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名案

『君との婚約は破棄する』

『貴方の行いは全て、白日の下に晒されます』

『私を追い出した後、あの国は滅んだらしい』

『婚約者には捨てられたけど、幼馴染みと田舎で静かに暮らしています』

『嫌がらせで嫁がされた先のみんなが、すごく優しくて幸せです』


『ざまぁみろ』


 水晶に映る者たちは皆、晴れやかな表情をしていた。苦境や困難を乗り越えた先にあった幸福を噛みしめておる。さらに自分を陥れた者の凋落も付いてくるとなれば、口にこそ出さないが溜飲もさぞ下がるじゃろう。


 虐げられる者の解放と、虐げし者の破滅。

 世界各地で繰り広げられるそれを、我はいつも見ていた。

 なんたって楽しい。これが楽しい。飽きずにずっと見ていられる。

 しかし、我は最近思うようになった。


 我も、「ざまぁ」やってみたい、と。


 一度そう思うと気持ちは際限なく膨らんでいき、うずうずしてたまらん。

 が、残念ながら現実はそう単純ではない。なにせ、ここは人の国から遠く離れた禁忌の森の奥地。そして我は今も昔も〝魔女〟と呼ばれる存在じゃ。


 我も昔はぶいぶい言わしとったが、俗世と離れて久しい。仲間や友どころか、人間の知り合いなんぞおらん。これでは「ざまぁ」ができんのじゃ。かと言って、今から人の世に紛れて関係を築くのも、正直、面倒くさい。


 我は楽しい部分だけ、楽しみたいのじゃ。

 考えた。我は考えた。

 結果、名案を思い付いた。


「そうじゃ! どっかの幸薄そうなやつの身体に入り込めばいいんじゃ!」


 これなら労せず〝おいしいところ〟だけ楽しめる! 

 うむ、やはり我は天才じゃ。

 そうと決まれば善は急げじゃと、我は魔法具をぶち込んでいた魔具倉庫から〝魔鏡〟を引っ張り出してきた。


「これ使うのも何十年ぶりかの」


 どっかの塔にあった鏡じゃ。太古の魔力がこもっておって、いろいろと愉快なことができる魔法具のひとつ。


「さて……幸薄そうなオーラを放っとるやつはどこかの……」


 魔鏡に魔力を注ぎ込み、お目当ての人間を探す。


「……お? こいつか? ……おーおー、これは幸せの欠片も感じんオーラじゃ」


 鏡には若い人間の娘が写った。歳は二十代前半くらい。まだ幼さが残る顔立ちじゃが、表情は暗く疲れの色も滲んでいる。なんだか苦労してそうじゃ。


「よし、ではいくか!」


 位置も把握した。我の家から南西に700キロほどの場所におる。もちろん我は飛べるから現地に向かうのも容易じゃが、ここまで正確に距離と魔力の波動を掴めれば面と向かい合う必要はない。


 我は意識を集中し、魔鏡越しに魔法を発動する。

 そして一秒後、目の前の景色が変わった。


 目に映るのは鏡。ただし、魔鏡ではない。それなりに値が張りそうな鏡ではあるが、魔法具ではない通常の鏡じゃ。視線の高さも、椅子の座り心地も、肉体の感触も、なにもかもが変わっていた。

 

 そこはもう我の家ではないし、これはもう我の肉体でもない。

 我は、幸薄そうじゃった人間の女の身体に完璧に入り込んだ。元の持ち主の意識は眠っておるから、今この肉体は我の物じゃ。なんだってできるぞ。


「ふむ」


 屋敷の一部屋。家具や装飾品的にそれなりに上流そう。 


「ふむふむ」


 頬を触ったり、髪を撫でたり、声を発してみたり、いろいろと具合を確かめる。


「しかし実際に見るとこう、疲れておるな、この娘。素材はよさそうじゃが」


 顔もそうじゃが、肉体にも疲労が溜まっておる。ちゃんと睡眠取っておるんかの。若いと思って無理をすると後で泣くことになるぞ。


「っと、年寄り臭いことを言うてしもうた、いかんの」


 我は20の時に肉体の成長を止めたので、今でもぴちぴちじゃ。実年齢は……もはや数えるのも面倒になったくらいじゃけど。


「……いてっ。……?」


 ふと椅子から立ち上がると、鈍い痛みが響いた。  


「この身体……なんじゃ、痣だらけではないか!」


 露出が少ないからわからんかったが、袖をめくって腕や足を見ると一目瞭然じゃった。この娘、階段からでも落ちたのか?


