暴露
俺の姿を見た護衛騎士が中に声をかけると、待っていたといわんばかりの勢いで扉が開いた。
嫌な予感しかしない。
うわあ~、やだな~。躊躇しながらも、俺は意を決して中に進む。
「……失礼いたします」
「待ってたよ、アシュレイ。早速だが教えてくれ!」
足を踏み入れた俺を言葉通り待っていたのは、腕を引っ張り強制的にソファに座らされ、両手を握られながら、目の前にはランバ様の秀麗なご尊顔。という状況だった。
なに、これ?
チラリと、ソファに寛ぐ目の前のギルバード様を見つめる。彼は俺に目を向けると、フッと笑ってお茶を飲む。
いや、何そんなに色気駄々洩れにして、優雅に寛いでいるんですか? 恋人でもない男同士が、見つめ合っているという目の前の異常な光景、気になりませんか?
「えっと、何を教えればいいのでしょうか? まずは説明を頂きたく……」
「え? ああ、すまない。ギルがアシュレイならばいい助言をくれるだろうと言うので、つい気が急いでしまった。許せ」
……この状況の犯人、まさかのギルバード様ですか。そうですか。
「ミランダが目を覚ましたのは、知っているね」
落ち着いたランバ様がソファに座り、改めて話進める。
俺がコクリと頷く様子を見て、ランバ様も頷き返す。
「順調に回復している。体はもちろんの事だが、気持ちにもゆとりが出来てきたらしい。これも全て白の魔女の末裔ミルフィール様のお蔭だ。感謝してもしきれない」
そんな話を聞いて、心の底から良かったなと思いながら、俺はもう一度頷く。
すると、ランバ様が俯いて、肩をプルプル震わせ始めた。今ソネット様は元気になってきたと言ったじゃないか。一体何があったんだ? 内心不安になりながらも、根気よくランバ様の言葉を待つ。
「……それなのに、それなのに私はいまだにミランダに会えていないんだ」
は?
「会えていないんだ。一度も、ただの一度も、同じ城にいるというのに!」
ランバ様がガバッと顔を上げる。必死の形相に嘘ではない事が分かる。
えっと、それは……。ギルバード様を見ると、顔を背けてお菓子を摘まんでいる。あの~、貴方の主君が困っているようなのですが……。
一向に反応のないギルバード様の援護射撃を諦めて、天井を見ながらどうしようかと考える。いや、考えても仕方がないか。この場合は、はっきり言ってやった方が親切ってもんだ。
「ソネット様に拒否されているのですね」
「うぐっ!」
ランバ様は変な呻き声をあげて、心臓を押さえる。
そりゃあ今まで散々相手にしなかったのですから、嫌われても仕方がありませんよね。そういう意味合いで言ってやると、ランバ様は力なく「違う」と言った。
「ミランダはそんな子じゃない。彼女は優しいからいくら私が嫌いでも、私の立場を気にして一度ぐらいはちゃんと会ってくれる」
言ってて悲しくなりませんか? でもまあ、ソネット様ならそうでしょうね。彼女は己の立場もランバ様の立場も、嫌ってほどよく分かってらっしゃる。
婚約者という立場上、城で面倒を見てもらっていて、見舞いに来てくれた王子を無下にするような事が出来る女性じゃない。では何故? 落ち着いてからもう一か月は経とうかという月日において、一度も会えていないというのは少し異常だ。
「母上が……」
ランバ様がまたもや下を向いて、プルプルと震えながら呟く。
母上っていうと、王妃様? 王妃様がどうした?
まさか王妃様がソネット様を追いやって、ファニーと新たに婚約しなおさせようとしているんじゃないだろうな。
俺がランバ様に詰め寄ろうとした時、ランバ様が顔を上げて叫んだ。
「母上がミランダにはもっと優しい、ミランダをしっかりと守ってくれる男と結婚させると言い出したんだ!」
………………は?
