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次は必ず守ります。そのためにも溺愛しちゃっていいですよね  作者: 白まゆら


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白の魔女

「全くもう、なんでもかんでも勝手に決めて、一言ぐらい先に相談する事は出来なかったの?」

 ロレン邸の私の部屋で、猫のルミが二本足で立ちながらアシュを床に座らせ、人語でお説教している姿は、現実離れしているが、どこか可愛い。

「ごめんって。でも父上達と相談して決めた事なんだよ。俺一人が暴走して招いた結果じゃないから」

「それにしたって、ファニーに私が話せる事を勝手にバラすなんて、酷過ぎるわ。正体を話していいって言ったのは私だけれど、事前に許可は取ってくれるものだと思っていたのに。私はファニーとの初めての語らいは人間の姿でと思っていたのよ。元の姿で話したいって。それなのに帰ってくるなり『ファニーにルミの正体言っちゃった。白の魔女として話してくれる?』って、なんの冗談かと思ったわよ。それなのに後ろを見るとニコニコ笑うファニーがいて、思わず目眩をおこしかけたわ」

 プンプン怒るルミはとっても可愛い。思わず抱きしめたくなる。

 私はルミのそばに寄って行き、アシュの隣に膝をついた。

「ごめんね、ルミ。ちゃんと人の姿で会ってくれようとしていたのね。でも私は今のルミも大好きよ。お話が出来るのならどんな姿でも嬉しいわ」

「~~~それは私もそうだけど……でも、出来るなら本来の姿で会いたいと思うでしょ。ファニーは私の大切な人だもの」

「ありがとう。ルミも私の大切な人よ」

「ヤキモチ焼きそうなんだけど……」

 ルミと二人で話していると、アシュがむすっとした顔でそんな事を言う。その言葉にルミは呆れているが、私は二人共可愛いなと嬉しくなってしまう。

「ルミの本当の姿はどんな感じなの?」

 私の問いに答えてくれたのはアシュ。

「ミルフィール様にちょっと似てるかな。長い白髪に薄い緑色の瞳。華奢だけど背は俺とあまり変わらないかも」

 私はミルフィールさんに似たルミの姿を思い浮かべる。

「うわあ、その姿で会えるのも楽しみだね」

「……会えるわよ。夢の中でいいなら」

 ワクワクして言う私に、ルミがそっぽを向きながら答えてくれた。

「本当? 嬉しい。ぜひ会いに来て」

「じゃあ、今夜」

「うん、楽しみにしてる」

 そんな私との会話の後、ルミはアシュに今日の経緯を全て話してと強請る。

 大まかにではあるが、黒の魔女と対峙した話と現在この問題に関わっている人物。これからの予想と行うべき行動。

「じゃあ、私はファニーを守りながら、この屋敷で待機していればいいのね」

 全てを聞き終えたルミが、猫の姿で腕を組みながら自分の行動の確認を取る。

「そうして。ルミの存在はまだ黒の魔女には知られていないから、下手に動き回らない方がいいとの結論になったんだ。ミルフィールさんは城にいるけど、ほとんどをソネット様の部屋で過ごすから、よっぽどの事かない限り問題はないと思う」

 チラリとルミが私の方を見る。なんだろうと思っていると、少し寂し気に苦笑する。

「貴方達二人も、暫くは会えなくなるのね」

「いや、俺は昼間は城で動くけれど、夜には屋敷に帰る。その時にこちらにも寄るから、毎日報告は聞くよ」

 あっさりと答えるアシュにルミはえ? っと、無防備な表情になる。可愛い。

「敵がいるかもしれない城を放っておいて、その場所から離れるの?」

「人聞きの悪い。城には師匠がミルフィール様と共に泊まり込んでいる。元近衛隊隊長の肩書は馬鹿に出来ない。もう近衛騎士を数人、自分の手足にしているよ。それに黒の魔女には頼もしい仲間が四六時中張り付いている。何かあればすぐに連絡がくるようになってるさ」

 アシュのその言葉にルミは嬉しそうな顔をする。

「ふうん、意外と仲間を増やしているのね。安心したわ」

「無茶な事はするかもしれないけれど、馬鹿な事はしないよ。止める人が多いからね」

「そう。それなら良かったわ」

 ルミはニコリと笑うとアシュの頭に手を置いた。撫でているのだろう。が、その手は仔猫の手。肉球でプニプニしているだけにしか見えない。柔らかそう。

「くすぐったいんだけど……」

「馬鹿にしてる?」

 そんな二人のやり取りに私は笑わずにはいられなかった。クスクス笑っているとアシュがコツンと頭をくっつけてくる。

 ルミはアシュの頭を撫でていた肉球を、私の膝の上にボスンと乗っけてくる。

 そんな二人の優しさに、私は幸せを感じて笑い続けたのだった。



(ファニーに前回の話はしなかったのね)

 その晩、俺の夢の中に人間の姿をしたルミが現れた。

「ファニーの夢の中に行くんじゃなかったの?」

 少し驚いたものの、なんとはなしにルミが来るんじゃないかと感じていた俺は、苦笑ながらに聞いてみた。

(この後行くわ。それより、いいの? 全部話さなくて。ファニーなら貴方の言う事、信じてくれると思うけど)

 ルミはそんな俺をあっさりかわして、ファニーに真実を話さなくていいのかと問う。

「うん、信じてくれるだろうね。だから止めた」

(どういう事?)

