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再挑戦

 我は反省した。猛省じゃ。

 前回の失敗はやはり、勢いだけで動いてしまったのが原因じゃ。

 なので今回は、まず入念に下調べをすることにした。

 

 魔水晶を使って幸薄そうな娘を見つけても、嬉々として飛び込まない。

 そやつがどういう人間か、取り巻く環境はどうなっておるか、そして誰に「ざまぁ」をすればよいのか、それをちゃんと考えてからじゃ。

 

 今回見つけたのは、エリア・ウィハブレットという娘。名のあるウィハブレット家の長女じゃが、この娘は養子じゃ。どうも長兄を産んだ後、王妃がこれ以上の子が望めぬとわかり、迎え入れたらしい。じゃがそれから数年後、王妃は身籠もり、エリアの妹が生まれる。


 これだけでも愉快なことになりそうじゃが、さらに直後に長兄が病に侵され、死んだ。悪い魔女の我的にはわくわく頬が緩んでしまう状況なのじゃが、実際、この家はなかなかにきな臭い空気が漂っておる。まぁ、だからこそ、魔水晶で見つけることができたんじゃが。

 

 エリアは今年で28歳になるという。ここにも既に怪しい気配を感じるの。

 妹のリリィ・ウィハブレットは20歳。まるで天使のように愛くるしいと評判で、誰からも好かれる妹だとか。……くくく、いいのぉ、いいのぉ、そういうの。


 エリアは剣術が好きなようで、暇を見つけては裏庭で剣を振っておる。凜々しい顔つきなのも相まって、なかなか様になっておる。というか、腕は本物そうじゃ。


「リリィ、お姉様が剣を振っているお姿を見ているのが好きです」


 エリアが剣の鍛錬をしていると、いつも妹はにこにこして眺めている。


「……ありがとうございます、リリィ。私も貴方が見ていてくれると嬉しいです」

「姉様はなんだって上手くやっちゃいますもの! だから剣術が趣味だとしても、誰も文句は言えません! お姉様はすごいんです!」


 きらきらと目を輝かせる妹と、照れ臭そうに苦笑する姉。

 実際、エリアには才があった。それは剣だけではない。潜在的な魔力量も相当なものじゃし、おそらくなにをやっても頂点を目指せる器じゃろう。


 そんな姉を妹は尊敬し、姉も妹を愛している。そう見える。表面上は。

 それからも我は観察し、機を覗う。


「お姉様、お手紙が届いていましたわ!」

「ありがとうございます、リリィ」

「それでその、私、つい自分宛だと思って、その、開けてしまって……」

「ふふ、別に構いませんよ。えっと、あぁ、ヴィザールの……」

「あの方からのお手紙、増えましたね」

「えぇ、一時期はぱったりなくなったので心配していましたが、最近は文面も明るくなって上手くやっていけているようですね」


 一日、二日、一週間と、我はエリア・ウィハブレットを観察する。


「お姉様、私、お姉様が結婚して、家からいなくなるなんて嫌です」

「リリィ……」

「ずっと、ずっと、私のそばにいてください、お姉様」

「ですが、」

「大丈夫です! 父上も母上も、私がいつも説得していますから!」


 渦巻いておる。渦巻いておるのぉ、色々と。


「明日はお姉様のための舞踏会です!」


 そしてその前夜、我は行動を起こした。

 この家の状況は概ね把握した。ここからは我のターンじゃ。我がエリアに代わり、楽しませてもらうとするかの。

 まずは舞踏会とやら。ふふふ、久方ぶりに見せてやるかの、〝魔女ダンス〟を。


「ふっふっふ……って、あれ?」


 既にエリアの身体に入り込み、にやけながら用意されたドレスに着替えておったわけじゃが、どうもこのドレス、なんか小さいぞ。く、苦しい……。お、おかしいのぉ、これは確か、リリィがこの日のために用意した物だったはずじゃが……。