「母上は、幼い頃から一生懸命王妃教育を頑張っているミランダが大好きだったんだ。王妃教育の辛さは自分が一番よく分かっていたって。そんな辛い教育を真面目に、文句一つ言わずしっかりと私を支えてくれるミランダが、可愛くって仕方がなかったそうだ。だけど私は、その、他の令嬢に夢中で、そんなミランダを蔑ろにしていたから、一人必死で耐えているミランダが健気で、愚痴の一つも自分に吐いてくれればとお茶に誘ったりもしたけれど、自分といてはどうしても緊張するみたいで、発散させてやることも出来ず歯がゆかったと、ハンカチを噛み締めながら訴えてきたんだ」
……え~っと、とギルバード様をチラリと見ると、やっとこちらを向いたギルバード様がランバ様の話の捕捉に入る。
「アシュレイの事だから、ソネット家のミランダ様に対する扱いは知っているよね」
俺はコクリ頷いた。ソネット様が倒れられて初めて知った事実だったけれど。
「王妃様はミランダ様の実の父親とは幼馴染で、弟のように可愛がられていたんだ。だからランバとの婚約はソネット家の圧力というよりは、王妃の願望から結ばれたものだったんだ。けれど結局は、それが彼女を苦しめる結果になってしまったと、今回の件で心を痛められたんだろうね。ランバがミランダ様を見ないなら、ミランダ様には極上の、ミランダ様だけを見つめる男を選ぶと意気込んでいらっしゃったよ」
「……つまり、王妃様は国よりもランバ様よりもミランダ様の幸せをとると?」
俺が結論付けると、ギルバード様はそういう事。と頷いた。
「私は母上に、今はミランダが気になると言ったのだが、そんなにコロコロ気持ちを変える男に自分の可愛い娘はやれないと、実の息子の私に言ったんだ。ハッキリと気持ちが安定して、ミランダじゃないと駄目だと思わないうちは、絶対に会う事は許さないとすごい剣幕で、一歩も彼女に近付く事が出来ないんだ。部屋の前で様子を伺う事も出来ない」
凄いな、王妃様。嫁が可愛い余りに娘と呼び、実の息子を追いやるなんて。しかし、ソネット様の部屋の前で様子見なんて、王子が何をやっているんですか?
「しかもミランダ様を囲っているのは、王妃様だけではないんだよ。今迄のミランダ様の教育係をしていた全員で、ランバを近付けないようにしている」
「え? それって……」
「そう、皆優秀で頑張り屋なミランダ様が大好きだったんだよ。何を言っても嫌な顔一つせずに頑張るミランダ様といると楽しくなって、ついついやり過ぎてしまっていたらしい。自分の知識全部与えたいという欲求が出てしまっていたんだな。だからきつい言葉を吐いてしまったり、これでもかと課題を出してしまったりしていたらしい。それがどの教科でも同じ事をしていたら、疲れてしまうのも無理はない。またミランダ様もやり遂げてしまうから困ったものだ。まあ、そういう訳で教師陣は可愛いミランダ様をこれ以上苦しませないようにと、王妃様とミランダ様を守ると結託したらしい」
「……その手始めが、ランバ様との接近禁止令ですか」
「自業自得とはいえ、ちょっと可哀そうになってきたので、いい助言を与えてやってくれないか?」
「いやいや、なんで私なんですか? そういう事でしたらギルバード様の方が頼りになるでしょう」
「私もランバと同様、監視下にある」
…………何をやってるんだろう、この人達は。
けれど、そういう事か。王妃様は元からソネット様を大切にされていたんだな。
俺がいない間に開かれたお茶会でファニーの事を気にかけていたのも、ソネット様の邪魔になる令嬢かどうか確認されていたんだ。けれど、ファニーはランバ様の事を全然相手にしていなかったから、王妃様も安心されて今まで何事もなかったというところか。
――良かった。ソネット様も一人ではなかったんだ。
「あ~、それで、ランバ様はどうされたいのですか?」
「とにかく一度ちゃんと会いたい。会って謝って、それから……本当に好きなのか確かめたい」
「それって自己満足ですよね」
ガ~ンという表情をされるランバ様。
だってそうでしょ。今まで相手にもしていなかったのに、今更会って謝られて、それでランバ様が好きだと思ったら告白されるの? え、何、その拷問? なんか男の俺でも嫌なんだけれど。
「王妃様が接近禁止令を出された理由が良く分かりました。王妃様に一票」
「見捨てるなよ、アシュレイ~」
「いいですか。はっきり申し上げますが、ランバ様は根本的に間違っています。ソネット様を今まで同様、お飾りの妃にしたいのならそのような行動で結構です。けれど彼女の気持ちが欲しいのなら、その行動は愚策としかいいようがありません」
