念願
全員が集まり謁見の間で話を聞いた後、ミルフィール様と師匠はソネット様の元に戻り、ヒュージニアの面々は帰り支度を始め、ハリスさんはルミを探しに行くと言い、俺はファニーをロレン邸に送り届け、帰宅するなりエントランスで待ち構えていた父上とハリスさんに執務室に連行された。どうやらルミはすぐに見つかったようだ。
執務室にはクレノさんが待機していて、俺の方を見るとニヤリと笑った。
「あーちゃん、ありがとうは?」
「はい、ありがとうございます。全てクレノさんと父上、ハリスさんのお蔭です。感謝します」
俺が素直に頭を下げると、クレノさんが目に見えて引いた。失礼だな、おい。
「え? 素直なあーちゃん、可愛いけれど、なんか怖い」
「貴方達三人以上に怖い方なんて、この世に存在しませんよ」
俺が盛大な溜息と共にそう言うと、三人は互いに顔を見合わせた。
そう? というようなとぼけた姿に、俺の口元が引き攣る。
単身で、ヒュージニア国を巻き込んだ黒の魔女の情報を探り当て、たった二人で元凶の騎士を捕まえ、関わった山賊を壊滅し、ヒュージニア国の内部に乗り込み、戦争を回避した人間どもが、普通であると思うなよ。
まあ、この三人が特別なのは俺も薄々感づいていたけれど。
今回の相手がヒュージニアと戦争を好まない小国であった事も不幸中の幸いだったのかもしれない。
あ、そういえばクレノさんに聞きたい事があったんだ。
「クレノさんはヒュージニアの早馬の騎士をいつから怪しいと思っていたんですか?」
「ん? 別に奴一人が怪しいと思っていたわけじゃないよ。ヒュージニア国が関ってくるだろうなぁという事は、あーちゃんの話から察しがついていただろう。俺はクモの糸のように情報源を張り巡らせていただけ。上手く引っかかってくれたなあ。て感じ?」
飄々と言うクレノさんに、どうやって動いたのか詳細を聞くのは無理だなと諦めた俺は、もう一つ気になる事をハリスさんに聞く。
「ハリスさん、なんでルミといい感じになってるんです?」
「……念願の黒の魔女を捕まえた後に聞く質問が、それなのか?」
ハリスさんに向かってビシッと指を突きつけた俺に、父上が溜息を吐いた。
だって黒の魔女が捕まった以上、今の俺が出来る事はない。ならば気になる事を聞くのが重要だろう。
「アシュ、お前が会わせてくれたんだろう。カラン山に行く地図を教えてもらいに、ロレン邸に行ったじゃないか。その後、夢の中に本来の姿で出てきてくれた。一目惚れだ」
ハリスさんはなんて事ないように、あっさりと白状してくれた。
おお、一目惚れですか。その効力の偉大さは経験済みです。それは仕方がありませんね。
「応援します。幸せになって下さい」
「ああ、ありがとう」
ハリスさんは俺の知る中じゃ一番大人だ。色々辛い思いをしたルミを守ってくれるのには、十分の包容力を持ち合わせている。
二人の寄り添っている姿を想像しながらにやついていると、父上に頭を鷲掴みにされた。
それ本当に痛いからマジでやめて下さい。切実に。
「ミランダ嬢も黒の魔女の呪縛から解かれれば、ミルフィール嬢もそばにいる事だし、自然に回復へと向かうだろう。ヒュージニアの二人も結局はお前とファニリアス嬢にほだされたようだし、自国へ戻っても問題はなかろう。なんだかんだと丸く収めてしまったな。ご苦労」
そう言って父上は、俺の頭を鷲掴みにしていた手を開いてくしゃくしゃと撫でまわす。
ん? それは労わって下さっているのですか?