 と、その時、


「――お姉様!」


 リリィが勢いよく入ってきた。うむ、ちょうどよかった。


「リリィ、実はこのドレス、大きさが――」

「早く! 早く! もうみんな集まっています!」


 ぐっと腕を引っ張られ、そのまま連れ出されてしまった。ちょ、ちょっと。


「リ、リリィ、私、その服が、」

「大丈夫です!」


 大丈夫っておま……。


「さぁ、いきますよ、お姉様!」


 ダンスホールには既に多くの者が集まっておった。身なりからして上流階級の者たちだろう。数はたぶん200人くらい。よくもまぁこれだけ集めたもんじゃ。


「みんな、お姉様を見に来たんですよ」

「そうなんですか?」


 大きな拍手で迎えられると、我もちょっぴり緊張した。ちょっぴりな。


「リリィ、この日をずっと、楽しみにしてきたんです」


 微笑むリリィ。そんな踊るのが好きなのか、こいつ。


「リリィ、ずっと、お姉様に言いたいことがあって……」


 ……ん?


「リリィ、リリィね、」


 ……この絶妙に不自然な流れは、


「リリィ、ずっとお姉様のこと、」


 ……もしかして、


「――大嫌いだったの」


 ……ほらの。


「それは、どういうことですか?」


 いちおう尋ねてみた。


「だってお姉様、なんでも出来るんだもん。リリィが出来ないことも、出来ることもリリィより上手く、なんでも出来るんだもん」


 ふむ、嫉妬か。


「血も繋がってない、赤の他人なのに」


 リリィは我に近づいてきて、


「こんなに醜いのに!」


 どんと突き飛ばしてきた。我は盛大に転がり、そして同時にビリッと嫌な音が背中から鳴った。そして巻き起こる、笑いの渦。


「あはっ、お姉様、お肉が付き過ぎてドレスも着られないんですか?」


 いや、おまえが小さいサイズを用意してたからやろがい。


「筋張った腕、その足、ほんと、同じ女とは思えないです、醜い身体」


 立ち上がろうとする我にリリィは近づいてきて、手を差し出した。とりあえずその手を掴もうとするが、逆に素早く手首を掴まれてしまった。


「この手! こんな固くして、マメを潰して、汚らしい!」


 集まった皆に見せつけるように、リリィは我の右手を掲げた。それでいっそう、げらげらと笑いが大きくなる。


「お父様も、お母様も、貴方が邪魔で仕方ないんです。わかりますか?」


 邪魔……まぁそうかもしれんな。事実、ここにはその父と母の姿もある。


「ウィハブレット家の血を一滴も宿さず、その歳で、その身体で、貰ってくれる殿方なんていると思っていますか? なら貴方の存在価値は? 存在理由は?」


 リリィは我を見下し、取り巻きから一本の剣を受け取る。あれは我、というかエリアの剣じゃな。なんじゃ、決闘でもするのか?


「悔しいですか? お姉様、いえ、エリアさん」


 リリィは剣を我の前に放り投げた。


「斬りたいのなら、斬っても構いませんよ?」


 言葉でこそ言うが、リリィも、そして今もこのやり取りを酒の肴にしている連中も、わかっているのだろう。「どうせ斬れっこない」と。

 エリアという優秀な人間ならば、この場での行為が後でどういう結果を招くのか、理解するのは容易い。ならば、エリアはなにもしない。ウィハブレット家という後ろ盾を失ったエリアはなにもせず、耐えると。