 正直に話さないと容赦しないと目をすわらせるルミ。美人の睨みは迫力がある。

 俺は仕方がないなと話す事にする。

「……余計な話をして、もしも嫌な記憶まで思い出したら困るからさ。せっかくなかった事になってるのに、あんな苦しみ、二度と味あわせたくない」

 俺はファニーの一連の苦しみに思いをはせる。

 厳しい王妃教育の末の王子の裏切り。周辺からの罵詈雑言。挙句の果ての牢での拷問。そして最後の死の恐怖。それら全て何一つとして思い出さなくていい記憶だ。

(確かにファニーにとったら、思い出さない方がいい記憶ではあるかもしれないけれど、時間をやり直している以上、話したところで最初からないものとして思い出す事もないかもしれないわよ)

「そうかもしれない。けれど確実ではない。もしも何かの拍子で思い出すことがあるとしたら、その時はファニーの精神が病んでしまう。それじゃあやり直している意味がない。この世界では、ファニーは誰よりも幸せになってほしいから」

(……そうね。ええ、分かったわ。けれどアシュはいいの? 前回でファニーが亡くなった後を追うほどの思いを伝えられなくても)

「いや、反対に知らないでほしい。いい加減重い奴だと思われている自覚があるだけに、後を追って自分まで死ぬような男、流石のファニーでもドン引くと思う」

(そうかしら? 貴方普段から口に出して言っているじゃない)

「軽口叩くのと、現実に実行しているのとでは、重さが違うよ。悪いけどルミも何も言わないでくれ。前回の事はこれから先も俺とルミと父上、師匠とミルフィール様、ハリスさんとクレノさん、七人だけの秘密だ」

(……そう考えると、結構な人間が知っている事になるわね)

 肩をすくめ、口元に拳を持っていくルミに、俺はニカッと笑った。

「だろ。だから俺も元気なんだって。俺とルミは当事者だけど、父上達が信じてくれたのは俺にとっては僥倖なんだ。だからファニーまで知る必要はないさ」

 そう言うと、ルミは仕方がないわねというように苦笑する。

(分かったわ。アシュがそれでいいのなら私は何も言わない。そろそろファニーの夢に行くわね。人間の姿を見て、どんな反応をしてくれるのかワクワクするわ)

「美人だって大騒ぎするよ」

(楽しみだわ)

 クスリと笑って、ルミは俺の夢から消えた。

 その後も俺は夢の中だというのに、妙に頭が冴えている感じに襲われる。

 前回で経験した辛さも恐怖も悔しさも、全て俺一人が背負う。そうして君が笑ってくれるのなら、俺はどんな事だって出来るんだ。

 彼女の笑顔が俺の力の源だから。

 俺は人間のルミを見て喜んでいるファニーを思い浮かべながら、眠りの闇に落ちていくのだった。



 アシュがとってもいい子だというのは分かってる。

 ファニーの後を追って命尽きる瞬間、彼の心はファニーの事でいっぱいだった。

 離さない。もう離さない。離れたくない。

 彼の悲痛な思いが、私の最後の魔力と共鳴した。

 自分にあんな力が使えるほどの魔力があるとは思ってなかった。けれど彼の願いを……彼女の思いを伝えたかった。

 そう、ファニーが命を尽きる瞬間、考えた事は……目にしたものは、アシュレイ・ハワードだったから。


 処刑台の上に乗せられた彼女の心は、無だった。

 当然よね。彼女は体も心もボロボロで、生きているのが不思議なぐらいだった。狂いもせず、その場まで引きずれらながらも立っていたのは、彼女のこれまで生きてきた矜持だけだったのだろう。

 そんな中、ギロチンが落ちる瞬間、彼女の目に入ったのは口元を引き上げたアシュ。

 彼は黒の魔女の魔法により心とは別に、そのような表情を取らされていたのだが、彼女の目には笑顔のアシュが映ったのだろう。

 草の茂みに隠れて泣いているファニーのそばにいつもいたのはアシュ。そんなアシュと別れる時の最後の顔は、お互いに笑顔。その思いが彼女の心を満たす。自ずと彼女は笑みをかたどるわけで……。

 そうしてニコリと笑った笑顔のまま、容赦なく刃は彼女の首元に引き寄せられる。

 その笑顔にアシュもまた、彼女に引き寄せられ、心のままに自身の剣を胸に貫く。


 それが私の心を揺るがした。

 持てる力全てを使い切った。

 二人がやり直せるのなら、私はその場で死んでもいいと思った。

 そうして引き寄せたのは、願いを叶えるもの……。

 結果、アシュは今度こそ彼女の笑顔を守ろうと必死で立ち向かっている。

 そうなる予感はしてた。私は分かっていたのだ。アシュが全てを被る事を。

 けれど、予想は私を嬉しく裏切った。

 アシュに心強い味方が付いたのだ。それも複数。

 紛れもないアシュの力。私はアシュが師匠と呼ぶマッドンとかいう男が胡散臭かった。いくらファニーの伯父でも、その粗野な振る舞いがどうしても好きにはなれなかった。

 けれどアシュは彼に師事を仰ぐと言う。私の反対を押し切って勝手に動くアシュ。

 それを皮切りに心強い味方を増やすアシュ。反対していた私は本当に馬鹿だ。

 アシュの底力を見せつけられた私は、猛反対する事はもうしない。心配はするけどね。だってアシュもファニーも私にとっては可愛い子供みたいなものだから。

 私は私のもてる力を使って二人を守ると決めた。二人のお蔭で私の体も大分と回復した。

 後は最後の決戦の時、私の力が役に立てるようにしっかりと蓄えておくのが、今の私の役割だ。

 思うように動けばいい。アシュの思うように。貴方達は一人ではないのだから。

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