冤罪
師匠が去った後、ヒュージニアの王子と王女に対面した俺達は、一応ホッとした。
黒の魔女ことローズマリー・マキアートはその場にいなかった。
昨日の件で二人と揉めて、距離をとられているのならそれでいい。が城を出た気配はないので、どこに潜んでいるか分からない不気味さは否めなかった。
「では、まずは舞踏会を催します会場にご案内いたしましょう。今夜お二人の歓迎を込めた宴もその会場で行われますので、下見もかねて足をお運びいただければと存じます」
「我々はまだ成人前なので、始まりに少し顔を出させていただく程度になりますが、お二人には楽しんでいただければ幸いです」
俺とギルバード様が皆を案内する為に、前に出て説明する。
我が国では夜の宴は基本成人してからと決まっているが、カラクスト王子は俺達より五歳上で問題ないのだがアニシエス王女は一歳上とランバ様とギルバード様と同年代だ。
本来なら王女の参加は無理なのだが、そこはそれ、ヒュージニア国の成人が十四歳からと我が国とは異なる為、ヒュージニアに合わせた参加としたのだ。
因みに我がランバ国では、男女共に十八歳が成人となる。
「楽しみにはしているよ。だけど、ローズマリーを連れていけないのは残念だ。まあ、宴の席で君と顔をあわせないだけでも安心出来るが……」
王子がぼそりと呟いた。
昨日の件で、俺と黒の魔女の険悪な雰囲気は知られてしまった。間違ってはいないが、やはり王子は魅了の魔法がかかっている為、黒の魔女の味方なのだな。
前回では友人関係になっていた俺としては、一抹の寂しさを感じる。
「私も浮ついた上級貴族が、立場の弱い下級貴族の女性相手に無理を強いる姿なんて見たくもなかったから、安心したわ。顔がいいだけで権力をかさに着て、女を自分のものにしようなんて恥知らずに、歓迎なんてされたくないものね」
毒づく王女。俺を睨みつけながら言っているところを見ると、その浮ついた上級貴族とは俺の事なのか?
女を自分のものって……俺はファニー一択のものなんだよ。他の奴なんて爪の先程の興味もない。
クルリと王女に向き直り、俺はわざと最上級の貴族スマイルをしてやった。
肩を跳ねさせて真っ赤な顔になる王女に一言。
「アニシエス王女の美しいダンスを拝見出来なくて残念です。どうやら昨日の件でご不興を買ってしまったご様子なので、私は一歩離れてお供させていただきます。どうぞ私の事はお気になさらず、城内をお楽しみ下さい」
そう言って、体をずらして首を垂れる。
ランバ様が俺を補助する為に何かを言おうとしたが、俺はそれを目で制した。
離れていた方が見やすい事もある。特にこの場にいない黒の魔女対策には、そばにいるよりもこの方が最善かと思ったのだ。
ヒュージニアの二人は目に見えて動揺した。
少しぐらい嫌味を言っても動じないと思ったのだろう。もしくは俺が狼狽えるか怒るかして、その場をかき乱すと考えたのかもしれない。
そうすれば理由はともあれ、こちらの落ち度として他国の王族に不快な思いをさせたと謝罪しなければならない。それで昨日のヒュージニアの面々が謝罪した事案は、同等となる。そんなところか。
けれど先程、師匠にも釘を刺されたように俺は冷静でいなくてはいけない。こんな所で見えるものも見えなくなるのはごめんだ。反対にそれを利用させてもらう。
ヒュージニアの従者達と目が合うと、恐縮しまくった顔で主人達には気付かれないように首を垂れた。
昨日やらかしたのは、あきらかに自分達の主人の方。それが礼儀を弁えた相手に対して開口一番、嫌味を言い遠ざけさせたのだから、立て続けの失態である。
俺はそんな様子を気にせず、列の一番後ろに移動した。
王子と王女がチラリと俺を見てくるので、俺はニコリと笑みを返してやった。
