真相
すっかり勢いをそがれた黒の魔女は大人しくなり、その後、父上がゴルフォネから持ってきた魔法封じの手かせを付けて、投獄された。
これで黒の魔女はどのような魔法も使う事が出来ず、ただの人として城の地下の牢に収容される。
父上が言っていたように、近いうちにゴルフォネに送られ、魔女裁判を受ける予定だ。
俺達はというとその場にいる全員まとめて国王と王妃の待つ部屋に連れていかれ、父上とハリスさんから真相を聞かされる事となった。もちろん、クレノさんの事は秘密で。
因みに、ルミだけはその場から逃げた。魔女の身分で王様に会う事など出来ないと。関係ないのにね。
ヒュージニアから遊学に赴いたカラクスト王子、アニシエス王女両名は、出迎えに来たはずのダンバ国の騎士に拘束された。なんの前触れもなく突然に、である。
その場で話された内容は、最近洞穴より発掘された過去の遺物、食器や彫刻品などといった価値ある品の盗難容疑である。
全くの濡れ衣に目を丸くするものの、問答無用で捕らわれた二人を目にした早馬の騎士は、王子と王女が無事にダンバ国に入った旨を知らせる為ではなく、無実の罪で捕らわれたと報告したのであった。
ヒュージニア国民は芸術品を好む、盲目的に。その傾向は王族に近しい者であればあるほど顕著に表れる。
ダンバ国で過去の遺物が発見された。ぜひこの目で見てみたい。確かにそのような感情は溢れ出る。が、今回は違う。そのような事を聞いたのも今が初めてだ。
ヒュージニアの国王は何かの間違いだと、その早馬の騎士を使って書簡を出した。あくまでも穏便にすませる方法はないかと、誤解である旨をしたためながら。
返ってくるのはカラクスト王子の直筆の手紙だけ。父上、助けて、と。
何度もそれが繰り返された国王は、最後にアニシエス王女の悲痛な手紙、罪人のように髪を切られた。との内容に、とうとう怒髪天をむかえた。
アニシエス王女のヒュージニア王族がもつ深い緑の美しい長い髪は、国王のお気に入りであった。その美しい髪を……ヒュージニアの王族の罪が判明したわけでもない状態で、そのような辱めを受けさせるとは……国王の命令により、軍隊が動いた。
国境を越えようかと思われたその時、突如として中止の命令が飛び交った。
父上とハリスさんが件の早馬の騎士を連行して、ヒュージニアの国王の前に現れたのである。
言葉の通り、まさに目の前に。
謁見の許可など通さず、突然国王と重鎮達が会議している部屋の戸を、蹴破るような勢いで現れた二人は、皆の前にそれを投げ飛ばす。
それ。とは、もちろんぐるぐる巻きにされた早馬の騎士である。
ヒュージニアの騎士が国王を守るように二人を取り囲む中、ヘラリと笑った父上が言葉を掛ける。
「諸悪の根源です。煮るなり焼くなり好きにして下さい。黒幕はこちらで。というより、ゴルフォネ国にお任せしようと思っていますので、宜しいでしょうか?」
そうして事の真相を話す。
黒の魔女という者がダンバ国を戦火にしようと目論んでいる。この早馬の騎士が魔法により利用された。王子と王女の手紙は、全くの偽物。黒の魔女が魔法で筆跡を真似たものであろう。
カラクスト王子とアニシエス王女は、ダンバ国の城にて問題なく楽しんでいる。疑うならば別の者を寄越すか、国王自ら訪問してくれればよい。とダンバ国、国王の平和を望む書簡と共に。
ヒュージニア国も馬鹿ではない。王子達の内情を知ろうと、この早馬の騎士以外の別の者をダンバ国に寄越してもいたのだが、途中全ての者が山賊に襲われ命を失くしていた事が、同時に父上達の口から聞かされたようだ。もちろん、この山賊のお頭を操っていたのも、黒の魔女。
そのような事情を知らずとも、戻ってくるのが早馬の騎士だけという状態に、不信感を抱いていたのも事実。
ヒュージニアは軍隊を引かせた。もとより戦争など望んでいなかったのだから……。
以上が、父上が説明してくれた内容である。
その一件、全てを調べつくしてくれたのがクレノさん。そうして父上とハリスさんが動いたそうだが、どこをどう調べれば、こんな事まで分かっちゃうんだ?
