遊学
扉から顔を出したのは、ハリスさんだった。ギルバード様に会釈すると、父上に視線を向ける。
「無作法だぞ、ハリス。客人がみえている」
「すまない。だが、急ぎ伝えたい事がおきたんだ」
ハリスさんの真剣な表情に父上は「失礼」と言って、席を立つ。ハリスさんに耳を傾けた父上は、少し眉間に皺を寄せたかと思うと、すぐに表情を戻してこちらに戻って来た。
「すぐに君の耳にも入るだろうから、一応伝えておこう。ヒュージニア国の王子と王女の遊学が決定したようだ。数日中に登城するだろう」
「え? ミランダ様があのような状態のこの時期に、他国の王族を迎え入れるのですか?」
ギルバード様が顔をしかめる。
だが、俺はそれどころではない。
ヒュージニア国。俺が前回、友になった王子とふった王女。二人が来るのか?
前回では十三歳の時だったのに、今回はギルバード様じゃないが、この時期に?
俺の頭には……戦争……の二文字が現れる。
俺はチラリと父上を見る。ギルバード様に、この懸念を話しておいた方がいいのかどうか? けれどギルバード様の前でわざわざ話したところを見ると、話せという事なのかもしれない。
そんな風に考えていると、目が合った父上がコクリと頷く。
俺はギルバード様を、真正面からとらえた。
「ギルバード様、先程私は戦争の話をしましたよね。実は相手国というのが、ヒュージニアではないかと懸念を抱いております」
「アシュレイ! 君は何を根拠に? かの国は同盟国だ。気性の穏やかな良い国だよ」
「存じております。ですがここ最近、黒の魔女の父親マキアート男爵が、ヒュージニア国とワインの輸出を始めまして、その縁で今回の遊学が決まったのではないかと」
俺が懸念を抱いた理由を話すと、ギルバード様は目に見えて気分を害された。
「まさか! 一男爵の繋がりだけで他国の王族を引き受ける程、我が国も愚かではない」
少し声を荒げたギルバード様の横に、ハリスさんが手を上げて近寄る。
「話の途中、申し訳ない。私はハワード家の私兵団団長を務めさせていただいているハリス・ガディーニと申します。それに関しては私から一言。どうやら今回の遊学はマキアート男爵一人の後押しだけではなかったようです。ミランダ嬢を良く思っていなかった貴族が、ヒュージニアの王女を殿下にと考えたり、これを機にヒュージニア周辺の小国とも商売を始めようと考えたりする者が多くいるようで、色々な思惑を持つ貴族の声に王族がおれたというのが、今回の結果のようです」
ハリスさんの説明に、ギルバード様は目を丸くする。
「あの周辺はまだ未発展の国も多数存在するから、商売を生業にしている貴族には格好の場所だな」
「ヒュージニア国自身も芸術面に優れているから、そういった美術品などを直接取引したいと考えている貴族もいるようだ」
父上がハリスさんの意見に同調しながら、話を進める。
「馬鹿な……。ミランダ様の意識が目覚めていない今、どこから足元をすくわれるかも分からないというのに……」
余りの自国の貴族達の無神経な行動に、ギルバード様がワナワナと震えだす。
いくら同盟国とはいえ、王太子の婚約者の病という国の弱みになりえる現状を、貴族自ら進んで他国の王族に教える行為だ。
宰相候補の異名を持つギルバード様には、信じられない事なのだろう。
「ヒュージニアの王子は、文学を愛する大人しい方です。こちらの国の内情を調べあげたりはしないと思いますが、王女に関してはどこまで動かれるかは分かりませんね。なにぶん活発な方ですから」
俺が二人を思い出しながら話すと、ギルバード様がキョトンとした表情をされた。
「アシュレイは、ヒュージニアの王子と王女を知っているのかい?」
しまった! 前回を知っている父上達と話しているように、普通に知っている知識として語ってしまった。
俺が内心アワアワと焦っていると、それまで大人しく聞いていたファニーが服の袖を引っ張った。
「王女が活発な方なんて、どうしてアシュが知ってるの? どこかで会った事があるとか?」
うわっ! ファニーがヤキモチ焼いてる。王子の話もしているのに、王女限定の話になっているところがヤキモチだよな。なんか心持ち頬が膨れているような……その頬を触りたい……じゃなくて。
「ええっと……以前、あちこちの国を行き来している商人に聞いた事があるのです。情報としては、なんでも聞いておく必要があるかと思いまして」
俺の苦し言い訳に、父上とハリスさんが目を細めている。下手くそっと。
「そんな商人まで知っているとは、アシュレイは本当に顔が広いのだな」
どうやらギルバード様は信じてくれたようだ。少し心が痛い……。
ファニーはというと、まだ口を突き出しているが、一応は納得してくれたようだ。
「ヒュージニアが戦争を引きおこそうとして、我が国に王子と王女を送り込んだとは思いませんが、十分注意が必要とは考えます。王子より王女。彼女の機嫌でどう転ぶかは想像も出来ません。一部の貴族の思惑通りに王女がランバ様を狙っているとなると、ソネット様の現状は向こうに取ったら喜ばしいもの。強硬手段に出る可能性は重々あるかと……」
「それによって戦争の引き金になる事は、十分あり得るという事だな」
物分かりのいいギルバード様は、俺の言わんとする事を理解してくれた。
俺だって戦争などおきるとは思いたくない。
しかも前回では友になった王子の国となんて。だけど黒の魔女が裏で手を引いているかもしれないとなると、どんなふうに変わるのか。ただの遊学として、この国を満喫して帰ってくれれば、何も言う事はないのだが……。
くそう、黒の魔女にこちらから打って出てやろうと考えた矢先で、向こうに先を越されるなんて。これでもうこちらは、守りの一方になってしまった。
当分、城での動きも視野に入れないといけないな。
「ヒュージニアから二人が来られたら、同年代である殿下は相手役として二人に付かないといけなくなる。ギルバードも一緒にいるね。アシュ、お前も同行するようにこちらで手はずを整える。殿下を操られないようにお守りしろ」
ハリスさんと話し込んでいた父上が、突然振り返って命令する。いや、いいけどね、別に。ていうか、むしろそれしかないよな。
とにかく変な雰囲気にならないように、黒の魔女との接触を避けるように。俺が目を光らせないと、ギルバード様一人に任せるわけにはいかないものな。
はい。と返事をしようとした時、ファニーが手を上げて「私も行きます」と言った。
え? と驚く面々。いや、君は駄目でしょ。
「ファニー、何言ってるの? 今まで話聞いていて、危ないのは十分分かっているよね。そんな危ない場所に俺の命より大事なファニーを同行させるなんて、俺が許すと思っているの?」
「だって、ミランダ様が床に臥している今、王女の相手をする同年代の女性はいないでしょう。私がミランダ様の代わりをするわ。ミランダ様がいない間に、みすみす殿下を渡して堪るものですか」
俺は声にならない悲鳴を上げる。ファニー、何言ってるの?