「えええええ~?」
何がえええええ~? だよ。当たり前だろ。自分本位にもほどがある。相手の気持ちまる無視じゃないか。
そりゃあ、俺だってファニーに婚約を申し込んだ時には、ファニーの気持ちまる無視だったよ。それは認める。けれどあの時は俺も必死だったんだ。どうしたらいいのか全く分からなくて。
だからその後、全身全霊で気持ちを伝えたさ。大好きだ。守りたいって。
結局のところ、俺も守られちゃったんだけれどね。でもそれってつまり、思いが通じたって事なんだよな。ファニーに俺の気持ちは重いと思われず、受け止めてもらえて、返してもらえて……両想い最高♡
そんな今の俺に、相手を無視した行動をとるのに賛成するなんて事、出来るはずがない。
俺がそんな風に考えていると、前で項垂れていたランバ様がポツリと呟く。
「だって……本当に、分からないんだ。これが、今の気持ちが、ミランダを好きなのかどうか」
ランバ様はおもむろに顔を上げると、俺をキッと睨みつけてきた。
「仕方がないだろう。私は本当にロレン嬢が好きだったんだから!」
「「!」」
えええ~、今まで濁しに濁してきた事を、こんな時に暴露された。今までのんきに一人お茶会をしていたギルバード様も、流石にお茶を零している。
いやいやいや、そのロレン嬢とラブラブ、アツアツな俺を前にして言っていい事ではないですよね。駄目ですよね。
俺が心の汗をダラダラと流している前で、ランバ様は自棄になったのか、止まる気配が全くなく言葉を吐き続ける。
「そりゃあ、自分でも大概しつこいなぁとは思ったさ。八歳の頃に一目惚れして九年近く思い続けていたんだから。けれど初恋だったんだ。アシュレイがいるのは分かっていたけれど、そんな簡単に忘れられるわけがないだろう。目の前でアシュレイとイチャつかれながらも可愛い顔を見せられて、なんの拷問受けてんだっていつも思っていたよ。そんな落ち着かない状態でミランダを見てやれって言われても、出来る訳ないじゃないか。それこそ失礼ってもんだろ。君の底力を見せられてやっと自分の気持ちに落としどころを見つけて、ミランダに向き直ろうとしたら、もう遅いって。そんなの私にどうしろって言うんだよ。酷いのは分かってるさ。勝手なのも充分分かってるさ。でも会いたいんだ。会って話をして、ちゃんと好きだって感じたいんだ。こんな中途半端な状態で、ミランダだけ見つめるなんてそんな言葉、建前だけでも言える訳ないだろう!」
ゼイゼイと肩を揺らして息を整えているランバ様を、俺とギルバード様はなんとも言えない状態で見つめる。
……いや、なんか、分かるけどね……。
九年をしつこいと言われたら、前回合わせて十八年思い続けている俺って一体……。
まあ、なんだな。ランバ様はランバ様なりにソネット様には真摯であったと、そういう事なんだろうな。
俺はふう~っと息を吐く。
ランバ様は我に返ったのか、ハッとして口元に手をやる。自分が今言った事が信じられないのだろう。
「あ、私は……」
「申し訳ありません。最初から知っていましたよ。ランバ様の気持ちは」
「!」
ここまで話してくれたランバ様に、俺も素直に気持ちを口にする。
驚くランバ様とそれを静かに見守るギルバード様。うん、ギルバード様は俺が知ってる事も了承済みだな。
「私もランバ様には偉そうに言えないんですよね。私も強引に婚約をもぎ取った事は、十分理解していますから。ランバ様に恨まれても、文句言えないと思っていました。けれど、どうしても譲れなかったんです。己の全てをかけて手にしないと、零れ落ちてしまう。それが分かっていたから強引であろうが気持ちを無視しようが誰かを傷付けようが、突き進むしかなかったんです」
「えっと……アシュレイ?」
途中からなんの事かと首を傾げるランバ様。ハハ、ちょっと話過ぎたか。
「分かりました。ソネット様の件、全面的に協力しますよ」
「! 本当か、アシュレイ」
途端にパアッと華やいだ顔をするランバ様。麗しの美貌が輝いていますね。本当に素直な方だ。
俺はコホンと一咳すると、人差し指を立てて了承をとる。
「その代わり、私の意見も聞いて下さいね。今は何よりソネット様の気持ちを優先する事が大事ですから」
「ああ、分かった。言う通りにするよ」
真剣な顔で頷くランバ様。俺はその隣で傍観していたギルバード様に向き直る。
「これでよろしいですか、ギルバード様」
「ああ、ありがとう」
本当に策士だな。
この結果をもたらす為に素知らぬ顔をしていた未来の宰相に、俺は思わず苦笑するのだった。




