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好意

 ギルバード様が俺の顔を見つめながら、何かを考えこんでいる。

 警戒されるか? けれど今言った言葉は何も間違ってはいない。

 気付かなければいけないんだ。出来れば早く。そうして公爵令嬢の事を考えられるようになれれば、未来は変えられるかもしれない。

 そんな風に考えていると、おもむろに俺へと手を伸ばしてくるギルバード様。

「君は思った以上に知恵のある人のようだ。どうだろう。私とも友人になってはくれまいか?」

 え? どういう事だ?

「王妃教育というのは本当に大変なものでね。そこに考えがいきつく者はあまりいない。ランバも帝王学といったように王となるべくための教育は大変なのだが、彼は産まれた時からその生活を送っている。八歳から始める大変さを、今一理解しきれない。そして何より彼は王族だから、他貴族に対する教育とはまた違う。それを考えると公爵令嬢の大変さに気付き、またその苦労をランバに労うよう助言が出来る君は、私の中で尊敬に値する」

 ベタ褒めだ。俺がその苦労を知っているのは、前回のファニーの泣いている姿を見ていたからだ。気付いたんじゃない。気付かされたんだ。

 けれどそれを言う訳にはいかない。俺に出来る事は、王子に助言して気付いてあげられるようにするだけ。

 前回も俺が一言、王子にその旨を言っていればファニーはあんなに泣かなくてすんだのかもしれない。

 結局俺もまた、何も気付いていない愚か者だったのだ。

「ありがとうございます。そのように言っていただけると恥ずかしいですが、喜んでギルバード様の友の一人に加えていただきます」

 ギルバード様と握手を交わす。

 王子は俺の言わんとする事を頭の中で整理しているようだった。どうかファニーの事は忘れて、公爵令嬢と幸せになってくれ。

 ただ一つの懸念は、あの女が現れた時にはこんな純粋な王子も、頭が切れるギルバード様も愚か者になってしまうのだろうか。という事だけ。



「今日もファニーに出会えた幸運に」

 差し出されたのはピンクのカーネーション。

 最初に花が届いた日から毎日、アシュは一輪の花をくれる。会えない時も必ずカードとともに。

 婚約が調ってすぐにアシュと呼んで欲しいと頼まれた。私の事もファニーと呼びたいと言ってくれた。

 気が付くとアシュとの距離はどんどん縮まって、まるで産まれた時から一緒だったんじゃないかと思うほど、アシュを身近に感じていた。

「いつもありがとう」

「喜んでくれたのなら何より」

「ねえ、今日は天気もいいし、外でお茶しない」

「いいね」

 アシュと私の会話は、大分と砕けた感じになっていた。二人とも周りには堅苦しいと言われる話し方をする傾向にあったのだが、意図的にしていた事が多かった。

 周りを牽制するためというのももちろんあったが、それよりはお互い自分の素を見せたくないというのが本音だったのかもしれない。

 まだ七歳だというのに……私がそれに気付いたのは、アシュと話していた時。

「私の言動は、本当はもっと粗野なのです。自分の事は俺と言いますし、屋敷内は走っている事の方が多いです」

 いきなり告白してきたアシュに、私は一瞬キョトンとした。

「もちろん母上に怒られます。淑女の声量とは思えない程の大きさで」

「クスッ」

「勉学より体を動かす方が好きです。けれど守るべきもののためには、知識も必要だと思って頑張っています」

 アシュは忙しい。どうにか時間をやりくりして、私に会いに来てくれているのは知っている。だから、素直に頑張っているというアシュが可愛くて、私は微笑みながら頷く。

「はい、公爵家ともなれば守るものも沢山おありでしょうから」

「いえ、私はファニー、貴方を守るために存在しています」

「え?」

 真面目な顔で言い切るアシュは、本心なのだろう。だけど、公爵子息という立場の人がそれは余りにも……。

「頑張って全てのものを守ろうとすると、大切なものが手の内から零れてしまいます。だから私は貴方を守るためだけに頑張ろうと思っています。重いですか?」

 私の表情を確認するように見つめる紺色の瞳には、どこか不安な色が見てとれる。

「……いえ、ですがどうしてそこまで」

 私は内心焦りながらも、努めて穏やかな声を出す。つい最近会ったばかりの私にどうして? 疑問を口にすると、彼は真剣な表情のままハッキリと言い切る。

「君が好きだから。じゃ駄目?」

「!」

 真っすぐすぎるその言葉は、直接私の心臓を鷲掴みにする。

 鼓動が煩いぐらいに騒ぎ出す。どくどくどくっ。

「あ~、やっぱりもったいぶった言い回しは俺じゃないな。俺はファニーが好きなんだ。理由をあげなければならないなら、可愛い、優しい、お淑やか、知的、努力家、数え上げたらキリがないんだけれど、ただ単にめっちゃ好き。それじゃあ駄目かな?」

「………………」

 顔がこれ以上ないぐらい真っ赤になる。

「やめて!」

 私が叫ぶと、アシュは目に見えてびっくりする。次にガクッと膝から崩れる。

「そうだよな、嫌だよな。紳士じゃなくてごめん」

「そうじゃない。そうじゃなくて、心臓がもたないからやめてって言ったの」

「へ?」

 私はアシュの顔を見ないようにしながら、座り込んだアシュの腕の服を掴む。

「そんなに言われたら恥ずかしいでしょ。私もお淑やかなんかじゃない。虚勢張ってるだけだもん。粗野なアシュの方が楽よ。そっちの方が絶対いい。私も皆の前では無理だけど、アシュの前だけでは普通にする。それでもいいかな? そんな私でも好き?」

「もちろん!」

 アシュはガバリと立ち上がると、私の両手を握って満面の笑みになる。

「ファニーは頑張り過ぎなんだよ。俺の前だけでは普通でいいんだよ。どんなファニーだって俺が嫌いになるはずないんだから。反対に俺に少しぐらいは幻滅させて。これ以上好きになったら、俺の心臓ももたないかもしれない」

 そう言ってアシュは自分の心臓を叩く。

 そんなアシュの行動が面白くて、楽しくて、私は淑女にあるまじき大声で笑った。そんな私を見てアシュも笑う。嬉しくて仕方がないという風に。

 ああ、そうか。私は自分でも知らないうちに自分を作っていたのね。

 どうしてか分からないけれど、自分を見せてはいけないと思い込んでいた。両親にも。

 いくら上級貴族の家に産まれたからといっても私はまだ七歳。どうしてそんな考えに思い至ったのか……けれど、アシュはそんな必要がないと言ってくれた。

 アシュのそばにいると飾らなくていいのだと自然に思えた。

 私達が大笑いしていると、何事かと慌てたお父様や侍女達がやって来た。

 笑いあっている私達を見てお父様が「おお、二人とも可愛いな。そうしていると普通の子供に見えるぞ」と言った。私達は普通の子供ですよ、お父様。ただちょっとおすまししていただけです。

 それからはお互い飾らない事に決めた。

 ただアシュの私を賛美する言葉は、作っているのではなく、自然に口からでるのだと言う。ものすごく胡散臭いと言うと、アシュはこれだけは許して。と大笑いされた。

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