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至福

 いい汗かいて、たっぷり飯を食った俺は、父上の執務室に連行されていた。

「昨日は申し訳ございませんでした」

 一夜明けた俺は、とりあえず先手必勝とばかりに謝っておく。

「ふむ、色々不味い事をしたという自覚はあるわけだ」

 昨日は突然の出来事に興奮していて、冷静さを欠いていた事は認めよう。

「馬鹿ではないつもりですが」

「あんな事をする奴は馬鹿だろう」

 素直な態度をとっているつもりだったが、父上は俺よりも素直だった。

「…………」

「だが、愚かではない」

 言葉が出なかった俺に、父上はニヤリと笑って言う。

「まずは報告だな。朝一番にロレン侯爵に婚約の申し込みの手紙を送った」

「ありがとうございます」

「で、昼前だというのにもう返信がきた」

「は?」

 俺は思わず素っ頓狂な声をあげてしまった。

「ちなみに内容は、お前が願った通りだから安心しろ」

 父上は「見たい?」とばかりに俺の目の前で手紙をヒラヒラしてみせる。

 俺はそれどころではなかった。

 だって、朝に送った手紙の返事が昼前に届くなんて、そんなの用意していないと無理じゃないのか。いくらファニーが昨日のうちに説得してくれていたとしても、侯爵が納得していないと難しいのでは? 王子の婚約者という立場に未練はなかったのだろうか。

 俺が内心アタフタとしていると、父上はつまらなさそうに手紙を持ち上げる。

「なんだ? 嬉しくないのか」

「嬉しいに決まっています!」

 即答で答えると、父上は満足そうに笑う。

「だけど、侯爵は喜んで下さっているのでしょうか?」

「それはこれからのお前次第だろう。今のお前は七歳のクソガキだ。唯一の推しどころは公爵家の嫡男という事だけ。それも王子という肩書の前では色あせてしまう。好きだ好きだと言っているだけでは、侯爵に呆れられてしまうだろうなあ」

 ニヤリと笑うその顔は挑戦的で、俺を試しているのは充分理解できる。

「最高の婿殿だ。と言わせてやりますよ」

「ハハハハハ」

 俺の返答に父上は大変満足したらしい。



「はあぁ~、ちょっと甘すぎたかな。もう少しじらしても良かったのではないかな?」

 お父様が執務室から出てきて、返事を携えた従者が出て行ったのは、今しがたの事。

「決まり切った返事に、どうしてじらす必要があるのですか?」

 私はお父様が座るソファに移動して、横に座りなおした。下から上目遣いで見つめると、お父様はうっと声を上げ、視線を逸らしながらぼそぼそと話した。

「……無礼な態度をとっておいて、許されると勘違いされては困るではないか」

「そのような方ではありませんわよ。落ち着いたらちゃんと謝って下さいましたし」

 間髪入れずに私が答えると、お父様はきまり悪そうな顔で「大人には大人の事情があるのだよ」と言った。

 大人の事情とは、これ如何に?

「フフフ、お父様はただ惜しんでいるだけですよ。ファニーの可愛さがあれば、王太子妃だって夢ではなかったというのに、貴方はいとも簡単に公爵子息に心を許してしまったから。公爵家に対して勿体ぶりたかったのですよ」

 お母様が隣で弟達をあやしながら、クスクスと笑う。

「勿体ぶる必要が分かりません。アシュレイ様はちゃんと私を望んで下さいました。その証拠に朝一番に手紙が届いたではありませんか。誠意には誠意をもってお答えするのが人としての在り方では?」

「ううう~、顔は可愛いのに、顔は可愛いのに~」

 お父様が堪らず両手で顔を覆う。

 顔は可愛いってどういう意味かしら。それ以外は可愛くないと?

