなびかせた美女が、もう1人の仮面の男の足を引きずりながらこちらに近寄ってきた。エリクは苦虫をかみ潰したような表情をしながら、指笛を吹き、すぐにアルテルを言われた通りに配置した。
零隊の軍服を着た女性。
ああ、私、この人分かるわ。
私はその人の名前を既に教えて貰っていた。
この人が、零隊紅一点、アリス…
美しい明るい金髪にエメラルドのような明るい緑の瞳がよく映えていた。
じっと視線を送り続けていると彼女の目が私を捕える。するとすぐに彼女は声を荒らげた。
「チッ…部外者を呼ぶなッ!追い出せ!」
「ち、違……っ」
私が反論する前に、今度は冷たい声が制した。
「その必要はない」
あまりに圧のあるその声に、
ドクンと心臓が重く脈を打った。
アリスの足元には大きく影が伸びており、その影は彼女の背後に立つ人物から伸びていた。
「その女はローザ・レディクス。仮にも任務上必要な人間だ。
いや…人間では、無かったか」
声の主の方を振り向き、思わず目を見開く。
目の前に現れた、背の高い、恐ろしいほどに美しい顔立ちの男性。
こんなに熱いのに、彼の周りだけ吹雪が吹いていると錯覚してしまうような雰囲気。
冷たい深い青の瞳、何も寄せつけない漆黒の髪と陶器のような美しい肌。
見知った瞳。
どこか懐かしい、見覚えのある人物だった。
10年も会ってなかったというのに、一瞬で彼だと分かった。
でも、顔は同じなのに、
同じなのに…雰囲気があまりにも違くて…
まるで別人のようにも見えた。
「……ギルバート?」
問いかけるような言葉の後が続かない。
目の前に、彼がいる。
話すべき事なんて沢山あるのに…
頭に何も言葉が浮かばない。
そして何よりも今の彼が、とても怖い。
顔つきが、あまりにも冷たくて、
睨まれているようで……
いや、睨まれている。
その冷気や覇気がとても肌に刺さってくるように痛い。
これが今のギルバートだというの?
最後に彼と会ったあの病室でのギルバートの、忘れもしない憎悪でいっぱいの表情。
彼はあの時を境に、本当に別人になってしまったのだろうか。
どうしよう、なにも、喋れない。
喉の奥に何かが引っかかったみたいに、急に深く息が吸えなくなり、声も出ない。
彼と視線がかち合い、動けずにいると…
「10年振りの再会なのに、俺が誰か分からないのか。いささか笑い話もいい所だな、ローザ」
10年振りの再会。
この言葉はギルバートにしか出せないはずだ。
なのに、頭が追いつかない。
この人が…本当にギルバート、なの?
これじゃあ本当に『氷の大佐』じゃない。
あの瞳、あの声、あの雰囲気。
まるで霊獣に抱くような畏怖を持たざるを得ない。
私が驚いて声も出せずにいると、ギルバートは続けた。
「何をぼうっと見ている。
気を失った老人と喋ってたのか。
消防の手伝いぐらいしたらどうだ」
「ッ…」
その言葉通り目の前の老人の男性を見ると、いつの間にか気を失っていたようだった。
ギルバートは私に目もくれず、次々に皆に指示を出す。
「零隊は今より生存者の捜索を管轄する。
ゼノは現在火元に近い10番街へ。エリク、アリスは11、12、13番街を担当しろ。ルイ、デューイはそれ以降の既に消火の済んだ建物内への捜索を。指揮を取れ」
「「はっ!!!! 」 」
「ここに居る他の小隊は今すぐ12番街の方に向かえ。指示はアリスとエリクが出す」
ギルバートの指示で、彼らはすぐさま行動を起こす。
迅速な彼の指示で現場は一気に動きを取り戻した。さっきまで炎の強さに右往左往していた人間がこの場には誰もいなくなった。
彼はこの10年で本当に軍の人間に成ったのだ。
『気を失った老人と喋ってたのか…何をぼうっと見ている、消防の手伝いぐらいしたらどうだ』
恐らく嘲笑を混じえていたであろうあの言葉。
きっと、昨日までの私だったら…
大きくショックを受けて、それこそ迷惑がかからないように火元からまだ離れているこの辺りで、彼に言われた通りバケツを持って消火活動に勤しんでいたでしょうね。
…でも
「…私は…っ、私は決めたのよ」
その瞬間自分の魔力がブワアアッと私の中から溢れ出すように出てくる感覚があった。
「っ…!!」
