新たに
「どういう事よ、ローズマリー。貴方が言っていた事、何一つとして違うじゃない」
カラクスト王子に用意された客室に戻ると、開口一番アニシエス王女が怒鳴りつけてきた。
煩いなぁ、と思いながらも先程の光景を思い出す。
私が現れた時の皆の顔に、ここ最近の溜飲が下がる思いがした。
特にアシュレイ・ハワードの、一瞬見せた悔しそうな顔。
まさか私がヒュージニアの王族を掌握しているとは、夢にも思わなかったでしょうね。
私は父マキアート男爵が、輸出と称して他国との接点を持ち始めた事を利用しようと考えた。
どこでもいい。どこか扱いやすい国はないか?
手ごろなところで、ヒュージニア国を見つけた。さほど大きくはないが、芸術品を武器に他国との交渉がある。そして意外にも武器具も制作している。
飾り武器といわれる装飾品をふんだんに付けた重量感のある飾り物だが、武器は武器。
戦争になれば大量生産も可能な国。そう戦争になれば……。
マキアート男爵が王族と直に話をしたと、手紙で自慢してきた。
私はマキアート男爵に、王族にこの国への訪問を誘導してみてはどうかと持ち掛けた。我が国の事も知ってもらえば、他の商品の取引もしてもらえるのではないかと。
早速父の口車に乗ったのは、以前から我が国に興味のあった二人。第二王子と第四王女。
第二王子は純粋に見聞を広めるが為に、第四王女は我が国の王子の見目麗しいとの評判を聞きつけて、上手くいけば自分が王妃にと邪な心で。
二人がこの国に着いて一番に迎えに行った私は、早速魅了の魔法を使った。簡単に私の術に落ちた二人は、長年の友であるかのように、無条件で私を信じるようになった。
この城にも一緒に来た。王子とエディックには見つからぬよう、影に隠れながら。
そして私は、王子並びに今回二人の相手をする貴族は、学園での友であると話した。だから私は内情にも詳しく、二人にも彼らと親近感を持っていただく為に王子の情報を詳しく話しておくと説明した。
ランバース王子の婚約者は、病弱で今回も顔を出さないだろうと話しながら、アニシエス王女の方が王妃に向いているとその気になるよう誘導もした。
その中で先日の出来事も話して聞かせたのだ。ランバース王子の婚約者は、病弱な自分の体を恨んで、王子が密かに思う令嬢を階段から突き落としたと。
王子が密かに思う女性も、そんな婚約者を貶め、自分が入れ替わろうと演技をしている醜悪な女だと。
カラクスト王子はそんな王子に同情し、アニシエス王女は自分が婚約者の座を奪おうと、私と共に王子を助ける為にはっきりと助言しようと躍起になってくれた。
案の定、二人は私の話に同調して、王子を言い含めようとした。
敵が怯んでいる隙に、次の攻撃をしかける。
徹底的にミランダの排除を。ランバース王子の婚約者の席は必ず空ける。
そう思っていたのに、あっさりとあのアシュレイ・ハワードにしてやられた。
真っ向から挑むハワードは、以前の彼とはあきらかに違う。
それどころかハワードから私など知らないと言われた。
まさかそんな事を言うとは思っていなかった。だって貴族という者は、醜聞を気にして、見栄の張り合いをする生き物。簡単に恥をかかせてはいけない。自分ももちろんの事、賓客である王族に対しても。
自国の令嬢を知らないと己の恥を他国の王族に話し、他国の作法かと小馬鹿にする。
そして徹底的に私を貶めたのだ。
どうやってこの場を巻き返すか、屈辱と怒りで通常通り機能しない頭を回転させる。
そこでまさかのランバース王子がハワードに加勢した。
圧倒的に王族としての風格を見せられた私達は、負けを認めざるを得なかった。
そして今に至る。
アニシエス王女はまだ私に喚き攣らしている。よっぽど謝罪をさせられた事に屈辱を感じているのだろう。
「ローズマリー、なんとか言ったらどうなの? 貴方はランバース王子と友人でもなければ、伯爵令嬢でもない。あちらの視界にも入っていない、かろうじて貴族の身分を持っているだけの女じゃない。しかもランバース王子の婚約者の件も全部嘘。私達をたばかって何がしたいのよ!」
「落ち着いて、アニシエス王女。私は嘘など一つもついていないわ。信じてくれるでしょう、カラクスト王子」
私は目を潤ませ、王子を見る。
「うっ、いや。信じたいのはやまやまだが、先程の話ではアニシエスの言う通り、全てが違うようだった。嘘ではないと言うならちゃんと説明してくれるかい?」
カラクスト王子は顔を赤らめながらも、信じるとは言わない。
ちっ! 面倒くさいわね。
「……これは、余り人には言いたくなかったのですが、お二人に嘘を吐くわけにはいきません。ですから本当の事をお話しします」
人払いをさせ、私達三人になった部屋で「実は……」と私は秘密を打ち明けるように小声で話す。
「ハワード様に無理矢理お相手をさせられそうになった事があるのです。先程も言っていたように彼には婚約者がいらっしゃいます。だから私はハッキリと断りました。ですが、彼はいまだにその事を根に持っているのでしょう。だから知らないと。私を貶めようとしているのです。ランバース王子はお優しいから友であるハワード様と話を合わせたのだと思います。そして伯爵位を賜るというお話も国王と我が父、マキアート男爵と二人きりで会話をした事ですので、彼らはまだ知らないのでしょうね。国王様は秘密主義でいらっしゃるから、例え息子と言えどもすぐにはお話にはならないのです」