――そうか、これで本当に黒の魔女からの脅威はなくなったのか。
俺はじんわりと噛み締める。
長かったな。
前回ファニーに一目惚れをして、その場で王子に奪われて、その思いをしつこく抱き続けながら、ファニーが苦しむ姿を見過ごした。挙句、彼女は俺の手から離れてしまった。もがいてもがいて必死で掴みとった手を離すまいと猛進していたが、結局周りに助けられた。
一人では決して得られなかった現実。
「……なんか、俺ってば幸せ者?」
へへへっと力なく笑うと、ハリスさんが「お疲れ様」と言ってくれた。隣でクレノさんが「甘えられるようになったじゃない」と笑ってくれた。
うん、俺上手く甘えられるようになったよな。
「いやだあぁぁぁ~!」
師匠の叫び声が城中にこだまする。ああ、まだ逃げ回っているのか。
実は今、師匠はある貴族から逃げているのだ。
その貴族というのが、我がハワード家と同じこの国の三柱と呼ばれる一つ、ウルシオ・オーマン公爵。かの公爵家は裏の軍事力と呼ばれるハワード家と対なる家として表の軍事力を一気に引き受けているお家柄だ。
だが残念ながら現公爵の代では世継ぎに恵まれず、養子をとるという話になっていたが、公爵のお眼鏡にかなう者が見つからなくてなくて今に至っていた。
実は一度だけ、俺がハワード家の嫡男でさえなかったら……と惜しまれた事がある。
そしてその後、父上に弟をつくってくれと頼んでいた。ハワード家の子供なら優秀に育つだろうと。
俺の目の前で父上は全力ダッシュで逃亡した。そうだよね、こればかりは神様しか分からない事だから。
そんな風に思っていたのだが、このオーマン公爵。実はミルフィール様大好きおじ様で、ミルフィール様の父上とは古くからの友人関係にあったそうだ。
ミルフィール様が力を発揮した時もゴルフォネの王と相談の上、逃亡先として我が国を選んだのもゴルフォネ国王と我がハワード家が友好関係にあるのと同時に、ミルフィール様の父上、ガドラ辺境伯とオーマン公爵が友人関係であった事も大きな要因の一つであった。そして、ミルフィール様の安全の為、ゴルフォネではミルフィール様の存在を消した。
今のミルフィール様はただの平民である。近衛隊隊長という肩書を捨てた師匠もまた、貴族ではあるものの俺の師匠として我が家にいる傭兵上がりの平民と、さして変わらない状況であった。
師匠とミルフィール様はそれで構わないと言って、笑っている。
好きな人のそばにいられるのならば、肩書など必要ないと言う二人は俺の自慢の兄上と姉上だ。
けれど優秀な二人を周りが放っておくわけがない。当然のように二人に目を付けたのは、オーマン公爵。一段落ついた二人にミルフィール様を養子に迎えて師匠と正式に結婚し、跡を継げ。と連日連夜追いかけ回すオーマン公爵は、まだまだ捨てたものではないな。現役でいけるさ。と俺は傍観している。
「師匠、こっちこっち」
流石に息が切れてきた師匠に見かねて、手招きで呼び寄せる。
柱の影に二人で隠れる。
「助かった~」とゼイゼイ言いながら息を整える師匠に、素朴に聞いてみた。
「師匠はどうして、そんなにオーマン公爵家に婿入りするのが嫌なのですか?」
「は? お前本気で聞いてる?」
師匠は俺が首を傾げると、ハア~と溜息を吐いた。
「よく考えてみろ。俺がオーマン公爵家を継ぐと、三柱の一つとしてハワード家と対等になるという事なんだぞ」
「はい?」
「あのリスティ様と肩を並べるんだぞ。俺に務まると思うか?」
「あ」
確かにそうだ。三柱の公爵家は同じ公爵家でも群を抜いて特別。王族と筆頭に扱われるほどのお家柄だ。重要な案件には必ず重鎮達と話す前に、王族とこの三柱が話し合われる。
それほどの家を継ぐとなると、ただでさえ重い重圧に耐えねばならないのに、その中の一人には我が父上がいる。
正直しんどいよなぁ。
「それにもし、リスティ様が早めに隠居したとしても、その次はお前がいるんだぞ。俺に気の休まる日が来るとは思えない」
ん? それはどういう意味ですか?
「つい最近まで森を彷徨っていた俺が、リスティ様と肩を並べるなんてありえないんだよ。しかもその先には確実に面倒をおこしておいて、笑いながらバッサバッサと切りつけ片づけていく弟分と肩を並べる羽目になる。俺の自由はどこにいってしまうんだ~」
……なんかムカつく。
なんでしょうかね、その言い分は。俺は柱の影から出ると、スッと息を吸って少し大きめな声を出す。
「どうしたんですか、マッドン様。そんな所に隠れてぇ~」
「「!」」
口をパクパクとする師匠の横で、後方に指を指す。
ゆっくりと振りかえる師匠が目にしたのは、ダダダッと物凄い勢いで突進してくる猪、もといオーマン公爵。
「覚えてろよ~」と師匠が泣きながら逃げていく様に手を振りながら、俺はさてとっとランバ様の私室へと向かう。
黒の魔女が捕まってゴルフォネに送還された一週間後、ソネット様は目を覚まされた。
ミルフィール様が力を使いながらも、何くれと世話を焼いてくれたのが良かったのか、起き上がれるほどに回復されたと聞く。
内々にファニーがお見舞いと称して会いに行ったようだが、その詳細は話してくれなかった。
なんでも淑女の秘密らしい。まあ、俺はソネット様が元気で、ファニーが楽しそうならそれでいい。そう思っていたが、ランバ様から呼び出しがあった。
な~んか面倒くさそうだな。と思い断ろうかとも思ったが、ランバ様の直筆サインの下に『逃げるなよ』とギルバード様の文字が書かれていた。
あ、読まれてる。仕方がないので俺はこうして、ランバ様の私室前まで来てしまったというわけだ。