ベールを纏ったかのように身体がほのかに温かい。いつもは微かにしか宿らない私の魔力が、全身から湧き出ている。
…今なら絶対に上手くいく。
いや、今しかない。
バケツの水を頭から被る。
バシャァァ!という大きな音に、これからそれぞれの場所に向かおうとしていた零隊全員が私を見た。
「え?花姫…何する気?」
「あの女、頭おかしいんじゃないか」
エリクとアリスは振り返る。
「くっ…君はさっきと同じように、救護班の手が行き渡らない人達に声掛けをしてくれればいいのに…!」
「ローザ…」
ルイとデューイも同じように私に視線を送る。
そして私は大きな声で、大きな背をこちらに向けてマントをなびかせる彼に言う。
「ギルバートッ!」
私に名前を呼ばれて一瞬だけ、ほんの少しだけ驚いたような表情を見せた彼だったが、すぐに冷たい怪訝そうな表情に戻る。
「…」
「いえ、エバンズ大佐。
消防の持っているホース使用権限の一時借用を願います。」
「……突然何を言い出すかと思えば。
消防の使用しているホースは水圧に負けて一般人には到底扱えない。専門の者に渡さずしてお前に渡すメリットはなんだ」
ギロッと音が鳴るかのような鋭い視線。
それでも鋭い目付きにもたじろぐことは無い。
私はやってみせる。
私は臆することなく続けた。
「それから、火元付近にいる消防を全て撤退させてください」
「!?
ローザ、君は何を言ってるんだ!?」
デューイの張り上げた声が半分倒壊している周りの建物に響きわたる。
ええ、そうよね、きっとそう思うわよね。
でももう私は決めた、今1番、私がすべきことは…
これよ。
「利点はなんだと聞いている。利のない駒に貸す耳は無いぞ」
「私が全ての火を消すわ」
「…何だと?」
「私が消火している間にあなた達は捜索と救命に時間を割けるわ。今見ただけでも、消防にざっと30人以上は使ってるわよね。それらも全て軍が好きなように使えるようになる。そうすれば確実に避難所での警護と救護班の人手が足りてない場所に回せる」
するとギルバートは、今まで私に向けていた背をゆっくりと回して、私に正面から顔を向けた。
値踏みするように上から私を見下ろし、その視線はやはり冷たい。
…怖い、本当に別人のようだ。
でも怯んじゃダメだ。
すくみそうになる足に力を入れる。私は自分の抱える不安や恐れを見て見ぬふりをして彼と向かい合った。
「夢物語だな、どうやって消すつもりだ?
ここは業火の中、お前のような虚仮威しの非力な魔女が出る幕では…」
「そうよ、私は魔女。
悪魔の女と取引しましょう、ギルバート」
「…なんだと?」
私の強気な発言に眉をピクリと動かし、ギルバートは私を睨む。
もう絶対に引かない。
強い意志で彼の瞳を見つめ続ける。
周りも私たちの火花を散らすようなこの会話を静かに見守っていた。
「貴方の指揮権を5分だけ貰えるかしら」
「………」
「5分で火を消せなかったら、私を殺してくれて構わない。私の命を賭るわ」
「傲慢だな、自分の命だけで片が着くとと思っているのか。身の程を知れ」
「違うわ、それは私の覚悟よ。10分なんてたかが知れた時間。出火からもう5時間は経っているけど火の進行は寧ろ強まっているわ。悪魔の力を借りたって罰は当たらないはずよ」
ギルバートはしばらく黙った。
火はどんどん力を増している。高く高く渦のように巻き上がって、この区を丸ごと燃やしてしまうのでは無いかと感じるほどに。
「数分私にチャンスを頂ければ、絶対に火を消してみせます。お願いします、ギルバート・エバンズ大佐」
私は立膝を着いて、顔を下げる。
まるで愛を誓う騎士のようだ。
返事はない。
この時間が永遠のように感じた。
頬が熱い、火はどんどん勢いをまして、目や粘膜さえも熱くて痛くなってくる。
建物が倒壊する音、ゴォゴォと鳴り響く恐ろしい豪華の息吹。
ゾルデの崩壊の音のように感じた。
少しの沈黙の末、ギルバートはもう一度口を開いた。
「良いだろう、だが5分だ。」
「…!!」
「ただし、5分で火を消せなかったら…
文字通り、お前の命を持って処分を下す。」
「ええ。もちろん、二言はないわ」
私は頷く。
「無茶だ、そんなのダメだ!」
デューイやエリク、ルイの声が遠くで聞こえる。
