時の魔女
そんな話をした数日後、彼女は顔を真っ青にして学園から帰って来た。
どうしたのかと侍女のミナがたずねても、彼女は何も言わない。大丈夫だとそれだけを伝えて、また城に行く。
そんな日々が続き、、彼女はとうとう倒れた。
あきらかに学園という所で何か異変がおきている。けれど彼女が何も言わないから、屋敷の者は下手に騒ぎ立てる事も出来ない。
旦那様と呼ばれる彼女の父親もまた、城に出かけていたようだが、そこでも何かがおきているのか、彼女の話どころか屋敷に戻ってくる事もなくなった。
異変は後を絶たない。次から次へと舞い降りる。
床に伏している彼女が無理をして出かける。その日はどうしても王子が学園に来るようにと命令されたと言う。
フラフラと体を揺らし、奥様とか呼ばれる彼女の母親や家の者がとめても彼女は、私は王子の婚約者だから王子の命令は絶対に聞かなくてはいけない。と言い出かけていく。
私は初めて彼女の元に、意識を飛ばした。
そうして知った。彼女の現状を。
彼女は周辺から一人、罵声を浴びている。酷い、酷過ぎる。たった一人の少女を皆で寄ってたかって、言葉で痛めつけるなんて。
その中で私は信じられない者を目にする。
私から力を奪った黒の魔女が、そこにいたのだ。どう見ても彼女がこの状況を作り上げている。私の力、魅了の魔法を使って。
潜在的な魔力は残っている。元より私は他の魔女より魔力が多いといわれていた。黒の魔女に奪われたとはいえ、その力さえ戻れば、私は彼女を連れて逃げる事が出来るのに。
どうしてこんなにも回復が遅いのだ? 早く早く魔力を溜めて、彼女のそばに行きたい。
少しでも早く溜めなければいけない魔力だが、どうしても彼女の現状が気になる。
私は彼女から意識を離す事が出来なくて、もう一度覗いた彼女がうけていたのは……言葉にするのもおぞましい行為の数々。
どうして彼女がそんな目にあわなければいけないの? どうして?
見ている事がどうしても出来なくて、力を戻す事に専念する。少しでも早くこの悪夢から数ってあげなくてはいけない。
――彼女が連れていかれて、幾日経ったのだろうか?
力が少し回復した。やっと彼女を助けにいける。そう思って意識を飛ばしたのだが、なに、これ?
彼女の周辺には、薄い膜のようなものが張り巡らされ、魔法が遮断されるのだ。
どうしても彼女のそばに行く事が出来ない。彼女に魔法が届かない。
どういう事だと人ごみの中を見回すと、黒の魔女がニヤニヤと笑って彼女の周りに手を翳している。どうやら魔法が遮断されているのは、黒の魔女の魔法のようだ。
どうしてそんな事をするのかと唖然と見ていた私は、次の瞬間目を見張る。
彼女の首めがけて刃が落ちたのだ。間に合わない。私が声にならない悲鳴を上げた時、一人の少年が彼女の元に駆け寄った。そうして転がった彼女の首を抱きしめ、そのまま己の剣で心臓を貫いたのだ。
同時に声が聞こえる。
(魂だけはずっとそばに)
彼は彼女が話していたアシュレイに違いない。どうして二人がこんな目にあわなければいけないの? どうして? どうして? 助けて、時の魔女!
(呼んだ?)
