城内
「昨日の水は結構お腹に来るね。まだタプタプだよ」
翌朝、顔をあわせた途端ランバ様が愚痴りだした。
「私は直接泉の水を飲まされました。師匠曰く水筒二つ分はいけるだろうと」
俺が師匠との話をすると、ランバ様の顔が引きつった。
「……豪快だね。その師匠とやらがここに来てくれるのかい? 元近衛隊隊長なのだろう。すまないが、会った事はあると思うのだけれど、余り覚えていないんだ」
「大丈夫です。覚えていなくて当然です。ランバ様はまだ幼かったですし、本人は平凡な顔立ちですから」
「いや、そういう事ではなく……」
俺があっさり覚えていなくても問題ないと言うと、ランバ様はますます顔をひきつらせた。まぁ、ファニーの伯父だけあって、凡庸な顔っていうわけでもないが、普段の姿が姿だからな。乱れ切った服装は本人の良さを全て隠してしまっている。
「失礼いたします。パッカーニ様が入室の許可を求められています」
ランバ様の許可と共に顔を出した姿に俺は驚く。
「失礼いたします。マッドン・パッカーニと申します。私をお呼びと伺いましたが……」
「え、師匠?」
「なんだ、やっぱりお前からみか」
呆れたような顔はやはり師匠だ。しかし今まで見た事もないような身なりをしている。
そう、いつもの気崩した傭兵上がりの野暮な服装ではなく、キチンとした貴族の服装。無精髭も綺麗に剃られている。一瞬、誰か本当に分からなかった。
「やばっ、師匠が普通の貴族に見える」
「うっせえよ、しばくぞ、コラ!」
「あ、いつもの師匠だ。安心しました。ランバ様、こちらが気高くお美しい白の魔女の末裔、ゴルフォネ国のミルフィール・ガドラ辺境伯令嬢の伴侶、マッドン・パッカーニ。元近衛隊隊長で、今は私の師匠です」
「悪意を微塵も隠す気ないな、ガキ。お久しぶりでございます、ランバース殿下。ご機嫌麗しく」
「悪意と好意の違いも分からないなんて嘆かわしい上に、こんな状況でランバ様のご機嫌は良いはずはないのですけれど、とりあえず座りませんか、師匠」
「後で泣かす。絶対泣かす。失礼いたします。ランバース殿下、エディック様」
「……二人は仲が良いのだね」
俺達の一連のやり取りを聞いていたランバ様が、疲れたようななんともいえない顔をする。ギルバード様も目を丸くしていた。俺と師匠のいつもの挨拶だったのだが、上級貴族にこの会話はきつすぎたかな? あ、俺も上級貴族だった。
ランバ様、ギルバード様の前に俺と師匠が座る。全員が落ち着いたところで、ランバ様が話し始めた。
「奥方にはミランダが世話になっている。どうだろうか、彼女の様子は?」
心配げに問うランバ様。一連の流れを知っている師匠が、一瞬おやっ? と言う顔をしたが、すぐに隊長時代に築かれた余所行きの顔をする。
「目を覚ます気配は一向にありません。ですが、ミルフィールの力で果実水を飲んでいただく事が出来ました。飲食不可能で体だけが弱っていくという最悪の状態は避けられそうです」
「……そうか。いや、ありがとう。早く目を覚まして欲しいと思うが、今はそれだけでも安心する」
ランバ様は複雑な表情ながらも、ソネット様が物を口に出来た事に安堵する。
本当にミルフィール様には感謝だ。
「ところで私が呼ばれたという事は、ランバース殿下も黒の魔女の話を聞いたと理解してよろしいでしょうか?」
師匠がランバ様に問う。がランバ様の返事を待たずに、俺が横から口を挟む。
「それは私から。ギルバード様に話したのと同じ内容をランバ様にも話させていただきました。師匠は黒の魔女がこの城に、しかもヒュージニア国の王族のそば近くに控えている事は、聞かれましたか?」
「ああ、ミルフィールと共に昨夜な。成り行きは全て聞いた。アシュはリスティ様に直接報告出来たのか?」
真面目な顔で聞いてきた師匠に、少し嫌な予感がした。