これは、悪魔の取引だ。
10年前私が出来なかったことを、10年前の犠牲者の目の前で出来ると宣言した。
彼の過去にとって酷く酷な私の提案。
自分がどれほど恐ろしいことをしたのかピリピリと手の先の痺れで感じる。
足もいつの間にかブルブルと震えていた。
そして…
「総員に告ぐ。現在より5分間、現場の統括指揮はギルバート・エバンズからローザ・レディクスに移った。彼女の言葉がこの場の規則だ、心して聞くように」
ギルバートはそう言うと私にその場を渡した。
ギルバートは私の横を通り過ぎてどこかへ向かう。
…私は、今度こそ、やってみせる。
やらなきゃいけない。
意を決して大声を出す。
「…消防は直ちに火元から撤退し、救護班と合流。15番街で救命に当たってください。繰り返します。消防は直ちに火元から撤退し、救護班と合流。15番街で救命に当たってください」
私は何度かそれを繰り返し伝えると、エリクに肩を叩かれた。
「花姫!これ、ホース」
「エリク!」
「…こっちにもある、持ってきた」
「ルイまで!」
「ホント君って馬鹿なのかな。大佐にあんなこと申し出る人、君以外に見た事ないよ」
小言を言うデューイの手には、重そうなホースがあった。いつの間にか手を貸してくれている彼らの存在が、あまりにも温かくて、涙がこぼれそうになった。
「本当に……ありがとう、みんな。
私のワガママにもう少し付き合ってくれる?」
「勿論だ。」
「現場の全権は今、君の手中にある」
「なんなりと、花姫?」
…みんな。
感謝してもしきれない、本当に、本当にありがとう。
しかし感動している暇は無い。
時間は刻刻とすり減っているのだ。
私たちはすぐさま作業に取り掛かる。
「ふー…OK。
じゃあ9番街までこのホースを持って行って欲しいわ。時間が無いから全力で走って!」
「「了解 !」」
3人はバケツの水を頭からかぶり、勢いよく燃え盛る街の中へ消えてゆく。
ギルバートは涼しそうな顔で私を見下ろす。
「残り3分だ。部下の聞き分けが良くて命拾いしたな、既に消防の撤退は済んだそうだ」
「報告ありがとう。わかったわ」
私はもう一度バケツの水を頭から被る。
そしてゴォゴォと音を立てて燃える、商店街だったその街並みに体を向ける。
私は背後に居るギルバートの方を振り向かずに彼の名前をもう一度呼ぶ。
「ギルバート」
もし失敗したら、彼と話すのは…
これが最後かもしれない。
失敗なんて、絶対したくない、けど…
今彼と話さなきゃ後悔する。
私は自分の心臓に手を当てて、燃える街並みを見据えて彼に話しかける。
「私は貴方をこの10年もの間、苦しめていた。貴方の全てを変えてしまったのは…
魔女のせい。魔法のせい。兄のせい。
そして、私のせいだわ。」
そう、やはり事実は消えない。居なくなった人も帰ってこない。それは変わらない。
でも…
「まるで別人のようになった貴方を見て、決心がついた。
私は、貴方をもう1人にしたくない。
今更何をって思うかもしれない、だけどもう1人でいたがっても離さない。
殺そうとしたって簡単に死んでやらない。
そしてあの日のことを許して欲しいなんて絶対に思わない。」
ゆっくりと振り返る。
「この任務の間しか…貴方の人生に私が関わることはきっともう無い。
だから後悔の無いように行動したいの。
この任務期間中、私は、私なりのやり方で貴方に償いをするわ。
あなたとの物語は、今始める。
だから…こんな序盤で終わらせる訳にはいかない。」
ゆっくりと体をかたむけて、今1度彼の姿を目に焼き付けた。
変わってしまった彼の容姿に、かつての少年だったギルバートの姿を重ね見る。
とても大きくなった背。
筋肉が着いた広い肩や背中。
漆黒の髪や深い青の瞳、
切れ長の目や通った鼻筋、薄い唇。
…どれだけ変わってしまっても、変わらないところも沢山ある。
何よりも、この人がギルバートであることは、何にも変え難い事実なのだ。
私なりの償い。
私が貴方から貰った掛け替えのものを…
今度は私が返してあげたい。
思い出と人のあたたかさ。
優しさなんて、貴方が世界の誰よりも持っていたはずなのに。
どうしてそんな目をするようになってしまったの?