黒の魔女だって早馬の騎士を操っていた行動には、細心の注意を払っていただろう。それこそ、昼夜問わずベッタリと張り付いていても出来るかどうかだ。
クレノさん、ちょくちょく俺の所に来ていたように思うけど……駄目だ。クレノさんの行動を考えると分からなくなる。これはハリスさんの助言通り気にしたら負け。と考えて素直に感謝するだけにしておこう。
そうそう、余談だが父上とハリスさんはこの山賊を全滅させて、お頭はじめ中心人物を早馬の騎士同様、ぐるぐる巻きにしてヒュージニアの城の門前に放り投げておいたらしい。さぞ迷惑だっただろうな。
全てを話し終えた父上は、ヒュージニアの面々に顔を向ける。
「カラクスト王子、アニシエス王女。申し訳ありませんが、一度ヒュージニアにお戻り下さい。国王様に元気な姿を見せて、今回の件を直接話していただきたいのです。私共の話で理解はして下さり軍隊を引かせて下さったのですが、納得はされていません。黒の魔女一人に皆が翻弄され、自分達も利用された旨を伝えていただけると助かります。落ち着いたら改めて来て下さればよいかと」
父上の申し出に、顔を見合わす二人。
「……そうだな。我々もまんまと利用され、皆には迷惑をかけた。一度戻るとするよ。本当はもっとゆっくりとこの国の文化に触れてみたかったのだが、素晴らしいハンカチもいただいた事だし、それをお土産として今回は帰り、次回を楽しみにするとしよう」
カラクスト王子は残念そうに、肩を落としながら了承する。
そうだったな。王子はこの国の芸術品もさる事ながら、豊富な書物にも心惹かれていたんだった。マキアート男爵に色々と話を聞いて来たんだろうに。
前回、書庫を案内した時の嬉しそうな顔を思い出す。そういえば……。
「カラクスト王子、よろしければラトック神話伝の初版本をもう一つお土産にお譲りいたしましょうか?」
俺の言葉にカラクスト王子が勢いよく振り返る。
「え? ラトック神話伝の初版本? そんな物が存在するのか?」
「ふっふっふっ。私の部屋に保管してあります。古代語で書かれていたので見つけた者はどのような物か分からなかったのでしょう。市で低価格で売られておりました。見つけた時には少し興奮しましたね」
「いいないいないいな。くれるのか? そんな貴重な物、本当にくれるのか?」
カラクスト王子は俺にしがみつかんばかりに、詰め寄って興奮している。
前回の経験が役に立つ。俺はカラクスト王子と酒を飲みながら、そんな話をしていたのだ。王子の趣味は了承済み。
「あ、けど、私はその……黒の魔女に操られていたとはいえ、ハワード殿には失礼な事を……」
カラクスト王子がふと我に返る。まあ、確かに黒の魔女の言葉に騙されて濡れ衣をきせられそうにはなったが、この二人も被害者だからな。
それに前回の事もあり、俺は割とこの王子が嫌いではなかった。だから、もういいだろう。
「喜んで下さったら結構ですよ。次回お会いできるまでに別の本も用意しておきますね。穴場を知っているのです」
俺のそんな態度に、カラクスト王子は目を丸くする。
「ハワード殿は……ずごく、いい奴だな」
グズッと涙ぐむ王子。え? 酒も飲んでいないのに涙上戸?
俺が慌ててカラクスト王子を介抱していると、後ろから「いいなぁ」という声が聞こえてきた。
「私もハンカチ以外に何か思い出の品が欲しい……」
「でしたら王子と同じ書物で、最近流行りの恋愛小説などいかがです?」
「え?」
アニシエス王女が俺とカラクスト王子のやり取りに、自分も何か欲しくなったのだろう。
その言葉に反応したのは、我が愛しのファニー様。
「実はランバース殿下の婚約者、ミランダ様と私は本がとっても好きなのです。特に最近は恋愛小説がお薦めで、二人で色々と読み合っていたのです。この主人公が誰に似ているとかこんな言葉言ってもらいたいとか。アニシエス王女はそういった類の本は、お読みになりませんか?」
「え? え? 恋愛小説? 我が国にはそのような物はないわ。それはどういった物なの? すごく興味があるわ」
アニシエス王女はファニーの言葉に食いついた。
待って、俺も興味がある。
「ファニー、恋愛小説の主人公が誰に似てるって? 浮気なの? 心の浮気?」
俺はカラクスト王子から離れ、アニシエス王女に手を取られていたファニーの手を取り上げる。
「もう、アシュってば。そんな事私がするわけないでしょ。私の好きな本の主人公は全部アシュに似た人。アシュがモデルじゃないかって思う様なカッコイイ人ばかりよ。今度見てみる?」
「でも、それは俺じゃないよね。本を読むのはいいけど、ファニーが言ってもらいたい言葉は俺が全部言うから、そんな本の奴にカッコイイとか思っちゃ駄目だよ」
「思わないわ。私が本当にカッコイイと思うのはアシュだけよ」
「じゃあ、許す」
へへへと二人で手を握り合い見つめていると「すまない、ロレン嬢」と、突然ランバ様が間に入って来た。
嘘だろ。俺達のイチャイチャタイムがランバ様に邪魔された? ランバ様はまだ、ファニーを諦めていなかったのか?
俺は一瞬、表情が強張るのが分かった。
「その恋愛小説でミランダが話題に上げていたのは、どんな奴だっただろうか?」
あれ?
「フフ、気になります?」
ファニーがランバ様を揶揄うように笑う。ファニーじゃなくて、ソネット様の話?
「……ミランダの事を、私は本当に知らないのだ。その、ミランダが好む本に私のような者は出てきただろうか?」
「それは、そうですね。出ては来られておりましたが、だからどうだと言うお言葉はなかったですね」
キッパリと言うファニーの言葉に、ランバ様はガクリと項垂れた。
「……貴方達は、国王様や王妃様の前で何をやっているのですか?」
こめかみに青筋を立てたギルバード様に、笑顔で問われる。
周りを見ると、俺の保護者達はフゥ~と溜息を吐いていて、国王様達は苦笑をもらし、ヒュージニアの面々はポカンとしている。
「……アシュ、本日の鍛練は私も一緒にしよう」
父上がギルバード様に負けない笑みを俺に向ける。
本日の鍛練、父上も一緒にという事は間違いなく死ぬ。明日はファニーに会いに行けないな。ならば今しっかりとファニーを補充しておこう。
俺は父上の迫力に圧倒されながらも、隣にいるファニーをギュッと抱きしめると、ツカツカツカとやって来た父上に頭を掴まれ連行された。
ファニーから離される。痛い上に悲しい。
「愚息が失礼いたしました。話を戻します」
そう言って父上は、国王様と王妃様に今後の話を始めたのだった。