私が叫んだ声を聞き取った時の魔女が、目の前に現れる。
ここは時の魔女が支配する異空間。どうやら私を招いてくれたようだ。
(ええ、呼んだわ。お願い、時を戻して。いくらなんでもこんな結末はありえない)
私は時の魔女と取引する事を決意した。
(黒の魔女は禁忌を犯したわ。時をつかさどる魔女なら、貴方も知っているでしょう。魔女のルールを破ったの。白の魔女を殺したのよ。そうして私から力を奪って人間達を玩具にして楽しんでいる。やり過ぎよ)
そう言うと、時の魔女は考えるように口元に手を添える。
(確かにね。他の魔女から力を奪う事はご法度。同族同士の殺人はそれ以上に禁忌とされている。人間を玩具にするにしても……これは悪趣味だわ。知ってる? この国戦争もおきるわよ。彼女の手回しで。流石にやり過ぎね……)
私は愕然とする。黒の魔女はどれほどの人間を苦しめれば満足するのか。
(時を戻すにはどれ程の魔力が必要なの? ほとんど回復していないのだけれど、貴方なら潜在的な場所から引っ張り出す事が出来るでしょう。それを使って)
(それだけじゃ無理よ。時を戻すにはもっともっと強い意志がないと。必ず成し遂げるという強い意志が必要だわ。そうね、彼を使ってもいいかしら?)
そう言ってスッと指を指す。
何もない空間に現れたその姿は、まさに今己の剣で胸を貫いているアシュレイと呼ばれる少年。
(彼のって……あの彼の? けれど彼の意志を使うという事は、時を戻した時、彼だけ記憶が残るという事。この辛い思いを彼だけが引きずってしまうわ)
(仕方がないわよ。時を戻すには誰か一人は必ず記憶が残ってしまうのだから。辛いかもしれないけれど、これだけの意志を持つのは彼だけ。貴方の魔力と彼の意志を使わせてくれるのなら、時を戻してあげるわ)
確かに今この時、これほどの強い気持ちを持っているのは彼だけ。彼のファニーに対しての気持ちだけ。
私は時の魔女に向かって、コクリと頷く。
(……分かったわ。時が戻った時、私が彼のそばにいて辛い記憶を半分引き受ける。彼一人を辛い記憶に残したりしない)
(そうね。そうしてあげるといいわ)
(それと、もう一つお願いがあるの。あの魔女の母親の黒の魔女が、父親である人間を魔法使いにするのを阻止してほしいの。あの魔女を純粋な黒の魔女になどせずに、人間との半身として産まれさせてほしいのよ。そうすれば、今のような強大な力を保持する事は出来ないから)
私の言葉に時の魔女は目を丸くする。けれど、感心したようにもう一度私を見つめると、了承したというように頷いて見せた。
(なるほど。時を戻しても同じ過ちを繰り返されたら意味がないものね。分かったわ。けれど私一人が時をめぐり、それを成し遂げるにも魔力は必要よ。貴方からその力も奪ってしまっていいの? 時を戻っても貴方の魔力は、無くなったまま。乏しい魔力しか残らないわよ。もしかしたら最悪、魔女には戻れずに、普通の人間になってしまう可能性もあるわ)
時の魔女の言葉は私が想像していたもの。私は思いを巡らす。
仲間の白の魔女を殺した黒の魔女。私から力を奪って好き放題に暴れる魔女。傷だらけの私を助けてくれた心優しい少女。その少女のたった一つの心のよりどころの少年。
それら全てが一気に頭を駆け巡る。最後に現れたのは、少女の初めて見せた笑顔。
私は時の魔女に、大きく頷いてみせる。
(いいわ。それで彼女達が、幸せになれる道が開けるのなら)
(……相変わらず白の魔女は、お人よしなのね)
(愛をつかさどるのよ。彼女達には愛を知ってほしいから)
「ルミ殿、ルミ、大丈夫か?」
ハッと目を覚ます。そこにいたのは赤髪に金色の垂れ目、ハリスだ。
ボーっとする私はハリスの顔を見つめる。
どうやら夢を見ていたらしい。アシュにも話していない前回の記憶。
私は、ハア~っと息を吐き、寝台に横たえていた体を起こし、その場で座りなおす。
ハリスは横から水を差し出してくれる。私はそれを受け取り、喉を潤す。
残っているコップの水を眺めながら、私は先程の夢を思い出す。
時の魔女の存在は、魔女同士であっても公に出来ない秘密の存在。それゆえに人間であるアシュには絶対に言えない事柄なのだ。
だからアシュには自身の思いと私の力だと思わせている。そこはいい。そこはわざわざ掘り返す必要などないだろう。けれど……。