私が、彼の全てを壊してしまったの?
だったら私が、私なりに、彼のかつての目を取り戻す努力ぐらいしなきゃいけない。
彼との関わりを放棄してきたこの10年間。
今こそ過去と決着をつけなきゃいけない。
自分の使命が…いまやっと見つかった気がする。
「それに……私1度貴方に助けて貰ってる。
貴方にその時の礼を言うのは、生きて帰ってからにするわ」
その言葉で今まで静かに私の言葉を聞いていたギルバートの涼しげな表情が一気に曇る。
「…」
「さようなら」
私は駆け足で眩しい炎の中に走り出した。
ーー
ー
火元付近には既にホースを指定した位置に配置してくれた3人が、私を待っていた。
「ローザ!ホースはここだ!」
「デューイ…!みんな!ありがとう!
危ないから今すぐここから離れて!」
私の叫びに3人は後ずさりしながら、15番街の方へ走りだす。
「必ず生きて帰ってくるんだ!ローザ!」
「無茶しないでよ!花姫!」
「無事で…」
「ええ!」
デューイ、エリク、ルイの声に大きく頷く。
彼らはすぐさま姿を消す。
さあ、ここからは私の独壇場だ。
熱い…さっきよりずっと熱い。
汗がダラダラ出てくるし、酸素も薄くて、空気が熱すぎて吸っただけで肺が溶けそうだ。
床に置かれた3つのホース。
これは消防の大きな水の入った消火タンクに繋がっている。
これを使って…私が火を消す。
ゆっくりとホースに手をかざし、目を閉じる。
「汝、水の精霊と契約せしもの…我が力に応えたまえ!!!!!」
ゴオオオオオ!!!
凄まじい勢いで三本のホースから水が出てくる。
私はその三本の束から出る水を上空にまとめあげ、1本の大きな濁流にする。
空高く舞い上がる炎の逃げるような動きに、グルグルとその1本の水の濁流が縛り上げるように絡まる。
炎と水の宙の攻防戦だ。
最初こそ接戦のように見えたがしかし…
「くっ…水が足りない…!!」
火の勢いには負けてない筈なのだが、炎の勢いの強さに水が負けている。
これでは確実に火を消すには時間が間に合わない。
なにか、なにかどこかに水源は無いのっ!?
肺が焼ける…
痛い
苦痛に耐えながらも、周りを見渡す。
水場がなければ今度こそ本当に死ぬ。
空気が薄い。
くらくらしてる、立てなくなる…
ああ、ダメよダメ。
ここで死んだら私も、あの行き道に見た川の死体みたいに…
そこでハッ!と思い出す。
そうだ川があった。
死体が重なるあの川だ。
ここから少し距離はあるが力の範囲には及ぶ。
手の届く範囲にない水源を操作するのは絶望的な魔力消費量を必要とする。
下手したら死ぬかもしれない。
いいえ、どうせこの命はもうギルバートにくれてやったのよ。
私は両手を広げて深呼吸する。
最後の大仕事、やってやろうじゃないの!
「ぐっうぁああああああああ!!!!」
バキッバキ…メキメキ!!!!!!
恐らく地中に埋まっていた川を水源とする水道管も魔法に反応して、管から水が溢れて上空に舞いあがる。
そして…
ゴゴゴゴゴゴゴゴ…
地響きとも取れる地面を揺らす音が、津波のような勢いを持った川の水と共にやってくる。
「やった!!!川から持ってこれた!」
その凄まじい量の、言ってしまえば湖に匹敵する水を右へ左へ、上へ下へ逃げる炎を追いかけて畳み込む。
ジュワッ
畳みきれなかった炎の先が破ったスカートの裾を燃やしていく。
「あっっぐ……ッ」
痛い。痛い痛い痛い痛い痛いッ!!!!!
