進展
思ってもいない事を言われたと私の言葉に驚くミランダ様は、目をぱちくりさせている。
「えっと……ここに?」
「はい。本日はアシュもランバース殿下に呼ばれてお城にいるようなので、すぐに来てくれると思いますよ」
「でしたらマッドンに頼みましょうか。彼は殿下の私室に入った事もあるようですし」
「いえいえ、ちょっと待って。そんな、アシュレイ様を呼んでも、私……」
私とミルフィールさんがサクサクと用意する中、ミランダ様は顔を真っ赤にして慌てている。
あの事件以降、アシュレイに会うのは初めてになる。ミランダ様にも思うところはあるのかもしれない。正直ちょっともやっとする。
けれど前に進まないと、このままここで立ちとまっている訳にもいかない。
それに今朝の夢で私は、自分の思いにもアシュの思いにも妙な自信ができた。私達は大丈夫。何があっても離れない。
ニコリと笑って、ミランダ様の頭を撫でる。そんな私の無礼な振る舞いに、ミランダ様は驚いている。
本当、失礼よね。未来の王妃様になるかもしれない、自分より家柄も年齢も上の完璧な淑女に対してとる行動ではない事は、十分理解している。けれど、先程ミルフィールさんが私にしてくれてとっても心地よかったから。愛情を感じてしまったから。ミランダ様にも伝わるといいなと思ってやってみた。
皆、貴方の味方ですよ。怖がらなくて大丈夫。恥ずかしがらなくて大丈夫。貴方は貴方のままでいいのです。という思いを込めて撫で続ける。
そんな私にされるがままだったミランダ様は、私をジッと見つめるとミルフィールさんに視線を送る。
ミルフィールさんは私と同じように、大丈夫だと頷く。
ミランダ様はたどたどしくも「お願いします」と小さな声で、アシュを呼ぶ事を許可してくれた。
それからミランダ様は撫でていた私の手を頭から離して、ギュッと両手で握りしめてくれた。照れながらもニコリと笑ったその顔は、とっても優しい顔だった。
数分後、伯父様と共にやって来たアシュは、私を見るなり相好を崩す。
視線は私に止めたまま、ミランダ様とミルフィールさんに挨拶を交わす。簡単に挨拶をすますと嬉しそうに寄ってきて、私の手を取る。
「お城でファニーに会えるなんて思いもしていなかったから嬉しいよ。早速俺の願いをきいてくれたんだね。優しい上に行動が早いファニーが大好きだよ」
「行動が遅かったら、幻滅する?」
「行動の遅いファニーも見てみたいな。可愛くって悶えそうだ。俺が背負って動きまわりたくなるかもしれないな」
あきらかに行動が遅いという意味合いが違うのだが、それはそれで困るね。と二人でクスクス笑っていると、伯父様がアシュの首元にガシッと腕を回して、私から引き離そうとする。
「やめろとは最早言わん。後にしろ。ミランダ様の前だぞ」
「この子達、王様と王妃様の前でもやっていたわよね。ちょっと時間あげたら納得してやめるんじゃない?」
「ミルフィールは知らないから、そんな事を言うんだ。こいつらに終わりはないぞ。放っておいたら、一日中やっているからな」
「それは……勘弁してもらいたいわね」
「あ、私なら大丈夫ですよ。幼い頃からずっと見てますんで」
伯父様とミルフィールさんの会話を聞いて、ミランダ様が自分の為に止めてくれる必要はないとフルフルと首を振る。
ミランダ様の発言を聞いて、ミルフィールさんはガックリと頭を下げる。これは呆れられているのかしら?
