来訪
ヒュージニア国から王子と王女が遊学に来たのは、夕暮れ時。
私は我がダンバ国第一王子ランバース・ダンバの側近として一緒に出迎えた。
王子の名はカラクスト・ヒュージニア第二王子、王女の名はアニシエス・ヒュージニア第四王女。
アシュレイの報告通り、二人はヒュージニア王族独特の色を持っていた。
深い緑の髪に赤黒い目が特徴的で、皆の目は釘付けになる。
王子は肩先まである深い緑の髪を一つにくくり、目は伏し目がち。噂通りの大人しそうな人物だ。
それに引き換え王女は、腰まで伸ばした髪は縦ロールに巻かれ、吊り上がった眼をランランと光らせ胸を張り、扇で顔を隠す様子もない。真っすぐにランバを捕える目は、まさに捕食者そのものである。彼女もまた噂通りの人物といえよう。
この場にアシュレイがいない事が悔やまれる。
今日、到着予定だと早馬で聞いた私は、アシュレイにその旨を伝えておいたのだ。
けれどアシュレイは「到着は遅くなると思います。お二人も疲れていらっしゃる事でしょうから、晩餐も各自の部屋でとり、早々に休まれると思いますよ。私は明日朝一番で参ります」とあっさりこの場で出迎える事を断った。
おいおいおい~。と内心呆れた私は「ならば昼時に来られた場合は、早馬を出すからすぐに来てくれよ」と言うと「仰せのままに」と頭を下げた。
アシュレイがたまにやるおどけた仕草だ。
この仕草をした時は、はいはいと軽くいなした時、アシュレイは王子達の一行が遅くなる事に確信があるのだろう。
そんな姿に私は少し呆れるが、当たるのだから怒れない。
王子達はアシュレイの言う通り、挨拶も早々に各自の部屋に入って行った。
「なんだか拍子抜けしたな。もっとからんでくるかと思ったのだが……」
ランバも今日一日中、客人の訪問に備えていたから、力が抜けたのだろう。
彼もまたヒュージニアの王子達が、遊学目的にだけ来たわけではない事を知っている。
「明日から忙しくなりますよ。アシュレイも朝一番に顔を出すそうです」
「フフ、彼は本当に要領がいい。無駄足は踏まないな」
「全く」
私とランバは、アシュレイのすました顔を思い出して笑いあう。
ランバがアシュレイの話をして、こんな穏やかな顔つきが出来るようになるとは思わなかった。
初めて会った時からランバとアシュレイは、一人の令嬢を思いあっていた。
アシュレイの隣の少女に一目惚れをしたランバが悪いと思っていたが、なんて事はない。アシュレイもまた、その日に彼女に一目惚れをしたという。
ほんの数分の差で、勝敗は決まった。
――だが、おかしい。
あの日はランバの婚約者を決める日。第一王子の婚約者候補が一堂に集まっていた日なのだ。
その中で同時に集められた少年。将来ランバの……第一王子の友人となりえる少年達。
そんな友人枠である少年が、婚約者枠である少女に王子が現れる前に婚約を申し出るなんて、本来ならありえないし、あってはいけない事なんだ。
それがまかり通ってしまったのは、アシュレイだからという事だろう。
アシュレイ・ハワード公爵令息。王族と引けを取らない三柱の家柄。
落ち込むランバに私が出来る事は、彼の人となりを見る事。そしてもし彼が、家の力を使った傲慢な人間ならば、私は自分の頭脳をフル活用してでも、ロレン嬢をランバに与えていたかもしれない。
だが、アシュレイと話をして私は即座に彼を敵にまわしてはいけないと悟った。
ハワード家というだけじゃない。
彼の本来持っている頭脳と力。そして人を惹きつけてやまない魅力は、王族のランバに引けを取らない。
いや、国の頂点という王族の縛りがない分、彼は自由で奔放なのだ。彼がその気になれば王族は、この国は……私はぞっとした。
だが、彼の意識はただ一人の少女に注がれている。
彼女さえ彼のそばにいれば彼は何も望まず、それどころか味方になればこれ以上にない程の力強さを与えてくれる。