「エリアさん、貴方は冒険者にでもなられたら? それで小汚い連中と一緒に、大好きな棒切れを思う存分振り回したらどうですか? ふふ」


 リリィは楽しそうじゃ。こやつからすれば、念願叶った展開じゃろうしな。いつからこれを計画しとったのかはわからんが、これはこれで大したもんじゃ。


「……斬る、か」


 我はすっと立ち上がった。しかし剣は拾わない。拾わないので、リリィはさらに嬉々として我を蔑む。

 が、その言葉は我には届いていなかった。


 基本的に我は寛容じゃ。

 人間の、しかも小娘如きになにを言われても、聞き逃してやろう。

 前回みたくちょっと加減を違える時もあるが、我は寛容じゃ。

 長いこと魔女をやっておれば、罵詈雑言にいちいち構ってられん。


 我は寛容じゃ。――基本的に。

 じゃがな、先ほど、こやつはこう言った。


「醜い身体」


 我は過去、戦乱に身を置き、戦いに明け暮れていたこともある。

 武を磨き、覇を競う戦い。血を、肉を、骨を求め、命を削り合う日々。

 多くの敵と戦い、多くの者を見てきた。数えきれぬほどに。


 だからこそ、わかる。

 実際にその身体に入り込んだからこそ、わかる。 


 この娘、エリア・ウィハブレットの鍛錬によって磨かれた身体の美しさが。

 天賦の才を持つ者が、慢心せずに鍛え抜いた結晶。

 それは代えがたいものであり、宝じゃ。

 それを、「醜い身体」じゃと……?