太ももに火が絡みつき、操っていた水を身体にぶちまけるも、太ももの皮膚は大きく爛れていた。
痛い…でもあのおじいさんに比べたら、こんなもの…
この火災で何人も死んだ。
何人も怪我した。
何人も家族を失った。
炎の恐ろしさは鎮火したあとが1番物語っている。
炎は少しずつ勢いを弱め、鎮火した場所から漂う黒煙で周りが見えなくなっていた。
あと少し、あと少しで全ての火が消える。
時計塔のような高い建物。
あれに炎が群がっているから高く炎が上がっているように見えた。
あれが1番の火元かしら…
筒状になってるから中の空気を使ってあんなに大きく燃え上がってるんだわ。
全ての魔力を使って汲み上げた水を、時計塔とゴゴゴゴ…と同じ高さまで持ち上げる。
「…ぐっぁああああああっ!!!
これでッ最後っッ!!!!!!!!!!」
腕を振り上げて手を時計台の方へと投げるように動かす。
それに連動して水の塊も波のように時計台へと迫りかかる。
ジュワアアアアアアアア!!
操れる水を全て、なぎ倒す勢いでかけた。
時計塔は水の重さに耐えられず、一部がバリバリバリ!!!と音を立てて崩れていく。
上から迫り来る時計塔の崩れた外壁は、下から見上げていると、スローモーションのように見えた。
瓦礫が地面に叩きつけられる音と共に視界が真っ暗になって、黒煙と瓦礫で私の立っていた場所は埋まった。
…
……
「あ、れ。生き…てる……ゴホッゴホッ」
煙と煤が上がって、前が全然見えない。
でもあの炎の熱気は感じない。
無事に、全て火を消せたかしら。
やった?
やったのよ、やったんだわ
最後に時計台に水をなぎ倒した勢いで建物が崩れて、それで私はその下敷きになったんだ。
よく生きていたものだ。
自分の悪運の強さに笑えてくる。
でもどうしてかしら、身体中が痛くて、足なんて全然感覚がない。
触れてみると足にガラスが刺さっているようだった。
勢いよく倒れた時計塔の瓦礫の一部が飛んできて刺さったのだろうか。
……戻らなきゃ
瓦礫の中、私は立ち上がり、最後の力を振り絞って、よろよろと歩き、15番街まで向かった。
黒煙の先には、人だかりがあった。
そして、聞き馴染みのある声が私を迎えてくれた。
「ローザ…?」
「花姫だ!花姫!!すぐに彼女に水をかけてあげるんだ!!」
皆の声が聞こえる。
でも視界はあまり良くなくて、どこにいるのかはパッと分からない。
「ギルバート…」
私は真ん中に立つその人物の前までよろめきながら歩く。
ぼやぼやとしている視界に写るギルバートの顔色は変わらない。
鎮火を褒めてくれると思ってもないし、生きて帰ってきた私を介抱してくれるとももちろん思っていない。
私は、ただ彼に、お礼を……
「……私、やったわ。
これで、あなたに…お礼を………ありが…」
視界がグラりと揺らぐ。
視界はそのままシャットアウトしてしまった。
ーーーーーーーーーーーーー
ローザは膝から崩れ落ちるように前へ倒れる。
ドスン
彼らを囲む周りの軍人は皆それを凝視して固まった。皆固唾を飲んでそれを見守る。
「…つくづく平和ボケした田舎娘だ」
ギルバートは自分の胸によりかかって気絶したローザを見て冷ややかにそう言った。
アリスがその姿を見て怒りの表情を顕にする。
「ッ…ギルバート!その女は私が殴って目を覚まさせる。ギルバートは次の指揮を取って!!」
「…いや、指揮はゼノに任せる。
鎮火により捜索可能になった8番街の北側からいくらか死体が出るはずだ。俺は救護班と他の区の病院の連携を取る。ゾルデの大型病院は1軒しかない、既に病床は逼迫の一途を辿りつつある」
ギルバートはローザを抱えあげる。それを見たアリスは眉間に大きく皺を寄せて、腰の銃をガッ!!とローザの頭に向けた。
その瞬間周りが殺気立つ。
「おい、アリス、冗談なら面白くないぞ!」
「アリス!何してるんだ、やめろ!!」
デューイやエリクの言葉を無視して彼女は銃口をローザの額に当ててトントンと叩く。
「こいつはギルバートの与えた5分をオーバーして8分も消防のホースを無断使用しやがった。5分で出来なかったら頭をぶち抜く約束だったよな。ギルバート」
「……」
「今すぐアタシが代わりにやってあげるよ」
「……」
ギルバートの表情は変わらない。
デューイとエリクの2人は急いで彼らの前に出た。
「ダメです大佐!
彼女は全て火を消しきった、英雄ですよ!?