二人はウッと言葉を詰まらせて、お互いに顔を見合わせてひそひそ話始めた。
『ローズマリーの言っていた話は、本当よね? あんなに顔がいいくせに嫌がる女を無理矢理に、なんて事するのかしら? 本当だったらやっぱり、性格がひん曲がってる?』
『よく分からない。昨日言っていた事も彼側からしたら間違っていないようにも感じるし、だからと言って淑女のローズマリーがそんな事を言って得するとは思えない。こんな話、公にでもなったら恥をかくのは女性のローズマリーだし、そういう関係になってなかったとしても傷物とみなされて、今後のローズマリーの女性としての人生は苦しいものになる。それに何より僕はローズマリーを信じたい』
『それはもちろんそうよ。あんな事、例え得する事があってついた嘘でも、女の方からなんて言えないわ。それをローズマリーは私達を信じて話してくれたのよ。裏切るわけにはいかないわ』
『そうだよね。うん、分かった。今は殊勝なフリをしているだけなんだよ。彼の本心は女にだらしなく、加えて断られたら仕返しをする心の狭い持ち主なんだ。こちらが申し訳なく感じる必要などないね』
堂々と内緒話をする二人は、結論が出たのか真面目な表情でこちらに向き直る。
「本日は夜会を催されるのでしょう。私は準備があります。時間がないのだからサッサと案内して頂戴」
「ア・アニシエス王女!」
自分達は何も悪くないと言わんばかりの態度に、ヒュージニアの従者達も顔色を悪くする。
それどころか、ヒュージニア国はダンバ国に比べかなり小さな国だ。
大国に小国の者が遊学を許可してもらい、年齢が近いというだけで第一王子自ら案内をしてくれる。その上、上級貴族が周りを固めてくれるなどかなりの好待遇だ。
そんな相手に暴言を吐き、ふんぞり返る姿は自国の王族とはいえ、目に余るものがあるらしい。
王女を諌めようとヒュージニアの従者が声を荒げるが、それを止めたのがもう一人の王族。
「聞こえなかったのかい? 早くしてくれと私達は頼んでいるのだが、ダンバ国の方々は耳がお悪いのかな?」
カラクスト王子までが横柄な態度をとる。
自国では大人しくて優しいと評判の王子。そんな王子の豹変ぶりに従者達は何をどう諫めてよいものか言葉が出てこないようだ。
ダンバ国の騎士達も黙って護衛に徹してはいるが、その内情は険しい顔に出はじめている。
こちらとしては礼儀にのっとって誠心誠意対応しているはずの王子をはじめ、案内役の上級貴族の少年少女を貶めるような態度に、冷静でいられるはずもない。
一触即発。とはいわないが、このままではラチがあかないな。
俺はギルバード様と頷きあう。
「失礼いたしました。ではこちらにお進み下さい。そう遠くはございませんので、お時間には問題ないかと」
ギルバード様が案内を引き受けて、皆を進ませる。
こちらが折れる形で動き出すと、王子と王女は胸を張ってついて行く。全くもって悪びれる様子はない。勝った! とでも思っているのかな。その顔は満足げだ。
二人の後をペコペコとダンバ国の騎士達に頭を下げながらついて行くヒュージニアの従者達。気の毒に。その周りをしっかりと護衛しながらついて行く騎士達もまた、最後に位置する俺に頭を下げていく。
俺は皆が立ち去った後の周辺を確認しながら、ゆっくりと歩き出す。周辺には問題はないようだが、あきらかにこの二人は黒の魔女の魔法並びに影響を受けている。
王女はともかくとして、王子のそんな姿はあまりにも不似合いだ。
あきらかに俺に対する敵意。師匠が言っていた黒の魔女の仕掛けた罠か? ……これは、かなり面倒くさいなと思いながら、俺は早く父上と話をしなければいけないなと、心の内で溜息を吐くのだった。