「いてて、触ると痛みが広がるのぉ、まったく、人間とはなんと脆い」


 厄介な身体に入ってしもうたかもしれん。


「……ふむ、それで、」


 幸先こそよくないが、我は気持ちを切り替える。

 本題はここからじゃ。

 ……ここからじゃが、


「ざまぁ、するには、ここからどうすればええんじゃ……?」


 ……。

 …………。

 ………………。


「我は……この娘は……誰に「ざまぁ」するんじゃ……?」


 考えてみれば、幸薄そうな人間を見つけるやいなや、ろくに素性も確認せず行動に移してしまった。完全に勢いだけじゃ。


「……ど、どうすれば……」


 この娘に害なす存在を片っ端から消していくのは容易いが、果たしてそれは我が望む「ざまぁ」なんじゃろうか……? そもそも、積極的に動いていいの?


「……わからん」


 今まで覗き見しとったやつらは、基本的に巻き込まれ型みたいに向こうから厄介毎がやってきおった。なら待つか? ……このまま? ここで?


「……一度戻るかの」


 状況を確認するのなら、魔水晶で見ていた方が楽じゃろうし。


「……はぁ、なんだか既に疲労困憊じゃ」


 我の勇み足が原因なんじゃが、疲れてしもうたわ。


「では〝肉体掌握〟の魔法を解く――」


 その時じゃ、


「……お?」


 足音。それも、どんどんこの部屋に近づいてくる。ドカドカドカドカドカと、まるで猪が走ってくるようじゃ。なんかうける。


 そしてほどなくして、バンッと大きな音を立てて扉が開いた。

 入ってきたのは男。身なりからしてこの屋敷の主かの。歳はこの娘と同じくらい。目つきは悪く、見るからに横暴そうじゃ。魔力反応は皆無なので雑魚じゃ。


「……湯浴みは済んだのか?」

「……あ?」


 うっかり素の反応を返してしもうた。

 いや、だって第一声がそれはないじゃろ。


「湯浴みは済んだのかと、聞いているんだ!!」


 男がぎらりと睨んできたので、我は身体(娘のじゃが)を色々と確認した。くんくん匂いを嗅いだり、髪が濡れていないか確かめたり。


「うむ、まだっぽいぞ」

「……なんだ、その口の利き方は」

「えっあ、す、すま――ご、ごめんなさい……?」


 これは想定外じゃった。そうじゃ、肉体を乗っ取るなら、口調とか性格とか、そういうのも調べとかないとダメじゃった。

 それにしてもこの男……嫌そうなやつじゃ。娘の夫っぽいが。


「脱げ」


「……ん? まだ外は明るいが?」


 また睨んできた。


「昨日、あれだけ躾けたのに、まだわからないとは……」


 男は呆れながら近づいてくる。

 そして、


「ッッッ」


 我は殴られた。平手で、右の頬を、パシーンと。

 ……は? なんでじゃ? なぜ我が殴られる?

 わけがわからずきょとんとしていると、さらに頬に衝撃が走った。つ、追加じゃと……!?


「なぜ俺が……なぜ俺が……」


 男はわなわなと震え、


「――こんな女とッッッ」


 我の髪を思いっきり掴んで投げ飛ばした。まじで我は状況が意味不明じゃったから、抵抗もせずに吹っ飛んで床を転がった。いってぇ……。引っ張られた頭もじんじんするが、それよりも身体中にあった痣が痛む。涙出そうじゃ。