仕方がないなと言わんばかりのアシュが私の手を離して、ミランダ様の元へと寄って行く。ビクリと体を震わすミランダ様。そんな彼女にアシュは笑顔を向ける。
「ご気分はどうですか? 無理はなさらないで下さいね」
「ありがとうございます。もうすっかり元気ですわ。アシュレイ様もお変わりなく……」
そう言って言葉を切らすミランダ様。
アシュがいつもと変りない事にホッとしながらも、ちゃんと言わなければいけないとコクリと喉を鳴らす。緊張しているのが伝わってくる。
「私、ずっとアシュレイ様にお詫び申し上げたくて……私の所為で貴方の大切なファニリアスを傷付けるところでした。それに私の軽率な行動が、ご気分を害される事も多々あったと思います。本当に申し訳ございませんでした」
そう言って深々と頭を下げるミランダ様。
「あの時の私は本当にどうかしていたとは思います。けれどこれは言い訳ですわね。でもこれだけは信じて下さい。本当に私はファニリアスを大切な友人だと……」
そこでアシュが私の手を握る。ミランダ様を止めてあげてと。
私はミランダ様のそばによって、ミランダ様の手にそっと手を乗せる。弾かれたように顔を上げるミランダ様に微笑む。もういいですよ、もう十分伝わっています。
確かにミランダ様は、唯一優しくしてくれたアシュに仄かな思いがあったのかもしれない。けれどそれは、私やランバース殿下を無視して貫きたいものではない。
王妃様やランバース殿下の思いを知った今、冷静な判断をすれば自ずとアシュに向ける気持ちも変わってくる。それでいいと思う。それが前に進むという事。
それに私も、今の自分には私やミルフィールさんの方が大事だと言ってくれるミランダ様を、大事にしたいと思っている。
アシュはミランダ様の手を握っている私の隣に来ると、分かっていると言うように頷いて話を変える。
「私の事は気にせずともよいのですよ。ミランダ様はファニーの良き友人ですからね。それよりもランバ様の事でお困りとか? プレゼントはお気に召しませんでしたか?」
アシュのその言葉に一瞬、涙ぐみそうになったミランダ様だったが、ランバ様の名を耳にした途端、目に見えて動揺し始めた。
「こ・困っているとかそういう訳ではなくて……それに、プレゼントも大変可愛らしい品ばかりで、その、気に入っております」
「そうですか、それは良かったです。ランバ様もさぞ喜ばれる事でしょう。けれどミランダ様はそのような事でランバ様を選ばれる必要はないですからね。徹底的に振り回しておやりなさい」
「え?」
この言葉にミランダ様を始め、部屋にいる全員が目を丸くする。
「アシュ、お前は殿下の味方じゃなかったのか?」
伯父様の問いにアシュは、眉間に皺を寄せる。
「心外ですね。私はファニーのものなので、ファニーが味方であるミランダ様の味方です」
あ、やっぱりそうだったんだ。いくら王子様の命令でもアシュが私と敵対するとは思えなかったんだよね。良かった。私はその言葉だけでフフと笑う。
「ただ、ランバ様も頑張ればいいと思ったので助言はしました。何もせずに会いたい会いたいと言われても、王妃様の態度からしてミランダ様は困るだけですよね。ですので、この際ランバ様には徹底的にミランダ様の事を考える時間を与えて、その行動で気持ちを示し、王妃様にも伝わればいいなと思っています」
なるほど。要はランバース殿下の気持ちを形にしたかったんだね。確かに毎日のプレゼントには、ランバース殿下の心が詰まっているように感じる。
そう思って皆がほっこりしていると、アシュはまたもや予想外の言葉を吐いた。
「だからと言って、ミランダ様はそれに答える必要は全くもってありませんよ。まあ、ランバ様の態度に少しでも絆される事があれば、一度ぐらい会う機会を与えてもらえたらとは思いますけれど、長い間放っておかれたのだから、すぐに答えを出す必要はありませんね。ランバ様も似たような事、言っていましたし」
あっさりとこの国の第一王子の気持ちに答えなくてもいいと言うアシュに動揺しながらも、ミランダ様は最後のランバース殿下の言葉が気になるようで、おそるおそるアシュにその内容をたずねる。
「……ランバース様は、なんと……?」
アシュはニコリと笑って、一言一句そのまま伝えますね。と言いその言葉を口にする。
「『九年近くも私の背を見続けてくれたのだから、今度は私が彼女の背を見続ける。なあに、最低九年はあるのだと思えば慌てる必要はないさ。すぐに振り向いてもらえると思う方が甘いのだな』と」
「!」
「私に言わせれば、九年もミランダ様が独り身でいるはずもないと思うのですが、そこには言及しませんでした。九年追いかける気満々でしたので。そんな姿を見せられれば、助言の一つもしようと思うものでしょう」
アシュの突っ込みはもっともだが、あのランバース殿下がミランダ様に対してそのような言葉を言うなんて……私でもその場にいれば、助言の一つも二つもしてしまうかもしれない。
「先程も申し上げた通り、だからと言ってミランダ様がおれる必要は一切ありませんからね。当分は振り回してもいいと思いますよ。流石に九年は長すぎるので、もう少し早めに決着をつけていただけると、この国も落ちつきますがね」
ミランダ様の気持ちを最優先させながらも、臣下としての言葉も重ねる。
確かに第一王子がこの先、九年も伴侶がいないのは国としては困ってしまう。出来ればその前に何かしらの意思表示はほしいものだ。
チラリとミランダ様の様子を伺い見る。ミランダ様は俯きながらも、その顔は赤い。
そんなミランダ様の様子に、アシュは口角を上げている。
先程の言葉は、ミランダ様の胸に届いたのかもしれない。ランバース殿下の味方じゃないと言っておきながらも、その実は応援しているのが良く分かる。
フフっとつい声が漏れてしまう。伯父様もミルフィールさんも私と同じようだ。
その場は温かな雰囲気でいっぱいになる。
ミランダ様とランバース殿下が会えるのも、近いうちかもしれないな。