「…………」


 笑いの雨を浴びる中、


「…………」


 我はパチンと、指を鳴らした――瞬間、視界を光が覆い尽くした。

 数秒後、視界が晴れると、そこにはもう、なにもなかった。

 ダンスホールは瓦礫ひとつ残さず消え去り、夜空には満月が光る。辺りは静寂が包み、先程までとは打って変わって沈黙が支配していた。


「……また、やってしもうた……」


 さすがに二回目ともなると、我も頭を抱えてしまう。

 今回もこれ、絶対我がやりたい「ざまぁ」とは違うじゃろ……。

 更地に立ち尽くす我。どうしよう。


 前と違ってこれを元通りにするのは骨が折れるぞ……。人払いの魔法こそ発動したが、そもそも蘇生魔法は我も使えんし……。

 ホムンクルスを造るにしても、素材も綺麗さっぱり消えてしもうてはな……。


「……と、とりあえず、娘には話しておくか……」


 前回は我がおった痕跡を残さず済んだが、今回は無理じゃ。知らぬ存ぜぬで逃げることもできるが、それはさすがの我でもちょっと気が引ける。

 ということで、我は眠っているエリア・ウィハブレットの意識を起こすことにした――のじゃが、


『……あ、あの、大丈夫ですか……?』


 なんと頭に声が聞こえる! エリアの声じゃ。


「うむ? なんじゃ、起きておったのか?」

『いえ、その、ずっと夢を見ているような、そんな感じで……』


 ふむ。魔力耐性か。やはりこやつは本物じゃな。


「我が誰だかわかるか?」

『わ、わかりません……。わ、私の身体を……乗っ取った、のですか……?』

「そんなところじゃな。我は悪い魔女だからの」

『そ、そうですか……』

「身体はすぐ返してやるから安心せい。それよりも、我に恨み言のひとつでもあれば聞いてやらんこともないぞ」


 やっちまった感はあるが、特に罪悪感はない。人間の命なぞ我にはなんの価値もないが、それでもまぁ、言いたいことがあるなら甘んじて受け入れよう。


「我がなにをしたか、見ておったんじゃろ?」

『……はい』

「なにか言うことはあるか?」

『…………』

「……どうした?」

『……なにも、感じないんです』

「む? どういうことじゃ?」


 気でも触れたか? それなら精神治癒魔法で治してやるが。


『……あの場には妹も、父も母もいたのに、もういなくなってしまったのに、なにも感じないんです……なにも……』

「あれだけのことがあれば、しゃあないじゃろ」

『……たぶん、私はわかっていました。周りが私をどういうふうに見ていたか、ずっと前から。でも、見ないふりを……』 

「これからは〝見ないふり〟もする必要がなくなって、気が楽か?」

『…………』


 アカン、口が滑ってもうた。


『……リリィが言っていたとおり、私は醜い女ですね』

「ま、まぁ、そう気落ちするな! 生きておれば良いこともあるぞ、うん」


 ぶっ殺した張本人である我が言うのも、おかしい話かもしれんが。……よし、なんか娘は怒ってないっぽいし、ならとっととずらかるかの。


「で、ではそろそろ身体は返すぞ」


 我が肉体掌握を解除すると、娘の意識が表へと戻る。身体のコントロールも我から離れ、逆に今度は我が意識だけの状態になった。


『……うむ、達者でな』


 そそくさと逃げようとしたのじゃが、


「ま、待ってください……!」


 引き留められた。ん? なんじゃ?


「あ、あの、その……私は、これから……」

『苦労するかもしれんな。うん、頑張れ。……ではな、』

「そ、そうではなくて!」

『なんじゃ?』

「わ、私は、私も、ここで、死んだことに……」


 ……なるほど。逃げる気なのは我だけではなかったか。


『どこへ行くんじゃ?』 

「街を出て……どこかで、妹が言っていたように、冒険者にでも……」

『このまますぐにか?』

「……はい。もう、戻る場所もありませんから」


 なら……そうじゃな。


『……ほれ』


 娘の身体を光が包み込み、晴れた時には、あの引き裂かれたドレス姿ではなくなっていた。まず貴族には縁の無いであろう、革製の胸当てをした、いかにもな冒険者装備。ブーツ、手袋、ローブ、それと一本の剣。


『ずいぶん前に勇者だとかぬかした小僧からパクっ――貰った剣じゃが、けっこうな業物じゃ。不足はないじゃろう』


 それにしてもこの娘、我に旅路の支度を見繕わさせるとはな。


『では今度こそ、さらばじゃ』

「あのっ!」

『……まだあるのか?』

「あ、こんな素敵な物を、すごく嬉しいです、ありがとうございます! ……それで、私、このまますぐに街を出ようかと……」


 だからなにを言いたいんじゃと、僅かながらの苛立ちを感じつつあったが、


「……路銀が、その……」


 それで吹っ飛んだ。我は今意識だけじゃが、それでも口をあんぐりさせておる。


『……まさか、魔女に金を貸せという人間がおるとはな』

「ご、ご、ごめんなさい……!」

『おまえ、意外としたたかなやつじゃな……』


 娘には金貨を30枚ほど渡した。この地方で出回っておる硬貨ではないが、金は金じゃ。そのまま使うなり両替師を見つけるなり、好きにすればええ。


「なにからなにまで……ありがとうございます」

『我はいちおう、おまえの家族を皆殺しにしておるからな?』

「……そう、ですね。……でも、お借りしたものは、必ず返します」


 律儀な娘じゃ。我的には別に返してもらうつもりなどないが。


「さようなら、魔女様」

『くくく、魔女様はやめておけ。うっかり他に聞かれたら、大変じゃぞ』

「あっ、では……お魔女さん、いつか、また……!」


 お魔女さんて……ふふ、なんじゃそりゃ。

 


 今回も「ざまぁ」は失敗したが、気分は悪くない。

 もっとも、次こそは成功させるつもりじゃが。

 やはりあれじゃな、もっと他のざまぁを見て研究せねばならんな。

 少なくとも、勢いでぶっ殺すのはナシじゃ。うむ、堪えねば……。

 



 その後、エリアは〝剣聖〟と呼ばれるほどの達人となり、各地で凶悪な魔物と戦い抜いたようじゃ。仲間にも恵まれ、共に笑い、喜び、泣き、自由に生きた。

 

 なぜ我がそんなことを知っているかと言うと、ついに我の家を見つけて金を返しに来た本人から聞いたからじゃ。

 剣の話、魔物の話、友の話、そして恋の話。


 話は尽きることなく湧いてきたが、まぁ……それはこれとは別の話じゃな。



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