 我はなんとか四つん這いになり、顔を上げる。男の握られた拳からは、金色の髪の毛が何本も出ていた。我の髪じゃんあれ。


「三男などでなければ! ヴィザール家の俺が、こんな田舎にはッッ!」

「おふっ」


 まるで玉蹴りのように腹部を蹴られた。


「俺の方が優秀なのに! たった数年、生まれるのが遅いだけでッ」


 さらに振り下ろされる右拳。さすがにあれは喰らいたくないと、躱して我は立ち上がる。この肉体は我の物ではないが、あんまり傷付けるのも忍びない。

 しかし、なんとなく状況というか、この家のこともわかった。


「……ふむ、この娘も苦労しているようじゃな」


 ぼそりと呟くと、


「……なにか、言ったか?」

「え、い、いえ、なにも……」

「……クズが」


 また殴り掛かってくるのかと身構えたが、今度は違った。


「……知っているか? 『仲睦まじい夫婦』と俺たちは外で言われている」


 男は拳ではなく、手のひらで我の頬に触れる。 


「にこにこしているだけで、馬鹿な領民は騙される。『仲睦まじい夫婦』、そう言われるたびに、俺はそいつを殺したくなる。それがどれほどの屈辱か」


 ……おや、これはまた……。


「糞田舎の芋娘を差し出されて、誰が喜ぶ? なぁ……なぁッッ!」


 一変、男はまた我の髪を掴んで投げ飛ばそうとしてくるが、今回は耐えた。


「おまえのような、男の顔色を覗うことしかできない女と、おまえのような、股を開かせるくらいしか使い道のない女と、夫婦だと!?」


 が、それがまた勘に障ったのか、反対の拳が伸びてきた。


「ふざけるなッッッ!」

「おぶっ!? ま、まぁ、とりあえず落ち着け――」


 頬に拳は直撃し、口の中が鉄臭くなる。 


「おまえの家が並なら、とうに婚約など破棄していたッッッ!」


 その言葉、我が先に言いたかったのに……。


「みんな糞だ! みんな死ねばいい!」


 まさに激昂。


「おまえも! ここの民も! 父上も母上も兄上たちも! みんな死ねばいい!」

「そ、それは言い過ぎ――」

「糞だ糞だ糞だ糞だッ! なぜ俺がこんな仕打ちを! なぜ俺がこんなァァ!」


 蹴り飛ばされた。痛いのぉ……こりゃ痣だらけになるわけじゃ。


「おまえが、おまえが、まともな女なら……!」


 ……我? そこに我、というかこの娘が関係あるんか?


「わかるか? 家名を汚さぬよう、仮面を被り続ける俺のつらさが、他の女を抱くことすら許されぬ俺の苦しみが」

「ん? そうなの――」

「おまえがもっとマシな女だったならッ!」

「ちょっと、冷静にな――」


 なんとか我は立ち上がるが、身体中が痛んで仕方ない。


「つまらぬ肉人形を抱く虚無感が、おまえにわかるかッッッ!」


 それはおまえが下手くそなだけじゃろ。


「糞がッ!」


 男は我の首元のレースの付襟に手を掛け、そのまま引き裂いた。


「……は?」

「糞がァァッ!」


 そのまま寝台に押し倒そうとしてくるが、我は抵抗した。


「あ、あのな、まずは頭を冷や――」


 が、男はさらに裂け目を広げる。


「いや、だから、」


 別に夫婦の情事が激しかろうが我には関係ないが、これはさすがに。


「だからな、」


 我があまりに堪えるもんだから、男は拳を振り上げた。

 暴力による支配、服従。

 我は悪い魔女だし、別にそれについてはなんも言わんが、


「……だ、か、ら、」


 話の通じぬ男に、いい加減にうんざりしてしまって、



「ゴチャゴチャうるさいんじゃああああああああああああッッッッッッ!」



 思わず心の内が出てしまった。

 瞬間、寝台の脇に置いてあった花瓶が弾けた。

 立て掛けてあった絵画が落下した。

 窓ガラスが全て割れた。

 壁にヒビが入り、天井が傾き、屋敷が揺れた。


「…………あっ」


 数秒後、冷や汗がどっと流れ落ちた。


「……つ、つい、やってしもうた……」


 眼前には、我の怒号をもろに受けたあやつが、およそ形容しがたい状態で倒れて――倒れて? いや、なんか別の物体になっておった。


「……ど、どうしよう……」


 そして聞こえてくる、大勢の足音 おそらく使用人やらじゃろう。とりあえず我は半壊した扉に〝人払いの魔法〟を掛けた。それで足音はぴたりと止まり、逆に遠ざかっていく。ひとまずは安心じゃが、問題が解決したわけではない。


「んー……んー……」


 我は考えた。

 がんばって考えて、


「……うむ、逃げるのじゃ」


 とんずらすることに決めた。


「ま、まぁ、不慮の事故というやつじゃ。うむ、あれは仕方なかった」


 しかしちょっと罪悪感があった。

 むろん、男にではなく この娘にじゃ。


「き、傷は治しておくでな、か、身体は大事にしろよ」


 治癒の魔法でありとあらゆる傷を癒やし、完璧な健康状態にした。ついでに肌や髪も最高の状態に仕上げた。あ、あれじゃ、身体の使用料じゃ……。


「……こ、これもどうにかするか……」


 かつて人だった物体に魔力を注ぎ込む。するともごもごと形を変え、人間の姿に戻った。そう、戻った。

 そこにはあの男とうり二つというか、同じ容姿をした人間が立っておる。


「心は新品じゃから別人じゃがの」


 こいつはホムンクルス。しかも素材は全て再利用したので、姿も記憶もそのまま引き継いでおる。人格に関してはちょっと弄って大人しくして、ついでにこの娘に絶対服従するように設定しておいた。

 後は部屋というか屋敷も修繕して、元通りにした。


「そもそも我はここには来なかった、そういうことにしよう、うん」


 痕跡は消した。これで安心じゃ。

 そして我は娘の意識からそっと抜け出した。

 娘の今後に幸あれと思わなくもないが、正直あんまり興味はないのでな。




 ……それにしても、難しいのぉ。

「ざまぁ」とはなんとも難しい。

 今回は……我的には30点くらいじゃった。

 

 で、でもこれは最初だし! つ、次はもっと上手くできるかもしれんからの!

 やはり、いきなりではなくもっとこう計画と対策を……少なくとも、相手を物理的にぬっ殺して「ざまぁ」はちょっと違う気がするでな……。

 とにかくじゃ! 次はもっと考えて行動しよう!



 しかし、いざやってみると……。

「ざまぁ」とは、なかなかどうして……奥が深い。




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