嫉妬
俺のファニーがソネット様の代わりをするって? それってつまり、王子の婚約者のふりをするって事か?
そんなの許すはずないだろう。今回でまで王子の横にファニーを立たせるなんて、いくらソネット様の代わりでも、真似だけでも絶対に許すものか!
「そんな事絶対にさせないから!」
俺が大声で拒否すると、ファニーは驚いたように体を跳ねさせた。
「アシュ?」
「いくら真似でも俺がランバ様の横にいるファニーを見て、なんとも思わないと思うの? そんなの一秒でももつものか。嫉妬で気が狂う。ファニーは俺がランバ様を殺してもいいって言うのか?」
俺の言葉に、その場にいた者が固まる。
ランバ様を殺す。比喩でも何でもなく、ファニーが俺より王子を選んだ場合、本当にその未来は起こりうる可能性がある。
ファニーの笑顔を守る事、それが前回からの俺の思いであったはずなのに、今はファニーが俺から離れる事を想像すると、何も考えられなくなる。
ファニーの隣にいる者は誰であろうと、そう自国の王子であろうと、俺は手にかけてしまうかもしれない。
彼女から笑顔を奪おうとも……。
「な・何言ってるの? アシュ、落ち着いて」
「そうだ。アシュ、ファニリアス嬢を怖がらせるな」
オロオロするファニーに迫ろうとする俺を、ハリスさんが窘める。怖がらせてる? そうかもしれない。けれど今はそんな事考えている余裕もない。
「落ち着けるわけないだろう。ファニーの笑顔を誰よりも守りたいはずなのに、そんな未来を考えるだけでおかしくなりそうだ。ファニーは俺の気持ちを侮り過ぎだ!」
「あ・あしゅ~。わ・私何もミランダ様の代わりに婚約者のふりをするなんて言ってない。ミランダ様の代わりに王女の相手をするって言っただけだよ。アシュの、次期ハワード公爵様の婚約者として」
「え?」
…………………………。
長い沈黙の後、父上に後頭部を鷲掴みにされた。イタイイタイイタイイタイ。
「お前はファニリアス嬢が絡むと我を忘れる。申し訳ないが、こんな状態では戦力外になってしまうので、せっかくのファニリアス嬢の申し出は却下するよ。すまないね」
「……いえ、私も浅はかでした。申し訳ございません」
父上に頭を下げるファニー。
やっと冷静さが戻った。ごめんなさい。浅はかなのは俺です。ファニーが謝る必要は微塵もないです。
尚も締まる後頭部。ミシミシミシッ。ものすごく痛いが、父上の笑顔なのがもっと怖い。その魔王の冷笑に、自分がやってしまった事の不味さを思い知る。
「王女の相手はこちらで見繕うよ。言ってはなんだが、差しさわりのない方の方がいいだろう。王妃の妹の姫、サラン様にでも頼むとしよう。彼女なら殿下より五つ上だし、聡明な方だから上手く取り計らってくれるだろう」
そう言って父上がペイっとばかりに、掴んでいた俺の後頭部を放り投げた。
「アシュレイ、ランバ殺害予告は聞かなかった事にするからね」
転げ落ちた俺に、ギルバード様が苦笑しながら言う。少し揶揄ったような雰囲気ではあるが、甘んじて受けます。本当にすいません。
うう~っと四つん這いで落ち込む俺の手を、ファニーが隣からギュッと握りこむ。
「アシュ、私は絶対にアシュから離れないよ。嘘でも人のものになんか絶対にならない。私はアシュだけのものだからね。それだけは信じて」
いわれのない嫉妬で責められたのにそんな事は少しも気にせず、俺を労わるファニーの優しさ。
ファニーはまさに天使そのものだ。
キラキラと眩い笑顔で俺を包み込むファニー。俺のドス黒い闇を見ても決して引かないファニーのなんて清らかな事か。
「ファニ~」と言って俺が抱きつこうとすると、父上の手がまたもや後頭部をワシ掴みにする。
「イタイイタイイタイイタイ」
「当分ファニリアス嬢に抱きつくのを禁止する。ファニリアス嬢、こんな奴甘やかさないでいいですからね。お前の使命はなんだ?」
父上が後頭部を掴んだまま、俺に顔を寄せてくる。
分かってるよ。父上達を巻き込んだのは俺だ。俺が責任をもって解決しないといけない事ぐらい。けど、それでも……。