5分を過ぎてしまったとは言え数十秒です、何の問題もありません!」
「そうです、彼女は責務を全うしました!」
デューイとエリクの言葉を聞いてるのか聞いていないのか。
ギルバートは顔色を変えることなく黙っていた。
しかし、言いたいことはそれだけかと言わんばかりの瞳を向けた時、2人の顔色は青くなっていた。
「…この女は今、ひとまず軍に席を置いている。軍のルールは1つ。上官命令を聞けない上に軍の公用物の無断使用をする馬鹿を生かす義理は無い」
ギルバートのあまりにも冷たい返答にデューイは衝撃を受けた。アリスはその言葉を聞いてニヤァと口角を上げ、銃のセーフティを外した。
カチャリ
「そんな、っ…!!あんまりです!!!」
デューイの悲痛な胸の内がありありと分かる、かすれた声のそれは、ルイも目を背けるものであった。
その時。
「しかし、殺す義理もない
…でしょ?ギルバート」
一段と陽気な声色のそれで、再びその場はどよめき立つ。
「「ロッド大佐!!」」
手をヒラヒラさせて、あまりにもこの焼け焦げた土地に似合わない軽い対応を見せる。
何時でも何処でも彼はこれだ。どんな状況でも変わらないという面では、ギルバートにも同じことが言える。常に平常心を保てる忍耐こそ大佐への、昇進の近道なのだろうか。
「はいはいどうも。トリテムントの中央病院と連絡が取れたよ。22の病床の確保は出来た。重傷者はそこに突っ込めるとして、問題は軽傷者と死体の処理だ」
「…わかった、続きは車で話そう」
2人はそう話すと、その場から背を向ける。
「待って!!ギルバート!!
その女はここに置いていけばいい!!」
アリスは絶叫するかのようにそう叫び、ギルバートに抱き抱えられたローザを睨みつけた。
するとロッドはニコニコと微笑ましいものを見るかのような表情でギルバートに話しかける。
「ギルバート、彼女地ならしでもする勢いだけど。あれも放置するのかい?」
「放っておけ」
2人はアリスに反応を特に見せずに、その場からどんどん遠のいて行った。
「執着しすぎだアリス。まず仕事をしろ」
ゼノの言葉に血が出るほど唇を噛み締めるアリス。
アリスのヒステリックにゼノは特に気を止める様子もなく、上官を見送った。
「にしても、あれがギルバート大佐のお気に入りか。ふーん?」
ゼノはギルバートが横抱きにするローザを流し目で見つめながら、次の指揮を取った。
デューイ、ルイ、エリクもゼノに指示を仰ぎながら、その後消火後の悲惨な現場の後処理が行われた。
ーー
ゾルデ区 商店街全焼事件
死者28名 重傷者16名 軽傷者119名 行方不明者9名
ーーー
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ゾルデ区 17番街 車の中にてーー
俺たちは軍用車を見つけるとすぐさま窓をコンコンと叩いた。窓から顔を出したのは久しい顔であった。
「車を出してくれ」
「おや、ロッド君にギルバート君じゃないか。久々に会うね!」
「ああ、久しぶりだな」
シワの寄った目元と口元だが、格好は若々しい。
変わらぬ曇りない笑顔でベンは笑った。
ギルバートのやつも本当に少しだけベンに笑いかけた。ベンはもういい歳のおじさんになってしまったが、出会った頃はまだ若かった。俺たちが士官学校に入学した時からの仲だ。
「お久しぶり、ベン。トリテムントの中央病院まで飛ばして欲しいんだけど」
「デューイ君は一緒じゃないのかい?」
「ああ。
彼らは一これから晩中死体と睨めっこさ」
「それは恐ろしい。…あれ、抱えてるのはローザちゃんじゃないか?アリスちゃんは?」
もうローザを知っているのか。
行きの車で挨拶されたのかな?