サラッと述べた嘘は全く信憑性のないもの。調べればすぐに分かる事だが、二人はあっさりと信じた。
笑える。魅了の魔法が効いているのかもしれないわね。
「ミランダ、可哀そうに。そんな男だとは思わずに僕は君に頭を下げさせてしまった。これからは君の言う事は全て信じると約束するよ」
カラクスト王子は私を抱きしめながら謝罪し、アニシエス王女もまた隣で涙を流している。
「辛い思いをしたのね。同じ女として許せないわ。けれどハワード様も上級貴族なのでしょう。報復は難しいわね。ランバース王子には話せないの?」
「無理ですわ。ランバース王子には、いつもエディック様が付いてらっしゃるので」
そう言うと二人は考え込んでしまった。
何を考えているのか知らないけれど、ここまで無条件に私を信じてくれるのは面白い。
つい緩んでしまう口元を引き締めながら真面目な顔をしていると、アニシエス王女が何かを思いついたようだ。
「エディック様には婚約者はいないのよね。だったら私がエディック様に好きだと言って二人きりにないりたいと、ランバース王子から引き離すわ。もしもハワード様がいれば、そちらはお兄様がお願い。そうね、ランバース王子の婚約者の作品とか、こちらにある芸術品を何か見せて欲しいとか言って。ランバース王子が一人になった隙を見て、ローズマリー、貴方から話しかけるのよ」
「ランバース王子が全く一人になる事はないと思うが。護衛騎士は必ずついているだろうから」
「あんなのはいてもいなくても変わらないわよ。話をするだけで危害を加えるわけじゃないんだもの。少し離れてもらえば会話は聞こえないでしょう。ちゃんとハワード様のした事を訴えて、何かしらの処罰をしてもらいなさい。女の尊厳を守るのよ。いいわね、ローズマリー」
鼻息の荒い王女様は、ハワードを跪かせる事に悦に入っているようだ。
本当に先程の謝罪は気に入らなかったとみえる。
「ありがとうございます。お二人のお蔭で泣き寝入りにならずにすみそうです」
目にはわざとらしく涙を溜め、健気に微笑んで見せる。
二人は「大丈夫、きっと上手くいく。私達がついている」と頼もしく頷いて見せる。
フフフ、さっきはどうしようかと思ったけれど、二人が動くならお手並み拝見。楽しませてもらいましょう。
あ~らら、あーちゃんが知ったら怒りで部屋の中、半壊しそうだな。
俺は身を潜めていたカラクスト王子の部屋の天井から、場を移した。
夜の城の庭でヨッと体を休める。
俺は闇と同化している為、誰にも気付かれない。もちろん、俺の気配を感じ取れるのは、この世にリスティとハリスだけ。あの黒の魔女にさえ気付く気配はない。
しかし、まさかあのあーちゃんを、自分に手を出そうとして断った腹いせに意地悪をする男。に仕立て上げるなんて……しかも、あちらの王子と王女はコロッとそれを信じ込んでしまった。
人の闇を操るのも得意なら、人の情けに付け入るのも得意なんだな。
さてと、これからどうする? 俺は目を閉じて考える。
俺は報告をするだけで、考えるのはリスティとあーちゃんだが、こればかりはあーちゃんに冷静な判断は下せそうもないだろう。
恨んで恨んで憎しみ抜いている相手に、関係を強要した男などと言われたら、どんな理性的な奴でもブチ切れる。
あーちゃんは昔から変わった子だった。
リスティの子だから、変わっていて当たり前だとは思っていたが、一度も俺を怖がった事がないのは流石に驚いた。
俺の不気味さは赤子にでも分かる。必ずと言っていい程に喚き、泣かれる。
だからあーちゃんが産まれた時も、リスティには泣いてもいいから見てくれと頼まれたが素直に頷く事が出来ず、その場を去ろうとした。
すると「だぁ!」と一声上げた赤子の声に吃驚して振り向いた俺に、あーちゃんが手を差し伸べてきたのだ。
は? と我が目を疑った俺がジッとあーちゃんを観察していると、あろう事かあーちゃんはもう一度「だあ」と言って笑ったんだ。
子供の笑顔なんて見た事がない。流石リスティの子。そう思いながらも俺はそろりと赤子に手を出した。その指をしっかりと掴む小さな手。
俺は産まれて初めて感動した。
俺は生涯この子を守る! そんな気持ちを秘めてしまったのは仕方がないと思う。
まあ、その直後に捕まれた指がしゃぶられつくし、涎まみれになって悲鳴を上げてしまったのはあーちゃんには内緒だ。
けれどそんなあーちゃんが、俺達より数奇な人生を歩んでいるなんて誰が想像する?
ハワード家は特殊な家だ。その当主である人間は少なからずとも、普通の人生は歩めない。その中でもあーちゃんの人生は、ずば抜けて特殊だといえよう。
本の中にだけ存在する魔女とかかわり、同じ時を繰り返すなんて。
リスティが話を聞いて、真っ先に俺達に協力を依頼してきたのも分かる。
一人の手では負えない。ハワード家総力をあげて、あーちゃんを助ける。皆がその気持ち一つで集まっている。
公に剣や拳で戦うのは楽だ。けれどこの魔女という者はかなり厄介だ。
人の心を操る者とどうやって戦う? 俺が出来る事は情報収集と拳。それをフル活用してあーちゃんを助ける。
俺は夜風で冷えた頭を振って、起き上がる。
さあて、あーちゃんを助ける為にもうひと頑張りしますか。
そうして俺は、夜の闇に消えていくのだった。