「黒の魔女を倒す事。なんて言いたくないです。俺の使命はファニーを幸せにする事なんですから~」
「その二つは直結しているだろう。だったらまずはやるべき事を考えろ」
容赦のない父上は、またもやペイっとばかりに俺の後頭部を投げ飛ばした。
くそう、くらくらする。俺はまたもや床に両手をつく。
ううう~。人の頭をなんだと思ってるんだ。こんなので俺よく捻くれないな。
「……アシュレイも人離れした強さをもっていると思っていたけれど、流石ハワード家当主、凄まじいね」
ギルバード様が一連の俺達の行為を見て、唖然としながらも面白いという様な顔をする。
「大丈夫? アシュ、どこか痛い?」
心が痛いです。一瞬でも天使のファニーを怖がらせたと思うと、自分が許せないです。この罪は必ず償います。
ファニーが俺の頭を、よしよしと柔らかな手で撫でてくれる。俺はその手に癒されながら、「ごめんね」と言った。ファニーはニコリと微笑む。
「ファニリアス嬢、申し訳ないがヒュージニアのお二人が来られている間、学園は休んでくれるだろうか」
「あ、やっぱり危険でしょうか?」
そんな俺達を見ながら、父上がファニーに頼んできたのは学園の事。
そうだな。俺達が城に拘束されている間、ファニーを一人学園に行かせるなんて、どこに黒の魔女が潜んでいるかも分からない危険な場所に行かせるなんて事、出来るはずないよな。
「ご存知のように我が愚息は、貴方の事になると我を忘れる。貴方に何かあったらこいつは使い物にならない。申し訳ないが、この馬鹿の為だと思って、ロレン家で養生しておいて下さいませんか」
父上はニコリと笑う。なんだろう? そのこめかみに青筋が立っているような気がする。
「分かりました。私もアシュが一番大事です。アシュの為だと思えるのなら、喜んで家に引きこもっていますね」
父上に負けない笑顔で返すファニー。こちらは心まで浄化されるようだ。
ひとまずヒュージニア国の動きと連帯でこちらも動くとして、俺達は父上からの指示待ちとなった。
俺はギルバード様と、俺達がいない間の生徒会をどうするかを相談する。
「会計の彼、チェノバ・リンドールに任せようかと思うのだが、どうだろう?」
「いいですね。彼は真面目だし、なんだかんだと面倒見もいいですからね。適任だと思います。後は俺の友人のゲーリック・ダグラスとコニック・ガリレイに手伝うよう声をかけておきます」
「マーシャ・ノルチェとセルリア・ビレッジにも、私から話しておきます」
俺がギルバード様の意見に賛同して、友人二人を紹介すると言うとファニーもマーシャ嬢達に声をかけてくれると言う。
「ありがとう。彼らならアシュに鍛えられているだけあって優秀だから、心強い」
「私は別に彼らを鍛えてはいませんよ?」
ギルバード様が不思議な事を言う。
俺はゲーリック達に何かを教えた事は一度もないが? そう思い、首を傾げると、クスリと笑うギルバード様。
「……だそうですが、ロレン嬢の見解は?」
「鍛えられていると思います。特にゲーリック様はアシュの事が大好きだから、一時期は後をくっついてアシュの真似ばかりしていましたよ。その姿が可愛くて私達はいつも笑っていましたの」
クスクスと笑うファニーの口から知らなかった事実を話されて、俺は目を丸くする。
「そうなの? でもゲーリックは最近俺に小言を言うようになったよ」
「それはマーシャが皆の前で余りにもアシュが私に抱きつくから、どうにかしてって言ったのよ。ゲーリック様も流石にそれは真似出来ないって。だから止めるよう言ってただけだと思うけど、違う?」
「確かに。仔犬が大型犬になった感じはしていたが、全くもってその通りだったとは、思わなかったな」
うんうんと俺が顎に手を置いて頷いていると、隣からドヨンとした空気が漂ってきた。
「……うちの愚息の育て方、間違っていたかもしれないな」
「まあ、責任の一端は一緒に育てた俺やマッドン達にもあると思うぞ」
父上が右手で顔を覆っているのを、ハリスさんが背を叩いて慰めているようだ。
どうしました、父上? 何か困った事でもありましたか?