俺は笑って返す。
「色男は大変だからね。今回はこの子」
「ふざけた返事をするな」
俺がふざけた返事をする度にこう言ってくれるのだから、俺も飽きずに言い続ける。
本当にギルバートって最高にからかいがいがある。
「…その内アリスちゃんにその子が殺されないことを祈るよ」
ベンの切実な言葉を皮切りに、車は猛スピードで発進した。
俺は助手席から、ミラー越しにギルバートの膝の上に抱えられたローザを見た。
ーーー
『殺したいほどに憎い奴がいる。俺はいつかそいつを殺す。その為だけにこれを学んでるんだ』
ーーー
懐かしい。
士官学校の図書館で俺がギルバートに1度殺されかけたことがあった。
その時の言葉がこれだ。
そして、それはこの子に向けられたもの。
気絶した彼女はアリスとはまた違う美人で、儚さのある白い肌に、オーカーを帯びた金髪は、緩いカールを描いて、長いまつ毛はしっかりと閉じている。
あれだけの魔法を使って、あれだけ火元の近くに長い間居たのにも関わらず、大腿部の火傷と足の怪我と気絶で済んでるって…
魔女とは恐ろしい化け物なのだな。
おっと、つい嫌悪感が心の声に出てしまった。
ギルバートはと言うと、興味もなさそうに窓の外を眺めている。
言ってしまえば殺したいほど憎んでいる相手が膝の上で寝ているのだ。どういう心境なのか大変気になるところではある。
それにもう1つ気になったことがあった。
「聞きたかったんだけど、なぜあの時指揮権を譲ったんだ?」
「お前、見ていたのか」
「ああ、もちろんとも」
俺は笑って助手席から後部座席に振り返る。
意気揚々と振り返ったが…
なんて顔してるんだ、こいつは。
今まで見た事もない程に苦しそうに、切なそうに、まぶたを伏せて、窓の外を見ていた。
なんて事ない、一見何もさっきと変わってなさそうな顔だが、10年の仲だ。ポーカーフェイスなギルバートの顔色の変化など、造作もなく分かるようになった。
「で、なんで?」
俺はそんなギルバートの顔を見たくなくて、振り返るのを止めて、姿勢を戻した。
「…気まぐれだ。
神の召すがままに、だ」
「ははっ、信仰論者じゃないだろうに」
笑ってみるがもちろん心は笑えない。
無性に苛立ってきた。
彼女の存在のせいで彼は引っ掻き回されている。
彼を虐めるのは楽しかったはずなのに、今回は何も面白くない。
もう一度ミラー越しに彼女を見つめた。
俺が求めていたのは、全然違うものだ。
あまりにも面白くない展開だ。
いっそ、アリスが俺の言葉を無視してそのまま殺してくれたら良かったのに。
なんてね。
どうせ俺が言わなくても、殺す義理はないとギルバート自身から言っていたんだろうけど。
「…で?その子、いつ殺すの」
我ながら幼稚な真似をしていると、自覚はある。ギルに今こんな催促をしたってしょうがない。
分かってはいるのに、どうしても無性に腹立たしくなるこの気持ちの行き場を、この質問の返事で解消させたかった。
ベンは何も言わない。
軍の公用車の運転手は車が動き出したら何も聞いてないし、何も見ていない。
ギルバートの次の次くらいに信頼しているのはベンと言っても過言ではない。
たっぷりと時間を置いて俺に告げた返事は煮え切らないものだった。
「……さあな。時が来たら、だ」
「…気に入らないね。辟易するよ、その女」
山道も半ばまで来て、もうじき下りの坂に差しかかるところまで来た。
もうだいぶギルバートの返事が聞こえなくなって時間が経った。
そうして暫くすると規則正しい寝息が聞こえてきた。
「わぁ、また寝てるよこの人。いくら何でも無防備じゃない?大佐ともあろう人間がさ、ね?ベン」
「またまた。そこがお好きなんでしょう?」
「…まあね」
俺はギルバートの寝顔をミラーで確認しつつ、口角をゆっくり上げる。
この女を持ってきちゃったのは俺のせいでもあるからなぁ。どうやって処理しようか。
俺は軍帽を下に下げる。
「俺も少し寝るよ。最近本当に誰かさんのせいで寝れてなくてね。到着したら起こしてくれ」
「かしこまり。ロッド君、あまり意地悪したら嫌われちまうよ。年上のアドバイスだ。噛み締めておやすみ 」
「はは!余計なお世話をどうも、ベン。おやすみ」
俺は目を瞑り、眠りにつく素振りを見せる。
軍帽で目元を隠しながら静かにミラーを覗く。
…ヤマアラシのジレンマ、か。
この喩えを思いついた人間を八つ裂きにしたい。流石にこの苛立ちは止められそうになかった。
この魔女に、俺からささやかな嫌がらせでも用意しておこう。
俺は新たな悪巧みで頭を埋めて眠りについた。