彼から彼女を……アシュレイからロレン嬢を奪う訳にはいかない。
それに何より二人はとても幸せそうなのだ。この二人を裂くような真似、出来るはずもない。
私は必死にロレン嬢を見続けるランバに注意を促した。
ランバも分かっていた。アシュレイからロレン嬢を奪えるはずがない事。そしてアシュレイがとても頼りになるいい奴だって事も。
だが、頭と心は別物だ。理解しているが、感情は操作出来ない。
結局、ランバはグダグダとロレン嬢を思い続けた。
だが、アンダーソンに腕を掴まれ、恐怖したミランダ様の体が震えている事に気付いたランバは、それから何かが変わった。
ミランダ様を見ようとしている。必死でそばにある者を見て、何が大事か見極めようとしているのだ。
私はとても嬉しくなった。これでミランダ様の周辺も少しは変わると。だが、その行動はミランダ様には遅過ぎた。
仕方がない。彼女は待った。待って、待って待ち続けて心を魔女に壊されてしまったのだから。
アシュレイから魔女の話を聞いた時には心底驚いたが……なるほど。私達が知らない間に、彼はずっと戦ってくれていたのだなと改めて感謝した。
ランバと敵対せず、力を貸してくれていた事に、ランバもそれを理解したのだろう。今まで以上にアシュレイを身の内にいれるようになった。
アシュレイもまたランバのそんな変化に気付き、今までどこか線を引いていた雰囲気をなくしてくれた。
魔女はこれから何かを仕掛けようとしてきている。それは間違いないだろう。
ミランダ様も目を覚まさない。
まだまだ問題は山積みだ。けれど私達は共に戦う事が出来る。
私は前を歩くランバの背を見つめながら、二人の関係に心強さを感じるのだった。
翌日、私は己の目を疑った。
黒の魔女こと、マキアート嬢が、カラクスト王子と共に現れたのだ。
王子の腕に自身の腕をさも当たり前のように巻き付け、流し目で見つめてくるマキアート嬢は、学園で見るよりも妖艶さが増し、アシュレイ達から聞く黒の魔女そのものだ。
隣にはアニシエス王女もすました顔で立っている。
ランバと私、ハワード公爵に王女の相手をするように頼まれたサラン様が、驚いた目を向けるが、彼らは一向に気にした様子もない。
因みにサラン様は、水色髪に水色の瞳の美しいお方だ。ランバの従姉弟なだけはある。
「昨日見かけなかった顔が二人もいるようだね。誰だい?」
そう聞くのはカラクスト王子。その声に反応するように、優雅に礼をとるアシュレイ。
「申し遅れました。ハワード公爵家長子、アシュレイと申します。お二方のご遊学中の案内を、第一王子ランバース殿下と共に参るようとの栄誉を頂きました。以後お二方にはご不便をおかけしないよう、精一杯務めさせて頂く所存です」
「私はリアリル侯爵の娘サランと申します。女性同士、お困りの事がございましたら、私にお申し付け下さいませ」
アシュレイに習って、礼をとるサラン様。
サラン様には詳しい事は話していない。だから昨日遅くに到着した他国の王子の隣に、見知らぬ女がいる。それも上級貴族にはどうしたって見えない下品……コホン、妖艶な女性。その事実にただただ素直に驚いている。
「アシュレイはギルバードと共に私の友人でもあるのだよ。サランは私の従姉弟だ。二人共聡明だから楽しい話が出来ると思う」
しらっとマキアート嬢を無視して、二人を紹介するランバ。王族の仮面をフル活用する事にしたようだ。
「そう、よろしくね」
ニコリと笑うカラクスト王子は、隣のマキアート嬢を紹介する気はなさそうだ。
腕に巻き付いていますが、気にならないのでしょうか?
「アシュレイ様もいい男ですね。ランバース王子を始めギルバード様もいらっしゃるし、こちらの殿方は見目好い方が揃っているのね。来て良かったわ」
ニコニコと笑うのはアニシエス王女。サラン様は無視ですか、そうですか。