「いえ、昨夜は父上も遅かったようです。今朝は父上よりも早く出た為、顔を会わせる事が出来ませんでした。話は届いていると思いこちらを優先させたのですが、私から報告した方が良かったでしょうか?」
「いや、ちゃんと話は届いているから問題はない。ただ、俺が連絡を受けた時にリスティ様がハンカチの件はよくやったと褒めてらしたが、その後の対応は眉間に皺を寄せてらしたそうだ。最後を収めて下さったランバース殿下に、くれぐれもお礼申し上げろと言付かった」
俺は頷く。クレノさんが全てを見て、父上達に知らせてくれている事を分かった上で任せたのだが、ここではその名をあげるわけにはいかないから、言葉を伏せている。けれど、父上。そこまで完璧には出来ませんよ。全くキレずにあの場を収めろだなんて、息子に期待し過ぎです。
「師匠はどう思われました?」
俺は師匠の顔色を見る。目が合うと師匠はニヤッと笑う。
「俺はお前の対応で悪くはないと思ったぞ。一方的に好き放題される必要はない。攻撃は最大の防御なり。とも言うだろう。仕掛けるのも戦略の一つだ」
「いい男ですね、師匠。ところで戦略の一つとして何かやっておいた方がいいような案はありますか?」
師匠とは気が合う。俺もニヤリと笑って先を促すと、途端に師匠が渋い顔をした。
「……それなんだが、お前の耳に入れた方がいいかどうか悩む案件が一つあるそうだ」
「え?」
「確実にお前が怒り狂うであろう策略が、黒の魔女の方で実行されたそうだ」
一気に俺の顔は強張った。
俺が怒り狂う……そんなの、ファニーに関連ある事しかないじゃないか。
「師匠、なんですか、それは? ファニーに何か……」
俺はソファから立ち上がり、師匠に詰め寄る。
「安心しろ。ファニリアスは大丈夫だ。だが、悪い。俺も詳しくは聞いていないんだ。屋敷でリスティ様が直接話すそうだ。でないと城に迷惑がかかると仰って……」
「……本当ですね? 本当にファニーには実害はないんですね」
「それは大丈夫だ。保証する」
俺はひとまず安心して、ソファに座りなおす。
昨夜、直接父上に報告出来なかったのがこんなところで悔やまれる。
「失礼しました。ランバ様、ギルバード様」
俺は自分の取り乱した姿を見せた事に、目の前の二人に謝罪する。
「いや、気にしないでいい。それよりもアシュレイが怒るような内容とは、一体なんなのだろうな? その方が気になる」
ギルバード様が腕を組みながら考える。
「本日はヒュージニアのお二人のお相手は宜しいのですか?」
師匠がランバ様にたずねた。
「ああ、昼食前に軽く城を案内する事になっている。数日は案内と称して城をうろつくだろうな。けれど今日は、流石に黒の魔女まで同行しないと思うが……魔女の考える事はさっぱり分からないから、何とも言えない」
ランバ様が苦虫を潰したような顔になった。全くもって同意見だ。
「城を動き回るのであれば、私も影ながら見張っておきましょう。ミランダ様のそばにはミルフィールがいますが、出来ればそちらの方は避けて頂ければと思います」
「ああ、分かっている。彼女の部屋は王妃の私室の隣でもあるし、流石に王族の居住区までは案内に入らないよ」
「それを聞いて安心いたしました。では私は一旦さがらさせていただいて、ミルフィールにこの事を伝えておきます。充分注意するように。アシュ、気になる事もあるだろうが、暴走はするなよ。何があろうと冷静に対処しろ。いいな」
「分かっています。ファニーがらみでなければ、滅多な事で暴走はいたしませんよ」
そう言うと師匠は俺の頭をくしゃくしゃと掻き回して、ランバ様に一礼し部屋を後にした。
「……可愛がられているね、アシュレイは」
その様子を見ていたランバ様がクスリと笑ってそんな事を言う。
少し照れ臭いながらも、まあ、そうだよな。俺、周りの大人から可愛がられてるよな。と素直に納得してしまった。