「……貴方はちょっと頭が良すぎるのかしらねぇ。七歳の女の子とは思えない時があるわ」

 ふう~っとお母様は頬に右手を添えて息を吐く。

 なにか不味い事でも言ったかしらと頭をひねると、侍女が一輪の花を持ってきた。

 綺麗な赤いバラ。丹精込めて育てたのが分かる、凛として美しいバラだった。

「お嬢様宛てにカードとともに届きました」

「私に?」

 首を傾げると、お母様は何かに感づいたのかニッコリと微笑み、お父様は苦虫を潰したような顔になった。

 誰からだろうとカードを見ると、送り主の名はなく一言だけ添えられていた。

〔私は貴方のものです〕

 ……えっと、このタイミングでこれが届いたという事は、アシュレイ様よね。

 私はその秀麗な文字を見ながら、じわじわと頬が熱くなるのが分かった。

「貴方もだけれど、流石公爵子息といったところかしら。アシュレイ様も随分と大人びたところがある方よね。それにファニーが自分のものだと男ならそのように思うものを、自分がファニーのものだなんて。フフフ、私は気に入ったわ」

 そう言ってお母様は嬉しそうに、侍女達と笑いあっていた。

「ふん、七歳でこの様なキザったらしい事をして。将来は浮名を流すかもしれないぞ」

 お父様はとうとうふてくされてしまった。

 私はというと、そんな周囲の言葉が耳に入らないほど、その文字に釘付けになっていた。

 どうしてアシュレイ様は、こんなにも私を思って下さるのだろう?

 そしてバラを手に取る。こんな事をしていただいたのなんて、初めてだなぁ。

 ん? 初めて? 当たり前よ。私はまだ七歳よ。反対に七歳で花をもらうなんて早い方だわ。

 私は自分の考えに苦笑しながら、バラの香りを楽しんだ。



 数日後、無事に婚約も調い、俺は初めてロレン侯爵邸に訪れた。

 見慣れた邸を目の当たりにして、胸にわずかな痛みが走る。

 ロレン侯爵家は、家族総出で迎えてくれた。

 王城に出向いているかと思ったロレン侯爵も、しっかりと顔を出す。

 好きな女性の父親に会うというのは、どうしてこうむずがゆくなるものなのだろう。

「改めまして。この度は突然の婚約の申し出に、快く承諾して下さり、誠にありがとうございます。無事良き日に婚約が調った事、我がハワード家も心より嬉しく思います。本日はお礼も兼ねて、これからファニリアス嬢と交流を持つため、お互いの家を行き来する事の許可をロレン侯爵に頂ければと思います」

 最初が肝心だと思い、エントランスで皆が集まる中、話し始める俺。

 ロレン侯爵は、なんとも言えない表情で「あ~、コホン」と咳ばらいを一つして俺を見直す。

「……君は、なんだね。いつもその様な堅苦しい話し方なのかね?」

「? いえ……」

「では、もう少し砕けてはどうかな。婚約者とはいえまだ七歳だろう。友人の家に来たとでも思って、寛ぎなさい」

「はい、ありがとうございます」

 侯爵が俺を受け入れてくれたと思い俺は嬉しくなって、つい笑みで答えてしまうと侯爵はうっと呻いた。

「まずい、これはあれだ。うちの娘と同じタイプだ。口はたつが無邪気な天使だ。婚約者の立場ではなく、友人として受け入れたいという私の腹黒さを、無邪気という武器で真正面から弾き返すタイプだ。しかも困った事にこのタイプは私の大好物だ。可愛いぞ」

 何やら後ろを向いてブツブツと言い始めた。

「……旦那様」

「はっ!」

 エントランスに侯爵の呟きだけが響く中、見かねた執事が侯爵に声をかける。

 我に返った侯爵は、とりあえず中へと案内してくれた。

「本来なら応接室なのだが、これからも出入りするのだろう。ならばこちらで構わないな」

 そう言って、家族の談話室に案内してくれた。

 侯爵は思っていた以上に、身の内に入れてくれる人のようだ。

 自由に。と言われたので目の前の二人掛けのソファに座ると、当然のようにファニーが隣に座ってくれた。ニコリと笑うと、ニコリと返してくれる。

 俺達がニコニコとお互いを見ていると「あ~コホン」と侯爵が「まずは喉を潤してくれ」と紅茶とお菓子をすすめてくれた。

 こうして俺は、無事にロレン侯爵家に受け入れてもらえたのだった。

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